第四章 紅葉(クレハ)の始まり②
オープニング曲 『クレハの季節』
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それから数刻。
時計が無いのでどれほどかは分からないが。
しかし、どれほど仕合っても、掠ることすらできない。
それどころか。
「ハァァッ!」
刀身を我が身に隠し、間合いを詰めに詰め、一気に振り抜く。
しかし、事もな気にするりと躱され、それどころか踏み込んだ右足を払われ、私は無様に地に転げる。
そして喉元に木刀の先を突き付けられた。
ひんやりと冷たいようなそうでないような木の感触が首筋に当たる。
「また俺の勝ちだな」
「ハァッ ハァッ ハァッ ハァッ 」
「起きろ」
「ハァッ ハァッ はいっ!」
まだ終わりじゃない。そう思って立ち上がり、構える。
「どうしてお前は剣を振いたがる?」
「それは…相手を斬らなければ【設定】を奪えないから…」
「お前は他人から奪うために戦うのか?」
「いえ…それは…」
相手から【設定】を奪わなければ勝負は終わらないのがこの世界のルールだ。だから、先生の言う、奪うために戦うのか、という問いも、それを打ち消した私の返事も、どちらもおかしい。しかし、おそらく先生の意味するところは別だろう。犯罪のため、というニュアンスが、多分にあると思われる。
「どんだけやってもそれじゃ意味がねぇ。ちと頭を冷やせ」
そう言って先生は、木刀をほっぽり投げると、道場から出て行ってしまった。
しかし。
これは珍しい事ではない。
『実践から学べ』
先生の口癖だ。
正直、ヴァンフォード先生は弁が立つ方ではない。だから、いつも教え子たちに考えさせ、その考えを先生自身の身で、通用するのかどうか試させる。言葉で言われただけでは「あっ、そう」で終わってしまうような事でも、自ら考え実践したことは、頭と身体が同期する分、忘れることもない。それゆえ、ヴァンフォード先生に認められた門下生は、その後の活躍も目覚ましい。
私は、そのお眼鏡にかなわなかった訳だが。
だが、ほっぽらかしというわけでもないのだ。
稽古中の先生の言葉は、実は示唆に富むことが多い。それをヒントに生徒は考えに考える…のだが。
今日の私が言われたのは、唯一さっきの
『どうしてオマエは剣を振いたがる?』
だけだ。
剣を振らねば相手は斬れない。突けば良いのかと思いきや、それも散々やってこのザマなのだ。悲しいくらい、私は頭が悪い。
何度も先生の言葉を繰り返し反芻する。
それで、ふと、思い出したことがある。
先日の、モルドレン市街地での戦闘。
赤服なのに団長章を付けた、とても強い女性。
多分単純な腕力では私が優っていただろう。何しろ彼女の剣はレイピアなのだ。一方こちらは大剣。本来なら一振りで剣も彼女も吹き飛ばせるはずなのに、それができなかった。彼女の剣は、こちらの力を巧く受け流し、そこで終わらず突きにくる。大剣を受け流された後では体勢も崩れ気味なので、そもそも突かれたら躱すのが難しいのだが、そこへきて彼女はとてもキレのある鋭い突きを放つ。躱しきれず掠める場面が幾たびもあった。彼女はその美貌も相まって、美しい剣士、と言って差し支えない。あの女性に勝てるなら、誰にだって、それこそヴァンフォード先生にだって勝てるに違いない。
あー、ダメ。分かんない。
道場に、大の字で寝っ転がり、天井を見る。
朝は、とっても良い気分だったのに。
現実を突き付けられれば、こんなもんか。
私はこんなもんなのか。ガッカリだ。
【設定】は自由に使えているはずなのに。
騎士服も。
大剣も。
…大剣?
ちょっと待って。
朝一番、私は先生に何と言われた?
相変わらず『それ』か、と。
『それ』とはもちろんこの剣のことだろう。
それを冷ややかに『それ』と言われた。
少しカチンときたせいもあって、忘れていた。
大剣を使うのは、私の主義主張のようなもの。レイピアのような軽量の剣だと、相手をノックダウンするには有効な攻撃を幾度も入れなければならない。それが、大剣なら当たれば一発で済む。実に合理的だと思うのだが…
…そして、自分で言っておいてなんだが、当たれば、か。
朝、先生はこうも仰っていた。
「当たらないなら何着てても同じ」、と。
つまり、始まる前から、私は見切られている。
剣を抜く以前に、すでに負けが決定していたのだ。
なんてこった…
それでも先生は、止めろとは言わなかった。考えろ、と仰った。
なら、どこか何か、勝路があるということだろう。
先生の動き。
赤服団長章の彼女の動き。
頭の中で何度も何度も再生してみる。
二人とも、動き出しが速い。私が剣を振り出す時にはすでに体でなり剣でなり躱すモーションに入っている。
…待って。逆に考えてはどうだ?
二人が速いのではなく、私が遅いのだとしたら…?
大剣に拘るあまり、それを使いこなせず、その重さで動き出しが遅いのだとしたら…?
シャルたちと一緒だった頃には思いもしなかった。相手の武技が未熟だということもあるが、何しろシャルが捕縛で足止めしているのだ。動けない相手を斬るなど容易い話、私の剣が遅かろうが、問題は起こらなかった。
今更そんなことに気付いたか。多分、赤服の彼女も同じ悩みにぶつかったのかもしれない。それでレイピアを選び、大剣にも負けない技術を積んで。
恥ずかしい限りだ。努力、というなら私だって負けずにしてきたつもり。でもその方向が間違っていれば、出る芽も芽吹かないということか。
だから、決めた。
私は、一旦全てを棄てる。
捨てて、私は生まれ変わろう。
もう主義主張なんか、要らない。
まずは、この大剣を、棄てる。
棄てたとして、では自分に合った武器は何なのか、振り出しに戻ることになる。先生に伺ってみるという手もなくは無いが、考えろと言われて終わりだろう、多分。
道場の壁に掛かった、様々な武具。ほぼ一揃え用意されている。練習用だから刃引き、致命的な殺傷能力はないが、それでも生徒は実物を手にし、これと思ったものを、自らの【設定】で創り上げるのだ。
端から順に、手に取っていく。振り回してみる。今日の相手、ヴァンフォード先生をイメージして。
そうして手に取るうち、今まで全く目に止まらなかった武器が目についた。
薙刀。
槍のような刀。
突き刺すだけでなく、振り回す事で切断も可能だ。弁慶が持っていたヤツ、と言えば通りが良いかもしれない。
手に取りひと振り。その瞬間、頭の中にパアッとイメージが湧き上がった。当然、大剣より軽いので振り出しは速い。柄が長い分リーチが稼げるから、相手が飛び道具や魔法でも使わない限り、こちらの攻撃有効範囲は広がる。軽い分破壊力は大剣に比べ落ちるが、柄の長さが回転による運動エネルギーを生み出し、それを補うのでは…?
きっと今、私の頭の上にはピコーンと輝く電球が描かれていることだろう。
これだ!と思った。それなら…【設定】で創り上げてしまうか? 逮捕拘束されている身ではある。それでも今、凍結は解除されている。【設定】を使っていいと言うなら創り上げても問題無いのでは? 何より、その判断を下す立場の先生が、木刀をほっぽり出して不在なのだ。何かあったら、責任は先生に取ってもらおう…!
イメージするんだ。
今、私が欲しい物。
薙刀だが、道場の備え付けよりももっと刃渡りがあっても良いと思う。
むしろ大剣から乗り換えた違和感を最小にしたい。
でも刃を重くし過ぎず。
それが、新しい、私の相棒。
できた。
これが正しいのかはまだ分からない。これから先生と打ち込みして、初めてそれが分かるのだ。
そうなると…早く戻ってきてくれないかな、と思う。正直、ワクワクしている。まるでイタズラを仕掛けた子供のように。
素振りをしていて思った。
邪魔だな。
髪、切っちゃおっかな。
私の髪は、長い。この長い髪は、これも私の主義主張のようなもの。理系の学部を目指しながらも文学少女だった私の記憶。私たらしめるもの。でも、もう要らない。主義主張なんて、みんな捨てちゃうって、決めたから。
どこで切ろう? 美容院とか、行って良いのかな? いや、今すぐ切りたい。思い立ったが吉日と言うし。
…なんだ。刃物ならここにあるじゃないか。
試し斬りも兼ねて。ズバッとやっちゃおう!
この薙刀で!
三つ編みで束ねた長い髪を左手に持ち、刃を当て、グッと一息に!
ザ…
驚くほどあっさり、スパッと切れた。切り離された髪の毛の束。いま私の左手の中で力無くダラリとうな垂れるそれは、過去の私という死体。過去の私そのものだ。
さてこれ、どうしよう?
道場のドアの音。先生が帰ってらした。
そうだ、先生に聞いてみよう。どこに捨てたら良いのかな?
それで、先生の方を見る。
ドアの前で、片手にビニール袋、もう片手には飲み物を持って、口をあんぐりと開けて突っ立っている先生が見えた。
「バカヤロウッ!」
怒鳴られた。
「藤枝ァッ! お前…なんてことを…だって、お前、髪は女の命っていうだろ! そんな、お前、命を粗末にするんじゃねェっ! 全く、お前ときたらぁ…ちょっと来いっ!」
ドッと駆け寄り、私は手首を掴まれ、引っ張られた。
「えっ? あのっ?! 先生、どこへっ?!」
私に驚く以外の何ができようか。
「オランジェットのところだッ!」
「あの! 私、どこも悪くないですけどっ?!」
「違うッ! その頭! っていうか髪の毛! そんなバサバサでどうするっ? あいにく床屋に出してやるわけにはいかんから、とりあえずオランジェットなら何とかしてくれるだろう!」
オランジェット先生は便利屋なのだろうか?
支部舎保健管理室へ連行される。
ドンドンとノックもほどほどにヴァンフォード先生はズカズカと中へ入る。私の手を引きながら。
「オランジェット! コイツの頭、どうにかしてやってくれないか!」
「頭って…ぐぅッワハハハハハハハハハハ!」
今度は笑われた。怒鳴られた後、笑われた。
「なーにやってんの、カヱデちゃん!」
「あの、気分転換に…その…」
「ふぅぅ…分かったわ。ちょっと待ってて。あ、ヴァンフォードさんは戻ってて。あとでこのザンギリ頭ちゃんをお届けするから」
「分かった。それじゃ、よろしくお願いしますよ!」
と、勢いよく帰って行ってしまった。
「それじゃそこ掛けて。ちゃちゃっと整えちゃうから。本職じゃないから、あまり期待しないでね。とりあえず、彼に叱られないようにはするから」
「はい、すみません…」
「見かけによらず大胆なのねぇ、カヱデちゃんは。何で切ったの? これ」
「…薙刀、で」
「…バカなのかな? キミは」
オランジェットさんは腰に手を当て、首を傾げて呆れ顔だ。
「…すみません…」
チョリチョリと、ハサミが髪を切る音。
「何で切ったの? ってのは…気分転換、か」
「…変わりたくて…」
「…今までの自分を切り捨てて?」
「…はい」
「ま、気持ちは分かんなくもないか。でも、薙刀はないわー」
「…すみません…」
「…多分これ、髪型の【設定】が壊れたわね。そういう意味では新しい自分には成れたかもしれない」
「…はい」
「でもねぇ、カヱデちゃんは多分真面目っ子さんだから。辛い時、苦しい時、溜め込まない方がいいわよ?」
「え…? …はい。ありがとうございます」
「気楽に話しができる相手が身近にいればいいんだけどね…で、と。ハイ、できた! 鏡がないのは残念ね。せっかくの生まれ変わった姿を自分で見られないなんて」
その通りだと思う。自分がどう変わったかをこの目で見られないのは、まさに残念の一言だ。
でも、ずっと私の頭の後ろにあって、自分を後ろに引っ張っていた重いものが無くなったような、そんな爽快感、軽快感がある。
ともかく髪を手で触り、どんなものかを想像してみる。
尼削という言葉がある。平安時代あたりでは出家するのにこんな髪型にしていたと聞く。多分、そんな感じだ。
「ありがとうございます」
「うん。可愛いね。元々美人さんだけど、18、だったっけ、年相応の可愛らしさが出たよ」
「そ、そんな…! あの、ありがとうございます」
照れるな。でも同性からだって、可愛いと言われれば嬉しいものだ。もっとも異性から言われたことはないので比べようはないんだけど。
「さぁ、彼のとこ、行こうか。鬼教官のツノがニョキニョキって伸びないうちに」
とオランジェットさんは頭の上に左右2本、人差し指のツノを生やしてみせる。
「ふふ。はい」
◆
エンディング曲 『私だけ(F)』
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