第一章 シャルの日記①
オープニング曲 『クレハの季節』
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薄暗い牢。
先ほど取り調べが終わって、私はここに入れられた。
最低限の用を足すところと、身体を横たえるのがやっとの寝床。
下はきちんと均されていない、冷たい石畳の地面。
今の私には、お似合いの場所だ。
◆
私こと藤枝カヱデは、反町ハルキ率いるチーム――――本人は『暗黒龍』だなんて勝手に呼んでいるけど――――に身を置いている。この世界では、群れていなければ狩られる立場になるからだ。弱肉強食が文字通りの世界。
その旅の途中、ヒエロフという小さな町で、カナート君たちと出会った。彼と一緒にいた、小さなかわいい女の子。名をメルリというそうだ。
ハルキは、彼女を欲しがった。ハーレム作りは諦めていないようだ。あちらのチームのリーダー、ミキさんとも、過去に何やら因縁があるらしい。そのせいなのか性格のせいなのか、ハルキは待ち伏せて不意打ちする作戦に出た。卑怯な、とは思うが、これも弱肉強食の世界だからと自分を言い聞かせた。
そしてその作戦は、失敗だった。
ハルキはカナート君の不思議な剣の前に敗れ去ったのだ。
これでおとなしく引き下がっていれば良かったものの、ハルキの性格だ、黙ってはいられまい。案の定、カナート君たちを追うことになった。復讐のために。
そしてこのモルドレンで、彼らを見つけた。カナート君とメルリちゃん。二人が街を歩いているところを、偶然にも見かけたのだ。
二人は…楽しそうだった。カナート君と手を繋いで歩くメルリちゃんは、とてもとても幸せそうだった。羨ましいとかそういうのを通り越して、幸せそうな彼らを見ているだけで、こちらもほっこりと幸せな気分になる。
…ならない人もいる。
言うまでもなく、ハルキだ。
ハルキは「行くぞ」と言ったきり、黙り込んだ。黙って歩き始めた。そして手近なビルを上り、屋上までやってきた。また、不意打ちするつもりだ。
しかし、その目論見は外れた。計略は失敗だった。何者かにハルキの魔法【凍結烈焼】を防がれた。簡単に言うが、あれを防ぐには相当な魔力と技術が必要だ…白騎士団が関与している? ならば…このまま立ち去った方が賢明なのだが、そうはいかない。あの男は直接対決を所望した。
ミキさんたちと戦闘となるのだが、案の定、白騎士団が一枚噛んでいた。彼女は、とても強かった。
私たちの時間稼ぎで放った【凍結烈焼】も、例によってカナート君の不思議な剣で霧散した。味方まで、シャルまで巻き込んだというのに。
激昂したハルキは、モヤシ君に召喚を命じた。そしてあろうことか…召喚に応じたのはキメラだった。それも、これまで見たことのない、大型の。そのキメラを私たちは破るどころか止めることさえできず、街はみるみる破壊されていった。私はハルキの姿を探した。しかし…いつの間にかアイツは、逃げていたのだ。私たちを置いて。
◆
多分取り調べは私が一番長かったろう。
争点は、キメラが街で暴れた原因が誰にあるのか。
呼び出したのは確かにモヤシ君だけど、それを命じたのはハルキ。
でも、あれを倒したのは、向こうの…初めて見る子、だった。
彼女は突然現れて…強力な魔法で、化け物を消し去った。
魔法防御を無視して貫く。
多分あれは【凍結烈焼】が目じゃないほどの力。
属性の相性もあるだろうけど。
そんなこと、お構いなしの、圧倒的な力。
あれを私たちが喰らっていたら…シャルが【凍結烈焼】を喰らったより、酷い有り様になっていたに違いない。
そのシャルは…今はどうなっている分からないが、とても取り調べに応じられる状態ではないだろう。
だが、キメラを呼び出すことを命じた本人が姿を眩まし、その彼を一番知ってるはずのシャルがそんな状態では、捜査も進むまい。
夕刻。
明かり取りの小さな窓から、血のように赤い夕陽が差し込む。
日没と同期しているのか、通路に申し訳程度の照明が灯る。
しばらくして通路のドアが開き、そしてカラカラという音。
私の部屋の前にでそれが止まる。
配膳のワゴン。夕食の時間のようだ。
ワゴンには4食分。ここに捉えられているのは私たち4人だけということだ。
そのうちの一つが、格子の隙間から差し入れられる。
私は小さく「ありがとうございます」と礼を言って、それを眺める。
正直、食欲はない。
一つ、一つと差し入れられる音。ゴリ男君の声。モヤシ君の声。皆一様に小さい。
その隣がシャルなのか、と思った矢先、悲鳴が上がる。
驚いて顔を上げると、先ほど配膳してくれた女性が、大慌てでここを出ていった。
ワゴンもそのままに。
そして間も無く、大勢の職員がやってきて、奥へ進む。
その行き先、シャルの、部屋?
気持ちが沈んでいるにしても、私とて気になる。
「何かあったんですか?」
目の前の職員の方に、聞いてみた。
「形態亡失が起こっているらしい」
「形態…亡失?」
「君は、見ない方がいい」
◆
翌朝。
私は牢から出された。
無論それは釈放ではなく、昨日の出来事の取り調べのために。
手錠が掛けられるが、後ろ手ではない。
そして、私の両手首にある2つの金属の輪には、ハンカチのような布が巻き付けてある。
おそらく、私が女性だということの気遣いなのだろうと受け取った。
モルドレンはニンフ信仰の強い街だ。
ニンフは全て女性だと聞く。
そのせいもあってか、この街では、男性全てが女性に対して優しい。
甘やかす、というのとは違う。
平等かつ対等。
女性は言いたいことがあるのなら、はっきり言う。
それに正当性があるのなら、男性はそれに従う。
逆はもちろんのこと。
その上で、男性から女性への気遣いがある。
その優しさに優しさで応えれば、争いなど起きない。
よってこのモルドレンでは、異性に対する気遣いや優しさに欠けた言動があればとても諌められる。
ここでは街の皆がそのようにする。
子供のうちからそう育てれば、と思うところだが、この世界では子供は生まれない。
それはそうだろう。
なぜなら、この世界では、誰も成長しないのだから。
老化、その先にある死。
それがないのなら生命の誕生もありえない。
もっとも、私たちが生命であるかどうかも怪しいのだが。
子供、と言えば。
この世界に来てから初めて思った。
子供は、欲しかったな、と。
女性であるこの身の、最たる能力を発揮してみたかった。
男性にはない、新しい命をこの身に宿し、育み、産み出す力。
生命の誕生無き世界に来て初めて思うのだから、我ながら我儘、というか、ないものねだり、というか。
結婚。
妊娠。
出産。
それ以前に…
享年18、三度の夏至の日を迎え、今年もその時期が近づいているから生前の数え方でもうすぐ22、か。
それまでの間で恋愛の経験すらない自分が何を言っているのか、とは思うのだが。
モルドレンの男女の関係は、この新しい生命が産まれぬことに起因するかもしれない。
育児という要素が無ければ男女が同じ役割分担でも、何ら問題は起きないのだから。
さて、そんなことを考えているうちに、拘置所内の取り調べ室まで連行されてきた。
昨日と同じ部屋、ではあるが、待っている人が違った。
あの制服。モルドレン法務局だ。
つまり私、あるいは他の誰かが、この街のルールに、痛烈に反したと考えられる。
あんなキメラを呼び出して、一部とは言え街を壊してしまったのだ。
無理もない話である。
◆
エンディング曲 『私だけ(F)』
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