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『灰を駆ける者 ― ASH WALKER ―』  作者: たーゆ。
第1部「灰の路」 第1章「焼け残り」

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33/61

第33話「赦しの残火」②

 Avalonの照明が少しだけ明るくなっていた。

さっきまで荒れていたフロアには、

もうガラスの欠片ひとつ落ちていない。

キャストたちは掃除を終え、

グラスを拭いたり、椅子を元の位置に戻したりしていた。

それでも、どこかぎこちない。

笑顔を浮かべようとしても、さっきの出来事の余韻が肌に貼りついて離れないのだ。


 そんな中、蘭華はカウンターから一歩前に出た。

そして、キャスト全員を前にして、深く頭を下げた。

背筋が真っすぐで、長い黒髪が肩から滑り落ちる。

店のオーナーとしてではなく、一人の人間として、彼女は謝罪していた。


「――怖い思い、させてしまってごめんね」


 その声は静かだったが、誰も口を挟むことができなかった。

照明の下で彼女の瞳が少し赤く光る。

それは怒りでも悲しみでもなく、自分を責める痛みの色だった。


「私が、守るって言ったのに。

あんな連中に怯えさせて……ごめん。

ほんとうに、ごめんね」


 蓮司は隣でその姿を見ていた。

蘭華が頭を下げたまま動かない。

キャストの一人が口を開こうとしても、声にならない。

重い沈黙が降りる。

 ――その静寂を、蓮司が破った。


「……蘭華」


 短く名前を呼ぶと、蓮司は無言で背負っていたリュックを下ろした。

そして、そこから黒いセカンドバッグを取り出す。

中から、封筒をいくつも取り出し、整然とテーブルの上に並べていく。

一枚一枚、きちんと指先で端を揃えるその動作は、まるで儀式のようだった。


 「――みんな、これを受け取ってくれ」


 キャストの子たちは、驚いたように顔を見合わせた。

封筒を開けた子の手が震える。中には帯封付きの百万円の札束。


「えっ……ちょ、ちょっと待ってください、これ……」

「迷惑料だ。さっきの連中の件で、怖い思いをさせた。

その分を補うなんてことはできないが……せめて、形に残るものを」


 蓮司の声は冷静で、感情を押し殺しているように聞こえた。

それでも、どこか柔らかかった。

怖いと思っていた彼の瞳が、今は不思議と温かい。


「俺も、守ると言っていたのに守れなかった。……すまなかった」


 そう言って、蓮司も蘭華の隣で深く頭を下げた。

黒いパーカーのフードが落ち、前髪が額にかかる。

その姿に、キャストの一人が小さく息を呑む。

誰かが「そんな……」と呟き、

別の子が「謝らないでください」と涙声で言った。

それでも、蘭華も蓮司も顔を上げなかった。

二人は、自分の背負うものをちゃんと分かっている。

 ――この店は、ただの「職場」ではない。

傷ついた心が、ようやく笑顔を取り戻せる場所。

それを守ると決めた人たちだった。

やがて、キャストの一人がぽつりと笑った。


「……なんか、うちら、すごい幸せ者ですね」

別の子が涙を拭いながら「こんな店、他にないですよ」と続ける。


 少しずつ笑い声が戻っていく。

さっきまでの恐怖と緊張が、温かい空気に変わっていった。

蘭華は、ようやく顔を上げた。

その目に、わずかな光が戻っている。


「ありがとう……。

でも、今日はもうお店を閉めます。

明日も休みにして、みんな、ゆっくり休んで。

明後日からは、また元気に……Avalonを開けましょう」

「はいっ!」


キャストたちの返事が、驚くほど明るく響いた。

その声を聞いて、蘭華の口元に笑みが浮かぶ。


「その“はい”が聞きたかった」


 そう言って、彼女はそっと手を合わせた。

蓮司は黙ってその様子を見ていた。

彼の瞳は穏やかで、戦いの後の静けさに少しだけ安堵しているようだった。

 ――暴力で守るしかなかった夜。

でも、今この瞬間だけは、言葉と温もりが人を救っていた。

全員がそれぞれの荷物を手に取り、店の出口へ向かう。


「お先に失礼します、店長!」

「蓮司さんも、ありがとうございました!」


 ひとり、またひとりと、笑顔を残して去っていく。

蘭華は最後の子を見送ると、静かにため息をついた。

そして、カウンターの奥へ戻り、棚の上にある一本のボトルを手に取った。

 ――コカレロ・クラシコ。

透明な緑色が、照明の光を受けて宝石のように輝く。

蘭華はグラスを二つ出し、ボトルを軽く持ち上げた。


「……ねぇ、片付け、終わったら少し飲まない?」


その声には、先ほどまでの緊張が嘘のように柔らかさがあった。

蓮司は少しだけ笑って、カウンター越しに頷く。


「水でもいいなら、付き合う」

「もちろん」


 蘭華の微笑みは、Avalonの灯のように穏やかだった。

 ――店の夜は、ようやく静けさを取り戻していた。




すみません、遅くなりました!


明日22:00までには投稿します!!


重ねてお詫び申し上げます!!!

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