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 わたしたちは、長い廊下を走ったのち保健室に来ていた。


「うーん? ああー、なんだー。いらっしゃい、またサボり?」


「違いますよ」と、わたし。


「めずらしいわね。立花さんが、他の子と一緒だなんて」


「まあ、なんというか、成り行きで……」


 保健室に来ると、いつも思う。どうして保健室の先生は白衣を着たがるのだろう。とくに、学校から指定されているわけでもなく、なぜか、それを着たがる。ドラマやアニメの世界とかでもそうだけど、保健室の先生、『イコール』白衣は、何があっても切り離せない定番なのだろうか、と。


 わたしの個人的な感想はここまでにして、大事な用件を伝える。


「この子。昼休み中に、変な物を食べたみたいで、一応、見てもらえませんか?」


 わたしは、クラスの女子を心配する、イチ生徒を演じながら、保健室の先生、柏木文香先生の目を見た。


 細い身体に、白衣がよく似合う、顔は小顔で化粧は薄く、まつげが長い。見た目は知的な女性といった印象だが、どこか抜けている部分が多く、生徒思いで親しみやすい先生である。


「本当? それは大変……! 吐き気とかある?」


「少し気持ち悪いです」


 静流が答える。


 文香先生は、熱を測ろうと静流の額に手を当てた。


「う~ん、熱はないかなぁ。横になって休んでいたら治るでしょう。……でも、次の授業は休んだ方がいいかもね。いい? 無理は禁物よ」


 文香先生は、空いているベッドの一つを静流に案内する。


「そこで、大人しく寝てなさい。今、薬を取ってくるから。……えーと、たしか薬が……この棚の中に……あれ? ない……えっと……」


 文香先生はハッと笑みを浮かべた。


 そして。


「予備の薬はあったかな」と、そっぽを向いた。


 カーテンを閉め、文香先生は、保健室横にある『別室』に予備の薬を取りに行った。


 わたしは、ここに一度だけ、入ったことがある。というのも、たまたま廊下を歩いていると、突然、物陰から文香先生の手が伸びてきて、わたしの手首を掴んだ。そして飢えたシャチのような獰猛な目つきで、あなた暇そうね。という、(それが怖かったわけではないが)なんとも理不尽な理由で、中の掃除を手伝う羽目になった。


 中は歩くスペースがないほど、物で溢れていた。普段は施錠され、鍵がないと中に入ることができない。隣が、科学準備室ということもあり、ダンボールや実験に使うための道具、薬品なども一緒に置かれていた。もちろん、それぞれ違う戸棚にしまってあったが、薬と薬品を、同じ場所に保管しておくというのは、どうかと思う。学校の構造上、仕方がないのかもしれない。薬を管理するのも大変だなと思う。


 わたしは文香先生を見送った後、カーテンを開け、中に入った。静流は目を閉じていた。


 ベッドで横になる静流を見ていると、何だかそれが、すごく羨ましく思えてきた。


 勘違いしないでほしい。わたしは、べつに昼寝がしたかったわけではない。そう、これはベッドの寝心地を確かめるために、しかたなくやった行為なのだ。


「わたしも……一緒に寝ていい?」


 わたしは、ベッドの中に潜り込む。それに驚いた静流は。


「た、たた、立花さん! い、いったい、何おっ……?」


 口をパクパクさせながら、起き上がる。


 ……まるで金魚みたい。


「そんなに嫌がらなくても、冗談。でも、そこまで嫌がられると、ちょっと傷つくかも」


 わたしは、つんと顔を逸らした。


「あっ……いや……そうじゃなくて。驚いただけです。それと――」


「それと……?」


 わたしは、身を乗り出した。


「……ありがと」

「え?」


 まさか、感謝されるとは思わなかった。


「そ、それは……。一緒に添い寝してあげたことへの、お礼とか……?」


「へぇ? ち、ちがいますっ! あのう、助けてもらった、お礼です」


 わたしは、ああー、と納得して頷いた。


「――気にしなくてもいいのに」


「でも、私のせいで……立花さんが、悪く言われて」


「もともと、クラスでも浮いていた方だし、今さら……、って感じ? だから、ね? ほら。そんな顔しないで」


「……ごめんなさい」


「なんで、謝るの?」


 静流は、また泣きそうな顔になっていた。


「私……こんな性格だから……ずっと……友だちも……できなくて……高校生になったら……そんな自分を……変えたくて……がんばるって……決めたのに……」


 わたしは、さっと静流にハンカチを差し出す。


「だったら、わたしが友達になってあげる。……わたしね、実は引っ込み思案な性格で、そのせいで、うまく人と話せなくて、友達もいなかったから」


「――え?」


「意外でしょ?」と、わたしは笑う。


「だから、ね? そのう。友達になってくれたら、嬉しいかな……なんて……ね?」


 静流は、ゆっくりと顔を上げて微笑んだ。


「やっと……。笑ってくれた」


「ごめんなさい。そんなこと言ってくれる人――今までいなかったから、つい、嬉しくて」


「謝るのは、なし。で、返事は?」


「……はい。……私でよかったら……」


 わたしは、にっこりと笑った。


「じゃあ、これから、静流って呼ぶから――わたしのことは、下の名前で呼んでいいよ」


「えっと……。た……たっ……たち……立花さん……」


「なんで?」


 わたしは、ぷっと吹き出した。それにつられて静流も笑う。


 すると、突如、ぱっとカーテンが開いた。


『こらーっ、保健室で騒がない!』


 カーテンの開いた先には、鬼のような形相をした文香先生が仁王立ちの状態で立っていた。それこそ、目も合わせられない。


「サボってないで、立花さんは、教室に戻りなさい。もう授業が始まっているでしょ?」


 そこには、有無を言わせない強制力を感じた。わたし

は黙って頷く。

 急いで立ち上がり、慣れた手つきで上履きをはいて、引き戸に手をかけた。


 最後に振り返る。


「……何かあったら、いつでも言って、わたしが助けてあげる」


「ほんとう……?」


 静流が、真っ直ぐ、わたしの顔を見つめて言った。


「うん。だって、わたしたち、もう友達でしょ?」


「ともだち――」


 その言葉を大事そうに、静流は言葉に出してつぶやいた。


「またね」

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