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 わたしは、鞄の中から《例》の手紙を取り出す。まだ中身は見ていない、内容を読む。


 思ったとおり……。内容はとても、くだらないものだった。


 だが、そこから得られるものも多い。まず、この手紙の送り主が《女子》であること。それを示すのが、字の特徴、癖である。この手紙には、女子特有の丸みを帯びた字が、いくつも見られる。これが男子だった場合、角張った字を書く人が多い。中には筆圧、筆づかいによって変わってくるが、字の特徴というのは――小さいころから身につけた、個人の癖が固定化して文字として現れるものである。


 次に別のクラスの可能性について。


 正直、その可能性は低いと、わたしは思っている。


 そこには、いくつか理由がある。まず手紙の内容が、わたし《個人》を脅すような内容が書かれていたこと。他のクラスとの接点が、わたしにはなかったこと。にもかかわらず《脅迫状》に近いような文章が送られてきた。そこから考えると、手紙の送り主は、クラスの女子の誰かの可能性が一番高いのだ。


 さて、ここから、どうやって相手を特定するのか、それについて、もう考えてある。思いついたのは《指紋》を採取するやり方だ。


 これは、あとで知ったことだが……。きっかけは、小学生の夏休みの自由研究である。姉が興味本位で読んでいた一冊の本から始まった。


 ――《この世に同じ指紋を持つ人は一人もいない》――


「…………ほんとかなぁ?」


 そこには、二つの理由が書かれていた。


 指紋は同じ指紋を持つものはいないという《万人不同》と呼ばれるものと、一生涯変化しない《終生不変》の二つの特徴を持っているからだそうだ。


 そこで一つ疑問に思う。


 もし同じ遺伝子を持つもの、たとえば《一卵性双生児》の双子とかなら《百パーセント》同じ遺伝子を持っているので、結果的に、同じ指紋になるのではないか、と。


 さいわい、それを確かめられる、良い相手がいた。


 机の上で、うなり声を上げながら夏休みの宿題と、にらめっこする。ヒナの姿があった。その横には、空きのコップがある。さっきまで、ヒナが使っていたものだ。


 そこに、オレンジジュースを、なみなみ注いだ。


「どうしたの? 今日は、やけに気が利くけど?」


「頑張っているヒナに、これくらいのサービスは、してあげないとね?」


「……なんか、余裕。あ、もしかして、もう終わった感じ?」


「さすがに、まだ《今やっている最中》かな?」


「ふーん、終わってたら、お姉ちゃんの宿題、写させてもらおうと思ったのに」


「だめだよ。それじゃ、ヒナの為にならないでしょう? それより、飲んで」


 ヒナは、コップを持ち、大好きなオレンジジュースを一気に飲み干した。


「美味しい?」

「うん。うんっ!」


「よかった」


 空いたコップに、オレンジジュースを注いだ。


「……? あ、ありがと」


「遠慮せずに、ほら、飲んで」


 ヒナはコップを持ち、チラッと、こちらを見て、ぐびぐびと飲み干した。空いたコップに、すかさずオレンジジュースを注ぐ。


「もう、いいよ。さすがに、飲めないから」


「せっかく、お姉ちゃんが、ヒナのことを思って入れたのに。……ヒナは飲んでくれないんだ……ぐず……」


「むう。わ、わかったよ、飲めばいいんでしょう? 飲めば!」


 半場やけくそに、ヒナはコップを掴み、豪快に飲み干した。おもわず心の底から拍手を送りたくなる。


「はい。これで、いいでしょう?」


 ヒナは、ドヤ顔で姉の前にコップを差し出した。そこにオレンジジュースが、なみなみ注がれる。ヒナは、ぽかんと口を開いた。


 そして「飲んでくれるよね?」と、有無を言わせないやりとりが、あと二回ほど続き、ヒナは合計して、六杯のオレンジジュースを飲んだことになる。


 しばらくすると、ヒナは体をくねらせ、もじもじしだした。


「ううぅ……トイレ」


「行くなら、早く行った方がいいよ。さっき、お父さんが新聞持って入って行くところ、見たから」


 ヒナは、目を大きく見開いた。


「――は、この、悪魔ッ――――っ!」


 ヒナは、慌てて部屋を飛び出して行った。


 残されたコップを、ティッシュで掴み回収する。


「ばーかー」


 机の上に用意したものは、ファンデーション、ブラシ、コップ、セロハンテープ、黒い画用紙。ファンデーションは、母が持っていたものを借りることにした。家にブラシがなかったので、代わりのものとして、耳かきの綿の部分で代用する。


 透明なコップに、自分の指を押しつけた。


 あれ、上手くいかない。あ、そうか。さっき手を洗ったから。


 指紋は、汗だけでも付着するが、水分が蒸発してしまうと、消えてしまう。指紋として残るのは、《皮脂》や《分泌物》が指についてしまったとき。手を洗った直後や乾燥したりしていると指紋が付きづらかったりする。

 手を軽く顔にこすりつけて、もう一度、試してみた。


 よし、うまくいった。


 綿の部分に、ファンデーションの粉を付け、指を押しつけたところを、軽く叩いて、粉を付着させていく、粉を付けた部分に、セロハンテープを貼り付けた。


 崩れないよう、慎重にセロハンテープを剥がしていく。剥がしたセロハンテープを黒い画用紙に貼り付け、それぞれ虫眼鏡で見比べてみた。


 見比べてみた結果、両方とも同じ、《渦状紋》と呼ばれる《渦巻き状》の形をしていた。そこには、ハッキリとした違いがあり、まったく同じにはならなかった。


 一卵性双生児は、極めて特殊な例を除けば、基本的に同じ遺伝子を持っている。


 だが、成長する過程と、環境によって変わってくるため、同じ遺伝子を持つ一卵性双生児であっても、まったく同じ指紋にはならないということだった。


 手紙に視線を戻す。


 この手紙には、送り主の指紋がついているはずだ。とくに紙類は指紋が付きやすく、一度指紋が付くと、擦ってもなかなか消えない特徴がある。その為に必要な採取キットをネットで購入することにした。家庭でも用意できるものではなく、なるべく、本格的なものがいい。ネットを使えば道具は安く購入することができる。道具が揃ったら、いくつか指紋を採取していく。


 採取するのは、《一宮麻夕里》、《清水双葉》、《綾野小夜》、《八枝緑》、この四人の指紋を採取することにした。


 わたしが、目をつけたのは、彼女たちが日常的に使う、ロッカーの取っ手の部分。そこを予めハンカチで綺麗に拭き取っておき、放課後、誰もいない教室で、こっそり指紋を採取する。ロッカーを選んだのは、彼女たちの正確な指紋を採取するため――机や椅子の場合、他の人が触れる機会も多く、指紋を採取するのには、あまり向いていないと思ったから。


 もう一つの案として、私物から採取するという方法も考えたが、あとになって、それに気づき、騒がれても面倒だと思い、今回はやめておくことにした。


 備え付けのロッカーは、普段からよく目にするし、ここは基本、本人しか開けない。だから、余分な汚れは綺麗に拭き取っておき、より正確な指紋を取りやすくする。もし仮に、本人以外の人がロッカーを開けたとしても、そのときは両方の指紋を取ることにする。わたしは専門家ではないので、たしかなことは言えないが、判別するのに、さほど問題はないと思う。今日一日と限定した場合、今、考えた可能性の方が低いと思うが、一応考慮しておく。


 四人の指紋を採取したら、あとは専門の民間企業――《鑑定士》に依頼する。


 わたしは、「うん~」と大きく伸びをし、椅子から立ち上がった。


 今日は、めずらしく、やる気に満ちたわたし。さあ。やるぞ。


 気合いを入れ、クローゼットの前に立った。両手で扉を開ける。

 あっと声を上げる暇もなく、わたしは服の波にのみ込まれた。


 頭上に乗った、自分の服を凝視する。


「…………」


 もうお察しのとおり、今から服選びをするのである。


 普段はラフな格好を好む、わたしなのだが、外へ出かけるとなると、それなりのセンスが求められてくる。ちなみに、今のわたしの服装は、上下白のスウェット姿だ。


 鏡の前に立ち、ひとりファッションショーを始める。


 服の山に手を入れ、そこから服を掴み、とりあえず着てみることにした。


「こ、これは……」


 鏡の前に、猫耳カチューシャをつけた《わたしによく似た》メイドさんが立っていた。引きずった顔が、今のわたしの気持ちを、まるで代弁してくれているかのようだ。


「って、誰よ、こんな服、混ぜたの!」


 にやりと笑う。ヒナの顔が、脳裏に浮かんだ。

 そこに、タイミングよく、ヒナからの電話が。


「もしもし?」

「ひさしぶり~、元気にしてる~?」


 呑気な声が、電話越しから聞こえてきた。


「ねえ? 何かわたしに、隠していることとかない……?」


「え、何だろう?」


 長い沈黙。


「あ、わかった。ヒナ、わかっちゃいました~!」


 当ててみようか? と、ヒナは言う。


「えっとねぇ~、お姉ちゃんはねぇ。人には見せられない恥ずかしい格好をしているじゃないかなぁ? でねぇ、その原因を作ったのがヒナで、うーん、そうだなぁ~。それは《猫耳カチューシャと可愛いフリルがいっぱいついた》白と黒の洋服、とかかな?」


 わたしは、はっとして部屋の中を見回した。


『カメラ』と『盗聴器』を疑ったが、それらしき物は見当たらない。


「今、カメラを疑ったでしょう?」


「何で、わかるの?」


 自分の喉から出たものとは思えないほど、しゃがれた声だった。


「だって、わたしたち、おなじ姉妹でしょう? お姉ちゃんのことなら、何でもわかる。で、頼みごとがあるんだよね? 違う?」


 さすがというか、そこまで見透かされていると、何も言い返せなかった。


 いつの間にか、わたしとヒナの立場が、逆転している事に気づく。


「むう。頼んでもいいの?」


「任せといて、もう大船に乗ったつもりで、ドンッと構えていればいいから!」


「あ」

 ――ブチッ! と、電話が切れた。


「……もう」


 その船は本当に乗って大丈夫かなぁ……?

 不安が残る。

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