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残り物には福がある  作者: 橘 葵
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閑話 掃海屋の最後

 高度36,000㎞の衛星軌道上、私の職場であり寝床だ。

 pi

探知サーチ

 ゴミを探して。

 pi

目標確定ロックオン

 狙いを定めて。

 pu-

撤去デリート・・ネクスト

 大気圏に落とす。


 私の一日は、この作業の繰り返し。 自動追尾オート・サーチ探知サーチ出来ないゴミを、無人機ドローンを操作して撤去する退屈な仕事。


「火星旅行とか、いったい何時の時代の話だよ」

「・・・。」

 しん・・と静まり返る船内。 ニュース記事に突っ込む私に、返事をする者は誰もいない。 語るも一人、聞くも一人。 私一人きりだ。


 pi

『アルテミス917 実績評価D⁻ 宙域S553へ移動せよ』

「ちっ 音声回線で連絡しろっての」

 一人の時間が長すぎて、人の手触りに飢える。 掃海屋になって5年、誰かと直接話したのは、この船の引継ぎを受けた3年前が最後だ。


 宇宙開発が本格的に始まった20世紀、宇宙飛行士は子供の憧れだったと爺ちゃんが言ってた。 その爺ちゃんの夢を叶えた私は、安月給のゴミ掃除をもう5年も続けている。 狂って暴れたアホな独裁者が、ミサイルをバカスカ打ってくれたおかげで、衛星軌道上はゴミだらけだ。 一時は、気象予報や衛星通信すらままならない時代に逆戻り。 有人飛行が可能になったのは、割と近年のことだ。


「さて、今日も始めますかね」

 古いタブレット端末で起動したのは【恋せよ乙女 マジカル大作戦】旧時代の恋愛ゲームだ。 暇な時は、レトロ・ゲームに限る。 人種や性別はもちろん、容姿に至るまで、平等の名の下に表現が許されない昨今。 下世話な欲望丸出しのレトロ・ゲームは、退屈な日常を潤すオアシス。 今週はショタ王子サピルスを攻略中だ。


 pi

『アルテミス917 宙域S552で磁気嵐発生 回避は不可能』

「げっ マジか?」

 ゴミ拾いがゴミになる。


 pi

『アルテミス917 貴殿の死に哀悼の誠を捧げる 社員一同』

「早ぇよ! 弔文まで定型で送りやがって」

 処女のまま衛星軌道上で死ねるかよ。


「オペレート917、脱出ポッド使用の許可を求める。 送れ」


 pi

『アルテミス917 0920時をもって登録抹消 申請エラー』

「弔文とセットで抹消とか、どんだけ?」

 いよいよ、お終いじゃねぇか。


 辺りの空間が歪んできた。 くそが。 放射性物質とか軌道上にばら撒くから、こんな事になるんだ。 結局、割り喰うのはいつも貧乏人さ。


 pi

『回線接続がダウン システム、ローカルに切り替えます』

 磁気嵐の影響か意識が朦朧とする。

 pi

『脱出ポッド射出しますか? Yes/No』

 えっと・・イエス。

 pi

『脱出ポッド3・2・・射出』

 アルテミス917号・・3年ぶりに見た外観は薄汚れてる。 デカいゴミを棄てちまったな。


 *****


 20世紀の映画で、宇宙飛行士が不時着した惑星が、猿の支配する惑星で、実は文明の滅んだ後の地球だった。 なんて話があった。


 グルルルル


 船窓の外に見えるのは、猿じゃなくて真っ黒な怪獣。 黒竜・・だろうか? パラシュートを開いた脱出ポッドの周りを旋回している。


 ゴァ―――‥!!!


 今度こそ終わった。 知らぬ間に助かったと思ったら、ネクストステージはとんでもなくハードだった。 黒竜が放ったブレスでパラシュートは焼失、自由落下が始まる。


 ガギンッ


 落下中の脱出ポッドを、黒竜の顎が空中でキャッチした。 怪獣の腹に納まるよりは、宇宙の藻屑の方が良かった。 願い虚しく、船窓の視界はゼロになる。 脱出ポッドごと、私は丸呑みにされたようだ。


 *****


 大気圏突入に耐える脱出ポッドの強度は伊達じゃない。 黒竜のブレスに耐え、腹に納まった今も無事だったりする。 とはいえ、万事休すだ。 小型の脱出ポッドに内気還元装置は積まれていない。 待っているのは緩やかな死だ。


「窓の外は胃液の沼、ハッチを開けた途端、胃酸に焼かれて死ぬ」

 痛くて苦しいのは嫌だ。


「よし。 時間の限り【乙マジ】を堪能しよう」

 抗ってもしょうがない。 人生の最後は下世話なヒロイン物語に没頭して、好き勝手してやろう。 もう、ノルマも実績評価もないのだから。


「おっしゃあ! ショタ王子なんてチョロい」

 これは、文字通りの現実逃避。 テンションを上げて恐怖を黙殺してるだけ。 プレイ中のタブレット端末から、黒い根のような物が生えてきた。 幻覚? どうでもいい。 美麗な王子に囲まれて、下々の民からも慕われる。 私とは正反対の『持ってる女』になりきって、幸せなまま消えてしまいたい。


 次第に伸びた黒い根に、身体も意識も浸食されて、私は考えるのを止めた。


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