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短編小説どもの眠り場

私は夏の怠惰

作者: 那須茄子

 夏休みとは、すなわち人間を堕落させる魔性の季節である。


 私はその魔性に抗うことなく、むしろ積極的に堕落し続けていた。午前十一時に起床し、冷蔵庫の中の麦茶を一気に飲み干し、扇風機の前に陣取っては「冷やし中華はじめました」のポスターを眺める。何も始めていないくせに、始めたふりをする冷やし中華に一種の親近感を覚える。


「俺も、何か始めたふりをしてみるか……」


 そう呟いてみるが、始める気は毛頭ない。始めることは面倒くさい。面倒くさいことは悪である。悪は避けるべきである。よって、私は今日も何も始めない。




 そんな私の怠惰な日々に、突如として一通のメッセージが舞い込んだ。


『先輩、今日遊びに行ってもいいですか?』


 差出人は、恋人になったばかりの後輩・藤崎さんである。彼女は文学部の一年生で、見た目は小動物のように愛らしく、性格もまた小動物のように好奇心旺盛である。なぜ彼女が私のような怠惰の権化に恋をしたのかは、未だに謎である。たぶん、間違えたのだと思う。


『来るがよい。冷やし中華くらいは用意しておこう』


 私はそう返信し、冷やし中華の具材を買いに出かけた。怠惰な人間にしては、驚くべき行動力である。藤崎さんの力は偉大だ。


 午後二時、彼女はやってきた。白いワンピースに麦わら帽子という、夏の申し子のような姿で。


「先輩、部屋暑いです」

「扇風機がある。文明の利器だ」

「エアコンは?」

「文明の暴力だ」


 彼女は笑った。

 私は冷やし中華を差し出した。彼女はそれを見て、また笑った。


「冷やし中華、はじめました?」

「いや。冷やし中華、続けてます」


 二人で冷やし中華を食べながら、私はふと思った。怠惰な日々も、誰かと過ごせば少しだけ意味があるような気がする。いや、気のせいかもしれないな。恋人だろうと、そこは変わらないだろう。この先も。うん。


「先輩、来週も来ていいですか?」

「冷やし中華がある限り、歓迎する」


 もちろんさ。

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微妙な距離感の心地良さ〜  (*´ω`*)
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