第一話:王家の秘密
夜が更け始めたころ、カリドは自室の窓から湖に映る月を眺めていた。普段静かなこの城も、年に一度の建国祭の時期はお祭り騒ぎとなるが、昼間の喧騒が嘘のように城は今静まり返っている。
明日の建国祭最終日に、カリドはこの国の王に即位する。初代王のハリム・ナロイドが建国30年目の建国祭で自ら王位を辞退したことに倣って、代々の王は建国祭を節目に世代交代を行っているのだ。
王族として生まれ、ずっと偉大なる王になることを夢見てきたが、カリドの心はどこか落ち着かず、胸の奥に重い石が沈んでいるようだった。城を包む静寂は普段カリドの心を落ち着かせるが、今は言葉にできない不安を掻き立てている。
「眠れないのか。」
低く厳かな声に振り返ると、カリドの父、ナイル王が部屋の前に立っていた。
「明日も朝から忙しいというのに部屋から明かりが漏れているので気になったのだ、具合でも悪いのか?」
続く問いかけにカリドは答える。
「いえ…、ただ、少し落ち着かなくて…あれだけあこがれていたこの国の王になれるというのに…」
ナイルは白髪交じりのあごひげを撫で、微笑みながら言った。
「無理もない。200年前偉大なるハリム王が興したこの国の歴史は深い、その国の王になるというのは想像以上に重く思えるものだ」
ナイルは続ける。
「懐かしいな。私も二十年ほど前、王になる直前の夜は不安と緊張で眠れなかったものだ。ちょうどお前と同じようにその窓から湖に写る月を眺めておったよ。しかしその夜に私の父が水王の間へと連れて行ってくれてな。」
カリドは驚いた。
「水王の間、ハリム湖の水が湧き出している秘密の場所と言われる、本当にあるのですか?たわいもない噂話だと思っていました。」
「ああ、存在する。当代の王にのみ伝えられる秘密の場所だ。明日王になるお前にはそのことを伝えねばならない、ついてきなさい。」そういうとナイルは部屋を後にした。
カリドは慌てて王についていきながら尋ねた。
「子供のころ父上に水王の間について聞いたときはそのようなものはないと言われたのに!はぐらかしていたのですね。」
ナイルは笑いながら答えた。
「砂漠にあるこの国にとってあの湖はなにより重要なものだ、まだ年端もいかない子供にその秘密を教えるわけにはいかん。」
「どちらにあるのですか?」
「すぐに着く、慌てるでない。」
廊下を歩くナイルの表情は先ほどより安心しているように見える。さきほどまでの暗い顔と打って変わって今のカリドは子供のように目を輝かせているからだ。まるで昔、王国の物語を読み聞かせた時のようなわくわくとした表情をしている。
話している間に二人は大食堂に着いた。今は使用人も誰もおらず、長いテーブルとその奥に王専用の大きな玉座が静かに佇んでいる。金色の装飾に赤色のクッションがよく映えている。ナイルは椅子の背の装飾を指でなぞりながら言った。
「この椅子の背もたれのところにな、仕掛けがあるんだ」ナイルはそういって背の部分をぐっと押し込んだ。すると、一部が沈み込むのが分かった。それと同時に椅子の背後が音を立てて動き出し、地下へ続く階段が出現した。奥のほうは薄暗いが階段は少し下った後平坦な通路に繋がっているようだった。
「さあ、行こうか」そういうとナイルは机の上のランタンを手に取り地下へと進み始め、カリドもそれに続いて降りていった。
階段の奥の通路は思いのほか長く、入口からかすかに聞こえていた水音は進むにつれ大きくなっていく。肌をなでる風は少し湿り気を帯びひんやりとしていた。
「父上は、王位につかれてから、不安などはありませんでしたか?」カリドの問いかけにナイルは答える。
「もちろん不安もあったとも。ただでさえこの国は過酷な砂漠にあり、数か月に一度は大きな砂嵐が発生する。そのうえ、南の大国はこの国を狙っている様子だ、私が即位するずっと前からな。おそらくは…この湖の秘密を狙っているのだろう」ナイルの返答を聞きながらカリドはランタンの灯りが照らす父の横顔を見つめていた。ナイルの顔には深いしわがいくつも刻まれていて、この国を襲う災いを何度も経験してきたことがうかがえる。
「しかし私は、水王の間でその不安に勝る覚悟を得たのだ」通路に響くナイルの力強い声は、カリドにこの先に待つものへの期待を高まらせた。
しばらく進むと目の前に石造りの扉が現れた。扉には玉座にあったのと同じような模様が施されている。
「この先に王家の秘密がある」ナイルはそういって扉の横のレンガを一つ押し込んだ。すると階段が現れた時のように、目の前の扉が音を立てて左右に分かれ、ひんやりとした空気が流れ込んできた。
扉の奥には薄暗い洞窟と小さな湖がひろがっており、水が流れ落ちる音が洞窟全体に反響している。湖の中央には大きな男の石像があり、腕を少し曲げながら胸の前で、両手で何かをすくうような姿をしている。石像はどこからか差し込んでくる月の光を受けて悠然と立っており、その存在感に思わず一歩後ずさりしてしまいそうだ。そして胸の前にかまえた両手の中には透きとおるような青い宝石がある。驚くことにその宝石からはこんこんと水が湧き出ており、両手からあふれた水はばしゃばしゃと音を立てながら足元の湖へと流れ落ちている。ナイルは石像を見つめながら言った。
「あの石像は初代ハリム王のお姿だ。そしてその両手に抱かれている宝石こそ、この国を潤す湖の源泉そのもの、ウォーターストーンと呼ばれるものだ。200年もの間あのように水を生み出し続けている」
カリドは説明を聞きながら宝石に見入っていた。もともと王国の外に興味があり、世界各地を回る行商人などに不思議な話をいろいろ聞いていたが、水を生み出す石など聞いたこともなかった。しばしの沈黙のあと、ナイルはカリドのほうへ向き直って言った。
「ウォーターストーンから湧き出した水はこの洞窟を伝って城の下部からハリム湖へ流れ出している。カリドよ、この美しい石を守ること、人々の生活を守ることこそが王の務めであり、明日からは王となるお前がこの石を守るのだ」こちらを向き真剣な表情でそう言うナイルと、その肩越しに見える石像両方に向けてカリドは言った。
「お任せください。」カリドは片膝をつくとつづけた。
「この国は、必ず私が守って見せます。」カリドの力強い返答を聞いたナイルはにっこりと笑うといった。
「よかった、安心してお前に王位を任せられるな。さて戻ろうか、早く眠らねば明日も早いからな。」そういうと二人は水王の間を後にした。
ベッドに入ったカリドは先ほど見た石像のことを考えていた。月明かりの下にその立つ姿は心の中にあった即位への緊張をきれいさっぱり流してくれた。にもかかわらず、カリドの心にはなぜかまだ一抹の不安がよぎっていた。
(きっとはじめて水王の間を見たから興奮しているのだろう。無理もない、ずっとおとぎ話だと思っていたものが現実に存在していたのだから!)
カリドはそう思い込み眠ろうとしたが、彼の脳は勝手に不安感の原因を突き止めようとしているようだった。しかしそれらしい答えも出ないまま、カリドの意識は散漫になってき、いつしか夢の中に溶けていった。




