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『灰を駆ける者 ― ASH WALKER ―』  作者: たーゆ。
第1部「灰の路」 第2章「灰の綻び」

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第5話「静寂のひび割れ」⑤

 夜の木屋町は、雨上がりのように湿っていた。

秋の気配を孕んだ風が川面を渡り、

街灯の下を抜けるたびに、アスファルトの匂いをふっと立ち上らせる。

高瀬川沿いの並木は、ところどころ葉を落とし、街の光を受けて銀色に光っていた。

人の声が絶え間なく行き交う。

キャッチの呼び込み、笑い声、タクシーのクラクション。

それらが混ざり合い、夜という海の底でぼんやりと溶け合っているようだった。


蓮司は、フードを軽く被り、通りの片側を静かに歩いていた。

視線は人波を追うでもなく、ただその隙間に何かを探すように揺れている。

馴染みのあるバー、ガールズバー、キャバクラ――。

この街で“用心棒”をしていた頃、

裏方の力仕事や揉め事の仲裁に呼ばれた場所ばかりだ。

この街の夜は、人を飲み込みながら、どこかで人の形を保たせてくれる。

だからこそ、危うくも愛おしい。

蓮司はそんな場所の空気を知っていた。

酒と煙草と、少しの血と涙。

その匂いが混ざった街の空気を、肺いっぱいに吸い込みながら歩く。


(藤堂紗良――)


 頭の中でその名前を反芻するたび、胸の奥に小さなざらつきが残った。

紗月が昼に見せたあの表情。

押し殺すように震えた声。

蓮司にとって、彼女の願いはただの「頼まれごと」ではなかった。

あの目に宿ったかすかな光が、彼をここまで動かしていた。


「お、蓮司くんやん」


 古びた雑居ビルの二階にあるバー〈Clover〉。

扉を開けると、カウンターの奥からママが顔を出した。

髪をゆるくまとめ、煙草の火を細くくゆらせながら、懐かしそうに微笑む。


「珍しいわね、こんな時間に。今日は殴られ屋やってないの?」

「……いや、探し物だ」

「探し物?」


 ママはグラスを拭きながら首を傾げる。

蓮司はポケットからスマホを取り出し、画面を少し傾けて見せた。


「高校生ぐらいの女の子を見なかったか。小柄で、黒髪のロング。名前は藤堂紗良」

ママは眉をひそめ、タバコを指でくるりと回した。

「藤堂……? ふうん、どっかで聞いたような気もするけど……」


 天井を見上げ、思い出すように間を取る。

やがて、ため息とともに首を横に振った。


「うちの常連にはおらんなあ。そんなん、夜出歩いたら危ないやろ」

「分かってる。ちょっと事情がある」

「蓮司くんがそんな顔で探してるってことは……誰かのため、やね?」


 その問いに、蓮司はわずかに目を伏せた。

 “誰かのため”――それはもう、何度も失った言葉だった。

だが、今回だけは違う。

紗月の声が、頭のどこかでまだ響いている。


「まあ、無理せんとき。

あんたが本気になったら、街の噂なんてあっという間やから」

 ママはそう言って、グラスの底を磨きながら笑った。

その笑みの奥に、夜を何度も越えてきた人だけが持つ静かな強さがあった。

蓮司は軽く会釈して店を出た。

階段を降りると、夜風が頬を撫でる。

湿った空気の中に、遠くの川の匂いが混じっていた。


 (やっぱり、まだこの辺りにいるはずだ)


 木屋町の通りを歩く。

酔客の笑い声の中に、時折、何かが壊れそうな音が紛れていた。

街の灯りが、濡れた路面に反射して揺れる。

蓮司の歩幅は、自然と速くなっていく。

ビルの合間から、男が声を掛けてきた。

風俗ビルの前に立つキャッチ。

金のチェーンを首から下げ、派手なジャケットの下で汗が光っている。


「あれ? 蓮司さんやん。なんや最近見ぇへんな思てたら」

「ちょっとな。今、探してる子がいて」

「探してる? もしかしてあの子か? 

なんか他にも探しとるおっちゃんおったで?」


 蓮司の足が止まる。

「……おっちゃん?」

「そうそう。背高くてスーツ着てて、でもなんか陽気っちゅうか……

関西の人っぽかったわ。 “紗良”って名前出して聞いとったで」


 夜のざわめきの中で、その言葉だけが鮮やかに浮かんだ。

風の音も、周囲の喧噪も、一瞬遠のいたように感じた。


「どこで見た?」

「たぶん“ナイトローズ”や。今も中おるんちゃうか?」


 礼を言って蓮司は歩き出した。

靴底が濡れた地面を踏むたびに、細かな水滴が跳ねる。

胸の奥が、少しざわついていた。

誰かが同じように紗良を探している

 ――それは単なる偶然ではない。

そしてその人物が関西の人間なら、何かしらの繋がりを疑わざるを得なかった。


 “ナイトローズ”。

 その名を聞いて、蓮司はすぐに場所を思い出した。

木屋町の裏通り、少し奥まった場所にある小さなガールズバー。

ネオンは控えめで、店先のガラスには薄く水滴が残っている。

客層は若いが、トラブルも多い。

 蓮司が用心棒だった頃、何度も揉め事の片付けに呼ばれたことがあった。

店の前に立ち、深く息を吸う。

鼻の奥に、湿った夜の匂いと甘い香水の残り香が混ざった。

手でドアを押す。

小さなベルが鳴り、乾いた音が静寂を裂いた。


「いらっしゃ――」


 店員の声が途切れる。

蓮司は視線を奥に向けた。

そこに、ひときわ目を引く男がいた。

 年の頃は四十代半ば。

茶色がかった短髪に無精ひげ。笑えば陽気だが、目だけは笑っていなかった。

黒のジャケットの下には、派手な柄のシャツが覗いている。

姿勢はゆったりとしているが、周囲の空気を自然と支配していた。

目の奥に、鋭く光る何かを宿している。

その男が、まさに今、店員にスマホの画面を見せていた。


「なあ、この子見んかった? “紗良”っちゅうねん。俺の娘やねんけど」


 低くよく通る声だった。

店内の音楽が一瞬だけ遠のく。

その瞬間、蓮司の胸の奥に、警鐘のようなものが鳴った。

 “娘やねんけど”

 その言葉の温度と、どこか底にある焦りの色。

蓮司は、ゆっくりと歩を進めた。

フードを下ろし、店の灯りに顔を晒す。

男の視線がこちらに向く。

互いに、一瞬だけ目を見交わした。

夜の湿度が、二人のあいだで僅かに揺れた。

蓮司の胸の内で、確かな直感が告げていた。

 ――この男が、“鍵”を握っている。




今日見たら累計ユニークアクセスが555人になってました!


私個人的に好きな仮面ライダーが仮面ライダーファイズなので

ちょっとテンションが上がりました!!


これからも投稿頑張りますのでよろしくお願いいたします!!!

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