『カメリア』
橋の袂の枝垂れ柳が、微かに揺らめいた時、椿屋侘助は、己の持つ刀の刃に月光が反射し、相手に一瞬の隙が生れたのを、見逃さなかった。
(斬った。確かに、斬った、が)
空中で侘助は、そう思っていたが、地面に落ちたのは真っ二つになった樹の幹であった。侘助は着地と同時に、夜の闇に逃げる様に消えた。
近くの竹林で、侘助は思案していた。
(一体、誰じゃ。あの時、此の我を討てたのに、討たなんだ。弄ばれているか。然し、只者ではあるまい)
僅かに、侘助は武者震いをした。此の竹林が相手の、蜘蛛の巣の中である事も承知の上。其の証拠に、先程から強い視線を感じていた。
(何処ぞの忍びであろうか。伊賀か、甲賀か、どうでもよい、斬る)
侘助は、夜陰に向って言った、
「忍びよ。斬りたいなら、斬ればよい。猿は人間になれぬでな、忍びごときが、武士になれよう筈は無い」
侘助の挑発に、強い視線の持主は怒った。其れを感じ取った侘助は、思惑通りであったが、ここから先は考えていなかった。
(さて、どうしたものかのう)
其れは意外にも、あっさりと姿を現し、侘助は狼狽した。
「誰じゃ」
「椿屋侘助殿で、御座るな」
「如何にも」
「御命、頂戴仕る」
侘助も相手も、何度か竹を斬った。向い合いながら、侘助は氣附いていた。
(先程の忍びとは、別人じゃ。腕が悪い)
侘助は訊いた、
「おぬしの背後におるのは、誰であろう」
「三代目」
侘助は愕然とした。
(三代目とは、若しや)
其の時、竹の合間をすり抜けて、凍り附いた矢が、侘助の背中から心ノ臓を打ち抜いた。
(矢張、半蔵、か……)
侘助は立ったままに、絶命した。
矢を放った男の名は、服部正就。通称を半蔵と呼ばれた。
椿が花を、咲かせた頃であった。




