第四話 バグありany%
あれから一ヶ月と少し経った。
私の綿密なスケジュール管理により5つのメイン属性全てに6倍のブーストがかかり、オトネは毎日「今日は火の魔法が使えるようになりました!」「今日は水の魔法が使えるようになりました!」と報告にくる。
「レイさん!今日は風の魔法が使えるようになりました!」
学食でイナノと食事をとっていると、早速嬉しそうにオトネが報告にきた。
ステータスを見ると属性パラメータは早くも全てがFからCに上がっている。
シュトまほは後半にエーヴィヒダイヤの指輪とかの高価なアイテムを使って加速してもギリギリで全属性がSになるかならないかという調整をされているのに、とんでもない成長だ。
このままなら序盤で全属性Sを達成するだろう。
「すごいわね。一人で5種類の属性魔法が使える人なんて他にいないわよ」
「でもレッカさんたちみたいなすごい魔法は使えないんです。いつか使えるようになりますかね?」
私の向かいの席にパスタの乗ったトレイを置くと困ったように眉を下げてオトネはそう言う。
…すぐに使えるようになると思う。
「…レイ様のアドバイスのおかげですね。レイ様に感謝してください」
「も、もちろんです!レイさん、ありがとうございます!」
私の隣に座っているイナノが口を開くとオトネは慌てて感謝の言葉を並べる。
オトネの属性レベルが上がったことでイナノとオトネの関係にも若干の変化が現れるようになった。
ずっとオトネの存在を認めないかのように無視を決め込んでいたイナノだったが、最近は少しずつオトネと会話をするようになった。
と言っても見ての通りの態度なのだが。
それでも無視されなくなったことが嬉しいのか、オトネは前のように萎縮することが少なくなった。
逆ハーエンドの条件には一切関係なかったんだけど、空気が悪くて耐えられなかったからこれにはすごく助かった。
「あ!オトネちゃんだー!」
二人の関係が若干よくなったことに機嫌よくハンバーグを口に運んでいると、聞き覚えのある声が耳に入った。
振り返ると中等部の生徒と間違えそうなほど幼く可愛い顔の少年と、アニメで主人公をやってそうなヒーロー系イケメンが立っていた。
イブキとレッカだ。
…ん?”オトネちゃん”?
たしかイブキの初期の呼び方は”デキソコナイちゃん”じゃ…?
「風魔法習得オメデトー!やっぱボクの教え方がよかったからでしょー?」
「は?オトネに才能があったからだろ」
「えー?オトネちゃんのこと無能って言ってたのダレだっけー?」
「イブキも出来損ないって言ってただろうが!」
目の前でイブキとレッカが言い合いを始める。
これは…。
まさかと思って二人のステータスを確認するとオトネへの好感度が私の想定以上に増えていた。
…え?なんで?
この程度のパラメータでここまで好感度が上がるはずがない…。
これはまさか、通常のプレイでは起こりえないレア指輪3つ同時に装備によるバグ…!?
いやでもだとしたらありがたい。
逆ハーエンドがより近くなったということだ。
バグありany%は挑戦したことがなかったんだけど、空ノ城家の財力がもうバグみたいなもんだしね!
それにしても…
うらやましい。
本当なら私がヒロインだったはずなのに…!
イケメン二人にちやほやされるオトネがうらやましすぎてつい険しい顔になってしまう。
いや、ここは我慢よ私。
ここで嫉妬にかられてオトネへの好感度を下げるように仕向けてしまっては私が死んでしまう。
爆発して。
「二人とも、ここは食堂ですよ。みっともない言い争いは他所でやってください」
なおも言い合いを続ける二人の脇を青く長い髪の線の細いイケメンが通り抜け、さりげなくオトネの隣にトレイを置いて腰をかけた。
シズクだ。
多分そういうことなんだろうとステータスを確認すると、案の定シズクの好感度もレッカたち同様ありえない数値を叩き出していた。
「あ!ちょ!」
「シズク抜け駆け!」
レッカとイブキが抗議の声を上げるがシズクは涼しい顔でラーメンをすすっている。
…ゲーム中に学食のシーンなかったから知らなかったんだけど、シュトまほの世界にも普通にラーメンとかあるんだ。
なんかすごいシュールな図なんだけど。
「あ、あの、私もうすぐ食べ終わるんでよかったらここ使ってください!」
気を利かせたオトネが残り少なくなったパスタをかきこむと、トレイを持って立ち上がり、ぺこりと頭を下げて駆け足で走り去っていった。
ゲーム中のどんなスチルや立ち絵でも見ることができなかったシズクの表情に吹き出しそうになりながら残ったミニトマトを口に運ぶ。
「私たちも失礼しますわ。レッカさん、イブキさん、どうぞ」
ナプキンで口元を軽くぬぐって立ち上がり、シズクを指さして大笑いしているレッカとイブキに声をかける。
イナノは二人分のトレイを両手に持ち、もう返却口に向かっていた。
形容しがたい表情を浮かべたままのシズクを横目に私も学食を後にする。
そして3人が見えなくなってから盛大に笑った。
ああ、これが”ざまぁ”ってやつか…!
いや私は箱推しだからシズクも推してるんだけど、これはざまぁと言う他ない…!
しかしオトネの天然っぷりもたいしだもんだ。
どうしてあそこまではっきりと好意を向けられてるのに気づかないんだろうね。
「どうした空ノ城家の嬢さん」
「す、すごい声で笑ってますけど病気ですか…?」
涙が出るほど大笑いしていると、目のやり場に困るくらい制服のシャツをはだけさせた長身のイケメンと長い前髪で顔の半分を隠した猫背のイケメンに声をかけられた。
ライコウとシンドだ。
スンっと表情を空ノ城レイらしいすましたものに変え、片手を腰に、もう片手を口元にあてて不敵にほほ笑む。
「あら、なんのことかしら?あまり無礼な態度をとるならお父様に言いつけますわよ」
「ヒッ」
シンドが肩をすくませてライコウの影に隠れる。
そうだ。もうわかってるけどこいつらの好感度も確認しておくか。
…うん、やっぱりだった。
若干の差はあるものの二人の好感度もレッカたちと同じようなものだった。
「オトネさんはうまくやってるかしら?」
「おう、アイツすげぇな。すぐに音ェあげると思ってたけど根性あったわ。根性ある奴は好きだぜ」
「…まあ、5種類の属性を使えるのはすごいですが、どれも所詮初級魔法ですし…」
うまくいってることを知りながらすっとぼけてそう聞くと、二人は口々にオトネの評価を口にする。
あー、ごめんねシンド。多分速攻で上級魔法ぶっぱなすようになるわ。
「レイ様、お待たせしました」
ライコウとシンドと雑談に花を咲かせていると、食器を片付けたイナノがやってきて頭を下げる。
それを見て二人は話を適当に切って学食に入っていく。
あー、もうちょっとイケメンたちと話してたかったんだけど。
まあ私への好感度が上がったら逆ハーエンドの障害になるし、イナノよくやったと言うしかないか。
…さて、そろそろあのイベントが始まる。
定期テスト。
とある隠しキャラのエンディング条件にもなる大事なイベントだ。
ここでしくじったら私に待っているのは爆死エンド。
絶対にガバるわけにはいかない。
待ってろ隠しキャラ!