第九話 楽しい夏休み
定期テストの結果が廊下に張り出された。
オトネは前回よりかなり順位を上げたものの、妨害の甲斐あってギリギリ赤点をとらせることができた。
これで初めての定期テストから連続3回の赤点。
とりあえずヒサメ先生のエンディング条件の内で一番難しいものはクリアした。
あとはもう流れだ。
学力パラメータを上げて、時間のあるときにでもヒサメ先生のイベントをこなすだけでいい。
しかもその学力パラメータに関してだが、次のイベントでかなり多めのポイントを貰うことができる。
初めての定期テストから3回連続で赤点をとると、あるイベントが起こるのだ。
通称“スパルタイベント”だ。
「星宙君、これで三回目だ。君は学校をなんだと思っているんだ」
「べ、勉強しようとは思ったんですが…」
窓の外からこっそりと中の様子を伺うと、オトネがヒサメ先生に三度目の説教を受けていた。
定期テスト恒例のイベントだ。
「言い訳は聞きたくない。夏休みは毎日補習だ。いいな?」
「ええ!?そんな困ります!夏休みは予定が…!」
「こんな成績で遊びにうつつを抜かそうと言うのか…。君は根性から叩き直さないといけないようだな」
通常夏休みは何をしてもいい自由イベント期間だ。
しかし最初の定期テストから3回連続で赤点をとると、ヒサメ先生と二人きりで補習授業という強制イベント、通称“スパルタイベント”が起きるのだ。
夏休みには生徒会のメンバーとデートをしようと思っていたオトネは面食らっただろう。
でも大丈夫。
ヒサメ先生との補習授業は夏休み前半だけで、後半になると真面目に補修を受けた態度を評価されて開放してもらえるのだ。
しかもヒサメ先生の好感度と学力パラメータが大幅に上がるボーナス付きでだ。
オトネは今にも泣きそうな顔でしょんぼりしている。
だから大丈夫なんだって!
私の出したお題がクリアできる日が伸びるだけ!
なんの問題もない!
「ふえーん、夏休みにデートしたかったー!」
ヒサメ先生が去った後、イケメンたちとのデート計画を壊されたオトネの悲しげな声が辺りに響いていた。
…ご愁傷様。
それにしても、オトネの本命って誰なんだろう…。
多分生徒会の誰かなんだろうけど、やっぱりレッカかな?
いや、あのときの耳打ちも気になるし意外とイブキ?
それとも勉強を教わりにいってたシズクか…。
頼りになるライコウって線もあるな…。
…シンドはないかな…?いや、でもああいう卑屈なタイプがオトネの母性をくすぐる可能性も…。
ま、誰が本命だろうが全員とくっついてもらうんだけどね。
とりあえず、スパルタイベント頑張れ!
***
シュトラール学園に夏休みがやってきた。
長い休みを利用して帰省する者、勉強を忘れて羽を伸ばす者、クラブ活動に精を出す者、みな思い思いに夏休みを堪能している。
オトネを除いて。
「これより補習授業を始める」
「ふえーん!」
窓の外からこっそり様子を眺めると、涙目になっているオトネの前には大量の教科書が積み上げられていた。
どうやらヒサメ先生は自分が担当する魔法学だけでなく、すべての教科を夏休み中に強化するつもりらしい。
教科だけに強化(激ウマギャグ)
「何度言ったらわかる。だからここはこうだ」
「うー…。あ、こうですか?」
オトネはノートに何やらぐりぐりと書きながら頭を抱えていたが、ようやく理解できたのか表情を明るくして顔を上げる。
勢いよく顔を上げたためにオトネの教科書を覗き込んでいたヒサメ先生とオトネの顔が振れるほど至近距離まで近づく。
キャー!!!
ここ!ここゲーム中でも屈指の萌えシーン!
普段氷のように冷たい表情をしてるヒサメ先生の照れ顔スチル!
ああ!私も間近で見たかった!
「す…すまない」
「いえ、大丈夫です。それより先生、補習の続きをお願いします」
パッとオトネから離れ、口を押えながら頬を赤らめるヒサメ先生に反してオトネはけろっとした表情でそう答える。
は?
オトネのハートは鋼鉄製か?
なんでヒサメ先生のあの表情にときめかないの?
他のキャラを推してたプレイヤーのハートをわしづかみにして根強いファンをたくさん生み出したヒサメ先生の照れ顔スチルだぞ?
…さては生徒会メンバーにちやほやされすぎてイケメン耐性がついてるな…?
それともすでに本命がいるから本命以外にはなびきませんってか…?
「星宙君…」
あ、さすがに今の態度はヒサメ先生の好感度が下がったか…?
「ついに勉強に目覚めたんだな…!よし、もっと厳しくいくぞ」
上がったようだ。
いや、うん、いいことだよ。
逆ハーエンドのためにはヒサメ先生の好感度も今後は上げていかないといけないからね。
でもこう…なんというか…
「ここは『キャッ、こ、こっちこそごめんなさい先生…!(ドキドキ)』『いや…(星宙君の目、近くで見ると吸い込まれそうだった…)(ドキドキ)』とかじゃないの…?」
予想と違う展開にぐっと唇を噛む。
ちょっと、ちょっとだけさ、見てるこっちもドキドキしてたのに…!
「レイ様、これはデバガメというものではないのでしょうか?」
「う…」
当然のように隣にいるイナノの冷静なツッコミに言葉を詰まらせる。
いや、その、これはオトネが補習授業をすっぽかさないか確認のために必要な行動であって、別に出歯亀しにきたわけじゃ…。
…まあ、この様子だと真面目に補習授業受けてそうだし、オトネを信じてもいいか。
オトネが逆ハーエンドを迎えた後に私が幸せになるためにも、オトネの補習授業期間中はイケメンモブの好感度を上げさせてもらうか。
オトネに気付かれないようにそっとその場を後にした。
さ、私も夏休み楽しむぞー!