悪役令嬢斯く眺められる
魔力を燃料にした街灯の明かりの下、あたしは一人立っていた。
道端で暮らしているみんなの中であたしが一番歳が上のお姉ちゃんだから、みんなの食べ物を探さなきゃいけない。だけど食べ物を沢山手に入る所の縄張りはもう決まっている。
だからあたしに出来ることはもう一つだけしかない。
夜になると一際明るくなる場所のおじさんが言っていた。体を売れば金になるって、特に初めては一杯お金を貰えるって。体がもっと大きくなったら来いって言ってたけど子どもでも大丈夫な大人もいるって言ってもいた。
正直どういうことか分からないけど、もうみんなに食べさせるにはこれしかない。
夜になると道に立ち始めて男の人と何処かへ行く女の人を見てやり方は、なんとなく覚えた。
キゾクに買って貰えば更にお金が増えるって言っていた。
キゾクって綺麗な馬車に乗っている人の事だというのは分かる。
痛いことじゃないといいなと不安になりつつ立っていると、一台の綺麗な馬車が目の前に停まった。
思わず横に避けて後ろを見ると誰もいない、あたしが目的に停まったことが分かって息を飲む。
扉が開くのを緊張して待って、いざ開くとまた息を飲んだ。
「天使様」
扉が開く音に反射して見ると、天使が出てきた。
この出会いはあたしにとってターニングポイントだった。
僅かな時間だったが、天使の様に見えた貴族令嬢様にあたしは魔法を習うことが出来て後日別の貴族様に皆と一緒に拾われることになる。
あたしは希少な光属性――後日に聖属性と判明する―― だった為養子として、皆は使用人見習いとして拾われた。
天使様とはあれから会えていないが、別れの際に魔法を習得出来るまでの生活費にとお金をハンカチに包んで渡してくれた。あたしはご恩のお返しが出来ないからと喉から手が出る程に欲しかったけど受け取るのを拒んだが、時間潰しにあなたの時間を買った代金だと言って渡された。ハンカチも売れると言われたが一生の宝物として手元に置いてある。だからあたしはその時の一番の宝物であるリボンを渡した。
今日はあたしの晴れ舞台だ。
貴族に拾われ学園に入学させてもらい、そこで沢山の縁を結ぶことが出来てやがて王国を揺るがす大事件を大切な仲間と解決した。
その過程であたしは聖女だということがわかった。
今日、王都最大の広場で行われる祝典は事件の解決と聖女のお披露目、そして王太子と聖女の婚約の発表だ。
この機会を利用してあの時貰ったハンカチを髪飾りとして装飾にすることで、ほとんどの貴族の方が来られるこの場でなら見付けられないかと期待した。
デア エクス モンス ウォルカニウス
『ふむ、吾以外で気付いてはいないな。まあ、今更興味を持つような出来事ではない。しかしあやつが気付いていないとは本当に――。
……それにしても、不純物が無ければ……勿体無いことだ』
それは突然始まる。
厳重に警備されているだろう貴賓席に複数の人間が現れて王族や貴族、他国からの来賓と司教を拘束する。
警護の騎士や兵士は行動不能にされ、広場の周囲の建物からは人々に弓や魔法が向けられる。
瞬く間に占拠された。
そして祝典の主役である聖女とその仲間達は大衆が人質にされたことで広場に設置されたステージ上で動けずにいた。
「どういうことだ……!」
聖女をその身で護るように隠して周りを見渡す。
聖女の横に親友の女が寄り添い、その周りを仲間の男達が囲った。
「いやまさかこれほど上手くいくとはなぁ!」
ステージ横から男が現れる。
「何者だ、貴様」
「おやおや勇ましいねぇ、王子様。俺かい? 俺はアンタらが潰した組織の残党と言ったとこかね」
「馬鹿な、残党も全部潰滅させたはずだ!」
「はっはっはっはっ! 面白い冗談だ、王国しいては大陸を手に入れようとした組織がたった数ヶ月で狩り尽くすことが出来たと思っているとは、お子様はチョロいねぇ」
「上手く隠れ潜んでいたか、だが貴様達のボスはいなくなった、こんな事をしてなんになる」
「そうだねぇ、建前は弔合戦かね。ま、本音としては俺たちのボスがこの国を欲しがっててね」
「ボス? まさか黒幕がいるのか!?」
「いやいや、黒幕とか新しく組織のボスが現れたとかじゃないぜ。俺達のボスさ」
王子達は理解出来ないといった表情を見せる。
「察しが悪いなぁ、俺達は元々別の組織だったのさ。向こうの方が力が強かったし金も人脈も多かったからな、この国が欲しいウチのボスは利用しない手は無いって感じで加わってたのさ。それがまさかまぁーこんな餓鬼どもに潰されるとは聞いた時は吃驚を通り越して唖然としちまったぜ。で、潰れてしまったもんはしょうが無いってことで、貰えるもんは全部貰ってこうして国家転覆を計りに来たわけよ。ちなみにウチみたいな組織はいくらでもあるから、他の国々でも起こるんじゃねーかねぇ」
祝典に来ていた各国の代表達が息を呑む。
「くっ……!」
「とは言えだ、ウチらほど上手くいく組織はないだろうがね」
「どういうことだ?」
「それはこちらのお嬢様に説明してもらおうか」
男が後ろを振り向くと、聖女達ち同年代程の令嬢が現れた。
令嬢が手を叩くとそれぞれの影が伸びて体に絡みつき磔にするように拘束してしまう。
聖女達を拘束した令嬢は金髪縦ロールにピンクを基本としたロココ調でフリルがふんだん使われたドレスを着ている。
何処となく服装が王妃に似ている。
「メアリー様」
聖女がそう呟く。
「……どういうことだメアリー」
「お久しぶりでございます、王太子殿下」
メアリーは美しいカーテシーで挨拶する。
「挨拶などどうでもいい、どう言うことかと聞いている!」
「はぁ」
疲れたように溜息を吐いた。
「簡単な話です。聖女サマに恨みを持ったわたくしが彼らを手引きした、ただそれだけのことでございます」
「どういうことをしたのか理解してるのか貴様は」
「はい」
あまりにも普通返答され王子は二の句を告げることが出来なかった。
「あたしを恨むのはメアリー様からすれば当然なのかもしれません、ですがこんな邪悪な人達に手を貸して人々を巻き込むのは間違っています!」
「そう言われましても、わたくしは国から全てを抹消され国外追放されましたもの、こんな方法でもないと近付くことすら出来ないでございましょう? わたくしを捨てた国の人間を気遣う理由もございませんし。それにこの状況は貴方様方のせいでもありますし」
「どういうことですか」
「それは決して組織の残党を潰滅出来ていなかったという理由ではありません。わたくしは以前から言ってございました、警備を見直した方がいいと、陛下に陳情書を提出したこともございますし騎士団長様にも宰相様にも殿下にすら相談したことがありました。相手にされませんでしたが」
メアリーに言われて思い出したのか、それぞれが苦虫を噛み潰したような表情をする。
「それでも注意喚起ぐらいにはなったと思っていたのでございますが。わたくしという機密情報を持った存在を放逐する危険性に思い至らず、更には幾ら警備体制を全て把握しているわたくしが手引きしたにしても呆気なく占拠など出来るなど練度も足りてございません。他国ならわたくしを国外追放する際に記憶の封印、最悪暗殺をしていたことでございましょう。ですが何の処置もないまま国境の外の魔物の森に捨てられました。確かに普通なら野垂れ死ぬか魔物に襲われて死ぬので情報漏洩は起こらないかもしれませんが、あれ程大体的に断罪を行なって処分法も周知しておいて、わたくしの様な重要な情報を持った人間を組織では無いにしても他国が捨て置くとでも? 万が一わたくしが生き残ったことを想定して警備体制を見直すべきでございましたのに、総じて危機感の足らなさが占領された原因でございます」
至極真っ当な指摘されて、王子達は唇を噛み締める。
「まあ、流石に憂いを残さない方が良いくらいは思ったみたいでございますが。直接手を下して聖女サマに嫌われるのは嫌だった様で。言わなければ気付かれなかったでしょうに」
「いえ、慈悲深い殿下様方がそんなことを思うはずがありません」
「国境外にある魔物の森に捨てられたと言った筈ですが、人が近付くことがない場所でございますよ。魔法を使えるとはいえ女一人で生きていけるとお思いでございますか?」
どう考えてもあわよくば死んでほしいと考えているのが透いて見える方法だ。
「え……いえ、それは……」
聖女は黙った。
「話はすんだかい?」
「すいません、無駄な話をするつもりは無かったのですが。つい応えてしまいました」
「まあ早く終わらせた方がいいんだが、いいてことよ。恨み言一つぐらい言いたくなもんさ。まさか警備の不備の指摘をするとは思わなかったが。それに呆気なさ過ぎて想定していた時間よりもスピーディに進んでいるから気にすんな」
「お気遣いありがとうございます」
頭を下げる。
メアリーが頭を上げると、ステージ中央に拘束された聖女の前に立つ。
メアリーが男に手だけを差し出すと、男は禍々しい短剣を渡した。
「一応念の為にもう一個いっておくか?」
男は白い物を差し出した。
「いえ、これ以上摂取しても変わりませんので」
メアリーは断る。
聖女はそれを信じられないといった様子で見ていた。
「メアリーさま、それはまさか……」
「はい、聖女サマ方はよく知っていらっしゃいますでしょう。組織が使用していた魔力増強薬剤です。聖女サマ方が組織と関わりになった切っ掛けでもありますし、わたくしが断罪された理由の一つでございます」
「そんなものを使ってまで……。あれは身体に有害な物である事は分かっているはずなのになんで使ったんですか!」
「聖女サマより弱いからです」
「なっ……」
「凄いんですよ。わたくしの属性は光ですが。こうして闇の属性になりました」
メアリーの影が伸び上がる。
「それにとてもとても痛かったのですが、痛みに比例するように力が増したんです。見てくださいませ」
そう言ってメアリーは大衆を一瞥すると、組織の人間以外の全ての人間の影が伸びて首に巻きついた。
「凄いでしょう。わたくしがその気になればこの場にいる人間全てを殺めることが出来るんでございます」
穏やかな口調で言われることに聖女は息を呑んだ。
「それはわたくしのしたいことでは無いのでしませんけど」
メアリーは大衆の魔法を解いた。
「一つ質問をいいでしょうか?」
聖女は真剣な顔でメアリーに聞いた。
これ以上の会話をするのを躊躇ったメアリーは男を見ると、男は肩をすくめた。
「良いみたいですよ」
「メアリー様はこの後どうするつもりですか?」
「どうとは?」
「それだけの力を得るためには大量の薬剤を服用しなければいけなかった筈です。あれは毒です、身体にどれだけの悪影響が出るか」
「そんなことですか。近いうちに死ぬのではないですか、それこそ聖女サマを殺した瞬間に気が抜けて死んでしまうかもしれませんですわ」
「本当にあたしを殺す為だけにあの人達に手を貸したんですね」
「ええ」
「なら、あたしを殺して貰って構いません。ですが、ここにいる人々を助けては貰えないでしょうか?」
周りから息を呑む気配がする。
「それは無理でございますね」
「何故ですか。あたしの死だけあれば他の人々の命は関係無いじゃないですか」
「少し勘違いされてなされているようですね。この方達は恐らく平民の皆様は殺さないでしょう、抵抗すればどうなるかは存じませんが。国を手に入れても労働力が無くては機能しませんでございましょう? そう言う理由で貴族もある程度残ると思いますよ。そしてわたくしはあなた方と王族を憎んでいます、恨む相手というのはわたくしにとって無関係ではございませんので、殺すべき対象でございます。という訳で聖女サマが言う関係のない人々はどういう形であれ命は繋がれる、つまりはわたくしが救わないでも聖女サマのご希望通りになるということでございます」
「そんな無茶苦茶な」
「そうでございますか? それなりに筋が通っていると思いますが」
「何よ、隣で聞いていれば屁理屈こねて、アンタが国外追放されたのは元はと言えば自業自得じゃない八つ当たりの逆恨みを正当化させよとしてんじゃないわよ」
聖女の親友の女が吐き捨てるように言った。
「そんな惨めなお姿で強気な発言でございますね」
「だって事実でしょ」
「貴女の言う事実がどこからどこまでなのでしょう?」
「何ボケたの? アンタは学園に組織の人間を招き入れたり薬剤を使用したり挙句の果てには階段から突き落としたりしたじゃない、他にも取り巻き使って嫌がらせしたり直接酷いことを言ったり!」
「思ったよりきちんと把握していらしたんでございますね。とはいえ間違った認識もございましたが」
「どこがよ!」
「確かに組織にいい様に使われていましたわ、階段からも突き落としました。あの頃は味方もおらず相談出来る人もいず助けを求めることが出来ませんでしたから、最後の方では全員敵でしから精神的に追い詰められてしまって愚かな行動をしてしまいました」
「はぁ? 味方がいないとか嘘言わないでよ! この子の方が味方がいなかったわよ、そうなるように指示したのもアンタなんでしょう」
「わたくしの味方とは誰のことでしょう? 指示も命令もしていないのに寧ろ止めるように言っていたの無視して聖女サマに嫌がらせをしていた令嬢方のことでしょうか? それとも何も頼みもしていないのにわたくしの代弁者とかいう令息や教師の方々のことでしょうか」
「そんな嘘――」
「もしくはわたくしの力不足とはいえ、制御出来なくなった令息令嬢のことを相談しても、次期王妃だから自分でどうにかするようにと取り合わなかった殿下や王妃様のことでしょうか? ああ、貴女は家族と仲が良くございましたね、ならば弱音を吐くことすら許さなず寄り添ってもくれない王家との繋がりを結ぶ道具としか見てこない家族のことですか?」
「はっ……? そんな状態だったの? い、いえそれはアンタがそう見えてただけでしょう」
微かにだが声が震えている。
「何故そう思われるのでございましょう? 貴女はわたくしの身近な人間と会話をしたことがございましたでしょうか? わたくしの記憶が確かなのならば殿下と側近の方々ぐらいのはずでございますが、わたくしの知らない所で交友を育んでいたんでしょうか、わたくしの認識が勘違いだと判断できるほどに」
「いやそれは、でも私は直に見て」
「貴女の好きな言葉でございましたね。悪い噂は信じず直接見て接して心に感じたことしか信じないのが信念で正義でしたか。ならばそうわたくしが指示していた所を見たことがあるのでございますね? わたくしの記憶には無いのですが、日時と場所を教えてもらえますでしょうか?」
今まで考えて来たことも無かったのか、明らかに狼狽えている表情を見せる。
「貴族に限らずですが人が内面の特に暗い部分を隠すのは当たり前のことでございましょう? それとも全ての人間には裏表が無いとでも、とても優しい世界で過ごされているんでございますね」
親友は何かを言おうとするが、言葉が出て来ないようだ。
「メアリー様の状況を見えていませんでした、その上でお尋ねしたい敵だったというのは?」
「宰相様のご子息様は、情報収集があまりご上手ではないのでございますね」
メアリーはまた男の方を見た。
「こんな茶番終わらせたい気持ちはわかるがもう全部応えてやれ、どうせ救援なんてこねぇんだからな」
「確認しておいてなんですが、時間の無駄でございますから」
「時間稼ぎがしたいんだろうぜ」
「何でそんなことを」
「知らないからだろう」
「……ああ、そういうことでございましたか」
メアリーは納得して令息に向き合った。
「敵しかいなかった、それは貴方方のこともそうでございましたが、わたくしの周りにいた令嬢令息方もそうだったのでございますよ」
「やはりそう言う意味でしたか、しかしわかりません。まだあの頃は貴女は殿下の婚約者でした。いかに殿下が貴女のことを愛していなかったとはいえ本来ならそれは覆ることが無い物です。貴女を見限るメリットは無い筈
」
「甘いでございますね」
「甘いとは?」
「情報の集め方がでございますよ、部下を使うばかりでご自身で交友関係から情報を引き出すことをしたことが無いのでしょう。ちゃんと分け隔てんなく交流をしていたら彼らの親が婚約者が変わる可能性があることを分かっていたと推測できるでしょうに」
「そんなまさか……!」
「婚約者変更の可能性の理由なら大抵の貴族なら上位だろうが下位だろうが知っていることでございます。情報が来るのを待っているだけだからそうなるのでございますよ。人の話など変化することもあれば抜けることもあるのに。ですが、可能性の片鱗は知ってる絶対筈でございますので、思慮も足りていないご様子、しょうがないのわたくしがお教えしましょう、その前に殿下の婚約者になった理由はご存知でございますか?」
「光属性を授かったからだと」
「ええ、そうでございます。ならば陛下と王妃様の馴れ初めは?」
「学園で出会い……惹かれあったからだと聞いています」
「どこかで聞いたことがある話でございますね。それは置くといたしまして、陛下方は常々殿下に対して申し訳ないと思っていたのでございますよ。息子に恋愛では無く政略によって伴侶を決めてしまったことに」
「それがどう繋がると」
「わたくしは光属性だから、婚約者にさせられました。つまり光属性なら誰でも良かったのでございますよ。ならもしも、殿下が好意を抱き光属性で自分達と同じような出会い方をして、婚約者の変更の前例もある場合、陛下方はどうするでしょうか」
「……自分達と同じようにと」
「貴族の方々もそう考えて、変更の可能性は高いと踏んだのでしょう。貴族から見ても王家が光属性以外にわたくしに価値が無いと見えていたでしょうし」
「いや流石に、それ以外に価値が無いというのは……」
「では、一つ質問してもよろしいでございますか?」
メアリーは目の前の令息の横にいる体格の良い令息に声を掛けた。
「お、おう。なんだ?」
今までの会話を聞いて少し気後れしているようだ。
「貴方は騎士団長の息子として側近になり、護衛もになってございましたわよね?」
「そうだが」
「わたくしも当時は次期国王の婚約者であり次期王妃でございました。こう言ってはなんですがとても貴き存在だった思います。当然殿下は護らなければいけないですが、その横に並び立つ存在であったわたくしも護るべき存在でございますわよね?」
「あ、ああ……」
「ならばわたくしを護るべき騎士とお会いしたことはございますか」
護衛側近の目が見開かれる、ついでに宰相令息も。
「まさか、殿下とその婚約者の護衛が連携や避難経路もしもの時の連絡手段なども含めて話し合ったことが無いとは言いませんですわよね? ましてや一目も会ったことが無いなどとは」
「……無い」
「と言うことでございます。実際どう思われていたかはご存知ありませんが、王家としては護る対象では無かったということでございます。ついでに申しますと、王家も実家も互いにつけていると思っていたようで専属メイドがわたくしにはいませんでしたわ。見たことございませんでしょう? 本当に勘違いしていたかどうかは分かりませんが」
メアリーは王妃を一瞥する。
「ということですので、わたくしがどの程度の価値の人間と思われていたことが少しは理解出来たでございましょうか? そして貴族たるものそういうことはよく見ている物でございます。わたくしに付いても利は無いと」
「味方がいないのはわかった。しかし敵というのは」
「思考が鈍いでございますわね。彼らはわたくしを婚約者の座から引き摺り落としたかった者達ですよ敵ではなくてなんなのですか? 彼等にしてもわたくしは排除したい敵だったでしょう」
「だから何故!」
「聖女サマに王妃になって貰ったら利益を得られやすく者達にとっては排除したいわたしは敵でしかないでしょう」
「利益を得られやすくなるなんて考えるのは、卵が孵る前に雛を数えるなんて愚か者がすることでしょう」
「そうで御座いますか? 貴族教育を受けているとはいえ元は平民の小娘でございますよ、言葉巧みに操ることなど、貴族ならばお手のものでしょう。自分より能力が低い者を操るなど造作もないと思ったことが無いわけないでございましょう貴方様も、それと一緒でございますよ」
「それは……」
心あたりがあるのか、言い返せないでいる。
「それとも、もしかしてで聖女の力量と王妃としての力量が同じとお思いでございますか? そんな単純なではないと分かろうと思うのですが。思った以上に宰相様は過保護なので御座いますね」
メアリーは一息ついて質問が無いのを確認すると、聖女に近づいた。
「でも、結局の所証拠は無いよね」
流石に気に障り始めたのかメアリーは次は誰だというよう動きに少し乱れが表れながら振り向いた
男はその様子に少しニヤリとする。
「貴方は確か商人の」
「あ、一応知っててくれてたんだねー、どうでもいいけど。それでさ、さっきまでの話だけど、どうこう言ってるけど状況証拠だけで、決定的な証拠が無いよね。いや嘘をついてるとか言っている訳じゃないんだ、君からしてみればそれが真実なんだろうけど、僕たちからしてみれば言いがかりにしか聞こえないんだよね」
「証拠もしくは確かな証人がいれば信じると。もしそれを出す事が出来れば聖女サマを殺すことへの正当性を納得してくれるのでございますか? 先に言っておきますが、聖女サマは悪くないでございますよ、本来ならわたくしの憎しみは王家に向けられるべきだと理解しています。ですが、この方さえいなければという気持ちもあるのでございますよ、この方さえいなければわたくしの人生を無為にされなかったのにと。しかし全ては過ぎた事、ならせめて人生最大のミスを自らの手で消してしまいたいと思っただけでございます」
「先に破滅しかないのに? 人生のドン底にいても生きてさえいれば這い上がれるチャンスはあった。はっきり言って君は馬鹿だと思うね」
「見解の相違でございますね。この先に破滅があるのではなくてもう破滅の後なのですよ。まあ貴方にはわかりませんね」
「ああ、理解できないね」
メアリーは商人と会話する意義を失ったのか聖女に向き直る。
「それはそれとして」
メアリーは手を叩いた。
聖女達は緊張する、メアリーが魔法を使う時の動作だからだ。
すると、彼方此方からいくつもの黒い触手が伸びて来た。その先には触手の先を咥えさせられた人間が捕まっていた。
「この方達はこの国と各国の所謂影と言われる人達です。この襲撃に当たってまずしたことが影の捕獲です後々のことを考えると他国にこのことを知られるまでの時間が多い方が良いですし暗殺される心配も無いので、貴方方の時間稼ぎはこの方々の行動の時間を確保したかったのでございますね?」
メアリーはそう尋ねたが、聖女達は答えない。
「黙秘ですか、まあいいです。この方々を呼び寄せたのは別の目的ですから。ところで影の仕事とは何かご存知でございますか? 様々とありますが情報収集、暗殺、監視等とありますが、今回注目すべきは監視でございます。陛下方は隠しているつもりだったみたいでございますが、わたくしは学園に入った頃から監視されていました。まあこれはおかしい事ではありません、スキャンダラスな事をされて把握出来ていないとなると困りますからね。なので問題はそこではありません。問題はこの場で語ったことを陛下方は知っていたということでございます」
「なっ!」
誰かが思わず声をあげた。
「これがわたくしの力量を見極める為のものなら、理解は出来ますが、実際はわたくしの不出来を笑うものだったみたいでございますね」
「父上と母上がそんなことをする筈が無いだろう! 流石にそれは妄想ではないか」
「では、教えてくださませんか。影は王様に対して全てを報告する義務がございます。先程スキャンダラスと言いましたが、それ以外でも沢山の活用の仕方があります。例えば教室ではない私生活の行動で人の能力を知ることができ、それを元に教育方針を修正をするとかですね。能力が劣る部分があるのに何故そのままで放置していたのでございましょうか?」
「そ、それは何か深い理由があってだな……」
「それを聞きたいのですが。わたくしの教育方針は王妃様が決めておられるので、折角なので王妃様にお教えしてもらいましょうか」
この場にいる全ての視線が王妃に集まる。
「それは其方の成長を見守る為で」
「明らかに人を使う技術も能力も経験に乏しい状態を放置するのは、得策とは思えないでございますが。先達として助言をしようとは思わなかったのでございますか」
「ええい! その程度助言する程の事ではなかろう王家の教育を受けておればそれぐらい学ぶでもの! それを身につけれなかった其方の落ち度であろうが」
「そう、でございますか。それは王妃様は本当に机上の内容だけで成長出来るとお思いになっていたということでございますか」
「確認することではなかろう」
「わたくし教育係達から、王妃様は王妃教育だけでは得られる物もあるだから先達に教えを乞い助言も真摯に聞かれていたと聞かされていたのですが、本当は必要ないことだと思っていらっしゃったのですね」
「な、何を言っておる……! 其方は聞きに来たことがなかろうが!」
「先程、人間関係について助言をもらおうとして次期王妃として自分で解決するように言われたと言ったと思うのですが。それに王妃様はわたくしが登城するとご自身にご用がない限り会いに来てくださいませんでしたしその場合は発言の許可をいただけませんでした、私生活を送る部屋にいく許可も下さいませんでした。アポイントメントも拒否されたことしかございませんが」
「そ、そんなわけなかろう」
「それに、一度王妃様に教えを下さった方々にお会いして話をしたいと願い出た時、必要ない王妃教育で事足りると言われたこともあります。先程も似たようなことをおっしゃられていましたね」
「そう言う意味では言っておらん!」
「ではどういう意味でしょう、察しの悪いわたくしめにここでお教えください」
「ええい、ネチネチと其方は妾が一番嫌いな女に似ておる!」
「陛下の元婚約者様のことでございますか。自尊心を破壊を破壊された、そう聞き及んでおります。確かに彼の方とわたくしは似てるようですね」
二人の会話を聞いていた聖女の王妃を見る目に変化があった。
それに気付いたのか、王妃は焦った表情になる。
「ち、違うのよ! 確かに王妃となるために酷いことをしてしまったことはあるわ、でも今はもっといい方法があったのではないかと後悔しているのよ。それにあなたはそのままで良いで王妃となれるわ、だって聖女としての慈悲があれば、下々はあなたについてくるのですもの」
「良かったですね、聖女サマ。貴女の王妃としての仕事は聖女であれば良いそうですよ」
それは言い換えれば聖女であるという価値だけしかないということだ。
そして今この瞬間、聖女の王妃としての価値は貴族達には良い意味でも悪い意味でも御飾り以外に無くなった。
「ところで商人様、自白剤とか取り扱っておりますか?」
「そんもの取り扱っているわけないだろう、捕まって店も潰されるよ」
「そうでございますね。やはり、組織の自白剤を使うしかありませんか。使うと使用された者は精神が壊れてしまうのでございますが、しょうがありません」
「ぼ、僕達にに使うつもりか!」
「いえ、先程の証拠という話がありましたでしょう。証拠ではありませんが証人として影を呼び寄せたのでございます。折角ここまで持ってきたのでございますから、自白剤を使って証言を言わせようかと、影は壁と同じでございますからね。人の醜さはどこも同じでしょうが他国の王様と王妃様が自らが選んだ息子の婚約者をについてのようなことを話されているか各国の代表様方も興味がお有りでしょう。つまりは余興でございます」
「流石に悪趣味じゃないか、嬢様よ」
大衆の頭上から声がした。
メアリーと男は振り返り他の者たちは頭を上に向ける。
ほぼ同時に、爆撃音が一斉に響いた。
声の主が魔法で組織の人間を攻撃したのだ。
「皆様方の本命はこちらでございましたか、辺境伯令息様。警戒はしていたのですが」
メアリーは男を見る。
「すまんって。でも仕方がないだろうアレは生粋の闇属性の魔法使いだ、どれだけ警戒してても隙をついてくる」
「はぁ、そうでしたわね。わたくしの見通しも悪かったでございます。行動が読めない方でしたが、流石に多勢に無勢でしたし人質もいるので見えなかった時点で救援を求めに行ったと考えていたのですが。大魔法の準備をしていたとは」
「こいつらも返して貰うぞ」
メアリーの闇魔法が切り裂かれる。
「させません」
「影を伸ばす程度の魔法など俺の魔法剣複製魔法で全て切り裂いてやる。それに俺には闇魔法は効かん」
「わたくしの闇魔法は影を操るの物ですが。本質をわかっておりません」
空を覆うほどの影が空に伸びた。
「なんだそれは……」
「先程わたくしが見せた魔法を見ていなかったのでございますか? この場にいる全ての人々の影を操って見せましたでしょう。数千数万の影から逃げ切れるのでございましたら逃げ切ってくださいませ」
影の塊はステージ上の聖女達を大波の様に飲み込んだ。
聖女側の逆転劇に見えたが一瞬で覆され元の状態に戻った。
今度はメアリーが全ての人々を影で拘束して人質にとる形になった。
「やっとこれで聖女サマを殺せます」
メアリーは短剣を逆手に持って掲げる。
「待て!」
静止の声に反応して影の拘束が強まる。
全身の骨を砕かんばかりの強さでそこかしこから悲鳴が上がる。
「おい!」
男の呼びかけに鋭い眼差しで見る。
「なんでございましょう」
「落ち着け、俺たちの労働力を壊すな。そういう約束だろう」
「……チィッ」
舌打ち共に拘束が緩まる。
しかしながら普段のメアリーを知る聖女達は今まで淑女として振る舞っていたメアリーが舌打ちしたことに驚いた。
「それで何の御用でしょうか、陛下」
「どうか、その者達を許してはくれぬか。悪いのは全てわしと王妃である。どうか頼む」
「……その謝罪にその頼みに、わたくしにどのようなメリットがあるというのでございましょうか?」
「名誉の回復を約束する。今回の責任をとってわしらは王座から退こう」
「ですから、それらが薬剤を飲んで今すぐにでも死にそうなわたくしに、何の利益をもたらしてくれるというので―― ああ、やっとわかりましたわたくしが死ぬのを待っているのでございますね」
メアリーがクスクスと笑う。
「こんな簡単なことにすぐに気付かないなんてやはりわたくしは愚か者なのでしょう」
王にはもう興味が無いといった様子で聖女を見る。
「待って待ってくれ! 殺すならわしにしてくれ!」
王は必死になって叫ぶ。
「何を必死になっているのでございますか、陛下。まあそうですわよね、陛下は名誉を重んじりますものね。後世に聖女を殺され国を奪われた愚王と残されたくないのでございますわよね。今更評価は覆らない気がしますが、まだ聖女の代わりに命を差し出したと記された方がいいでございますものね」
図星だったのか王は目を逸らす。
「この襲撃を手助けするにあたって契約をしています。わたくしが得る報酬は聖女を殺めるという権利だけ、後どうするかはこの方達に委ねられています。王権を簒奪したと見せしめるために王族や上位権力者、組織を潰した英雄達はあなた方で処理したいと言うことでしたが、殿下と王妃様はやはりわたくしの手で殺させて頂けませんか? 陛下とその他がいれば十分でしょう? ここまで軽んじられては正直割にあいません」
「駄目だ」
「そうですか。……なら陛下ある条件を満たしたらわたくしはこの方達を裏切り、助けても良いですよ」
男が何かを何かを言う前に影で拘束する。
「一つ質問をします。それに答えることが出来ましたのなら全てを解放いたしましょう」
「本当だな!」
「はい。追放された身ではございますが、この国の守護神様に誓って」
神に誓ったことでメアリーの本気だと分かる。
「と、そういえば殿下にしか挨拶を行っていませんでしたね。まだ皆々様にご挨拶がまだでございました」
いきなりの話の流れに、全員が困惑の表情になる。
「それでは皆様の代表としまして陛下にご挨拶を申し上げます」
流石次期王妃になるための教育を受けただけあって、完璧で美しいカーテシーを行い、跪いた。
「さて、陛下に質問です。わたくしが登城した時に、こうして挨拶をさせて頂いておりました」
「うむ」
「挨拶以外でわたくしと会話をしたことがありましたでしょうか? お答えください。因みにわたくしの記憶にはありません。ただ単に忘れているだけかもしれませんので、日時と場所をお教えください。そうですね丁度大司教様がいらっしゃいますので法術で真偽を判断して頂きましょう」
王の目が見開かれる。
「わたくしはこの質問をする為に神の御名のもと誓いを立てています。きっと公明正大な判断をくださるでしょう」
メアリーの言葉に男は盛大に笑い始めた。
「流石にちょっと焦ったが、そう言うことか中々意地悪だねぇ」
男の拘束が外れる。
「まあ、本当に忘れているだけかもしれませんけど。さて時間制限を設けないといけませんね。わたくしが死ぬまで思考されてはかないませんもの」
メアリーは手を叩いた。
すると黒柱が四本伸びる。
その先には中年の男女と青年と少女の四人が拘束されていた。
「制限時間は、彼らが失血で死ぬまでです」
「メ――」
「お姉――」
中年男性と少女が何か叫ぶ前に黒い杭が体を突き刺した。
「お父様にお母様、兄様に妹。痛く苦しいでしょうけど、安心してくださいませ。陛下がお答えになられれば、聖女サマが癒してくださいます。そうでございましょう聖女サマ」
聖女はやっと気付いた、メアリーが壊れていることに、いや自分が壊してしまっていたことに。
「しかし、これはどのくらい保ってしまうのでございましょうか? なにぶん人を傷付けるのは初めててございますから、あまり時間が掛かり過ぎますのも問題でございますし。もうちょっと穴を開けた方がよろしいでございましょうか?」
メアリーは男に尋ねる。
「そうだな、あの出血の仕方だとそこまで長くは持たないだろう、一時間経って死なないようなら、もう一回刺せばいいんじゃねーか」
「ならばそうしましょう。ところで喉が渇きました。待っている間お茶にしましょう。自分で入れますが道具を持ってきて貰えませんか?」
「パシらせる気かよ」
「出題者がいなくなると解答者が困ってしまいますから」
「しゃーねーなぁ。面白いもん見せてくれた例で持ってきてやるよ」
辺境伯令息せいで動ける部下がいない男は近くの店に入って道具を持ってきた。
メアリーが紅茶を淹れてしばらくして、飲み終わる前に家族は死んだ。
「思ったより早かったでございますね」
「男が二人もいたからそれなりに保つと思ったんだが、貴族様は鍛え方が足りねーな。ま、文官っぽかったしこんなもんか」
そうして二人は王を見る。
一時間も経たないうちに王は急速に老け込んでいた。
「陛下時間切れでございます」
「貴様はなんていうことを」
「そうは言われましても、こんなかんたんな質問に答えられない陛下の方に問題があるのではないですか? 御自身が指名したご子息の婚約者と会話をしたことが無いとは」
「それはプレッシャーで思い出せなかっただけだ!」
「そうでございますか、なら思い出せたのならお教えください。わたくしの命に変えましても一人だけこの場から生き延びさせてあげます。それまでだまっていてくださいませ。一応言っておきますが、もう待つことはございませんので、聖女サマは諦めてもらいますよう」
「ならばわらわと、わらわと話をしようではないか!」
王妃はそう叫ぶが、メアリーは無視する。
「愛されてございますね、聖女サマ。愛してくれる人達に看取られて逝く、幸せな死に方でございますね」
王妃が焦って止めようとしている理由は自分達の行いで聖女が殺されてしまったという結果を残したくないから、それを読み取っての聖女への皮肉でだった。
確かに皮肉だったのだが、羨望でもあった。聖女は分かるだろうか。
聖女は諦めたのか、首が見えやすいように上を向いた。
しかし、最後まで聖女であろうとしているのか目には強い意思が宿っていた、そしてほんの少しの憐憫が。
それを見て、一瞬悲しみの表情を宿した。
そして、誰もがメアリーが短剣を振り下ろすと思った時、メアリーは停止した、王妃のある言葉を聞いて。
「王妃様、今なんとおっしゃられましたでしょうか?」
メアリーのが急に反応して王妃は一瞬呆気に取られたが、直ぐに笑顔を取り繕う。
「わらわと其方の仲でしょうと言ったの。最近其方を蔑ろにしてしまったことを謝罪するわ、でも最初の頃は仲良くしていたじゃない、だからあの頃に戻りましょう」
「最初の頃は……?」
メアリーが呟いた途端、王妃の影が溢れた。
影は体を包み込んで首を絞め上げる。
「がっあぁ……」
王妃を絞め殺をうとしているが、王妃は無意識に抵抗しているようで今以上に首を絞めることが出来なくなっている。
埒があかないと思ったのか影は頭を覆い首を捻り始めた。
その光景を見ている全員が絶句する。
今までは聖女を殺すと言っても、感情が薄く本気ではあったのだろうが仕方がなくやっているように見える感じがあった。
しかし、今王妃を殺そうとしているのは明確な殺意が溢れ出ていた。
「おい、契約と違うぞ!」
男がいち早く意識を戻してメアリーに近付いた。
「陛下と殿下、その他王族がいるんですから、王妃様程度を殺しても問題ないでございましょう? むしろ聖女サマの方が価値があるのではないですか」
「聖女を殺したいんじゃなかったのか!」
「何を言っているのでございますか? わたくしの最初の要求は王妃様を殺させて欲しいでしたでしょう?」
「だがその後の交渉で聖女に変えただろうが」
「ええ確かに、あなた方の言い分である、聖女サマを死なせてしまった要因として、そして王権を手に入れたと示すために自分達で王族全ての処刑を行いたいというのを、わたくしは理解しましただから聖女を殺すことで満足することにしたのです。ですが今の言葉は許せません」
「くそっ! ここまで恨みがあるとは思わなかったぜ」
男の様子だとメアリーの行動は完全に予想外のようだ。
「あの時言ってたじゃねーか、婚約という契約を蔑ろにされたから自分はしないと」
王妃の首を捻ろうとしている影がほんの僅かに動きが鈍った。
「ええ、ですがわたくしはすぐ死ぬのでございますから、最後に我儘を言ってもよろしいのではなくて?」
「ちっ!」
男はメアリーの本気度が伝わってきて、説得が出来ないことを悟ったようだ。
「メアリー様、どうして……」
聖女が呟くが、メアリーは無視する。
「そうだぞ、お前がどうしてそんなに殺したがっているのか、教えてくれないか? そうしたら王妃が殺されてもしょうがないってなって、王族の評判も落ちる。多少の違いだがその後がやり易くなるってもんだ。契約を不履行にしようとしてんだから、それぐらい教えてくれないかねぇ」
メアリーは聖女と男の順に一瞥すると、言っていることに正当性があると思ったのか、王妃に纏わりついている影の力を弱めた。
王妃が咳き込む。
「そもそもわたくしと王妃様の仲が良好だったことなどございません!」
「え?」
王子の驚いた声が響く。
「そんな……わらわは其方を本当の娘のように……」
「冗談で場を和ませようとしているのでしょうか、全く面白くございませんが」
「そんなことないわ!」
否定の大声を出したので、王妃は盛大に咳き込む。
「まるでわたくしを嫌っていたのが、無意識だったと言いたげでございますね」
「無意識的にも、ましてや意識的に嫌っていたことなんて無いわ」
その言葉が終わると同時に全ての人間の影から憎悪を伴った魔力が溢れ出した。
この場にいる人間の影はメアリーの支配下にあるので、メアリー自身から感情が表に出ることは無かったが影を支配している魔力が反応した様だ。
「そうですか、では一から話してもいいのですが。本当に必要でございますか」
「おう、もちろんだぜ!」
男の反応に訝しげに見るが、聖女と目があったので仕方がなく話すことにするようだ。
「先程まで貴方方のご両親のことについて幾つか申し上げたことがありましたが、実は言っていないことがあります。殿下、何故わたくしと婚約することになったか分かりますか?」
「光属性の魔力があったからだろう?」
「それだけで本当に中位貴族だった家の娘が選ばれるとお思いなのですか?」
「それは、お前が高位貴族の養子になれば」
「なっておりませんが。わたくしは最後まで中位貴族の家の者でした」
「それなら――」
「聖女サマは神様の愛し子や使いという眷属の括りなので、天爵という公爵に匹敵する特殊な爵位を持っているのでございますよ。なんで知らないのでございますか?」
メアリーは下げずんだ目で見る。
「答えをいいますと、今の王家は力が弱くなっているのでございます、それは何故か。せっかく当事者がいますので、代わりにこたえますか、陛下もしくは王妃様」
メアリーが尋ねると、二人は視線をそらした。
「そうですか。ではわたくしが言いましょう。当時陛下の婚約者であった公爵家令嬢との婚約破棄をしたせいで、最大と言ってもいい勢力が離れて行ったのですよ。殿下もたまに愚痴をこぼされていたでしょう、最大派閥が力を貸さないと」
「まさか……」
「そうです、その派閥のトップの家が元婚約者の公爵家なのでございます。幸いなことに王妃様は能力はありました、そして貴族の確執に民を巻き添えに出来ないと公爵家は必要以上の争いは起こさなかったのでございます。なのであからさまに王家の力が落ちることはありませんでしたが、力ある後ろ盾は無くなったので王家を侮る家が増えました、流石明確に不敬な態度をとる家はございませんでしたが」
王子は両親を見るが、否定できないのか頭を俯かせたままでいる。
「そして婚約破棄など行ったせいで、力がある他国からも婚約者を探せなくなりました。そうでしょう、婚約の契約は教会が見届け人になるのですから、それを破棄するような王家に嫁がせたいと思う王族はいません。そうそう、その時に公爵家の賠償金と、公約破棄と内容変更を願い出るために多額の寄付をしたことで、かなり資産が減ってしまって、先王は大分苦労なされたと王妃教育で習いましたね。まさか殿下は知らなかったのでしょうか」
「せ、先代の時に多額の費用を使ったことがあるとは聞いていたが……」
「陛下と王妃様にしてみれば、いえ王族としては聞かれたくない話ですからね、箝口令がしかれていましたが、家族の会話に出ることまでは防げなかったようですが」
「しかしそんな話は聞いたこと無い」
宰相令息がいうと、他の側近も頷いた。
「側近であった貴方方のお父上が関わってないわけが無いでしょう。王家が黙っていたい様なことを自分達が関わっていたなんて言いたいと思いますでしょうか?」
側近達が見ると親は頷いた。
「そんな……」
「そう言うことがございまして、少しでも力が欲しかったのでございますよ。公爵家の方も親の諍いに子供を巻き込むのは良いしとせず殿下の立ち振る舞い次第で忠誠を元に戻すと言った事もあり、その方法を考えていた時に生まれたのが光属性を持ったわたくしでございます。貴重な属性の血を入れると他者から一目置かれます。少しでも力を欲し更に高位貴族に渡せばその貴族の力が増してしまうなので、他の家に知られる前に産まれたばかりのわたくしに婚約の申し込みが来たのでございます。思惑はどうあれ我が家としては旨味がある話だったので飛びつくように契約したらしいですが」
「産まれたばかりだと……! 幼いころに結ばれていたと聞いて、その理由は令嬢の我儘だと……。お前もそう言っていたから」
「王家からの命令で希少属性を笠に来てわたくしが我儘を言って婚約を結ばれたと言うように命令されました、言葉の意味も知らんぬ幼少のわたくしにです。普通に考えればそんな我儘が通る筈ございません。そうすれば何か隠されたことがあると気付けたかもしれませんのにね」
呆れたように溜め息を吐いた。
「ここまでが前提でございます。本題に入ります。この婚約は陛下と王妃様からすれば、自分達の選択が悪い物だったという証なのでございます。権力も財力も落としたのですから、悪手だったのは明らかでございますからね。反省もしたようです。しかし人はいつまでもミスを見つめていたくないもの、多少の正当化をしたいものです。ですから、王妃様は恋愛結婚の素晴らしさと悪習としての政略結婚を殿下、貴方に語っていたのでございます。そうなるとどうなるかおわかりでございますね、殿下」
メアリーは王子を見る。
「不本意な結婚、父上と母上と同じように恋愛結婚がしたかったなどなど、わたくしにも周りのお友達にも言っておられましたね」
「すまない。お前も不満があるとは思っていなかったのだ、望んで婚約者になったものだとばかり……」
「だからと言って、次期王と次期王妃の不仲を国内外に知られるような事を言うのは、どの様なメリットがあるのか教えて欲しいものですわ。とはいえ殿下のおっしゃる通り不満は無かったのですよ」
「そうなのか?」
「物心着く前からずっと王妃になるのですその為に王子を愛するのですと言われて育ちましたから、不満の持ちようが無いのですよ」
「……っ」
「ずっとずっと毎日とです。王子を好きになりなさい愛しなさい全てを捧げなさい、そして王妃になるのです。言われ続けましたわ。必要な時以外に外に出ず毎日勉強をしていたわたくしにはそれが異様な事だとは学園に入るまで知りませんしたわ。良くも悪くも外に出れば世界が変わるというのはこういうことだったのでござしましょう。聖女サマ、何故わたくしが、貴女様を殺したいかお分かりになりますか?」
聖女は唇を震わせて言葉を発せないようだった。
「この程度で……」
メアリーは失望した様に言い捨てる。
「わたくしは人生の意義の全てを貴女に奪われたのです。生きていれば幸せになる道は幾らでもある? 生まれた時から籠の中にいる狩りを教わらなかった成鳥に生きる力があるとお思いなんですかね」
商人を見ると顔を逸らした。
「どなたも答えませんのね」
大衆の王家を見る目が冷たくなっていた。
「そうでございます。せっかくなので聖女サマと殿下にお教えしてもらいたいことがあります。これなら答えられるでございましょう」
二人がメアリーを見る。
「わたくし社交界で必要だからと流行の物は教えてもらっていたのでございますが、小説は読ませてはもらえませんでした。そのせいなのか貴族の必須の音楽やポエムの勉強での解説で分からないことがありましたの、何が一番分からなかったのかと申しますと愛という物でございます」
聖女と王子は苦しそうな顔をする。
「愛せよと言われ続けましたが、その愛が分からないのです。恋愛だけではなく家族愛もです。例えば金額の多さでその方への愛情を計ることがあるそうですが、ただ同然の粗末な物でも嬉しい物でしょう? その違いは関係性の違いだと思いますが、関係性の違いの判断基準が分からないのでございます」
「なんでそれを知りたいんですか?」
聖女が絞り出したような声で尋ねる。
「別に知りたいのではございあません。これでも命は残り僅かなのでございますよ、なので無駄な時間を有意義にしたかっただけでございますが、言葉に出来ることではないのなら、これで会話は終わりというだけでございます。話を戻しますが人生を奪われ壊された、これがわたくしが王妃様を殺したい一端でございます。分かっていただけたでしょうか」
メアリーが会話を打ち切ると王妃の体が捻れ始めて骨が軋みをあげる。
「良いところまで上がったんだが、ここまでか。本当に無駄な時間になっちまったね。予定が変わっちまうおかげで、手間が増えるねぇ」
もう好きにさせることにしたのか、男は見守っている。
「まっ待ってください!」
メアリーは無視する。
「愛することが分からなくても好きなものはあった筈です」
「スキナモノ?」
声のトーンが明らかに下がる。
聖女以外のステージ上にいる者は何か逆鱗に触れたと感じたが、聖女は焦っているせいか気付いていない様子だ。
反応が返ってきたので聖女は矢継ぎ早に喋る。
「はい、また食べたい物やまた嗅ぎたい匂い、ずっと聞いていたい音楽とかあった筈です」
王妃の影が解かれて地面に横たわる。
流石にまずいと思ったのか男が反応したが体中が痛いのか動けないようだったのでとりあえず様子見をすることにする。
「そのドレスだって、よく着ているデザインですよね、そのデザインの服が好きなんでしょう。あたしも好きですし王妃様だって」
「ドレスのデザインが好きだからって……」
「その好きの先が愛していると言うことです」
「そう、そうでございますか、この場で最も愛されてる貴女が言うなら間違ってないのでございましょうね。わたくしの考えは間違っていなかった」
「お、おい! それ以上刺激するな!」
辺境伯令息がメアリーの変化に敏感にいち早く気付いた。
「ご希望通り殺してあげますわ、聖女サマ」
「その代わり一つお願いがあります」
「答えは決まっていますが、聞いて差し上げますわ」
「あたしの命一つでこの場を救ってください、僅かしか生きれないのだとしても、それが出来る力はありますよね」
「ごめんなさい、無理でございます」
「なんでですか」
「本当はするつもりはなかったのですが、この短刀は呪術具なんです。能力は変化でございます」
「まさか」
「はい、聖女サマを生贄として刺すことで魔物かもしくは魔人にすることが出来ます。この国を手に入れた後間違いなく他国から攻撃されます。しかし国の兵は使えないでしょう? なので強大な力が必要なんだそうです。それでこれで聖女サマを刺した後は、すぐさまわたくしは化け物の供物になるでしょう。なので守ることは出来ませんわ」
「お前が恨む理由はわかった、しかし何故そこまでのことをする!」
王子が叫ぶ。
「聖女サマが皆様に愛されているからでございます」
「わたし達が理由だと言うのか」
「ええ、さっき聖女サマは好きな物とおっしゃっていましたでしょう。わたくしがこのデザインのドレスが好きなのだと。わたくしは! こんなドレスは好きじゃ! ない!」
メアリーの叫びとともに体から魔力が吹き出した。
その濃度は刻々と濃さをまして、大衆の中から倒れ始める者もで始めた。
「わたくしがよく口にしていたものも香水も花も音楽さえも、わたくしが好んでいた物など一つも残っていませんわ! あの女がわたくしの好きを全て踏み躙り捨てさせたからでございますわ。わたくしだってかつて好んでいたものはありましたわ。ですが、公の場ならともかく、私的な場にすら入ってきたあの女は全てを否定した。王妃が言うことです、わたくしの親はわたくしの物を全て捨て去って、あの女が好む物に全て置き換えましたわ。王妃が好む物でございますよ、短期間で揃えようとなると莫大なお金が必要ですわ、わたくしの家程度では当然賄えません。だから婚約者への費用を追加するように願い出るしかありませんわ。そのせいで、無駄遣いをする我儘な令嬢として陰口を叩かれるようにもなりましたわ! あの時は殿下に苦言を言われましたわね。そこまでしたのにその一回きりで王妃はわたくしの部屋に来るような事はありませんでしたわ。自分が好む物が一つも無い部屋にいると自分という物が塗り替えられていくようでしたわ……もうあの頃自身が好んでいたと思っていた物を見ても何故好んでいたか分かりませんわ、そして好きな物を全て罵られた時の恐怖でもう理由が分からなくてもかつて好きだと思えていたドレスを着ようとしても、その時の恐怖で着ることが出来ませんでしたわ」
ふと親友の方を見る。
「かつて貴女はこう言いましたね、アンタには本当に好きな物がないと。ええその通りですわ、貴女が正しいですわ。だからわたくしの人生は奪われ何もかも捨てられて壊されたんでしょう」
「違うそんな意味で言ったんじゃ……!」
何か言おうとする聖女の親友を無視して再び聖女に向き直る。
「この場で一番愛されている貴女。わたくしは話すことを許されたことがない陛下から許可なく話すことを許された貴女、わたくしは入ったことがない王妃様の私生活の空間に入ることを許された貴女、わたくしには好ましいとすら言ってくれなかった殿下の無償の愛をもらった貴女、わたくしの側にはいなかった信頼と友愛の親友と仲間が側にいてくれる貴女」
言葉一つ一つ語る度に魔力の濃度が上がっていく。
「貴女は真実の愛で国全てに愛されている聖女サマ、わたくしは虚実の愛にすら捨てられた魔女。そんな魔女のわたくしだからこそ何かを好きになるということすら国によって持てなくされたわたくしは、国の愛に愛されるということを体現した聖女サマを殺すことで、国に復讐したいのです」
「国に復讐をしたいなら尚更にわしらにするべきだろう」
王が叫ぶ。
「条件を満たしていたいのに発言の許可は与えておりませんが、まあ良いでしょう。言いたいことは分かります、王と王妃は国の象徴でございますもの、ただ国に復讐をしたいのならそうなりますわ。ですがわたくしは、わたくしの消し去られた感情の痛みと同等の痛みを与えたいのです。ならば国の象徴が愛する者、殿下は組織に渡さなければならないのなら同じぐらい愛されている聖女を消すのは当然の結果でございましょう。それに聖女サマは王妃様にとっては肯定の証でございますので」
「肯定の証?」
「分かりやすく言うならば、陛下と王妃様が結ばれて生まれた王子と出会ったから、聖女という存在が王家の前に現れたと考えているということでございますわ。聖女と縁を結ぶ、ましては家に向かい入れるというのはとても名誉あることでございますから。ですが陛下と王妃様の行いで聖女サマは殺される、いえ殺された後遺体は化け物の材料にされる。王家に関わったからこそそうなったという事実はどれほどになるのか」
王と王妃は顔が真っ青になる。
「本当はそこまでするつもりは無かったのでございますが、戯曲でも愛を貫く為には世界を敵に回してもいいという台詞があるくらいですもの、わたくしがすることなんて一つの国に復讐するにしては些細な内容でしょう」
メアリーは周り全てを見渡す。
何を言えばメアリーを止められるか分からなず必死に考えているからか辺りは静寂に包まれた。
「聖女サマ、化け物になるのは嫌でございましょうが、結局は死んだ後のことでございますから」
慰めになっていない慰めを言う。
「最後におっしゃりたいことは?」
聖女は首を横に振る。
「そうでございますか。ではわたくしが最後に貴女様に思っていたことを正直に話しましょう」
メアリーの言葉に聖女は受け止めるように見つめる。
「貴女とはお友達になりたかったのですわ」
メアリーの視線が聖女の少し横にずらされたが、聖女はメアリーがどこを見ているのか分からない。
「わたくしの力が足らず貴女様を虐めに晒してしまったことを謝ってそれから色々とお話をすれば、わたくし達は良いお友達に成れたと思いますの。ですがわたくしは王妃になる者弱みを見せたらいけないという教えを守って、中々機会を作れませんでしたわ。呼び出して二人で会うにしても警戒されていましたから、王城で会話が聞かれないにしても監視できる場所をとってお誘いをしたこともありましたけれども、貴女のお友達の忠告で辞退されたり、殿下や王妃様に招待された貴女に話かけようとしたら貴女を守るための様々な妨害にあいましたわ。最後にはわたくしが側姫なら受け入れてもいいという言葉で貴女様からも距離を置かれてしまいましたわ。まあ最後のはわたくしが平民の感覚を知識として知っているだけで理解出来ていなかったからの自業自得でございますが、それでもあの方法が一番わたくしと聖女サマにとって一番良い状態だったのですけど、どうでもいいことでございますね」
メアリーの告白に、聖女はどう受け止めていいか分からないようだ。
その様子に悲しそうな表情にメアリーはなったが逆手に持った短剣を掲げる。
「無駄な遠回りになりましたが、これでさようならでございます」
メアリーが手を振り下ろす。
そして直後鮮血が舞った。
「ゴフッ、どうして……でございますか」
メアリーは自分の胸から出た刃を見て後ろを振り返る。
「いやすまねえな。契約守れって言っておいて俺がやぶっちまった」
悪ぶれない様子で男が言った。
「……どうしてでございますか?」
口端から血を流しながらメアリーはもう一回問うた。
「実は言っていなかったが、化け物を作るパターンは三つあったんだ。一つ目は聖女を使うパターン、これはあんたがそうする気が無かったから無しになったパターンだ。一番有力でこれをして欲しかったのだが、聖女の殺し方はあんたに任せちまったからな、諦めていた。で二つ目は聖女の死体とあんたの死体を生贄にして化け物を作り出すってパターンだ、これは一番弱いんだが餌はいっぱいあるから駄目ってわけじゃなかった」
一つ二つと指で数えていって三本目の指を伸ばした。
「で最後は、あんたを生贄に化け物を作り出すって方法だ。このやり方が一番ないだろうっていうやり方だったんだ。理由は簡単だ、あんたは俺らの薬剤を使っても聖女に勝てる力を手に入れられなかったからだ。まさか刺す直前で生贄に出来るほど力が増すとは思わなかったぜ」
「そういうことでございますか。無駄な話もギリギリまでわたくしが素材になるかもしれないか試していたのでございますね」
「そう言うことだ」
「そこまで待っていたのなら、聖女サマでも良かったでしょう」
「いや、やっぱ良い素材使いたいじゃん」
どこまでも軽く男は言う。
「は……ははは、ゴフ……」
血を吐き出して、崩れ落ちる。
「化け物になったわたくしを貴女はいとも簡単に倒すのでございましょうね。まあ罪人の死体ですからそんな物でございましょう」
自分の血に染まりながら自嘲する。
「結局わたくしの人生は初めて会った時から、貴女を輝かせる為の物だった。引き立てるための物だったということでございますか」
呻き声のような笑いが辺りに響く。
やがて、笑い声は雄叫びとなった。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
化け物になるために必要なのかメアリーは炎に包まれる。
その炎はまるでメアリーの怒りを表しているようだった。
雄叫びと炎が同調しているのか競い合うように激しくなると、呆気なく消えた。
ニヤけた男以外その場にいるものは一様にして放心する。
「さて、どんな化け物が出来たかな」
炎の煙によって見えなくなった状態を見ながら、男は子供の様な表情で晴れるのを待った。
『成った』
囲っていた煙幕が晴れる。
「なんだ変化ねぇなぁ、てっきりバケモンになるかと……ああ、魔人に成ったのか。しかし服装は思いっきり変わってるのはなんか笑えるな。なぁ?」
所謂マーメイドドレスに変わっていて、男は茶化しているが釘付けとなり、周りからも感嘆の溜息が幾つも聞こえてきた。
男は聖女に同意を求めるが、聖女は無反応だ。
「無視かよ、まあいいけど。バケモノ命令だ、そいつを喰らえ」
上の空となっていた雰囲気に緊張が走る。が、動かなかった。
「おかしいな、成り立てだからか?」
男が顔をペシペシと叩く。
ペシッ。
男の手を払い除けた。
「反抗しただと! どうなってやがる。短剣で支配が出来るんじゃなかったのかよ!」
そう聞いてメアリーが死んで影の拘束が無くなった王子達が動き出した。
「あ、やべっ」
自身の迂闊さに男は焦る。
王子が短剣の柄に手を触れたがすぐに手を離した。
「熱っ!」
短剣が赤熱を帯び始めた。
「意味わかんねぇ、所詮遺跡から発掘された物ってことか。ちっ、ここまで来て失敗かよ」
「逃げれると思うなよ、とりあえずこの短剣のこと説明してもらおうか」
男は囲われる。
「……あれはどこかの邪教の遺跡から発掘したモンでね。鑑識魔法の結果で、刺した死体を化け物にするって言う代物だった。短剣とこの腕輪が繋がっていてこれをつけている人間の命令を聞く。だがちょっと欠陥があってねぇ、刺しっぱなしじゃないと効果がねぇんだよ」
男は喋りながらも逃げる隙を探していたが無いようだ。
「生贄次第でいくらでも強くなるって話だったが、良過ぎたかねぇ」
短剣は溶け始めていた。
「これじゃ聖女にも使えていたか怪しいねぇ。ま、いいさ、それよりも投降するんで人道的扱いを希望するぜ」
「貴様、これだけのことをしでかしておいて!」
「冗談だろ、ばーか。時間が稼ぎたかっただけだよ」
男の足元に魔法陣が浮かぶ。
「しまった転移魔法だと」
よく見ると男の仲間達からも魔法の使用光が見える。
「じゃー――」
男が消えようとした時、魔法陣から紅い物が出てきた。
「なんだこりゃ―― ぎゃーーーーーーーー!」
男は叫び声を上げる。
周りからも聞こえ始めて、男の仲間も同様のことが起こっているのがわかる。
「あちぃ、あちぃぃっぃぃぃぃ! なんだこの紅いのは足に粘りついて来やがる。助けて助けてくれー!」
やがて足元から火がついて全身に燃え広がる。
絶叫をあげる男は足元の物のせいで動けず悶えているうちに、“こちら”を見た。
「なんだーっ、その手はーっ。まさか意識が残っていたのかーっ!」
男に釘付けとなっていた全員が視線が集まった気配がする。。
全ての視線を無視して、最後に足元の物を吹き上がらせて全身を包んで焼き殺してやった。
広場に人間の焼けた匂いが充満する。
刺さっていた短剣が溶け落ちたのを確認して傷口を焼いて塞いだ。
「メアリー様?」
聖女が声をかけてきたが無視して、体の具合が大丈夫なのを確認出来たので、手を王と王妃に向けた。
「守護の光!」
手から出した物が光の壁に阻まれる。
防いだのは見事なものだが、長くは保たないだろう。
このまま出し続けようとした時、髪の色が変わっていることに気付いた。
攻撃を止めて、紅く染まった髪と恐らく変わっている筈の目の色を元に戻す。
金髪に戻っていることを確認して再び王と王妃に手を向けると、聖女とその仲間共が立ち塞がった。
先にあちらから済ませたかったが、こちらが先でもいいかいや纏めて済ませればいいだろうと力を溜めると、豪勢な服をきた老人が目の前に出てきて突然土下座した。
「何をしてるんだ大司教!」
王子が叫ぶ。
「五月蝿い! この方をどなたと心得ておるんじゃ!」
「メアリーでは?」
「馬鹿者、この方は恐らく火山の女神様じゃぞ!」
「は、女神? 大司教こそ何を……」
「溶岩のような紅い髪と瞳。文献でしか見たことがありませんが、貴方様は火山の女神様でございましょう?」
少し関心した。
「まさか、人間で吾のことが分かる者がいるとは思いもよいらなかった」
どうせわかるはずもないと思い減る物では無かったが勿体無い気がして出していなかった神気を開放した。
威光に触れて全ての人間が平伏する。
「おお、女神よ。此度に助けて頂きありがとうございます」
「気にすることは無い感謝もしなくていい。最初から見ていたが、どうなろうとも手を出す気は無かったからな」
「そうなのでございますか。しかし何故心変わりを?」
「何故、それを答えてやらないといけないのか。まあいい、吾に気付いたことに免じて答えてやろう。死ぬ直前の純粋な怒りの絶叫、あれが気に入った。だからこの娘を眷属に向かい入れてやろうと思ってな。しかし、美醜などどうでもいいのだが、折角だと着飾ってみれば思いのほか美しいなメアリーは、おぬしはどう思う」
「お美しゅうございます」
「そう思うか。だがな、吾はファッションに疎い。とりあえずこの格好にしたが、まだ美しく出来ると思うのだが、どう思う?」
「すいませぬ。私には分からない領分でございまする」
「それだけ着飾っていてか」
「そ……それは」
大司教は冷や汗をかく。
「ははは、なに冗談だ。信仰心さえ確かならば神は人間が何を着おうが気にしない、まあ拘りが強い神が多いのも確かだが。それではそうだな、王妃よいい案はないか? お前の趣味とメアリーの趣味は違っていたみたいだが、この国の代々の王妃のファッションの造詣は深いと聞く」
話を振られると思っていなかったようで、一瞬震える。
「ご注視お許しくださいませ」
「許す」
一通り観察した王妃は言った。
「手を加える必要は無いと思います」
「……いや、遠慮はいらん。先程も言ったが吾は服飾に疎い。吾個人としてはこれでいいと思ってはいる、だが人間にはその時の流行という物があるだろう」
「いえ、お世辞抜きで完璧に着飾っていると思います。生前のメアリーにこれ程のセンスがあればと」
見る限り本当に本音で言っている。
「そうか、お前には失望した」
吾の言葉は思いもよらなかったようで、緊張が走る。
「美しい死化粧を施してやりたかったから、メアリーが憎む相手でも一番実力がある者に聞いたのだが、評判倒れだったか」
「それはどういうことでございますか」
大司教が皆を代表して聞く。
「メアリーが話していただろう、着ていたドレスを王妃に否定されたことがあると、その時に着ていたドレスと装飾と施していたメイクがこの姿だ」
大衆は説明に騒つく。
これを貶めたという王妃の審議眼を疑問視する言葉も聞こえてくる。
「美しい死化粧をしてやる為に一番最後に着た好きなドレスを着せて満足していたが、更に美しく出来る機会が来たと期待したが、この程度とは。メアリーの親は王妃の好みにすることを選んだが、王妃にはもっと良くする案があっての否定なのだろうと思っていたが、買い被りすぎだったか」
貴族の女性を見渡す。
「全ての貴族の女性が参考にする位、センスがあるのだと思ったが、ただ単に権力に媚びただけだったようだな。花の女神は色取り取りの花から美を、特に花が染め物に関わることから服飾が美しい女神とされてきた。だからこそ女神に最も近い王妃の着る服は尊ばれてきた。だが気に食わないからという理由だけで他者の服装を貶めて、自分が好きだからという理由だけで他者に着ることを強いる造詣も浅く器量も狭い。聖女も似たようなセンスだと聞くし、期待出来んな。これが美を司る神々の一角を担う女神が庇護する国とは、地に落ちた物だ」
全てを否定されて王妃は動けなくなった。
「何がこれ程のセンスがあればだ。そのセンスを潰したのは誰だ。着たくない服を着て輝ける女がいる訳がないだろう」
ここにいる全ての人間が身じろぎ一つ出来ないでいる。
「一つ質問をさせて頂いてもよろしいでしょうか」
「聞きたいことは分かっている。どうしてあの二人を攻撃したか、だろう?」
「その通りでございます」
「お前は知っているだろうが、吾は火山の化身であることから怒りの女神とされている。だからメアリーの怒りが気に入ったのだが、眷属に迎えいれるに当たって祝いの品を送ってやろうと思った」
「それが王と王妃の死でございますか」
「違う。メアリーは最後この国全てに怒りを持って全てに怒りをぶつけたいと思った。だからその願いを叶えてやろうと、その手始めに一番怒りをぶつけたかった二人を狙ったのだ」
「それはつまり、人などを含めた国全てが対象だということでございますか!?」
「そのつもりだが? まあ、全力を出せないから、どこまで壊し尽くせるか分からないが、最低でも王都程度なら灰燼にして見せよう」
至る所から悲鳴が上がる。
「いくらなんでもそれは余りにやり過ぎでございまう。どうかご慈悲を!」
「なに逃げるなとは言わん、好きに逃げるといい」
大衆は我れ先にと逃げ始めた。
しかし、押し合いへし合いで先に進まないでいる。
「滑稽だな」
逃げようとしている大衆の背に向けて溶岩を放出する。
だが聖女の魔法で防がれた。
「神が無辜の民を狙うんですか」
「別に吾の信徒ではないからな。それにこの場は戦さ場でも決闘の場でも無い、吾の眷属の怒りを発散させる場だ。怒りに誇りも矜持もあるはずがなかろう。だから逃げたい者は逃げてもいいのだが、狙わないとは言っていない。ただそれでも貴族がましてや王族が逃げ出そうとしているのは気に食わんな」
貴賓席やステージの周りの地面からマグマが湧き出させて、逃がさないようにしてやる。
「女神よ、やりすぎにございます」
「やりすぎとは? まだ始まったばかりだぞ」
「いえ、やり過ぎでございます。この国を守護している神の怒りを受けますぞ!」
「それがどうした」
「痛い目にあいたくはないでしょう」
あまりな物言いに、少し気が抜かれた。
そしてすぐに大司祭がどういうプロセスでそう言ったか思い行った。
「はっはっはっはっはっ、成程そういうことか。人間の認識では吾はあの女神より下の立場だったな」
「それはどういう意味で」
大司教は困惑しているようだった、聞きようによってはその認識は間違いだと言っているように聞こえるのだから。
「人間の考えた物など吾には関係無いと思っていたが、人間に人気があるだけの花の女神を火山の女神が恐るるなどと喧伝されるのは大いに迷惑だ。ならば吾の力を人間に見せつけてやろう!」
直後、地震が起こった。
「じ、地震!?」
「流石に遠いか、見えないな。久々に噴火させたが、どれほどの規模になっているか吾にも分からん。とはいえ少しは力を目覚めさせれたか」
力の上昇に呼応したように王都の至る所からマグマが吹き出し始めた。
「女神、女神よ! これは余りにも酷くなかろうか!」
王がそう言ってくる。
「仕方がないだろう。お前たちがメアリーをここまで怒らせたのだ。それよりも王よお前はメアリーと会話した記憶を思い出すまでは喋るなと言われていたはずだが」
「それはメアリーが死んだのだから無効では? それに確かに今だに思い出せてはおりませんが、一回も会話したことが無いというのはメアリーの記憶違いでしょう、そんなことよりも――」
「何を言っている、お前はメアリーに一回も発言の許可を出したことは無い」
「いくら女神でも、そんな過去全てのことをわかる筈が」
「吾が、メアリー可愛さに嘘を言っていると?」
「王!」
大司教が王を叱責する。
「そうかそうか、いや確かにそうだ」
そういえば逃げ出した人間がこちらに戻ってきている気配を感じる。
恐らく湧き出したマグマから逃げようとして戻ってくるしかなかったのだろう。
「丁度良く観客も集まってきたか。ならば……」
空を仰ぎ見る。吾が依代をもって顕現したことを多くの神々が知っているだろう。
「我らが神々の王よ。この騒乱が始まりし時から、そして吾がこの地より去りし時までに、この体から出た言葉に嘘偽りがあるのならば、吾が罰を受けようしかし無いのあれば祝福の光を見せたまえ。そのために吾はメアリーの生没までの記憶を提出する」
メアリーの体から光が出て一瞬で天に登る。そして祝福の光が降り注いだ。
「ぁ、ぁぁぁ……」
王が声にならないような声をあげる。
「そうそう、王よ一つ言い忘れていたが吾がこの体に入った時にメアリーにことわって全ての記憶を見せてもらっていた。まあそう言ったところで、納得しないだろうから神王に裁決してもらうように頼んだ。神王は公明正大だ、吾に味方してお前に不利になるような事はしない安心して欲しい」
と言われても、安心は出来ないだろう。メアリーが言ったことは全て真実ということなのだから。
それでも信じないというのは本人の自由だが、王が神王を信じないと公言した場合は全ての国々がこの国との関わりを断つだろう。
ともあれだ、ここにいる国民の全てが認識したわけだ。この騒動の元凶は王家にあると。
こうなっては全ての人々の顔に絶望が浮かんでいる、蹂躙されるしかないと。
「女神様!」
暗いムードを引き裂くように聖女の声が響いた。
「何だ」
「メアリー様は元々はあたしを殺すだとしていました。あたしの命でもうこの場を納めてくれませんか」
「それは無理だ、この怒りは死ぬ直前に生まれたものだ。王家とお前をだけを恨んでいた時とは違い国そのものに向けた怒りだ。別物ゆえその提案は受け入れられない。だがそうだな、もしお前の自覚無い罪の罰を受けるというのなら、それを引き換えに場を納めてやってもよい」
「本当ですか?!」
「ああ、本当だとも」
「受けます。ですがあたしの自覚の無い罪とはなんですか」
「罰を受けることで分かる。死ぬほどの罪ではないよくありふれた物だ。それにその罪を自覚できないのはメアリー自身のせいでもある。ゆえに本来なら罰を受ける必要は無いが」
「それでも、あたしが罰を受けて皆んなが助かるっていうなら、あたしは受けます」
「そうかでは―― ん? 何……」
「どうしました?」
「少し問題が起こった、メアリーが拒んでいる」
「何故?!」
「少し待っていろ。……死ぬ時でさえ教えなかった、その気持ちは分からないでもないが、それは甘やかし過ぎだろう。怒りもどこにやればいいか分からない、か。ならばそうだな、罰を受けるための試練を受けるというのはどうか? 内容はこうだ……これならいいか。ではこの案で行おう。がその前に罰を受ける為に試練を受けるという訳の分からないことになったが、どうする聖女」
「答えは変わりません」
「そうか。では試練の内容を言おう、国を壊滅させようとする吾を倒すことだ」
「そ、それは……」
そういう反応になるのは分かる。
「まあ、聞け。本末転倒だというのだろう、だが本来なら滅ぼすことなど一回の攻撃で終わらせることが出来るのだ。しかしそれでは呆気なさすぎてメアリーも溜飲が下がらないだろう? ゆえに手間をかけて滅ぼすことにした。神の判断は人間が否定していいものでは無い。だがもし人間が神のすることに異議を唱えられるとすればどうだ。お前達は抗うだろう。その権利を罰を受けるという対価を後払いで与えようというのだ。人が神に逆らうことをこの場に限り許すことにする。つまり試練というよりは無関係の人間を助ける救済のチャンスだと思ってほしい」
「しかし倒せというのは、あまりにも……」
大司教が呟く。
「吾が現れた時、反応が鈍かっただろう。あれはこの地に花の女神が現れないようにする妨害を国土全土に施していたからだ、今も維持をしている。それと力を幾分開放した分依代の崩壊が早まっている。それでも灰燼にすることなどわけがないが、だが今も弱り続けている。ほら倒すことが出来そうだろう? それに何を使っても良いし誰が参加しても良い、持てる全てを持って吾を倒すがいい。更にこう付け加えておこうか、この場で吾を倒しても誰も罪に問われない、ちなみにこの場は神王がご覧になっている、つまり吾に敵対したという理由で不当な扱いをしようとした全ては神王の罰を受けることだろう」
さてお膳立てはここまでだ。
「火山の女神様の慈悲に感謝します」
「一つ聞くがそれが条件だとはいえ、受けなくてもいい罰を受けるのは嫌ではないのか?
.吾が言うのもあれだが、割に合わないぞ?」
「それで人々が救えるのなら聖女として、そしてメアリー様を見てなく追い詰めてしまったのはあたしの罪なのですから、罰を受けるのは当たり前です」
「……そうか、ならばその覚悟見せてもらおう。全力で吾を倒しに来るがいい」
人間との戦いは壮絶を極めた。
出したマグマの高温で溶かしたり、冷めた溶岩を色んな所にぶつけたのであちらこちらに転がる。
城を含めて無事な物は一つも無かったが人間は一人も死んでなかった。
「この場所で一人も殺せなかったのは神として不甲斐ない。まあそこは聖女が頑張ったと褒めるところか」
「ありがとうございます」
息絶え絶えに聖女はお礼を言う。
王子もその側近も聖女の親友も頑張ったと思う。王も王妃も一応褒めてやる。
「さて、花の女神が出てくる前に退散したいが、聖女よお前に罰を与えよう」
「……はい」
『お待ちください、火山の女神』
「ち、来たか」
『これだけの偉業を成し遂げたのです罰を見逃してはくれませんか?』
「ことの顛末は全部見てただろう」
『ですが』
「くどい。この騒動は貴様にも原因がある。こんなことになる前に窘めるのも守護神としての役目だろう」
『貴女のいう通りです。……余計なことを言って申し訳ありません』
「余計な横入りは入ったが、始めようか」
「はい」
聖女に手をかざすと、装飾として身につけていたハンカチが解けて、吾の手に向けてふわりと飛んでくる。
「それを失うことがあたしの罰ですか。しかし罪とは」
聖女の顔に悲壮感が漂う。
「そうだが、正確にはこれを奪うことが罰ではない。罪を自覚した時それがお前の罰となる。」
手元にきたハンカチの角の一つに火をつける。
すると空中に鏡に映ったかのような絵が現れる。そして、着擦れの音や小さい子供の女の子の息遣いなどが聞こえ始めた。
戦いで力尽きたがかろうじて意識があるものは全員それを見る。
映し出された場所は馬車の中のようで、質が良さそうに見える布張りを見るに貴族の馬車のようだ。
馬車の中は無言でただただ本が捲られる音がする程度だ。
しばらくすると本に向けられた視線が急に外に向いた。
「停まってください」
従者に指示する為の窓から男の顔が現れる。
「どうしましたか?」
「いいから、停まって」
「わかりました」
馬車が停まると、少女は外に出ようとする。
「待ってください、何をしようとしているのですか」
「そこから子供が見えるでしょう? その子と話がしたいの」
「いけませんこんな所の立っている者など」
「こんな所?」
少女が聞き返すと、従者は返答に困る。
「よく分からないけど、心配なら周りを警戒してなさい」
貴族ながら少女は自分で扉を開ける。
目の前には魔法で灯る街灯とその下に立つ見窄らしい少女がそこにいた。
見窄らしい少女が驚愕で目を一杯に広げて見上げ口を開く。
「「天使様」」
見窄らしい少女と聖女の言葉が重なる。
貴族の少女は見窄らしい少女にどうしてここにいるか聞いて、見窄らしい少女は答える。
「そう、貴女わたくしの所にくる?」
「お嬢様!?」
従者が驚くのを見て、耳を貸すように手招きのジェスチャーが映る。
「何故か誰にも分かってないようだけど、彼女は魔法の才能があるわ。わたくしが分かるから恐らく光属性じゃないかしら。魔法使いの子供を引き取るのは普通にあることだし養子にする余裕は家には無いけど側付きには出来ると思うの」
「本当ですかぁ?」
従者は懐疑的だ。
「連れ帰って調べればわかることだわ。それで貴女来ない?」
「それは皆んなも連れて行ってもいいですか?」
「何人ほどいるの?」
「十人ぐらいです!」
「お嬢様、一人ならともかく更に十人とか無理ですよ。全員魔法使いならともかくそんなことあるわけありません」
「もし彼女だけ連れて行ったとして、もし光属性の魔力があった場合、自由に彼女の仲間に会えるようになれると思う?」
「家によりますね。ちなみにお嬢様の家は他家に売り飛ばします」
「はぁー、そうよね。ごめんなさい、連れて行けないわ」
「じゃあ、行けないです」
「ええ、だから貴女に魔法を教えます、ここで」
「お嬢様!?」
「もうちょっとバライティを増やしなさい」
「そんな時間無いですよ」
「そんなことないでしょう。本来ならこの時間は殿下と、お食事をしていた時間なのだから……」
「そうでしたね。でも今日も直前にキャンセルになったから、時間はありますけど屋敷には帰る旨をもう連絡しているじゃないですか」
「少し寄り道をすることになったって連絡しておいて、それでも本来帰宅する時間までには帰るようにするから」
「お嬢様、そんな我儘を聞くとオレクビになるんですけど」
おちゃらけた言い方だが目は真剣だ。
「ごめんなさい。退職金は弾むわ」
従者は苦しみを耐えるような表情になる。
「……そのガキにそんな価値はあるんですか。こう言っちゃなんでしけど、自惚れている自覚はありますけどもうお嬢様の側にいれる奴はもう俺しかいないんですよ」
「あら、本当に自惚れね。価値があるかなんて子供の頃にわかるわけないでしょう、未来なんて誰にも分からないんだから。でもここでわたくしが気付いたのは運命だと思うの」
「いいんですね」
「……ええ」
「じゃあ、お屋敷に連絡しますね」
「……」
従者は馬車についている連絡用の魔法具を起動させる。
「あの、お話が難しくて……」
「ああ、ごめんなさい。貴女には関係の無い話よ忘れて。じゃあ時間もないし魔法の使い方を教えてあげる」
貴族の少女は見窄らしい少女を連れて馬車の中に入った。
やがて、別れの時間がくる。
「はい、これお金をあげる。自由に魔法が使えるようになるまでこれで暮らしてね、もし足らなければ包んだハンカチも売れるはずだから」
貴族の少女は従者を見る。
「保つわよね?」
「十人いる仲間次第ではありますが、節約すれば半年はいけますよ」
「なら彼女の才能ならギリギリ大丈夫でしょう」
「こんな大金受け取れません」
「いいのよ。ここに立っていたのは貴女の体を売る、つまり時間を売っていたのでしょう? ならわたくしは暇潰しに貴女の時間を買ったのです。その代金ですから」
「わ、わかりました」
「ねえ、あなた彼女に何かアドバイスはある?」
「そうですね。とりあえず、使えるようになるまでは魔法は人に見せるな仲間にもだ。使えるようになって見せられることになったなら貴族が多いとこで人目が多く明るいうちに、だ。分かったな?」
「わかりました」
「じゃあ、元気でね」
「あ、あの、お礼は出来ないんですけど、これ貰って下さい」
見窄らしい少女からリボンを差し出される。
「ありがとう」
そこで動く絵が消える。
吾の手にあったハンカチが燃え尽きたのだ。
目の前にいる聖女が泣いている。
「そんな……そんな……ごめんなさい……許して……会って色んなこと話したかった、それなのに、どうしてこんな……ごめんんさいごめんなさいごめんなさい」
「ちなみにこの従者はその日のうちにクビになった」
泣く声が大きくなった。
「実はメアリーから頼まれたことが一つあった。内容は自分の痕跡を一つ残らず消してほしいというものだ。試練中にそれはほぼ完遂させたが、二つ残していた。ハンカチとこのリボンだ」
この場にいる誰もが先程見たリボンが吾の手に握られている。
「そ、それを、あたしにください!」
「仕事は完璧にしたい主義でね」
リボンは一瞬で燃え尽きた。
「ああ……ああ……」
『火山の女神、そこにいますよね魂』
「余計なことを」
「会わせて下さい! お願いしますお願いしますお願いします……」
「聞いてみたが、もう疲れて誰とも会いたくないそうだ。諦めろ。生まれた時からいいように扱われて、お前に初めて会った時から死んだ後も遺体までも引き立て役として使い潰されたんだ、疲れもしよう。休ませてやれ」
「うわああああああああああああああああああああああああああっ!」
聖女は慟哭を上げる。
流石に言うことが見つからず、花の女神に話しかける。
「ところで花の女神よ、吾に言うことはないか?」
『? いえありません』
「本当にお前は目先にしか目が行かないな、まあいい、機会は与えたからな」
『はぁ……?』
「しかしこうも泣かれると流石に後味が悪い。しょうがない、少し祝福を与えてやろう、王子と聖女よお前たちが一緒になり共に王座につくことを祝福しよう。お前達なら心配はいらないが聖女も王子もメアリーの側姫の提案を蹴ったのだから、伴侶を増やすことをしないように」
『意地悪ですね』
二人に祝福を与えたので本格的に体の崩壊が更に早くなる。
「さて、この体はもうすぐ終わるな。この結末を回避する分岐は幾つもあった、メアリーにも聖女にも関わった全ての者にもだ。だが全て過ぎ去ったことだ。メアリー全てを忘れて吾の元でゆっくり休もう、さあ行こう」
メアリーの魂を連れてこの場を去った。
数年後。
「はあ」
ここ数年、ことあるごとに出る溜息がまた出た。
私は聖女―― もとい王妃様の親友ということで側使いとして仕えている。
誰もが寝静まった夜、後は寝るだけのぽこんと空いた何も考えることがない時間。こんな時はいつもあの頃のことが頭に浮かんでくる。
あれからいろんなことが起こった。
当然ながら王家への糾弾。
糾弾は王家と対立している公爵家が中心となって行われた。完全に王様と王妃様は言われたい放題だった。
その為か、さっさと王子と聖女に引き継ぎをして、引退した。
あの二人が王座を引き継ぐことに大勢の人間が大反対したが、火山の女神様より祝福を貰っていたので渋々と認めるしかなかった。
あの後、どうして祝福なんか与えたんだろうかと不思議に思っていたが、今ならわかる。
恐らく火山の女神様の罰だったんだ。
国内外に問題だけしかない状態の国を治めろなんて、罰以外に何があるというのか。
今の王家に味方になる貴族はいない。だからといって仕事放棄はしていないが最低限で、少しでも面倒な内容だと王族に丸投げされている状態で溜まる一方だ。それに全国民が原因を知っているので支持率はほぼ無いという。
他にも火山の問題があった。
あの時力を開放したとか言っていたが、それは火山のことだった。火山が噴火して辺りは壊滅して周りにあった村は消滅、人死が大量に出た。更に噴煙で冷夏になり日照時間も足らなくなって、あれから作物の収穫量があからさまに落ちた。今はどうにか周りの国に頭を下げて食べ物を買って凌いでいる。
今でも火山は時たま噴火していて、それを証拠にまだ女神は怒っていると難癖をつけてくる国が多い。だがそれは言い掛かりだと反論し辛い状況だった。
前王と前王妃が退位する前に、どうにか火山を鎮めてもらおうとして、神聖王国に協力を仰いだ。
教皇もあの一件で神々の関係が自分たちの認識とは違っているのではないかと考えていたそうで快諾した。
神聖王国にあの時の当事者である王様、王妃様、王子、聖女、側近、ついでに親友の私と呼ばれて、神を降ろす儀式が行われた。
とりあえず、火山の女神を直接呼ぶのはやめた方がいいだろうということで、取り成してくれそうな神が自然と来るのを待つことになった。
あの時降臨してくださった神様は、火の神様だった。
あの一件は神々び中でも話題になっていて、恐らく人間から接触があるからだろうと近似の属性の火の神様が受け持っていた。
あの儀式で知れたことは衝撃的だった。
火山の女神は神姫、つまり神々の姫君だった。
そんな神がどうして人間には位の低い神だったかというと、人間は神の力で位付けしていたのだが、判別の仕方はそれほど間違いではなかったらしい、細かく言うと違うそうなのだが大きな間違いは無かった、ある一柱を除いて。
それが、火山の女神だった。
何故そんな例外が生まれたか、本来火山というのは荒々しい物だったが、神々が火山の女神に駄目元で人間が住みづらくなるから全ての火山を鎮めて欲しいとお願いをしたら了承してくれたそうだ。司っている物の力を鎮めるということは力を手放すことに等しい、だから駄目元だったのだが、自身には強大な力が宿っているから信仰が必要無い、力を鎮めたところでどうにかなるわけでもないからということだった。
これは古く強大な力を持つ神々が、大いに感動したらしい。そのせいでもし火山の女神と敵対しよう物なら、もれなく一緒に古き強大な神々もついてくるということになるそうだ。
この話を聞いて色々と納得した。神話では火山の怖さを語っていたが、神話が終わる頃には火山は偶に白い煙を出す程度の物になっていた。そのことから何故火山の女神は怒りを司っているのか疑問だったのだが、あの一件でその理由が世界に知れ渡った。
で、肝心の火山を鎮める件だが、火の神様曰くどんな神が頼んでも無理だろうと言うことだった。
幾つか理由があり、一つは今後人間に舐められないよう、力を見せつける為。一つはあの時火山の女神が顕現した理由はメアリーの願いを叶えてあげること、つまりメアリーが許さない限り噴火は止まらないだろうと言うことだった。
もし仮に止められるとすれば神王と神妃だけなのだが、今だに噴火しているということは火山の女神様の行動を容認しているということなので、諦めるしか無いと言うことだった。ちなみに一度だけ鎮めるチャンスがあったそうなのだが、花の女神様が逃してしまったらしい。
この時の会話は記録されて、大陸の国々に配布されている。
このことに付随してあの時に神の発言に疑いをもち、そのせいで神王様まで巻き込んでしまったことを不敬だとする国は多く、信仰があつく過激な国が王族を罰するとか宣って戦争を仕掛けて来ている。
国民は王族の責任を追及して、前王と前王妃を始めとして戦える王族は全て戦争に駆り出されている。現王の治世の間におさまってくれることを祈るのみである。
数年間後悔することばかりだが、メアリーの側姫の提案を蹴らしたことは大分後悔をしている。
あの時も冷静なって考えていればわかったことだが、王妃の仕事と聖女の仕事を一人でこなすのは大変なことだ。それは仕事量が膨大なこともそうだが、二つの役割は対極に位置するといっても過言では無い、王妃は冷徹さを聖女は慈愛を求められる。前者は国の為に国民に犠牲を強いることがあるが後者は国民の為に国に敵対することがある。
交わらない部分が無いわけではないが、現王妃様には難しかった、何故なら聖女としての価値で王妃になったからだ。
今の王家は聖女の人気で保っていると過言ではない、あの時女神を前にして人々は絶望していたしかし彼女が聖女として励まし鼓舞したことで人々は奮起し一人も死なないという結果が起こせたのだ。そんな聖女様が支えているから今の王はマシなんだろうという認識なので極端な話ではあるが、もし何かで聖女すら国民から見限られた場合、国が無くなる可能性すらある。
あの一件でそれほどまでに王家は信用を失った。
一度平民の代表が参加した会議で彼女に話が振られて意見を交わし彼女が一理あると納得したことがある。ただ王としては全てに首肯出来る内容では無かったので反論しようとしたら聖女が納得した物を否定するのかといった感じでただならない雰囲気になった、王が発言をやめたことでおさまったが、何が原因で国民が叛旗を降り出すかわからなくなっている。
そんな難しい立場にあるから公的な場では身じろぎ一つせず少しの声も出すことをしない。
私的な場所では妻として支えてはいる。しかし私的な場でも王と王妃としては支え合うことが出来ないでいた。
どんなに優秀な王だとしても治めていくことに困難を極める現状を彼女も驚異的な速さで勉強して身につけているとはいえ焼け石に水にしかなっていない、幾ら勉強をしても話を聞くことが出来る程度に留まって意見を言えるほどでは無い、ほぼ味方がいない現状で相談が出来ないことは陛下に取ってかなり負担になっている。
こうなってやっと分かる、メアリーが側姫になるように提案してきた意味を。
メアリーは政治面で王として支えようとして、人としては彼女に支えて欲しかったのだ。
王妃として政治面の冷酷な部分をわざと見せることで王家の不満を一身に向けさせて、聖女と仲睦まじい姿を見せることで王家の好感度をあげることも考えていたのかもしれない。
提案をしてきた時険しい顔をしていた。その時は自分で考えた妥協案がそんなに嫌なのかと思ったが、今思えばそんな顔になるのもわかる。報われることのない荊棘の道が見えているんだから怖くてそんな表情にもなる、それでもそれが最善と信じて勇気を出して提案してきたのだ。
……もしかしたら子供を持つことすら、いや白い結婚すら覚悟していたのかも。
あの時一蹴した自分を殺してやりたい。
今、陛下と王妃に子供が出来ないことが、ちょっとした問題になっている。
こればかりは運の要素もあるので、まだ様子見という所だが、実はもう打つ手が無い状態だ。なぜなら火山の女神が側姫を認めないというような発言をしていたからだ。それもお前達がいらないって言ったんだからなという感じで。
過去に戻ってやり直したい。
日に日にやつれる彼女が心配で仕方がないが、あの日から彼女の顔には貼り付けられた様な微笑みしか私に見せてくれない。それはそうだ知らなかったとはいえ、彼女が一番会いたかった人との再会を邪魔していたのだから。
あの頃の私は聖女の親友だ、正義を成しているなんて自惚れていた。そして取り返しのつかないミスをした。
「はあ……。もう寝なきゃ」
涙を拭いてベッドに入る。
神聖王国に行った時のことを思い出す。
メアリーは生前のことは忘れているそうだ。人間と神との時間の感覚は異なっていて、人間の時間感覚が狂うらしい、なのでメアリーからすればあの一件は遥か昔のことで記憶の彼方の頭の片隅に残っている程度の思い出になっているだろうと。そして火山の女神様が教えることはありえないらしい、メアリーが傷を思い出してしまうから、傷を振り返すのは女神様の本意では無いから。
それだけなら希望を持てたかもしてないが、天国と地獄、神々が住まう天界は別れている。基本的に人間が行けるのは天国か地獄。なので死んで天国行こうが地獄に行こうが彼女がメアリーが再会することは無いそうだ。
神が呼べば天界に行くことが出来るらしいが、メアリーが望まなかぎりはその可能性はほぼ無いだろう。
微睡の中いつか彼女に本当の笑顔が戻る日がくることを願わずにはいられなかった。