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第十三話 夏休み終了のお知らせ

 夏休みももうすぐ終わる。

 私はと言うと逆ハーエンドRTAそっちのけで宿題に追われていた。

 この世界にも夏休みの宿題というものがあるということすっかり忘れていたのだ。


「いやなんでこんなことしなきゃいけないわけ…?」

「レイ様の将来のためですよ」


 いつものようにイナノは傍にいるが、手助けはしてくれない。

 クソッ、なんかイナノってゲームと性格違わない?

 いやゲームのイナノもクールで物静かなところは一緒なんだけど、なんというかこのイナノの方がふてぶてしいというか…。

 私がこの世界に転生したばかりのときはもっと私に従順だったと思うんだけど…。

 ゲームの空ノ城レイと違って私が理不尽に怒ったりしないせいでナメられてる…?


「レイ様、手が止まってます」

「わかってるっつーの!」


 ヒサメ先生もびっくりのスパルタだ。

 絶対ゲーム中のイナノはこんなんじゃなかった!

 モブだからあんまセリフなかったけど!


「レイ様、どちらへ?」

「トイレ!」


 頭が煮詰まってきたのでちょっと休憩することにした。

 苛立ちながら長い廊下をずんずんと歩く。

 ふと窓の外を見ると門の前を誰かがウロウロしているのが見えた。

 不審者かと思い目を凝らしてみると、オトネだった。

 呼び鈴に手を伸ばしてはすぐに引っ込めている。


「オトネさんですね」

「うわ!びっくりした!」


 音もなく現れるんじゃない!


「ちょっと見てきてよ、イナノ」

「…その間に逃げるおつもりでは?」


 ほんっとーにこいつは主人をなんだと思ってるんだ…。

 いや、まあその通りなんだけど。




 ***




 結局二人で玄関に向かった。

 空ノ城家は名家なだけあって玄関までが遠い。

 その間にオトネは帰ってるかもしれないなと思いつつ門を開くと、なおもオトネが呼び鈴を鳴らすか鳴らすまいかで葛藤していた。


「何してらっしゃるの?」

「ふえ!?」


 呼び鈴に集中しすぎてこちらに気付いていなかったのか、声をかけるとオトネは情けない声を出した。


「あ、あの!前にレイさんに出されたお題クリアしたんですけど…!で、でも、レイさん、か…彼氏さんとデートとかだったらと、思って…」


 夏休みの宿題と絶賛デート中だわ。


 てことはオトネはもう夏休みの宿題終わってるのか…。

 写させてくれないかな…。


「邪魔したら…悪いなと…思って…」


 どうやってオトネに宿題を写させてもらおうかと考えていたら、突然オトネがポロポロと大粒の涙をこぼし始めた。


 え?私今なんか言ったっけ?

 というかあれだけみんなに無視されたり陰口叩かれたりしても泣かなかったオトネが涙…!?

 混乱してイナノの方を振り返るも、イナノはいつも通りの涼しい表情で肩をすくめるばかりだった。


「ご、ごめんなさい…!」

「ま、待って!」


 思わず素の私のまま、背を向け走りだそうとしたオトネの腕をつかんでしまった。

 だって、あのオトネが泣くなんてただごとじゃない。

 私が目を離した隙にバッドエンドでも迎えた…!?


 え、逆ハーエンドRTA終了のお知らせ?

 私死ぬの?


「な、何かあったの?」


 そう尋ねてもオトネは泣きながら首を横に振るばかりだった。


 レッカ?

 イブキ?

 シズク?

 ライコウ?

 シンド?

 まさかヒサメ先生?


 片っ端から攻略対象の名前を並べるが、オトネはなおも首を横に振り続けるだけだった。


「ええい!何があったか言いなさい!泣いててもわかんないでしょうが!!」

「レイさんです!」


 オトネの腕を強くつかんだまま、腹立ち紛れに声を上げた。

 するとオトネも自棄になったように声を上げる。


 って、私?

 え?私何かした?

 考えを巡らせるが心当たりがひとつもない。


「カイさん、レイさんの恋人なんでしょう…?私が、私がもたもたしてたから…!」


 ピーンときた。

 そうか、オトネの本命はカイだったんだ。

 一体どこでカイを見たのは知らないけど、カイだってずっと屋敷の中にいるわけでもないからどこかで見たんだろう。

 で、一目惚れしたわけだ。


 なるほどなるほど。

 その名前も知らないカイにずっと恋焦がれていたら私とカイがデート(子守り)してたのを見てしまった、というわけか。


 それなら何故か急にオトネが頑張り始めたのもわかる。

 カイに好きになってもらうために努力してたわけだ。

 なんていじらしい…。


「フ、安心なさい。私とカイはただの主従関係、それ以外の何物でもないわよ」

「で、でも、バレなかったかなって言ってたから…」

「あー、あの日本当はお茶会があったのだけどそんな気分じゃなくてね…。カイと二人でサボってしまったのよ」


 我ながらよくこうもスラスラと嘘がつけるなと思った。

 オトネもすっかり信じたようで暗かった表情がみるみるうちに明るくなっていく。


 ふー、一瞬死んだかと思った。


「そ、そうだったんですねー!私てっきり…!」

「そうよ、安心なさい」


 …といってもカイは攻略対象じゃないんだけどね…。

 カイが9歳だってことはまだ黙っておこう…。

 今バラしてまた落ち込まれたら色々差支えがあるし、バラすのは逆ハーエンドを迎えた後でもいいよね。


「あ、あの、じゃあ付き合ってくれるって約束は…?」


 オトネがもじもじしながら私の方をちらちらと見ている。

 ああ、そういえば生徒会メンバーとデートできたら遊びに付き合うって約束してたんだっけ。


「いいわよ。夏休みも残り少ないし今から…」

「レイ様」


 ちょうど気分転換がしたいところだった。

 渡りに船とばかりに一歩踏み出すが背後から殺気を感じ、冷や汗をかきながらゆっくりと振り返った。


「まだ宿題が終わっておりませんが」


 振り返るとイナノが静かな怒りを浮かべたようにこちらを睨んでおり、抑揚のない低い声でそう言葉を並べる。


 あー…。


「行くわよオトネさん!」

「え!?いいんですか!?」


 オトネの腕をつかんだまま、猛ダッシュする。

 後方でイナノが声を上げていたが、そのまま無視してやった。


 その日はオトネと一日中遊んだ。

 とても楽しかった。


 が、帰ったら部屋の前に怒りのオーラをまとったイナノが立っていて、結局徹夜で宿題をすることになったのだった。

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