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「立花さんーっ! ちょっと、ねえっ! 待ってってば!」
校庭を歩いていると、突然、後ろから声を掛けられた。
振り返ったことを、すぐに後悔する。緑だ。ここまで走ってきたのか、胸に手を当て、肩で息をしている。
「何?」
今日はやたらと緑が絡んでくる。昼間のことを根に持っているのか?
早く帰りたいことを――できるだけ態度で示し、それでも一応待つ。
「一緒に帰ろう」
突然の事で、頭の中が真っ白になった。
「何で?」
頭の整理が追いつかず、つい訊き返してしまった。
すると、緑は、ぱっと顔を明るくし「友達だから」と、よく通るその声で、ハッキリとそう言ったのだ。
頭がクラクラする……。これなら、まだ後ろからバットで殴られた方がマシだ……。
「どうかした……?」
緑が、首を傾げた。
「あなたの家は……わたしとは反対の方向でしょう? だったら、一緒に帰る意味がないと思うけど?」
わたしの中では、断ったつもりだったのだが、緑はそんなこと、まったく気にした様子はなく、「気にしなくていいよ!」なーんて、馬鹿げたことを言い出す始末だ。
――本当に頭が痛い……。
「あなたのお友達は、どうしたの……?」
お友達。ここでは緑の取り巻きたちのことを指す。
「今日はみんな、何か用事があるみたいで……。だから私、ひとりなの!」
緑は、にっこりと笑った。
ああ。そう。つまりは、こういうこと?
緑は、いつもは一緒に帰ってくれる《お友達》がいるけど、今日は、全員、何かしらの用事があって、たまたまひとり、寂しくしているから。その……。お世話役として。このわたしが選ばれたというわけね。なるほど。緑のお世話役が出来る日が来るなんて、すごく光栄ではあるが、こちらからしてみれば、迷惑以外の何者でもない。
「そ。でも、わたし、このあと大事な用事があるから……今日は他の人と《一緒》に帰ってくれる? じゃあ、また明日、学校でね」
わたしは、緑に背を向け、とくに深い意味はないけど、地面に両手をつき、これまた意味もなく《クラウチングスタート》の姿勢に入り、ここから数百メートル離れた校門に向かって、残りの体力を惜しむことなく注ぎ込んだわたしは、それは、それは、速かった。多分、人生で一番速かったに違いない。
「へっ? あぁ……えっ……ちょ……っ! 私をひとり、ここに置いて行くつもり!」
背後で、緑が叫んだ。
校門に向かって《全力ダッシュ》を決めたわたしに、緑の声は届かなかった。
「あーあ……いっちゃった……つまんないの……」
緑は地面に落ちていた、小さな石ころを蹴り飛ばした。