聖女召喚をして美人婚約者だヒャッハー! とか思ってたら謎の宇宙生命体スライムが聖女だった件。
「ようこそいらっしゃいました! 聖女様……聖……女???」
そいつはぐでんぐでんのぷるんぷるん、一言で言えば緑色のスライムであった。半透明で不定形で、こうしている今も形を変えてうねうねしている。
あれれー? おかしいな。俺達は異世界の聖女を召喚する魔法陣を使ったはず……
「ひ、ひぃ!? 魔物!?」
「待てッッ! これは聖女召喚で召喚された――つまり、魔物でも聖女かもしれんッ! 様子を見よう!」
そう言って攻撃魔法の魔法陣を展開しようとした宮廷魔術師を止めた俺、第二王子アスタ・ヴィルヘルム。
俺は聖女の婚約者となる予定だった。
具体的には、聖女召喚に成功した時点で立場を保証するため、王族の誰かが婚約者になるわけなんだが……
つまり、既に俺とこのスライムは婚約者と言っても過言ではない……?
うへぇ。マジかぁ。
少しじぃっと様子を窺っていると、緑スライムはうにょん、と触手のように身体の一部を伸ばした。まるでその先に目があると言わんばかりにきょろきょろと周りを見回している。
……確か、聖女召喚の魔法陣では『落ち着いた性格である』『一定以上の教養がある』というのも条件に入っているはず。
であれば、ワンチャンこのスライムは、知的生命体である可能性が高い。
とりあえず自己紹介でもしてみるか。
「えーっと。……は、初めまして、俺の名前はアスタ・ヴィルヘルム。この国の第二王子なんだけど……その、あ、言葉分かりますか?」
俺が恐る恐る声をかけると、その触手を俺に向けてくる。そして、ぺこぺこと曲げる。
あ、これちゃんと聖女様向けの異世界語翻訳スキルが仕事してくれてる、のかな?
異なる世界で死んだ魂を呼び寄せる聖女召喚。
当然異世界とこの世界では使われている言葉が異なる。
このため、実質的には言語に寄らず、言葉を発するという『意思』を介して疎通を可能とする翻訳魔法がデフォルトで備わる仕組みになっているそうだ。
「えーっと。あなたは死んだ瞬間に魂だけの存在となり、この世界の、聖女召喚魔法陣によって転生した形になります。元の世界のあなたは死んでるので、戻ることはできません」
「……!!」
あ、これ『ウソッ! 私死んじゃったの!?』って感じの反応だ。
うーん、相手がスライムでも翻訳魔法って使えるんだ。知らなかった。
俺の言葉にがっくし、うるうる、と嘆くようにへにょりとうなだれるスライム。
ちょっと可愛く見えてきた。
「あの、あなたって元々人間だったとかですか?」
「?」
「あ、人間っていうのは俺達みたいな姿かたちの生き物でして……あ。ちがう。元々その姿なんですねぇ。そっかぁー」
ふるふる、と首を振るように触手が動いた。『人間』は分かるようだ。
そしてどうやらこのスライムは最初からこの姿だったらしい。
「あ、あの。殿下。この魔物はどうするのでしょうか?」
「……とりあえず意思疎通は出来そうだし、もう少し話してみる」
「??」
「あ、ごめんごめんコッチの話。えーっと、一応状況を説明するとね……」
俺は、この世界が魔王に侵略されていて危機的状況にあり、それを助けてもらうために聖女召喚をしたことをスライムに話す。
「ッ!! ッ!!」
「そうだよね、勝手だよね、ごめん。俺達が全面的に悪いと思う。でも、それに縋るしかないくらい崖っぷちだったんだ」
「……」
「滅びかけの国の保証がなんだって話だけど、俺が君の身分を保証する形になる。婚約者って形で……うん、婚約者……」
「?……!? !!」
かぁあっと頬(?)が赤くなるスライム。どうやら驚きながら照れているみたいだ。
そして、触手が俺の方を向いてじぃっと見てくる。
「えーっと、俺なんかが婚約者で、その、ごめんな? 種族も違うみたいだし……」
「!!……~~っ、~~っ」
「え? まんざらでもない感じ? 好みのタイプ? それならまぁ良かったよ」
「ッ、……っ!」
もしこれが人間だったら「え~! ホント? 王子様!? うわぁーイケメーン!」とか言ってそうな反応である。と、なんとなく分かる。多分翻訳魔法の効果だろう。
よくわからないけど、気に入って貰えたらしい。
つん、つん、とスライム触手が俺を恐る恐る触ってくる。
……うーん? これはどういう感情表現?
「身体が魔法と馴染めば、もっとしっかり意思疎通できるかな?」
「!…………ッ」
と、スライムがぐぐっと力を込めている。……ッ!? と、とんでもない魔力だ!
一瞬キラッと緑色に光るスライム。そして――
『――ッ、あー、どう? コトバ、ワカる?』
「!!」
脳内に直接声が響いてくる。
「あ、ああ。言葉、解る。うん、解ったよ。何したの?」
『ムリヤリ、ソンザイをナジませた。もうスコししたらもっとナジむけど、キンキュウソチ』
コロコロと鈴の転がるような可愛らしい声……声? だった。
『ワタシは――というナマエ』
「……え? なんて名前だって? よく聞き取れなかった」
『ゴメン。シンゴウがコトなるためガイトウするコトバがナい。カワイイナマエをショモウする』
「あ。こっちで呼び名を決めていいの? じゃあ、エメルってどうかな。君、エメラルドみたいで綺麗な色だから」
『……! テレる……それはホメすぎ。クチがおジョウズ。でもそれでいい』
と、頬(?)を赤らめるスライム、改め、エメル。
『アナタのスガタは、タイヨウケイダイサンワクセイのチヒョウでヒロくカンソクされていたセイメイタイにヨくニている。ワタシはそれのケンキュウシャだった』
「……えーっと、どういうこと?」
『そのスガタにナジミはあるということ。……それにしてもシんだのね、ワタシ……おのれクソブラックジョウシ……』
どうやらエメルは前世で「クソブラックジョウシ」とやらに殺されたらしい。
うん? ふむ。ふむふむ。なるほど。
つまり上官に無理な働き方をさせられて、千二百連勤だった、と……おそらく過労による死亡。なるほど。そっちの世界も世知辛いんだなぁ。
「よく頑張ったんだな……そして本当にこんな国に転生させてしまいすまない……」
『キにしないでアスタオウジ。……そうだ、ヒール』
と、スライムの触手から光が溢れ、俺に降り注ぐ。
間違いない、聖女のスキル『ヒール』であった。
ああ、心地よい。この頃働きづめだった疲労が解けていくようだ……
『……なるほど、これがスキルか。把握した』
「あれ、言葉が少し流暢になってる?」
『身体構造の理解が進んだ。解りやすく言えば、馴染んできた、ということ』
「なるほど」
『少し待って。形を似せる』
「ん?」
そう言うとエメルは、ぐにぐにと形を変え始めた。
おお、ネチョネチョだったスライムが人型のスライムに……しかも女性の。いやまて。
「服! 服を着てくれ!」
『おや。まだ色が付いていないのだが、これはこれで良いのか? 興味深い』
「色まで付くのか!? 不味いだろ、嫁入り前の女の子が肌を晒しちゃ!」
『男型の方がよかったか? アスタ王子の婚約者というのであれば女型の方が好ましいとおもったのだが。あと元々の形を変えただけで最初から表面は晒していたが?』
「それはそうだけど! あ、ローブ! おい、そのローブ貸して!」
「あ、はいどうぞ」
魔導士からローブを受け取り、エメルにかける。
『ん、ありがとう。アスタ王子』
「どういたしまして……おおう、本当に人みたいになったね」
みるみるうちに、エメルは青髪の少女になった。腰まである長い青髪に、透明感のある白い肌。そしてエメル元々の色合いを残した緑の瞳。
……もし最初からこの姿だったら、まごうことなき聖女だったよ。
『スライム姿の方が好きならそっちにも戻れるよ。生命体としてはスライム体の方が完成されていて上なんだ。人間は耐久性に難があったりするし。というか今もぶっちゃけ表面以外は中身スライムだし』
「あ、そうなんだ。……ところで、普通にしゃべったりできる?」
『……人間の鳴き声の再現は面倒だね。知ってるかい? 水の呼び名ひとつとってもコミュニティによって異なるんだ。なんと言えば良いか分からない』
「あー、うん。無理強いする気はないよ」
こちらの世界でも、民族によって物の呼び方が異なるというのは良くある話だ。
脳に直接だけど意思疎通はできているし、問題ないだろう。
その後、王子が魔物に惑わされたとか言われて言い訳が大変だったり、エメルが攻めてきた魔王軍を謎の力で撃退したり、怪我人を聖女の力で回復させまくったり、魔王がエメルの世界のクソ上司の転生体だったことが判明したり、エメルが大義名分をもって嬉々として魔王をブチころがしたりした。
で、なんやかんや俺とエメルはそのまま結婚して、幸せに暮らしましたとさ。
マジめでたしなり。