序章 藤枝『紅葉』の帰郷②
オープニング曲 『クレハの季節』
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モヤシ君はもう少し後になってから。
本名は沖田広海という。
『モヤシ』という名はハルキが付けた。
その名から想像できる通り、色白で華奢な体つき。
女の私から見ても、可愛くて整った顔。
羨ましいくらい。
だが…その美貌が、彼の不幸を生み出してしまった。
ハルキは、彼に女性物の服を着るように命じたのだ。
服選びは私に命じられた。
男の子が着る女物の服を、私が?
困ったことに、何を着せても似合ってしまう。
華奢な身体が、ありとあらゆる服を許容してしまう。
ピンク色でフリフリのレースが付いた服も、彼は容易く着こなしてしまうのだ。
モヤシ君自身はそのことをどう思っているのか。
様子から察するに、可愛い服を着る度、着替える度、喜んでいる気がする。
顔を紅潮させ、うっとりしているのだ。
あまつさえ、似合うかと私に聞いてくる。
満更でもないならそれは彼にとって幸せなことなのかもしれない。
しかし。
ある夜。
その格好で、ハルキの部屋に呼ばれた。
何か話し声の後…彼の、モヤシ君のリズミカルな息遣いが聞こえてきた。
やがてそれは声となり…絶叫となった。
彼は、その声すら可愛らしい。
シャルのソレよりも、よほど。
そう感じるようになったのは、私も倒錯してきたからなのだろうか。
そうではない、と思いたいが、いかんせんこのチームの中には正常という物差しがない。
私は、自分の中の正常を物差しとするしかない。
水音が聞こえてきた。
しゃぶっているのか。
今の今まで、自分の中に入っていたソレを。
ハルキの低い唸るような声。
シャルの、甘く鼻を鳴らすような声。
それらに、水音が被る。
モヤシ君は、何も女装要員というわけではない。
彼のスカウトの経緯は他と異なっていた。
彼は召喚魔法が使える。
しかし、まだ技術的に未熟な時期に、不相応な大物を召喚してしまった。
キメラだ。
キメラは厄介だ。
物理攻撃で簡単に仕留めることができたかと思えば、魔法攻撃しか通らないこともある。
さらに属性のこともあり、偏った属性の魔法持ちでは太刀打ちできないこともしばしば。
呼び出したモノをモヤシ君は戻すこともできず倒すこともできず、それは暴れ回る。
そんな厄介な相手に、ハルキの魔法が勝利した。
モヤシ君はハルキに恩を受けた形になり、以来、私たちと行動を共にするようになった。
初めの頃は、間違って召喚してもどうにかしてもらえると喜んでいたけど。
ドアが開く音。
その方向を見ることすら嫌。
…モヤシ君が呼ばれる。
返事も無く、立ち上がり、俯いて、行った。
ドアが閉まる。
その微かな空気の流れに乗って、ハルキの部屋に充満しているニオイが運ばれ、ダイニングに漂う。
気持ち悪い。
吐き気すら。
モヤシ君の声はしない。
ハルキが何かを命じる声が低く聞こえただけ。
そして…3回戦が始まった。
それでも、モヤシ君の声は聞こえない。
何をさせられているのか、何もしていないのか。
モヤシ君が女装させられて分かったことがある。
ハルキは、多分ハーレムを作ろうとしているのだ、と。
このチームに何度か女の子が入ってきたことがあった。
何者かに襲われているところをハルキが助け。
それが彼のナンパ術のようだ。
しかし、長くは続かない。
長くても3日後にはいなくなる。
関係を迫られて、といったところだろう。
そのあたり、学ぶという事が無いのか?というのが不思議だ。
失敗から学べなければその先も同じ結果だろうに。
ギシギシと、ベッドが軋む音。
それは絶えず鳴り続けているのだが、時折音の質が変わる。
その上で、動くモノの質量の違い。
二人の体重差、体格差を如実に語る。
今聞こえてくるのは軽い方、だ。
ハルキの思惑に気付いたことで、自己嫌悪に苛まされる。
私は、そんなアタマの悪いナンパに引っ掛かり、ハーレムの一員になり掛けたのだから。
あるいは、外から見れば一員と見做されるかもしれない。
気持ち悪い。
あんなヤツに靡いていると思われるなんて。
それでも…力尽くで私の身体を奪わなかった分、紳士ではあるのか。
だからと言って、心から、などと言い寄られても気持ち悪いだけなのだが。
シャルの声。
盛んにハルキの名を呼ぶ。
でも、ハルキがシャルの名を呼ぶ声は聞いたことがない。
今日もそれは同じだ。
単に低く小さな声だから聞こえないのかもしれないが。
ハーレムと言えば、ヒエロフで見たあの子。
とても可愛らしい子だった。
ハルキが欲しがるのも無理はない。
「ご主人様」と呼んでいる男の子が一緒だった。
彼は…とても強かった。
今思えば、あちらのグループを不意打ち、それに失敗した時、実は勝敗は決していたのだろう。
ハルキの魔法を、【凍結烈焼】を、目には見えぬ剣の一振りで打ち消してしまった。
なんなのだ、あれは。
魔法ではない。もちろん剣技でもない。
そして、その後。
彼の不可思議な剣に…ハルキは敗れた。
ただの敗北ではない。
【設定】を丸ごとゴッソリ抜くなど、どうすればできるのだ?
そればかりか、奪った【設定】を返す、などと…
彼曰く、他人の設定には興味がない、のだそうだが…
アマちゃんか。
そんな甘い考えで、この世界を渡り歩けるものか。
行為中にハルキがシャルの名を呼ぶことはないとは言ったが、今日は少し違っている。
間違いなくハルキの声で「チクショウ、チクショウ」と何度も何度も。
それに合わせ、ビタンビタンと肉を打ちつける音。
それとはお構いなしにシャルの声は絶頂へ向かい高まっていく。
シャルが言われている訳ではないようだ。
その彼を、今、私たちは追っている。
もちろん、ハルキの一存で。
無理もない。
公衆の面前で丸裸、粗末なモノを曝け出されてしまったのだから。
ハルキの性格からして、それに復讐しないなど、ありえない。
ハルキは、敗北を認めない。
己の敵わぬ強い者の存在を認めない。
学習効果は期待できない。
それならこのまま進んだその先には…何があるのだろう?
勝てればいいが、負けたら…私は、私たちはどうなるのだ?
でも、今はそれを考えまい。
考えたところで、答えは出ないのだから。
「チクショウ、チクショウ」はまだ続く。
…彼に負けた憂さをシャルにぶつけているのか?
だとしたら尚更、私は願い下げだ。
そんな目的でそんな男に抱かれたくは、ない。
「チクショウ、チクショウ」が途切れ、シャルの絶叫が響く。
良かったね、ここが森の中で。
そしてそんなモノを聞かされるのが私たちだけで。
誰からも苦情が来ない、こんな世界で。
私たちはモルドレンへ向かっている。
彼らはサージエンスへ向かったとヒエロフで聞いたのだが、入れ違いだったようだ。
モルドレン。
できれば行きたくない街。
敬虔なニンフ信仰。
サージエンスから引かれた水道で潤う。
中世ヨーロッパと近代建築が調和した、美しい街並み。
私は、この街が大好きだ。
この世界に転生して、初めての場所。
こんな素敵な場所で第二の人生が始まるなんて、私は運が良い。
そう思っていた。今でもそう思う。
でも…
私がかつて目指したのは、白騎士団モルドレン支部治安部。
だから…私は今スタート地点に戻ろうとしているのだ。
私は団を、何も言わず、何の手続きもすることなく抜けてしまった。
治安部出身であれば追っ手がかかると聞いたが、民生部はそれほどでもないのか、何事もなかった。
ただ用心のため、名を『カヱデ』と変えた。
以前は『紅葉』と名乗っていた。
生前の本名だ。
姓である『藤枝』は、変える気にならなかった。
名前を変えて違う私になることに抵抗はなくとも、姓を変えてしまうのは、過去の自分、生前の自分との繋がりが絶えてしまう気がして、怖かったのだ。
結婚でもすれば姓が変わるのは珍しくもないのに。
『藤枝紅葉』は二度死んだ。
私は今、『藤枝カヱデ』として、あの街へ帰る。
…行きたくない、といっておきながら…
もう一度、お会いしたい人がいる。
忘れたつもりでいた。
でも、モルドレンの名は、あの人とセットなのだ。
忘れられなかった。
今の私の姿を見て、あの人は何と言うだろう?
どこまでも真っ直ぐなあの人は、今の私を、逃げた私を赦さないだろう。
だから会いたくない。
でも…
この板挟みが辛いから、モルドレンには行きたくないのだ…
また…始まった。
モヤシ君には悪いと思うが、彼を助け出すことはできない。
何と言えばいいのか、慰めることもできない。
ただ時が過ぎるのを耐えるだけ。
朝食は、二人分、用意しなくてもいいのかも。
出発は昼前になるだろうから。
エンディング曲 『私だけ(F)』
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