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愛していたのは、遠い昔のことですわ 

 誤字報告ありがとうございます。

大変助かります(*^^*)

「悪いのだけど、別れて欲しい。俺が愛しているのは、ラジルニーニャだけなのだ。君のように教養もない女性ではなく、賢くて強くて美しい完璧な女性なのだよ。ハハハッ」


 久しぶりに帰って来た、金髪碧眼威圧夫スペードは、自宅のリビングで妻の私ダイアナ、夫の父クローバー、夫の母ハートにこう言い放った。


 さすがに子供のサマンサとエドウィンは、部屋に戻していたが。


 義父クローバーは怒りで顔を真っ赤に染めた。


「馬鹿者が! どれだけダイアナが、この家に尽くしたと思っているんだ。恥を知れ!」



 義母ハートもそれに続く。


「そうですよ。子供達はどうするつもりなの?」


窘めるように、伝えてくれた。




 それでも彼は堪えた様子はなく、「元々結婚が早すぎたんだよ。ダイアナは15才で嫁いできた。確かに可愛いかったけれど、それだけだろう? 碌に学ぶこともせずに公爵家に嫁いでも、ただ足を引っ張っただけだろう。社交さえ蔑ろにして」と、私を責め立てた。


 本当にどうして私は、こんな人が好きだったのだろうか?


 私が何をしているかを調べもせずに、愚かだと言うこの人を。


 確かに私は、外出を控えていた時期がある。

 エドウィンが頻繁に熱を出していたからだ。


 でもそれは子供が幼かった頃だけで、

 (エドウィン)が3才になる頃からは状態は落ち着き、社交界には復帰していた。


 逆に何故知らないのだろう?

 考えたくないけれど、私に興味がない、とか(泣)?


 彼は結婚後、たがが外れてしまったように遊び歩くようになった。

 結婚前はもう少し誠実で、律した様子もあったのに。


 長女は13才、長男は10才。

 後2年で、長女のデビュタントが待っている。



 そして今、公爵家の事業を切り盛りしているのは、この私だ。


 義父母は申し訳ないと言う顔をして、私を泣きそうな顔で見ていた。

 そんな顔をしなくても大丈夫ですわ。


 覚悟は決めておりましたから。



「分かりましたわ、旦那様。ただ1か月だけ時間を頂きたいのです。間違いなく出て行きますから」


 真摯に伝えれば、夫も折れてくれた。


「良いだろう、1か月だけだぞ。それ以降は認めないからな」

「はい。ありがとうございます」


 立ち上がり礼をして、私は部屋を出て自室に向かった。




◇◇◇

「さあ、忙しいわ。急げ、急げ!」


 翌日から(ダイアナ)は弁護士を伴って、各店舗に挨拶周りに行った。


 服飾、飲食、木工細工、宝飾品の店の名義を、公爵家から私の個人名義に変更する為だ。


 元々が公爵家の妻の予算から始めた事業だった。


 結婚後、いつもいつも馬鹿にしてくる夫に対抗し、友人の伯爵夫人アレンティア、侯爵夫人ミケランシェルに協力して貰っていた。

 義父母は「ダイアナの立ち上げたもの(事業)なのだから、離婚するなら貴女の名義にしなさい」と、優しく勧めてくれた。もう感謝しかない。

 私は義父母が大好きなのだ。



 その当時の私は寝ないで勉強し、講師に及第点を貰ってから、店の立地や建物の様式・内装などの諸々を二人に相談していた。そして無事にオープンを迎えたのだ。


 こんなに尽力して貰ったので、共同経営者になって欲しいと言ったのだけど、金銭の援助はしていないからと断られた。


 金銭じゃなくても、アドバイスや講師的な部分でも常に援助してくれているから、何割かの享受はどう考えても妥当なのに。


 けれど二人は慈愛に満ちた眼差しを私に向けて、満足そうに囁くのだ。


「金銭が絡むと、どうしても粗くなりがちですわ。私は好きなように、勝手なアドバイスをしたいだけなのです。なので、意見の拒否権も貴女にありますわ。もっと気軽に、別の良い方法はないかと聞く権利もね」


 ウィンクして微笑む、おっとりした金髪美女のミケランシェル様。 


(大きく巻いた縦ロールが、優雅さを引き立てます。私と違う妖艶な雰囲気で、魅惑のボディーをお持ちです。どこかの国の女王のような佇まいで、結婚を決める前は、彼女をめぐっての流血沙汰もあったのです。国一番の強者、騎士団長が今の旦那様ですわ)



「そうですわ。ダイアナ様の潤沢な資金で、私達が好きなようにお店をカスタマイズするのが良いのです。資金度外視ですわね。でも責任は取りますわよ。私達が顧客になりますから。チンケな儲け主義より、本物で勝負なさって。ふふふっ」


 扇で口元を隠し、優雅な姿勢を崩さずに笑っているのはアレンティア様。


(ストレートの艶やかな赤髪を三つ編みでキツく結い、長いスカートの下には編み上げブーツ、ガーターベルトにはサバイバルナイフが装備されていますわ (他の方には秘密らしいですが)。

 スレンダーと思える程に鍛え上げられた肉体は、女性も惚れるほど美しい。何でも変態義兄から逃げる術を、ダンディーな護衛騎士から伝授されたとか。扇は勿論鉄扇で、凛々しいお姿に女性ファンも多いのです)



 お洒落なカフェの中なのに私は気持ちが高まり、顔を覆って泣いてしまった。


「ありがとうございます、お二人とも。私は自分の勢いのまま止める声にも耳を傾けず、スペード様に嫁いでしまいましたのに。見放さないでいつも守ってくれて、感謝しかありません。ぐすっ、うっ、ぐっ……」


 いつもそうなのだ。

 私達三人は、女学校時代からの友人。


 いつも周りを見ない私を、陰になり日向になり助けてくれたのだ。

 彼女達曰く、手のかかる妹みたいだと微笑んで。


 実際ピンク髪のチビでさらに絶壁(前世の罪でも背負ったの?)、そして大きな水色の瞳で幼く見られていた私は、ずっと二人に守られてきた。


 その関係は、結婚後も続いていた。


 二人は私が子育てで社交から遠退いた時にも、スペード様のことや社交界情報を届けてくれた。


 そして子育てが落ち着いて社交に赴けるようになっても、夫は愛人達と出掛けることが多く、私を誘うことはなくなった。


 私はミケランシェル様夫妻と、アレンティア様夫妻に誘いを受けて社交に出向くことが多くなった。

 ご迷惑ではないかと思ったが、「いつも妻が、楽しそうに君と仕事をさせて貰っているお礼だよ」とか、「妻の若々しい発想で、次々に出てくるアイディアを聞くのが好きなんだ。それに時々、僕にも商品のアイディアについて相談してくれるので楽しいのさ」と、旦那様達もお店のことを助けてくれていたのを知って、びっくりしたものだ。


「もう! 全部、私のお手柄にしようと思ったのに」

「ごめん、ごめん。今度、君の好きなディナーを食べに行こう」


「……許してあげますわ」

「ありがとう、マイクイーン」


 そしてハグするアレンティア様夫妻。



 女傑と囁かれるアレンティア様が、旦那様の前でだけは我が儘を言い頬を染めています。

 う、羨ましいし、お素敵です! 私もこんな夫婦になりたかったですぅ(泣)。



 他にも立ち上げた事業を貴族夫人達に紹介する際、強い後ろ盾という援護射撃を打ってくれていた。


 そして後に知ったのだが、(スペード)とかち合わないように、守ってくれていたそうだ。

 もう、感謝しかないよ!




◇◇◇

 ダイアナは知らなかった。


 ミケランシェルが、ダイアナの服飾店で最高級素材を用いて、自らがデザインしたドレスや小物を作成し、ダイアナにプレゼントしていたことを。



 アレンティアが、ダイアナとの会話で食べたいと話していた珍品・名品等の料理や食材をダイアナの店から取り寄せ、お茶会や晩餐に紛れ込ませていたことを。


 勿論宝飾品類も木工細工も、手の込んだ物を2人が内緒でデザインし、頻繁に作成していた。


 宝飾品はダイアナへのプレゼントに、木工の超絶細工のお菓子入れや木製のスプーン・コップはお茶の席で使っていたのだ。


 ダイアナへ渡しているデザインは、いつもそれらの下位互換。


 最上級品は、いつもダイアナへ贈るか使われている。



 それを彼女(ダイアナ)は全く気づいていない。


 ミケランシェルとアレンティアの夫人予算の殆どは、それらに注ぎ込まれているのだ。

 そして店の売り上げにも、勿論直結している。



「全然気づかないところも、また良しですわ」

「ええ、いつ気づくかしら? とギリギリを攻めるのも楽しいですしね」


「フフフッ。私は一生気づかないに賭けますわ。分かって驚く顔も可愛らしいでしょうけど」

「あら! それなら、私も気づかないに賭けたいですわ」


「じゃあ、賭けは不成立ですわね」

「ええ。無邪気で鈍感なところが、彼女の良さですから」


「まさに天使。地獄で足掻く、私達の救世主ですもの。死んだように仮面を被った私達を、生きる希望で満たしてくれたわ」

「ええ、本当に。嘘まみれ、裏切りだらけの世界に、安らぎをくれた聖母のようなダイアナですもの」


「「彼女には、最高のお返しをしなければね」」


 そう微笑む二人は、義母や義兄と男尊女卑で暴力を振るう父親らに虐げられていた被害者。

 操り人形から人間に戻れたのは、天真爛漫なダイアナのお陰だと言う。

 だからこれからも、ダイアナに執着するのだ。

 そして二人の夫達も、 “愛しい妻の願いならば” と容認している。


 その重さに、微塵も気づかないダイアナなのだった。




◇◇◇

「俺の妻は愚かで社交もしない地味女なんだ。到底君の知力には叶わないよ」


 自分と同じ金髪碧眼で、ボッキュボンの妖艶ボディーの美女を別邸で抱くスペード。


 胸がでかすぎて、メロンでも入れてるみたいだ。

 一糸纏わず絡み合う二人を、天井から眺める人物がいた。


「うわー、よくやるよ。夜会も愛人と連れだって、そのままお泊まりかよ。それにいくら公爵家でも、別邸に使用人も多過ぎるし。馬鹿なのかなぁ? まあ、30才越えてお盛んだし、発情期無視した犬並みだから頭の中もきっとそうなんだろう」 


 どっちかと言えば、しつこい感じは蛇の交尾に似ている気も……。平民だからなのか、ずいぶんと開けっ広げに抱きついていく浮気女(ラジルニーニャ)

 メロンが前後に激しく揺れる。


 女がいたら、軟派して突っ込むような節操なし。

 仕事もしないで贅沢三昧しているクズだし。


 こいつにダイアナ様は勿体なさ過ぎる。



 完璧美女二人に挟まれているせいか、彼女(ダイアナ)は美の基準が上がり過ぎて、自己評価が海の底より低い。

 結婚後はこいつ(スペード)のせいで更に深海へ(合掌)。



 あんなに可愛くて優しいのに、何が不満なんだコノヤローは!

 別れれば良いのに。そしてもげろ!


「あぁん、スペード様。早く私を公爵夫人にしてね」

「勿論だよ、麗しのラジルニーニャ」


 嫌悪を向けられながら監視をする者に、気づく気配は微塵もない二人だった。



◇◇◇

 私はラジルニーニャ。

 サンタニア男爵の庶子で、弁護士をしているわ。


 近づいてくる男からの求婚は軒並み断り、気づいたら25才になっていた。

 だってみんなおじさんか、醜男(ブオトコ)なんですもの。


 男爵は母に惚れていて、私にも教育を施してくれたわ。

 だからもう独身で良いかと思っていたら、男爵に連れ出された軽めの夜会で、俳優みたいな男に出会ったの。


 なんと公爵なんですって。


 私ごときには関係ないと思ってたんだけど、再婚ならば身分は何とかなると彼に言われたわ。


 男爵も、結婚するなら籍に入れてくれるって言うのよ。

 それから高位貴族の養子縁組みも出来るだろうとか、なんとか言ってたわ。


 母からは、愛人にされることになったら困るから、そんなうまい話なんて止めなさいと言われたの。でも彼から聞く奥さんの評判は悪いから、それなら私の方がマシかとも思ったのよ。


 それにもう操を捧げてしまったわ。

 彼はとっても感激してくれたし。


 公爵夫人になりたいとかそんな思い入れはないけれど、スペード様と夫婦になればいつも一緒にいられるわよね。

 起きた瞬間に、隣に美しい顔があるのだもの。

 チャレンジしてみても良いわよね。


 今日まで生きた中で、彼は最高のイケメンなんですもの!


 生粋のイケメン好きなラジルニーニャ。

 そしてその母もイケメン好きで、イケメン男爵の愛人になってしまったのだ。


 娘には日陰の道は歩ませたくない母だが、イケメン好きの遺伝子は受け継がれてしまったようだ。


 美形両親から生まれた彼女もまた、超絶美形である。


 ラジルニーニャが拐われないように、娘を愛する男爵が護衛を雇っているのは言うまでもない。

 それでも頑なまでに、父とは呼んで貰えない悲哀が。

 彼女(ラジルニーニャ)はいつか捨てられると思い、警戒しているのだった(そんなことはないと叫びたい男爵(泣))。


 因みに男爵の本妻は、病弱な元伯爵令嬢。

 彼女は今、生家の伯爵家で過ごしている。

 それを許してくれている男爵に感謝すらしているから、愛人(ラジルニーニャの母)のことは本妻である彼女も伯爵夫妻も公認なのだ。


 男爵のしっかりした嫡男は、既に成人済みのイケメンであり、美人の異母妹(ラジルニーニャ)に嫌悪感はないと言う。

 どこにも確執はないのだ。


 イケメンを見慣れたラジルニーニャは、最早イケメンなしでは生きていけないのだ(過言)。


 そして彼女に醜男(ブオトコ)認定された者も、普通顔の男性である。彼女(ラジルニーニャ)の認識が可笑しいのだ。




◇◇◇

 妻のダイアナは結婚当時は可愛かったが、年々口煩くなってきた。伯爵家の出の癖に、俺に意見するなんて生意気だ。

 それに浮気は止めて欲しいし、子供と過ごして欲しいなんて言ってくる。俺は縛られたくないのに!


 何の為に、爵位の低い女と結婚したと思っているんだ。


 あいつから好きだと言ってきて、俺に惚れているから言うことを聞くと思っていたのに。

 全然期待ハズレだ。

 空気も読めないんだから。


 子を生んでから、体も少しぽっちゃりしてきたし。

 俺の隣に立ちたいなら、それなりに痩せろよと思う。

 だから反省を促す為に、ダイアナが社交のエスコートを希望しても応じなかった。


 最近はダイアナの方からしつこく言って来なくなったから、綺麗な女達と夜会等に参加していたので、ずっと社交の同伴をしていない。

 やっぱり美女連れだと、男達の羨望を浴びて良い気分になる。


 友人達には妻をエスコートしろとか、このままじゃ離婚になると言われていたが、社交に出ようとしないダイアナの方が悪いだろう。

 頭を下げて「連れて行って下さい」と頼めば、考えてやるのに。


 家に籠って何をしているんだか。


 でも、もう遅い。

 子供達とラジルニーニャがいれば、全てうまくいく筈だ。


 なるべく慰謝料は出したくない。

 ラジルニーニャに贅沢をさせてやりたいからな。


 いろいろ不足な部分をつついて、減額してやろう。




◇◇◇

 そして1か月が過ぎた。

 (ダイアナ)は弁護士を伴って、公爵家の応接室にいる。


 夫は義父母と奥側のソファーに、私と弁護士はその向かいのソファーに座った。


 夫からは私が家の管理も出来ず、社交にも積極的でないとして、慰謝料の減額を要求してきた。

 そして子供の親権も公爵家のものだと言う。


 馬鹿にしたような、にやけ顔が鼻につく。

 本当に嫌になるわ。


 対して私は、夫の不特定多数の性的関係調査書を提出した。

 婚姻中に社交や領地経営などを放棄し、(ダイアナ)に丸投げをしていたことと、家にも帰らず社交にも同行せず、明らかに夫婦生活を破綻させた行動を指摘した。


 現在お付き合い中のサンタニア男爵の庶子の女性には、妻と別れて君を公爵夫人にすると言って、愛人契約も結ばずに何度も性交に及んでいることも。


「これは友人の侯爵夫人が、探偵を使い調査して下さった資料です。お付き合い先の6人の女性の名前と住所、この中にはサンタニア男爵の庶子(ラジルニーニャ)の方のも入っていますわ。

 そして妻の私には一切の贈り物はせず、浮気相手の恋人達にはたくさん貢がれてますね。その一部は公爵家のツケ(借金)で購入されてます。とんでもないことですわ。しっかり収支報告書を見て欲しいものです」


 私は練習した通りに、夫に言いたいことが言えて満足だった。


「お前、卑怯だぞ。何で勝手に調査なんて。

まあ、それはもう良い。お前は公爵家の領地経営も社交もしていないな。これは完全に瑕疵だろう?」


 得意気に言う夫に、憤る義父が言葉を投げかけた。


「領地経営も家のことも、全部ダイアナがしていたんだぞ。私はいつも帰ってきた時に、お前に言った筈だ。「人に頼らずに自分で仕事をしろ。ダイアナに迷惑をかけるんじゃない」と。全く6才も年上なのに、妻に任せきりで情けない!」


 嘆く義父に、夫は “はぁ?” と気の抜けた声を漏らした。


「え、父上がしてくれていたのじゃないんですか?」


 呆れたように義父が答える。


「私はいつも経営の話の時に、ダイアナに迷惑をかけるなと言い続けてきたぞ。何故伝わらんのだ。それくらい書類も確認者のサインも見ていないのだろう。

 この馬鹿息子が!」

「ええっ、だって。父上がお元気だから、つい」



 大きく溜め息を吐く義父は、医師にいろいろ聞いてみろと突き放した後、「その分じゃあ、私が倒れたのも知らないのだな?」と、泣きそうな顔をした。

 横にいる義母も辛い表情だった。


「手紙で何度も別邸に連絡したのよ。過労で安静が必要だとね。その時に業務を代わって、力を尽くしてくれたのがダイアナなのよ。貴方は手紙にも目を通していないのね。これじゃあ、私が死んでも葬儀にも来ないことでしょう」


 言い終えた義母の瞳からは、大粒の涙が溢れていた。そっとハンカチを渡す義父がとても素敵だ。

 思い合う夫婦を羨ましく思ってしまう。


 “気合いを入れて、ダイアナ”

 まだ勝負は終わっていないと、自身に活を入れる。

 そして意気込んで、話を切り出したのだ。


「スペード様は私が社交をしてないと責めましたが、私は友人夫婦と殆どの夜会も茶会も出席していますのよ。勿論公爵家でもお茶会は開いていますし。

 何度もラジルニーニャさんと一緒の、貴方の姿も見ております。ただ友人達が、貴方とラジルニーニャさんからガードしてくださったので、ご挨拶はしておりませんが」


 ここまで言うと、夫の顔色が悪くなった。


 まさか同じ夜会に来ているとは、思ってもいなかったのだろう。

 そして彼の友人達が最初は本気でしてくれたアドバイスも、最近はされなくなったことにも。

 …………既にもう諦められていたことに、漸く気づいたのだろう。


「知っていたんだな、みんな。知らないのは俺だけなのか?」


 急に分かった事実に、目の奥が瞬く度に重くなる気がしたスペード。


「何故言わない? 知っていれば「知っていれば、何か変わりましたか? 私は何度も社交への同行を頼みましたのに。体型だって産前に戻りましたのに」……ああ、そうだな。でも……」


 完全に形勢逆転である。

 まあ、(ダイアナ)の目論み通りですが。




「全面的に貴方有責の離婚です。慰謝料を頂く代わりに、以前からお義父様に一つお願いしていたことが御座いますのよ。書類は出来ておりますので、貴方はサインだけしてくだされば良いですわ。さあ!」


 にこやかなダイアナに、訝しむスペード。

 流石に文面を読んで驚愕した。


「な、なんだこれは!」

 夫以外はみんなが知っていたこと。


 それはスペードとダイアナの(サマンサ)息子(エドウィン)が、義父の孫から義父の養子となり、生母(ダイアナ)とは好きな時に会えるという内容だった。


 これを拒めばスペードを廃嫡し、追放することになると記載があったのだ。逃げ道がない。


「今のお前には、領地経営も家の細かな会計も出来ないだろう。だからこそ、孫を私達とダイアナが教育していく為の方法を探したのだ。ダイアナには籍は抜いて貰うが、引き続き給与を払い経営に参加して貰う予定だ。自分の事業も業績好調で多忙なのに、将来の当主の為に頑張ってくれるのだ。それにもう、お前に構うのもうんざりだろう。せめてこの家から解放してあげたいのだ」


「ダイアナが事業を? それも好調なんて嘘だ…」


 これじゃあ、本当に俺の方が愚か者じゃないか。

 今まで彼女のことを、出来が悪いと散々罵ってきたのに。


 茫然自失のスペードだが、義父は優しい言葉もかけた。


「お前はもう公爵家は継げないが、結婚は自由にしなさい。但し結婚すればお前は平民となるがな。え、子爵位を貰えないかだって? それは無理じゃ。領民が可哀そうだからな。不当だから裁判を起こす? それも好きにしなさい。どう考えてもお前に勝ち目はないから。裁判費用は負けた方が払うんだが、そのくらいの貯蓄はあるだろうね? こちらは出さないよ」


 スペードのKO負けである。

 実の親からも、遂に見切られたのだ。


 書類にサインをし、サマンサとエドウィンはスペードの義弟妹になった。

 そして将来は、義弟であるエドウィンが当主になるのだ。


 この時よりサマンサもエドウィンも、スペードを義兄(あに)と呼ぶことになった。最初の頃は気まずそうだったが、今は割り切ったようだ。


「父上、あ、違った。義兄上(あにうえ)、行ってらっしゃい。頑張って!」


「……ああ、行ってくるよ」


 身を立てる為に、父の勧めで騎士団に勤め出した(スペード)。たとえ公爵令息だとて、あのヤラカシを知られている為、一切忖度はされない状況だ。


義兄上(あにうえ)、夕食の準備が出来たようですよ。義父上(ちちうえ)が待っております。共に行きましょう」


「ああ、ありがとう。そうしよう…………」




 何となく子供達(今は義弟妹)に気を使われているようで、いたたまれない。


 次期後継者ではなくなったことで、好き放題していた別邸は追い出されて本邸に戻った。親子で顔を合わせることも増えたが、今は義兄と義弟妹なのだ。

 さらに後継は息子(エドウィン)なので、俺の立場は非常に弱い。


「なんでこんなことに…………」と、後悔ばかりが残る。



 父親(スペード)が追い出されてノタレ死にするより、老後を見てやろうという気概を持っているエドウィン。


「あれだけ放置されていたのに、なんて優しいのかしら」と感動するダイアナ。


 しっかり育ってくれて良かった。

 でも父親のしたことは、忘れることはないのでしょうね。あまり傷つかなければ良いけど。




◇◇◇

 そんなやらかしは市井にまで伝わり届き、民衆達は面白おかしく噂していた。

“やっちまったなー” って。


「あらら、スペード様が失脚? 私のせいかしら?」


 平民だが仕事は出来るので、貴族経営の法律事務所で働くラジルニーニャ。慰謝料も覚悟したが、どうやらこちらへの要求はないらしい。


 経営者の子爵子息から若い時に求婚されていたが、イケメンじゃないからと断っていた。それでもクビにも嫌がらせもしない子息は善良である。

 さすが法律家だ。


 そこに平気で勤める、ラジルニーニャも相当だけど。


 平民女子は、大概がメンタル強めだ。

 お金のありがたみも知っているから、良い職場はおいそれと逃せない。


 自分達平民母子が、いつ捨てられるか知れない恐怖の中で生きてきたという、打たれ強さがあるのだ。

 だからスペードが項垂れて別れ話に来た時に、つい結婚しようかと言ってしまった。


「だって、良いの? 俺、公爵家継げないんだ。結婚したら平民になるんだよ。仕事だって騎士団の下っぱから勤めるから給料だって安いし、いろんな噂も飛び交っているし…………」


 最後の方はとんでもなく声が小さくて、泣きそうになっていた。


 そんなスペードに、ラジルニーニャは言い切る。


「大丈夫よ。私が養ってあげるから。その代わり貴方も騎士団で頑張ってよね」

「うん。ありがとう、ラジルニーニャ。こんな俺を見捨てないでくれて。ぐずっ、好きだよ~」


 安堵して、彼女を強く抱きしめるスペード。

 ラジルニーニャも、強く彼を抱きしめて思った。

(今の彼なら、心から私を大事にしてくれるだろうと)


 彼女は最初から、貴族になりたかった訳ではない。


 美しい顔に魅せられ、甘ったれな彼に庇護欲を持ってしまっただけなのだ。

 寧ろ貴族という障壁が崩れ、大歓迎なのだった(絶対言わないけどね、フフッ)。

 女は強かでないと!




◇◇◇

 騎士団では息子の方が年の近い先輩騎士が、新兵スペード達を鍛え上げる。


「まずはグラウンド10周し、腹筋と背筋100回。

 終了後は剣の素振り100回だ。

 まずは体力をつける訓練だ。

 開始しろ」


 若者は体力があり、何ともない顔で課題を熟していく。だがスペードは、ラン二ングだけで息があがっていた。


「これ、が、今まで遊、んでた、ツケだ、な。はぁはぁ。でも、俺は、諦めな、いぞ。くそぉ」


 そして訓練が終わりバテていると、少しだけ先輩の若者が声をかけてきた。


「新人は次の新人が来るまでトイレ掃除だ。俺も今までやってたから、何かあれば聞いてくれ」と。


 掃除なんてしたことがないスペード。


「スミマセン、やり方を教えてください。お願いします」


 そうして素直に頭を下げたのだ。



 彼もスペードの酷い噂を知っていた。

 けれど、目の前にいるオジサン騎士は、ふざけた感じには見えなかった。

 少なくとも平民の若者()に、教えを乞えるのだから。


「良いよ、教えるから付いてきて。分からなかったら、またいつでも聞いてよ」

「はい。ありがとうございます」


 きちんとお礼が言えるスペードに、好感を持ったのは周囲も同様だった。

 平民も貴族も区別なく関わる態度は、彼の味方を増やしたのだ。


「スペードさんは、もう少し体力付けないとね。休みの日も走ると筋肉が付きやすいよ」


「筋肉には鶏肉が良いよ。今はとにかくたんぱく質が大事だ」


「糖質は控えて、夜は十分眠って」


 たくさんくれるアドバイスに、嬉しそうにありがとうとメモをしていく(スペード)


(仲間って感じがする。悪い噂も知ってるはずなのにな。気持ちの良い奴等が同じ隊で良かったよ。ついてるな、俺)


 心を入れ換えて前向きになったから、助言も手助けもして貰えるようになったスペード。

 以前のように傲慢ならば、ここもまた居心地が悪かっただろう。


 全ては、自らの行いからなった結果なのだ。



「取りあえず今日も頑張って、スペードさん」

「ああ、お互いに頑張ろう」


 彼が変わっていくのを、微笑みながら見守るラジルニーニャ。


「精悍なスペード様も良いわね。拝顔~」


 どこまで行っても、イケメン至上主義なのだった。

 寧ろ潔し。




◇◇◇

 それからは公爵家を出て、ラジルニーニャと暮らすスペード。数ヵ月後入籍し、小さな教会で式を挙げたのだ。


 そこにはダイアナを除く公爵家全員が参加した。

 ラジルニーニャの母と父の男爵も参加し、恐縮していた。


 それでも 「馬鹿息子を支えてくれてありがとう」 と、公爵から感謝され事業展開にも繋がったらしく、すごく喜んでいたようだ。


 スペードの友人達も参加し 「お前は今が一番良い顔になった」 と、背中を叩いて祝福してくれた。

「今までみたいないやらしさが抜けて、引き締まった顔になった」 と言われ、 「素直にありがとう」 と微笑めるようになっていた。それを遠目で見て、大人になったと義父母が涙ぐんでいたそうだ。



 ラジルニーニャにとって、顔が何よりも優先されるから、一生太ることは許されないスペード。


 騎士団では若者と一緒に雑用や掃除も熟せるようになり、自宅でも家事を手伝っているらしい。


 そして彼女のお腹には子供がいて、もうすぐ産まれるそうだ。


 いろいろあったけれど、ほぼ廃嫡同然のスペードを引き取ったことで、ラジルニーニャは肝っ玉母さんと呼ばれていた。そして真実の愛を貫いたとも。


 そう言うことで、弁護士の仕事も減らず逆に増えたそうで何よりだ。


 たくさんの人に祝われて、式は無事に終わったのだ。




◇◇◇

 ダイアナは、ミケランシェルとアレンティアと共に夜会に来ていた。

 最近はスペードの再婚話で盛り上がる人々。


 だからと言って、友人に囲まれる彼女に不躾な輩はいないけれど。


「漸く安心したわ。子供に義兄(あに)と呼ばれるスペード様に、ちょっとだけ罪悪感があったから」


「そうよね。でもあいつ、やっと目が覚めたんじゃない? 前より気持ち悪くないもの。憑き物が落ちた感じね」


「やっぱり彼は持ち過ぎてたのよ。家柄、お金、美貌とね。美貌だけでも贅沢だもの。彼には扱いきれなかったんだわ、きっと」


 義理で来た社交パーティーを抜け出して、ホテルの高級ディナーへと洒落こんだ3人。


 ワインを嗜み始めると、途端に愚痴が飛び出すダイアナ。


「私だって、スペード様くらい養えるんだから。それなのに、この差は何なのよ。ふざけんじゃないわよ!」


 表面では貶す元夫だが、本当は蟠りが残っていた。

 街で見かけた今の元夫は、彼女(昔のダイアナ)が好きだった頃の素敵な感じに戻っていたから。


「やっぱり、一方的に好きだと駄目ね。相手はイイ気になって協力してくれなくなるし。何事も程ほどにだよね。

 でもね私、本当に好きだったのよ。告白したらプロポーズもしてくれて。でも最初から舐められていたんだわ。惚れた弱味をちらつかされてさ」


「実感してるわね。でもそれ、間違いないわ」

「まあまあ、もう過去のことよ。今日は飲みましょう」


「「はーい」」


 ちょっと高めの個室を頼んで、大正解だったと笑う一同。今日は食べて飲んで、明日からも頑張るしかないのだから。


「ありがとう。ミケランシェル様、アレンティア様。

私は友人に恵まれたわ」

「まあ、素直ね」

「恥ずかしいこと言わないで頂戴」


 照れるのを言葉や扇で隠して、共に寄り添うのだった。




◇◇◇

 遠い昔、それはダイアナのデビュタントの年だった。

 数え年で15才(この時14才と8か月)。


 輝くシャンデリア、楽団の生演奏、キラキラと煌めく大勢の男女。高尚な貴婦人の話し声は明るく、その場の盛り上げに一役買う。


 父である伯爵と共に、黄緑のレースたっぷりのドレスで現れたダイアナは、緊張で震えていた。


 友人であるミケランシェルとアレンティアに挨拶をして、ソフトドリンクを手に伸ばすと、綺麗な碧眼と指先が触れた。


「ああ、スミマセン。素敵なレディにぶつかってしまった」


 スマートに礼をするその男(スペード)は、もし宜しければ私を練習台に使って下さいと言う。


「美しいご令嬢。ダンスはいかがですか?」

「は、はい。喜んで」


 こうして初めてのダンスを、スペードと共に舞ったのである。緊張で、たくさん足を踏みまくったけど、優しく微笑んでくれたスペード。


 女学校に通い家族以外に男性免疫のないダイアナは、ここで初めて男性を意識し、そして恋に落ちたのだ。


「夢みたい。なんて素敵なのかしら! まるで絵本から出てきた、王子様のようだわ」


 かなりシチュエーションに酔った感はある。

 血筋からいけば、確かに王族に近いけれど。



 当然のように、ダイアナ愛の強いミケランシェルとアレンティアは大反対した。


「駄目よ、あんな女タラシ。絶対騙されているわ。

良くも悪くも夢見がちだから、私達が止めなきゃ」


「ええ、勿論よ。私達の愛し子を、奪われる訳にはいかないわ」


「「あの子を愛でるのは

       私達の特権なのに!!!」」


 まあきっと、誰が相手でも反対しただろうけど。




「これ以上彼の悪口を言うなら、嫌いになるからね」の一言で、2人は撃沈。

 それ以上手を出せず、結婚の運びとなったのだ。




 この時にスペードが、ダイアナのことを “チョロくて扱いやすいだろう” から結婚を決めたと知られていたなら、スペードはこの世に居なかったかもしれない。


 きっと暗殺さゲフンッ。


 ダイアナの勢いとスペードの父伯爵(ダイアナの父)への対応が丁寧で、早期に結ばれた2人。

 ダイアナも両親を説得した手前、なかなか弱音を吐けないと言う背景があった。


 父である伯爵は “気にせず頼って欲しかった”と、後に寂しそうに語ったと言う。現在ダイアナは、タウンハウスに住み、今更ながら両親に親孝行している。


 両親にとっては、会えるだけでご褒美なのだけどね。




◇◇◇

 ダイアナの事業が軌道に乗ったのは、友人令嬢の力もあったが、ダイアナのセンスもあった。


 服飾は公爵家領地の麻を一部で使用し、飲食店でも公爵家の農家を通して食材を確保し、木工細工は公爵家の山の木々を使い、宝飾品の加工技術(指輪やネックレス等)も公爵領の人員で固めた。

 自分の事業の恩恵が、公爵家にも入るようにした仕組みだ。


 なので、ダイアナの事業がなくなっても、提携が崩れない限り資金は公爵家に入るのだ。


 最初は、そこまで考えていなかったダイアナだが。


 スペードを見返す為に始め、後半は離縁されても一人で生きていけるようにと、続けていた事業だ。


 たくさんの人の応援があって、今の形に落ち着いた。


「あ~あ、私も幸せになりたいですわ」


 綺麗に整備され生き生きとした木々と美しい花々、大きな空の下で語らう友人夫婦を見ていると、自然と口から言葉が溢れた。


 たぶん魂の叫びだった。


 ずっとスペードに認められたいと、スペードがやるべき仕事まで熟してきた(スペードがせずに、義父が行って体調を崩していた件のやつ)。

 いつかは褒めて尊重してくれると思って生きてきたのに、選ばれたのは自分と正反対の女性だった。


(きっと最初から、私なんて眼中になかったのね。お金なんてそんなになくても良いから、穏やかな仲良し夫婦になりたかったなぁ。もうふっ切れたと思ったけど、落ち着くと考えちゃうわ)


 なんて考え、遠い目をしていたダイアナ。



 それを見ていたのか、軽量かつ見事な模様の彫り込まれた木工カップで、レモン氷水を飲んでいたミケランシェル様がとんでもないことを言い出した。



「あらっ! 丁度一人、ここで紹介したいイケメンがいますけど、どうします?」

「え!」


 そんなこと(恋人紹介)をされるなんて、思ってもいなかった。


 だっていつも、お付き合いとかそういうのに反対していた彼女だったのに、こちらの侯爵邸にその恋人候補がいるという口ぶりなのだ。


 アレンティア様も微笑んで、「ああ、あの方ね。かなりの切れ者だし、良いのじゃない」と太鼓判だ。


「お茶のおかわりをお持ちしました」と、そこに侯爵家の執事が姿を現した。


 長い銀髪を一括りに纏め、青い瞳に黒縁のモノクルをかけた燕尾服の美丈夫だった。


「このジャスティンがねえ、貴女の事が気になるそうなのよ。侯爵家の寄子で、彼も既に子爵位だけは持っているの。身分的には問題ないわ。スペードの浮気調査も、彼が躍起になって調べてたし」と言う、ミケランシェル様。


 アレンティア様も続ける。


「ダイアナ様には、このくらい包容力のある人が良いと思うわ」


 クッキーを啄みながら、楽し気だ。



 優しく微笑むジャスティン様に、(ダイアナ)はいっぱいいっぱいになり、考えさせてくださいと言うのがやっとだった。




◇◇◇

 そして後日。

 提案を受け入れて、私達のお付き合いがスタートしたのだ。


「こんなに可愛らしい人とお付き合いできるなんて、私は幸せ者です。愛しています、ダイアナ」


「ええと、アリガトウゴザイマス、ジャスティン様」


 ジャスティンと腕を組んで歩くダイアナは、緊張してコチコチだった。

 なんと言っても、スペードが初恋で夫だったから。 こんな風にエスコートされる経験は少ないのだ。

 いやもう、出産後ゼロと言ってよい程だ。



「そんな緊張している所も愛らしいですよ」

「あ、えーと、はい」


 プシューと、顔が沸騰するような状態だ。

 それを見て仄かに喉の奥で、笑いを堪えるジャスティン。


(可愛すぎる。もう30才手前なのに、思春期の乙女にしか見えないぞ。俺の欲目のせいか? すぐ結婚したい!)


 いつも冷静なジャスティンも、いろいろと迸っていた。


 もう呼び捨てにしているし、距離の詰め方がエグい。絶対に逃がさないと、対外に示しているかのようだ。



 彼はミケランシェルに命じられ、ダイアナを以前からずっと見守ってきた侯爵家の影だ。

 勿論ミケランシェルの夫も了解済みである。


 ダイアナの空回りする所も、頑張る所も長年見てきた彼。

 年齢は彼女の2つ上であるが、幼き頃より侯爵家の諜報として仕込まれてきた為、かなりの実力者。


 この侯爵家の執事達は、みなその任にも就いている精鋭である。



 そしてミイラ取りがミイラになった、彼ジャスティン。

 知らずと彼女を愛してしまったのだ。

 それはもう、ミケランシェルにもバレバレだった。


「しょうがないわね。いいわ、貴方に特別任務をあげる。それはね…………」


 苦笑するミケランシェルの夫も了解し、ダイアナを幸せにしよう計画が開始されたのだ。


「可愛いダイアナが、もう変な男に奪われないように。幸せにしてあげるのよ、私達が」


 ミケランシェルの計画に、アレンティアも同乗する。


「勿論私も応援しますわ」と、ただただ微笑むのだった。




◇◇◇

「ジャスティン様は、強引過ぎませんか? 

……いえ、あの、嫌ではないのです。寧ろ嬉しい、きゃっ」


 告白めいた台詞を聞き、彼ジャスティンは思わず彼女の頬にキスを落とす。


「ひゃあ!? な、何するんですか?」

「何って? 頬に口づけを少々」


(あー、もう恥ずかしい。それにジャスティン様は、笑いを堪えているみたいだし。もう! でもこのイタズラっぽい顔、好きだなぁ)


 真っ赤になる彼女を見つめ、幸福に酔いしれるジャスティン。


 何も知らないダイアナは、彼ら彼女らに守られながら幸福の中にいる。

 そして彼女は、ジャスティンの猫っぽい顔が大好きなのだ。それにイケメンだし。


 スペードのことですごく傷ついたから、 “もう顔で騙されないぞ” と誓ったばかりだが既に撃沈。


 本人(ダイアナ)が幸せそうだから、周囲は見守っているところだ。


 侯爵家執事の結婚は、その性質上なかなかに難しい。そして結婚する際は、伴侶と仕事(影の仕事)を漏洩しない契約を行う。

 僅かでも漏れれば、すぐに天へ召されてしまうシステムだ。


 けれどもし、今後ダイアナが伴侶となる場合は別だ。


 ジャスティンの子爵家と生家の伯爵家、ミケランシェルの侯爵家とアレンティアの伯爵家、ついでに王家も巻き込み彼女には内緒にするだろう。


 だってダイアナには、秘密保持は難しいからだ。

 いろいろ素直過ぎて、うっかりしそう。


 それに大切なダイアナには、そんなことを知らせずに幸せでいて欲しい。

 こちらの意味合いの方が、多分に強いから。


「そんなことなど知らなくても、彼女(ダイアナ)の安全は全力で守ります!」


 これはジャスティンだけでなく、関係者全ての同意事項だ。なんなら国王より安全かもしれない。



 そしてまた、懸念事項が発生したことをダイアナは知らなかった。


 若くして家督を継ぐ決意をしたエドウィンが、覚醒してかなりの切れ者になっていたことを。

 さらに幼子のように、穢れなき母への果てしない愛も。


 当然のように、祖父と共に公爵家の諜報を使いこなしているので、ジャスティンのことも調査済みだ。


「今は見逃してあげます。…けれど、母上を泣かせた時には、覚悟を決めてくださいね。フフッ」


 スペードのせいで、とんでもないモンスターが誕生していたのだ。


 ジャスティンに悪寒が走ったのは、言うまでもない。




◇◇◇

 以前に父の老後を面倒みると言ったのも、まだ父を好きであろう母を安心させる為だったのだ。状況によってはどうなっていたことか……。すんでの所で、息子(エドウィン)の魔手から逃げ延びたスペードなのだった。


「天使のようにきめ細かい肌に、僕よりも幼な顔の超絶な可愛らしさ。神が僕らを癒す為に顕現したかのような母上。これからは、必ずお守り致します!」


 勝手に何かを息子に誓われているダイアナなのだ。



 姉のサマンサは思った。


(うち)の弟ってば、父上のやらかしから頑張り過ぎなの。やっぱり家を継ぐとなったら、張り切っちゃうのね。

 僕がみんなを守るんだって。可愛いわ、本当に」


 思考的には間違っていないが、結構なヤバめな奴になっていることには気づかない鈍感姉。

 いや、ポジティブなのか。


 (ダイアナ)も同じような単純思考、いや一直線、いや一途、うーん、まあ似ているで良いか。



 スペード似の美形であるエドウィンが、マザコンを拗らせて病まないように祈るだけだ。

 その反面、母親(ダイアナ)に激似の姉には靡かずシスコン拒否なのは、自分を子供扱いしてくるのが嫌なせいだろうか?


 一筋縄ではいかないダイアナ周辺は、今日も笑顔で溢れていた。


「エドウィン、サマンサ、元気にしてた?

 今日はスコーンを焼いてきたのよ。りんごジャムも作ったから、一緒に食べましょう」


 離れて暮らす母の訪問に、満面の笑みで全力で駆けてくる姉弟。


「わー! ありがとうございます、母上。楽しみです」

「お腹すいてたの。たくさん食べちゃおう」


「もう、サマンサったら。太っちゃうわよ。フフフッ」

「ああ。良いんですよ、母上。豚は言うこと聞きませんから、二人で食べましょう」


「誰が豚じゃ! 腐れマザコンが!「わー、馬鹿野郎!」ああ、悪い悪い、内緒だったわね。フシシッ」

「(声を潜め)クソッ女」



 この馬鹿姉。

 舐めんな、クソサイコ。


 無言で圧をかけあう姉弟は、顔は微笑みながらも眼が笑っていなかった。


「仲が良くて安心ね。可愛いんだから」


 空気が読めず笑顔いっぱいのダイアナは、ある意味最強の愛され人。

 そしていつも、一人だけ平和なのだった。






◇◇◇

 こんなにダイアナに構うミケランシェルと、アレンティアだが、彼女達は家族のことも愛している。


 ミケランシェルは元公爵令嬢、アレンティアは元侯爵令嬢であり、共に親から王太子妃になるべく教育が成されてきた。


 本来別派閥の彼女達は、別々の場所で淑女の仮面を被り、退屈な日常生活を送っていた。




 彼女(ダイアナ)に会うまでは。



 ある時一人の女子生徒が、帰宅中のミケランシェル達の目に止まった。

 どうやら他校の学生らしい男子生徒に、交際を迫られているようだ。


「お前の家は貧乏な男爵家だろう? 伯爵家の俺の妾になればアルバイトしなくても援助してやる。お前の親も喜ぶはずだ。げへへへっ」


 最悪中の最悪である。


 だがいくら公爵令嬢だとしても、下手に口を出せないのが貴族だ。

 彼女が安易に干渉することで、親や派閥への影響が考えられるからだ。



 よく見れば伯爵令息はミケランシェル家の寄子の家名を名乗っていた。

 どうしたものかと護衛と頭を悩ませる。


 見逃すのは簡単なこと。


 でも令息に逆らえない女子生徒がどうなるかを考えれば、暗澹(あんたん)たる気分になるのだった。


 権力的には自分が上だが、勝手なことをすれば父親に折檻され、光のささぬ地下牢に2、3日は閉じ込められるだろう。



 幼い時からの虐待のトラウマで、暗闇を極度に恐れる彼女。


「ばっかじゃないの? 誰があんたみたいな変な顔の、しかも妾なんかになりたい訳ないじゃない!」


 突然現れた少女は、自分の背に男爵令嬢を庇ったのだ。


「大丈夫よ! 私の家は伯爵家だし、みんな強いから。あんな奴ワンパンで倒せるから!」


「……ありがとう、ありがとう、うっ、怖かった」



 泣きじゃくる男爵令嬢の頭を撫でて、その少女は伯爵令息に立ち向かう。


「俺は知ってるぞ。お前の家はみんな脳筋で、王宮の役職に就いていない貧乏伯爵だろう? 俺の家に逆らって無傷でいられると思うなよ。……それによく見ればお前もなかなか可愛いじゃねーか! 嫁にして逆らえなくしてやるのも良いな。ぐふふっ」


 欲情の滲む気持ちの悪い視線で見られ、少女は全身に鳥肌がたった。


 そして令息の手が少女に伸び、手首を掴んだ。


「気持ち悪い。離せ、変態!」



 瞬間、彼の急所に少女の膝が入った。


「い、痛ってえ! もう許さねえ、ぶっ叩いてやる!」



 痛みで少女から離れた令息は、痛みが収まり次第激昂して拳を向けた。


「タマキ、止めてちょうだい」


「御意に」


 ミケランシェルが指示をした瞬間、令息とその護衛二人は荒縄に縛られていた。


 一人しかいないと思っていたミケランシェルの護衛だが、五名ほどが周囲から現れ令息達を確保したのだ。



「あ、嘘、どうして? ミケランシェル様、そんな奴等より貴女は私の味方ですよね?」


 彼女を見て縋るような弱々しい言葉を発した令息は、彼女の冷たい瞳に凍りついた。


「私はね、女性に暴力を振るう男が、世界で一番嫌いなのよ。そんな方の味方なんて言われて、気持ち悪くて反吐がでそうですわ!」


 辛うじて扇を口に当てるも、嫌悪は隠せなかった。


「あぁ、そんなぁ」


 いつもは穏やかで、微笑みを絶やさない淑女と言われるミケランシェルは、この時最大級の蔑みを令息に与えた。

 父親と彼が重なり、口調もキツくなった自覚もあった。


 その後、騎士団に引き渡しまでした。


「大丈夫ですか? お二人とも。私が遅かったばかりに」


 痛ましいまでに謝罪するミケランシェルに、男爵令嬢も少女も驚き、即座にお礼を言ったのだ。


「頭を上げてください、ミケランシェル様。絡まれるのはいつものことなんです。

 ただ今日は、花屋でアルバイトをしている所を狙われたのです。本当に助かりました。

 ありがとうございました」


 微笑む男爵令嬢は、こちらを責めること等一切なかった。ただ運が悪かったと言うくらいで。


「私も助かりました。わりと鍛えているつもりだったけど、背が小さいしあんまり筋肉も付かなくて。

 あんな奴ワンパンで倒せると思ったけど、急所の一発をキメただけで膝が痛くてビックリしました。

 テヘヘッ」


 少女も舌を出して、シマッタとばかりに苦笑いしている。



「まっ、あはははっ。貴女怖くなかったの? 横幅なんて、二倍もある大きな令息なのに、股を蹴るなんて。本当にもう、ふふふふっ」


 生まれて初めて、腹の底から笑ったミケランシェル。




 ここから秘密裏に、少女へ護衛が付いたのだ。


(この護衛はジャスティンではない。自己のお小遣いで自分の護衛にお願いした形だ。

 危なくて放って置けないと思い、数人いる護衛に自分(ミケランシェル)のついでに、登校と下校だけでも見守って欲しいと頼んだのだ。

 幼い時から一緒にいたお嬢様からのお願いに、しょうがないとみんなが従った訳だ)




 男爵令嬢のアルバイトも市井では危険なので、週末や休日にミケランシェルの侍女として雇うことにした。

 ミケランシェルの幼馴染みである王太子から推薦されれば、父公爵も逆らえなかったと言う。




 そもそも何故少女が、あそこに護衛なしでいたかと言えば、バイオリンの習い事が嫌で講師の家から護衛をまいて逃げていたからだ。

 本当の偶然なのだ。


 もうその少女が、ダイアナあることはおわかりだろう。




「暫くは手がかからんと思ったのに。急に勝手なことをしおって、お前には教育が必要だな。牢に入れておけ!」


 その後父公爵の命令で、地下牢へ連れていかれそうになった時、彼女(ミケランシェル)は言った。



「私と王太子ベルンケルは友人です。

 そして私は王太子妃候補。

 そんな私の待遇を彼に話せばどうなるか? 

 楽しみですわ。

 もう家の体面を考えて、内緒になんか致しません。             

それこそが、自立した淑女というものですわ」


「お、お前は…………」


 悔しげな父公爵は、それ以来彼女に手出ししなくなったのだった。




 その時彼女は、別に牢に入れられても、殴られても良いと思っていた。

 ダイアナのように、自分に恥じずに生きたいと強く思えたからだ。





 そしてアレンティアの生家(侯爵家)で護衛騎士をしている者の中に、ダイアナの父の弟ダーレンがいた。

 アレンティアの家とダイアナの生家(伯爵家)では、同じ派閥での付き合いがあった。



 アレンティアの生母が彼女が8才の時に亡くなってすぐ、侯爵の愛人が義母となりアレンティアの異母兄と共に本邸に入り込んできた。

 品のない二人に使用人と騎士達は顔をしかめた。

 義母は没落した子爵家の出だと言う。



 あからさまにアレンティアを嫌う義母。

 今まで自分達が侯爵家で暮らせなかったのは、アレンティアの母と彼女(アレンティア)のせいだと恨む義兄。


 義母は彼女の物を取り上げ、部屋も離れの日当たりが悪い場所に移した。

 勿論義母に溺れる侯爵には、彼女(アレンティア)が我が儘だからと嘘を紡ぎ、悪者にすることも忘れなかった。


 ただ義兄は憎しみと共に、美しい彼女に歪んだ欲望を抱いていた。その欲望は侯爵以外の前で隠すこともなかった。


「滅茶苦茶にして、一生飼って傍に置いておきたい」



 そうしてある夜会で両親が出掛けた夜、離れにこっそり赴いてアレンティアを襲おうとしたのだ。

 5才年上の強い力で組み敷かれ絶望の彼女。

 だが一気に覚醒し、隙をついて金◯を思いきり握り潰した。


「いっ、ぎゃああああああー、クソッ」

「っ! 嫌だっ!」



 その際に走りだし、騎士達に合流できたのは僥倖だった。辛うじて習った護身術が役立ったのだった。


 彼女は泣きながらダーレンに抱きついて、今起きたことを伝えた。


 そして彼が信頼する騎士数名で、彼女を鍛え始めたのだ。


 常に離れから目を離さず、義兄がくればわざとらしく声を掛けて、アレンティアに分かるように合図を送る。



 いくら義兄でも、勝手に騎士達をくびに出来る権限はない。騎士の殆どはアレンティアの味方だし、その他の騎士は面倒事には関わらなかった。



 使用人は彼女を憐れに思ったが、意見した者は次々にクビになるので、彼らは生活の為に正面から逆らうことは出来なかった。


 ただ食事だけは何があっても、時にはこっそりとダーレンに頼んで届けてくれた。

 その気持ちに何度も感謝した。


「見つかったらクビか、そうじゃなくても折檻を受けるだろうに。ありがとう」



 そうしているうちにアレンティアは、まだ見ぬうちからダイアナのことをダーレンから聞かされることになるのだ。


「俺の姪は礼儀作法とかはからっきしだけど、まっすぐで一生懸命で、みんなの笑顔が好きな良い奴なんだ。

 チビなのに剣術の真似事をして、弱い子を守ると剣を振り回しているよ。

 たまたま平民の子を苛めている貴族の子から助けて、(助けた子を)家で雇ってと言うわ、貴族の子をぶんなぐって親は謝りに行くわで、いつも笑わせられるよ。あいつが男なら英雄になれたかもな、本当に惜しいよ。親は大変だけどな。はははっ」




 すごい女の子がいるもんだと感心し、その行動に憧れたアレンティア。

 騎士になる女性がいても良いのではないかと、その時切実に感じた。


「弱き者を守るなんて、すごく格好良いじゃない。

 見てみぬ振りの男どもより、崇高な志だわ!

 それこそ私が憧れる、騎士道そのものよ!」 


 その子ももしかしたら、そう思って鍛えているのではないかと希望を持つ。

 アレンティアは密かにダーレンから訓練を受け、騎士を目指し始めたのだ。




 そして可愛いらしいダイアナに学校で出会い、ミケランシェルと共に派閥度外視で友好を築いていく。

 それを見た女学生達も、それにならい派閥の垣根を越えて仲を深めていったので、国王や王太子ベルンケルが好ましく思ったのは言うまでもない。




 その後日、隣国の王子がミケランシェルを妻にしようとして(既成事実を作る為に)拐おうとした際、巡回中に偶然合流した王国の騎士団長アールグレスとアレンティア、ダイアナで、襲いかかってくる相手騎士を返り討ちにしたのは今でも良い思い出である。




 実際にアールグレス以外は、ミケランシェルとベルンケルの影の護衛達が活躍したのは言うまでもない。

 王太子(ベルンケル)の影達はキナ臭い噂を聞いて、婚約者候補達を密かに護衛していたのだ。


 勿論表面的に、各家の影の存在を知らせることはない。

 影の存在は、隣国には特に極秘にしなければならないからだ。

 なので正当防衛として、その場に居なかった王子以外をならず者として亡き者にした。

 王子は抗議も出来ないだろう。



 その為ミケランシェルを救った功績は、三人のものになったのだ。




 ハッキリ言って、ダイアナは足手まといだった。


 小さな体でミケランシェルを後ろに庇い、懸命に木の棒をブンブンと振り回す。

 どうやら背丈はあまり伸びず、訓練しても筋力が付かずに成長したらしい(残念)。



「ミケランシェル様に用があるなら、私の屍を越えるしかないわね」と、不敵に笑い挑発したのだ。

 勿論役に立ってはいないし、小さな体は震えてたけどね(本人は気づいていないけど)。



 そんな彼女をさらに庇うアレンティアは、既にダイアナの騎士の気分である。 “姫には触れさせん” 的な感じで。


「私だって、こんな奴等に負けないわ! ダイアナ、やるわよ!」

「うん、任せて!」



 そんな彼女(ダイアナ)がいるだけで、 “可愛い過ぎて” 一瞬でホンワカし、そのあと影達の士気が一気にあがったのは言うまでもない。




「「「私達(俺達)の天使は、

         永遠よ(だ)!!!」」」


 そうして騎士達にも信者が増えていく。


 密かにジャスティンはダイアナと結婚したことで、大勢に妬まれているのだった。本人だけが知らないものの、ダイアナは大人気なのだ。




 その後の後始末では、アールグレスが代表で表彰され、後のミケランシェルの夫になる足掛かりになった。

 実際頑張っていたし、ミケランシェルもずっと彼を目で追って心配していたし。



「ご無事で良かったです。ミケランシェル様」


 全てを終え、彼女の前に膝を突いて礼をとるアールグレス。


「ありがとうございます、アールグレス様。怖かったです…………」と、思わず抱きついたミケランシェル。



 アールグレスは驚愕していたが、アレンティアとダイアナは微笑んだ。

 ミケランシェルの初恋の人が、アールグレスだと知っていたからだ。

 ベルンケルも知っていたから、その後はトントン拍子だったと言う。



 アールグレスもミケランシェルを思っていたことを、ベルンケルは知っていたから余計に。

 ずっと(ベルンケル)を守ってくれた兄のような存在を、幸せにしてあげる手助けをしたのだ。




 筆頭婚約者候補のミケランシェルがアールグレスと婚約後、ベルンケルも意中の女性に思いを告げて婚約することになった。

 ミケランシェル達に勇気を貰ったベルンケルは、国王を説得して以前から交流のあった小国の王女を妻に迎えたのだ。

 これにはミケランシェルとその夫が、生涯の忠誠を国に誓ったことも大きく影響した。



 その後にアレンティアと、彼女の恋人騎士との結婚を援助したのは、ベルンケルと侯爵夫人となっていたミケランシェルだ。

 ベルンケルの婚約者も決まり、いよいよアレンティアに利用価値をなくした侯爵(アレンティアの父)



 侯爵(アレンティアの父)は、彼女に好きな人がいるのを知っても、金持ちの子爵との結婚を画策していた。

 なのでミケランシェルとダイアナ、ベルンケルで国王に頼み込んで、さらに上の権力(王命)で圧力をかけたのだ。

 侯爵は既に前金に手をつけていたらしく、少しゴネていたけど、娘を家族ぐるみで虐待してさらに売ろうとするなんて許せないことだ。

 潔く金を返せば良いし、返せないなら爵位を国に返して全てを売れば良い。それだけのことなのだ。



 彼女の恋人は騎士爵しかないが、ミケランシェルの夫の親戚で後継がいない伯爵家を、アレンティア達が継ぐことになった。


 もし伯爵家の話がなくて平民になったとしても、それで良いと思っていたくらいだ。

 愛の欠片もない侯爵家からは、籍を抜かれても痛くも痒くもない。寧ろ悪い思い出しかないのだ。


 それくらい彼女には、何の思い入れもない家になっていた(勿論良くしてくれた使用人は別として)。



「憂いがない方がアレンティアも安心かもしないから、サクッと止めをさそうか」と、笑うベルンケル。


 その後にすぐ、一つの侯爵家が跡形もなく消えたらしい。


 侯爵家の護衛騎士だったダーレン達やアレンティアの味方をしていた者は、伯爵家に全員雇われた。

 日和見の者は各家に散らばっていったそうだ。

 誰も侯爵家に忠誠を誓っていないのは、幸いだった。


 使用人も希望するものは伯爵家に、家が遠くなるから元の家の近辺にと望むものは紹介状を渡した。

 みんな、アレンティアの幸せを喜んでくれていた。


 義母の金遣いが荒く大きな借金があったらしくて、使用人は生家から連れてきた最低限の者だったから、却って路頭に迷う者が出なくて良かった。



 アレンティアは、婚姻後伯爵夫人となったのだ。


 信頼する夫に巡り会えて子供が生まれ、本当に生きていて良かったと神に感謝した。

 きっかけをくれたダイアナにも、さらに感謝したのは言うまでもない。



 そんな話をミケランシェルとアレンティアが、夫や子供達に何度も話すものだから、みんなもダイアナが大好きになった。

 ただダイアナの知らない所で、ダイアナの恥ずかしい話もされている。


 きっと漏れることはないだろうけど。

 漏れてダメージを受けるのは、ダイアナだけなのだけど。


 二人には、娘と息子が一人ずついる。

 ダイアナの子達と婚約者になるのかは、未定である。


 そうなるとますますピンチになるのは、やっぱりダイアナかな? ガキ大将振りが、サマンサとエドウィンにバレるのはもうすぐ、かも?







8/8 20時 日間ヒューマンドラマ(短編) 24位でした。

ありがとうございます(*^^*)


8/9 8時 日間ヒューマンドラマ(短編)17位、

13時8位、22時 なんと5位でした。ヤッホーイ♪

ありがとうございます( ≧∀≦)ノ♪♪♪


8/10 11時 日間ヒューマンドラマ(短編2位、すべて3位でした)。

(*´∀`*)ありがとうございます♪ 嬉しいな♪♪♪


13時 日間ヒューマンドラマ(短編1位、すべて2位でした)。まさかこんなに評価が頂けるとは(o゜Д゜ノ)ノ♪♪

ありがとうございます(*>∀<*)♪♪♪


19時 日間ヒューマンドラマ すべてで1位でした。

まさかの快挙に、感激です。ありがとうございます。

(*≧∇≦)ノ♪♪♪

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― 新着の感想 ―
[良い点] ダイアナの子供たちがバチバチしてるのいいですね!姉弟は基本敵同士…!弟の弱みを握ってるからな、姉は… 二人の令嬢がダイアナ推し過ぎてダイアナのダメ夫とかどうでもよくなってるのがなんか面白い…
[良い点] スペードがやらかしても結局結構幸せになりそうなのは彼が反省できる馬鹿だったせいもありますけど、それだけじゃなくこれイケメン無罪の原則のおかげですよね… やらかしたイケメンがざまぁで不幸にな…
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