第一話 プロローグ
―――――キキィイイイイイ!
いつも通りの日曜日。
大好きな乙女ゲームの推したちのグッズを買い揃えてウキウキで横断歩道を渡っていた私の耳に飛び込んだのは急ブレーキの音とまわりの通行人の悲鳴の声だった。
ああ、来月新作出るんだけどな
予約もしてたのにもったいないな
そういえば引き出しの黒歴史ノート処分してないんだけど
なんてどうでもいいことを薄れゆく意識の中で考ていたが、やがて怒号のような周りの喧騒も小さくなり、私の目に映るのは真っ暗な闇だけになった。
ああ、死んだのか。
ぼんやりとそう考えていたが、次に目が覚めた場所はやたらカラフルでポップな空間だった。
目の前には、まるで魔法少女アニメに出てくるマスコットキャラのような、羽のはえたウサギに似た謎の動物が浮かんでいた。
これは…私の今ハマってる乙女ゲーム、『シュトラール学園~5人の魔法使いと奇跡の少女~』(通称シュトまほ)のマスコットキャラ兼ナビゲーション役のラナビィ!
まさか、これは転生ってヤツ!?
ああ、そういえばこのやたらカラフルで目に痛い風景はシュトまほのタイトル画面だ!
シュトまほは魔法学園に入学した属性魔法が使えないヒロインが5人のイケメンたち(+隠し攻略キャラ2人)に魔法を教わりながら学生生活を過ごしていくという育成恋愛シミュレーションゲームだ。
シュトまほには火、水、風、雷、土、氷、光、闇の8つの属性があってみんな生まれたときからどれか一つの属性があるんだけど、ヒロインは生まれつき属性がないせいでライバルの悪役令嬢にいじめられるのはもちろん、攻略対象たちからも「無能」「できそこない」って蔑まれてるんだよね。
いやでもそこがシュトまほのいいところなんだよ!
好感度マイナスのド塩対応からヒロインが全属性ブッパという才能開花した後のデレ!
あれがイイんだよね…!
好感度が上がるまでちょっと時間がかかるせいでドM専用ゲームとまで言われてるけど、塩対応からのデレが見たくて私はもう何十回もクリアしてる。
育成もなかなかやりこみがあってパラメータもたくさん設定されてるし、少しでも数値が足りないと途中で退学させられたりもして育成ゲームとして見てるファンもいるらしい。
まあ私はもちろんイケメンとの恋愛が目的なんだけど。
で、どうやらここはそのシュトまほの世界らしい。
「転生キター!私はシュトまほの世界で第二の人生を送るんだー!」
と、雄たけびを上げてガッツポーズをしながら喜ぶ私に引いたような眼差しを向けていたラナビィだったが、私がひとしきり喜びの舞を踊り終えると話を続けた。
「シュトラール学園の世界にようこそなのだ!☆キミはこれからこの世界の住人として生きてもらうのだ!☆準備はいいのだ?☆」
空中ディスプレイなのか、目の前にYES/NOという選択肢が現れる。
いきなり現れた未来的な光景にちょっとビクっとしてしまった。
しかし願ってもない展開だ。
ここでNOを選ぶバカはいないだろう。
私はなんのためらいもなくYESに指を伸ばす。
ピコンというポップなSEが流れ、ラナビィはにこりと目を細めた。
「じゃあ『シュトラール学園~5人の魔法使いと奇跡の少女~』はじまりはじまりなのだ!☆キミは今日からシュトまほの悪役令嬢、”空ノ城レイ(そらのじょう れい)”として生きるのだ!☆」
「は?」
一体どういうこと―――その言葉は私の口を出る前にまばゆいばかりの光に飲み込まれた。
目に映るのはアニメでしか見たことがないような天蓋付きのベッド。
私一人にこのサイズなのかとびっくりするくらい大きなサイズのベッドから体を起こすと傍から声が聞こえた。
「お目覚めですか、レイ様」
そこには黒くて長い髪をおさげにしたメイド服の女の子が立っていた。
ああ、えっと、そうだ、レイのお付きのメイドだ。
名前は…駒塚イナノ(こまつか いなの)だ。
「食事の前に御髪を整えさせていただきます」
イナノは私の長い髪をブラシでとかしながらそう言う。
目の前の鏡にはウェーブがかった長い紫色の髪の美しい女性が映っている。
これが私なのかと思うと自然に笑みが浮かぶ。
いやこれマジで美人じゃない?
で、私にはシュトまほの知識がある。
全キャラクリアはもちろん、バッドエンドから逆ハーエンドまですべてのエンディングを見てる。
それも何十回も。
実を言うと私は前世でRTA走者をしていて、このシュトまほも走り済みだ。
全攻略キャラの行動パターンも選択肢も効率いいパラメータの上げ方も全部頭に入ってるし、自慢じゃないけど逆ハーエンドRTAでは一時世界一位をとったこともある。
今は三位だけど。
加えて空ノ城レイは天才的な闇属性魔法の使い手だ。
シュトまほの世界では魔法の能力がすべてだから属性ナシのヒロインにド塩対応の攻略対象も空ノ城レイには好意的な態度を見せている。
あのド塩対応が見られないのは少し残念だが、最初からある程度の好感度があるなら楽。
私はこの美貌と魔法力、そしてあふれんばかりのゲーム知識で逆ハーエンドRTA世界一位に返り咲いてみせる!
心の中でそう叫んだ瞬間、世界が凍り付いた。
え?何?誰か氷魔法でも使った?
イナノも私の髪をとかしたまま固まっているし、なんかゲーム画面を一時停止したみたいになってるんだけど。
「ごめんなのだ!☆言い忘れてたのだ!☆」
軽快なBGMと共にラナビィが目の前に現れた。
ちょっとこれどうなってるのよ、と文句を言う私をスルーしてラナビィは言葉を続ける。
「ヒロインと攻略対象全員をくっつけないとキミは爆発して死ぬのだ!☆」
あまりのあざとさに腹が立つくらいの愛らしいフォルムの物体から放たれたのはそんなとんでもない言葉だった。
「は?」
「頑張るのだ~!☆」
ウインクするとラナビィはポンという軽快なSEを立ててその場から消えた。
それと同時に動き出す世界。
「ふっざけんな!なんだそりゃ!」
大地を震わすような怒声にイナノがビクリと肩を震わせる。
「も、申し訳ありませんレイ様!何かご無礼を…!」
「いやアンタのことじゃないの!あんのクソウサギのことよ!」
怒りまかせにあのわざとらしいくらいにあざといクソウサギの文句を並べるが、どうやらイナノにはさっきの光景が見えていなかったらしく、困ったような表情で首をかしげるばかりだった。
爆発して死ぬ?
いやそんなエンドはシュトまほになかったでしょ?
空ノ城レイはたしかにヒロインをいじめるし態度がでかくてムカつくキャラだけど殺されるほど悪いことはしてない。
だからどのルートでも空ノ城レイは死なない。
なのに爆発して死ぬ!?なんでよ!?
本当に意味がわからない。
けど、二度も死ぬのは絶対にイヤ。
トラックにはねられるのだってめっちゃくちゃ痛かったのに、爆発なんてどれほどの痛みなのかわからない。
爆発したことないし。
こうなったら仕方ない…。
幸いシュトまほは攻略できないモブたちも人気投票で名前があがるほどのなかなかのイケメン揃いだ。
あのクソウサギが言ったのはあくまでヒロインと全攻略対象をくっつける…つまり逆ハーエンドを迎えること。
私がそれ以外の誰かとくっつくことまでは禁止してない。
推したちを攻略できないのは本当に本当に悔しいしムカつくけど、推しより私の命の方が大事。
「私のこの最強のシュトまほの知識を使ってヒロインと攻略対象をくっつけてやる!そして私はまあまあのイケメンモブと幸せになってやる!」
私はこぶしを振り上げてそう誓った。
こうして、私の第二の人生がスタートしたのだった。




