第八話 オトネの独り立ち
「オトネ、今度改めて週末付き合ってくれねーか?」
「レッカはこないだしたでしょ!?次はボクの番だよね~?」
「いけません、レッカなんかと付き合ったらバカになりますよ」
「いや、オトネさん元々バカですし…」
「オメェらうるせぇよ!オトネが困ってんだろうが!」
物陰からこそこそと様子を見ているのだが、相変わらずオトネはモテている。
シンドだけはオトネをバカにしてるように見えるけど…まあ、あれもシンドの愛情表現なんだろう。
ここでデートの約束を取り付けてくれないだろうか。
いや、無理か。
あの一人じゃ何もできない奥手のオトネだからなぁ…。
「では10時にトラオム広場の噴水の前でよろしいですか?」
「「「「「は!?」」」」」
まさかの言葉に生徒会のメンバーが素っ頓狂な声を上げる。
うっかり私も声を上げかけたが、寸でのところで耐えた。
なんだ、私がいなくてもちゃんとできるじゃない…!
ちょっと子供が成長するのを見た母親の気分。
「あ、もしかしてまた空ノ城がついてくるとか…」
「いいえ、私一人だといけませんか?」
私がいないと何もできないと泣きそうになっていたオトネの姿はどこにもなかった。
「そんな!まさか!むしろすげー嬉しい!」
痛々しいくらいに舞い上がったレッカの口元は情けなくニヤけている。
それとは逆に他の4人は親の敵でも見るような恐ろしい表情でレッカを睨んでいる。
「…なんでレッカなの?なんでボクじゃないの?」
あー…そういえばイブキは好感度が上がった状態で他のキャラと仲良くすると確率でヤンデレルートに入るんだった…。
こうなったイブキはちょっとヤバイ。
イブキと他の生徒会メンバー4人との関係は一気に悪くなるし、自分以外と仲良くしないようにヒロインをストーキングしてデートや会話イベントに乱入してくる。
当然乱入されたらデートは失敗に終わるし、会話イベントの乱入も乱入された相手からのヒロインへの好感度が下がってしまう。
この仕様のせいでイブキは好き嫌いがはっきりわかれるキャラになってしまった。
「ヤブキ(病んでるイブキの略称)のせいで逆ハーエンド見れない!ヤブキマジいらねぇ!」とかよくSNSで愚痴られている。
ちなみに私は好き。箱推し。
しかもそのままヤンデレ状態が続くと「そうだ、どうしてこんな簡単なことに気付かなかったんだろう。キミを閉じ込めちゃえばいいんだ」と、強制的に監禁エンドを迎えてしまう。
そのエンディングもすごくすごーく萌えるんだけど、今それをされると困る。
監禁エンドを迎えるということは逆ハーエンドの道は絶たれると言うことだ。
つまり、爆死エンド。
私は死ぬ。
ヤバイヤバイ!
ここの選択が重要になってくる!
どうしよう、飛び出して行って正しい選択肢に誘導するか?
オトネに距離を置こうって言ったばかりで速攻で保護にするのは非常にみっともないけど、私が生き延びるためにはそうするしかない…!
と、物陰から飛び出そうとした瞬間、オトネがイブキに何か耳打ちした。
するとみるみるうちにイブキの顔にかかった影が消え、パァッと表情が明るくなった。
「わかった!約束だよ!」
…え?
あの反応は、デートの約束を取り付けたときのものだ。
そう、イブキのヤンデレルートを回避するにはイブキが特別であると態度で示さなければいけない。
たとえばデートをする、イブキの好きなものをプレゼントする、など(それでもまた確率でヤンデレルートに入るんだけど、そのときはまたデートに誘ったりプレゼントを贈ったりすればいい)
あの様子からして早々に来週のデートの約束を取り付けたんだろう。
今の状況からしてベストな選択だ。
あのオトネが、自分で正しい選択肢を選んだ…?
ぽかんとしながら様子を眺めていると、一緒に隠れていたイナノが私のスカートの裾を引っ張った。
そこで飛び出しかけていたことを思い出し、慌ててまた物陰に隠れる。
しばらくオトネは生徒会の5人と会話していたが、予鈴がなるとみんな散り散りに去っていった。
一人残されたオトネは両手をぐっと握って「頑張らなきゃ」と呟いてから自分のクラスに走っていった。
オトネが…成長してる…。
あれは昨日までの私がいないと何もできなかったオトネじゃない。
一体何がオトネを変えたのか…。
…?
私はそこまでオトネを変えるようなことは言ってないよな…?
せいぜい「もうアンタと一緒に遊ばないわよ!」みたいなこと言ったくらいで…。
前のオトネならともかく、魔法が使えるようになったオトネは特に孤立もしてないから、私という友達がいなくなったところでそこまで本気出す理由にはならないよな…?
私が散々オトネを誘導して自分で選択できないような子にしたのは事実だけど、「もうアンタと一緒に遊ばないわよ!」でそこまで人間変わるものか…?
まさか、生徒会の誰かに本命ができた…?
「レイ様、私たちも授業が…」
真剣な表情でオトネの急成長の理由を考えていたが、イナノの声で我に返った。
いや、でも、今回はたまたまうまくいっただけなのかもしれない。
ちゃんとオトネを見守らないと。
***
しかし、あれから見事にオトネはヒロインの役目をこなしていた。
今まで私が必死に誘導していたのはなんだろうかと思うくらい完璧に。
生徒会メンバーとの会話イベントはもちろん、デートも完璧にこなしている。
最近は体力コマンドや作法コマンド、料理コマンドに芸術コマンドなど、パラメータ上げも自主的に行っているようだ。
パラメータも各キャラのエンディング条件にかかわってくるし、高いに越したことはないから自主的にやってくれることはとてもありがたかった。
唯一オトネが私の望む通りに動かなかったことといえば勉強コマンドにも手を出してしまったことだ。
もうすぐ三回目の定期テストだというのにこれはまずい。
いや、もうすぐ三回目の定期テストだからこそ勉強しようとしているのだろうけども。
「シズクさん、勉強教えてくれませんか?」
「なっ…!?し、仕方ないですね。僕も忙しい身ですが、付き合ってあげましょう」
「ありがとうございます!あの、もしよければ今週末にも勉強教えていただけたら…」
ただ勉強するだけじゃなくてちゃっかりシズクとのデートの約束も取り付けてるあたり、オトネのヒロイン力は相当に高かった。
が、あんまり勉強されて学力パラメータが一定値を超えると困るから、週末のデートのことはレッカとイブキに告げ口してやった。
「あれー!?オトネちゃん偶然だねー!」
「今から四人で遊ぼうぜ!」
「なんで図書館にバカコンビがいるんですか!?」
おかげで週末の図書館デートはめちゃくちゃだったようだ。
へっ、ざまぁ。
それでもオトネはめげることなく、シズクに勉強を教わりにいっていた。
そのたびにレッカとイブキに告げ口してやった。
おかげでシズクからのレッカとイブキへの好感度が急落していたけど、まあ、生徒会メンバー同士の好感度は逆ハーエンドの条件には関係ないし、見て見ぬふりをしておいた。
あと度重なる告げ口のおかげか、なんかレッカとシズクからの私への好感度が上がっていた。
ちょっと嬉しかった。
…そうか、エロゲーの親友キャラがやたらと攻略キャラの情報を知っている理由がわかった。
こうやって恋敵の行動を告げ口することで攻略対象と仲良くなって色んな情報を手に入れるのか。
とまあ、妨害の甲斐あって三回目の定期テストでもなんとか赤点を取らせることができた(ちなみに妨害に必死になりすぎて学力パラメータを上げるのを忘れていた私は今回も合格点ギリギリだった)