第一章 シャルの日記③
オープニング曲 『クレハの季節』
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目を開けると灰色の天井、そして周囲に白いカーテン。
一目で病室と分かる場所。
「ここは…」
「お目覚めかしら?」
シャッ
カーテンが引き開けられ、白衣の女性が一人。
「私はマリア=オランジェット。モルドレン支部の保健医をやっています。体調急変と聞いて呼ばれました。ここは拘置所内の処置室ね。あなたの立場上、本舎には運べないから。それで、具合はいかが?」
理知的な、でもやさしい物腰で問いかけられた。
「すみません。大丈夫です」
「そう。それじゃ…」
と言って立ち上がり、部屋のドアを開け頭を外に出すと
「藤枝さん目覚めましたー。危険は無さそうなので皆さん引き上げていただいて結構でーす。フリームスさーん、お入りになって結構ですよー」
と、大きく元気な声。
こういう元気な声、久しぶりに聴いた気がする。
いつ以来?
…そうか、かつてモルドレンにいて以来、か。
一度閉じられたドアがノックされ、フリームス検察課課長が入ってきた。
「藤枝君、加減はどうかね」
「おかげさまで。ご心配をおかけしました」
頭を下げる。
私は犯罪者なのに。モルドレンの女性への扱いはこうしたところにも生きているのか。
「状況確認のため取り調べの内容と様子を確認させてもらいました。あなたが直前に読んでいたというものも見させてもらいましたが、刺激が強過ぎた、というところかしら。あんなものを女性に読ませるなんて、ここの男ドモはモルドレンの精神が欠けてるんじゃないかしら? ちょっとお灸を据えないといけないかしらね」
「おいおいオランジェット先生、それは捜査上の必要があってだな」
「いえ、そんな。私から言い出したことですので。それに、私が嫌悪感を持ったのはそういったところではなく、読んでいて、その当時のことを思い出して、それで」
「フラッシュバックってヤツね。忘れているようでも、ふと脳裏に当時の記憶が蘇って、人によってはそれで体調を崩すこともある。キツいようなら拒否してもいいのよ?」
「いえ、やらせてください」
「あなたがそこまでする意味って?」
「仲間を救いたい。それだけです」
「いかがします? フリームスさん」
「ふーむ。捜査協力が得られるというのはありがたいが」
「あの、よろしければ、なのですが、少し時間をいただけませんか? それと紙と筆記用具を。それを読んで思うところが多々あるのですが、全てをきちんと話し切れるか自信がないので、書き記そうと思うのですが」
「そこまでされるのはこちらもありがたいが…ならば条件がある。君がそれを書き切るまではオランジェット先生の監視下、この部屋を使うこと。トイレなどは許可するが、見張りを付ける。もちろん、女性のね。それでどうかな?」
「願ってもない話です」
「オランジェット先生も、それでお願いできるかな?」
「本舎で急に呼ばれるようなことがなければ」
「よろしい。それでは」
◆
こうして私は、かかりっきりで手記とも呼べるそれを書き続けた。
昼食もほどほどに日記を読んでは書き続け、終わったのは西陽が差し込む頃だった。
「オランジェット先生。これを」
「ご苦労さま。確かに預かりました」
「それでは、私は自分の居るべき場所に戻ります」
「そう。残念。話し相手になってくれるかな、って思ってたんだけど。フフッ」
「今は…そういう立場ではないですから」
「それもそうね。藤枝さん…いえ、カヱデちゃん、かな? あなた、真面目なのね」
「そんなことは…とは思いますが、周囲の評価からして、そうなのだろうと受け止めています」
「そんなに硬く考えないでも。私、あなたが男女の、特に身体の関係に嫌悪感を持っているんじゃないかって思うんだけど、男と女の関係って、不可解なモノなの。理屈じゃ割り切れない。肌を重ねることで分かり合えることがあるって、憶えておくといいわ」
「…そう、ですか…理解できるよう、精進します」
「努力してどうって話じゃないんだけどね。では警護を呼びましょう」
「お願いします」
◆
こうして、私は本来いるべき場所、牢へ戻された。
先ほどまでとは打って変わって薄暗い部屋。
そして一人きり。
一人でいると、色々と考えてしまう。
私自身のことはもちろんだが、ゴリ男君やモヤシ君のこと。
それに何より、シャルのことだ。
日記を飛ばし飛ばしで読んだだけではあるが、シャルは…ハルキを、確かに愛していた。
始まりは彼女の勘違いからなのかもしれない。
強引に身体を奪われ、ハルキの男を受け入れて。
それでも、彼女の中に、ハルキに対する愛が育っていったことが、文面からありありと感じられた。
一方で、ハルキは彼女に飽きていたことも読み取れた。
それは私が拾われる少し前。
そんな頃に私がノコノコと現れたのだ。
私にとって彼らは共に旅をする仲間、だと思っていたが、シャルにとって私は、二人の愛の巣に入り込んだおじゃま虫でしかなかった。
先ほどのオランジェット先生の言葉が重くのしかかる。
男と女は不可解。肌を重ねることで分かり合える、か。
死んでなお分かり合えないとは、人とは業の深いものだ。
昨日の夜以降、シャルがどうなったのか、知らない。
「見ない方がいい」と言われた以上、あれこれ聞いてはいけない気がしたのだ。
形態亡失。
自分自身の存在を否定するほどのストレスが掛かったとき、この世界の人は、その姿かたちを維持できなくなってしまう現象のことだ。
日記を読んで、そうなったことがよく分かった。
彼女にとって、ハルキへの愛は、シャルをシャルたらしめる絶対的なものだった。
それを失った今、彼女は自分が何者であるかすら、分からなくなっているのだろう。
自らの形を、失うほどに。
エンディング曲 『私だけ(F)』
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