ヒロインの父
出会いは5年前。
俺は偶々訪れたスラム街で一匹の野良猫を拾った。 煤を払い、桶に浸け、人間の服を着せる。 期待以上に仕上がったピンクブロンドの少女を俺はマリーダと名付けた。
貧乏な法衣貴族の俺は、嫁を迎えることも適わず、夜の相手は専ら繁華街の女。 そんな俺が、親子ほど年の離れた、スラムの野良猫を飼っていると知れては、外聞が悪い。 平民に産ませた庶子だと届け出た。
野良猫は俺を嫌い、普段から会話も交わさない。 最中ですら目を合わそうとしなかった。 俺はそれでも構わない。 寧ろ姦しい女は嫌いだ。 黙って俺に従てさえいればいい。
そんな生活が、ある日突然終わりを迎える。 学院を卒業した野良猫は俺の下を去った。 畏れ多くも、王太子殿下の婚約者に選ばれたのだという。 俺はその時、初めて気付いた。 野良猫は俺を踏み台にしたのだと。 気付いた所で後の祭り。 俺はまた一人になった。
「ソノス男爵・・貴方を新宮殿建設の総責任者に任命する」
「はっ? 私をですか?」
突然、俺を呼び出した天上人・・宰相の息子ステファン・パシリスに与えられた大任。 貴族院建築許認可担当補佐の俺には、あまりにも唐突な抜擢だった。 現王宮の10倍の規模を誇り、最新の建築技術を余すことなく注ぐ未曽有の大事業。
「カメヤマ商会のギリアムと申します。 先ずは、ご挨拶まで。 どうぞ、お納めください」
「いい心掛けだ。 憶えておこう」
新宮殿の建設には、大きな利権が生まれる。 訪れる面会者が差し出す袖の下。 人と金が俺を中心に回り出す。 まさに、この世の春だ。
「私の姪が君のことを気に入ってね」
「ありがたい申し出ですが、ハーベスト伯爵。 私は妻を持つ気はありません」
遊ぶ金はいくらでもある。 貴族の嫁など煩わしいだけ。 俺に必要なのは『女』であって『嫁』ではない。
「おっ シャチョー、今夜もマリンちゃんをご指名で?」
「ああ、プレミアムコースを頼む」
最近、王都で人気沸騰中の娼館。 なんでも、経営者はレビゾン貴族なんだとか。 俺の推しは、ピンクブロンドの娘マリン。 野良猫と瓜二つの彼女は、俺と目を合わそうとしない。 それでいい。 俺の理想の『女』そのものだ。
+++++
2日前にヘロウ公爵領を発って、予定通り王都に到着した。 次は、同じく迷宮の件でお世話になったマッケィン侯爵にも仁義を切らねばならない。
「待っていたよ。 婿殿」
「は・・はい」
文頭に『手ぐすね引いて』の文字が浮かぶ。
「今日は、婿殿にジャネットの兄弟を紹介したくてね」
「それはそれは」
皆さん、さぞ領地経営にご興味をお持ちのことだろう。 この場に居る義兄弟は4人。 先日会った長男を除く兄弟全員だろうか?
「成人前の弟達も会いたがったが、収拾がつかないので遠慮させた」
「それは残念」
子沢山だなぁ 見習いたい。 とにかく、プレゼン合戦が始まる前に釘を刺さなくては。
「シルベストリの代官は、エンリケ君に決めました」
「なんですと!?」
「あらゆる点を考慮した結果です。 彼以上の適任は居ない」
事前に相談しなくて申し訳ないけど。 改めて確信する。 この圧を振り払う自信はない。 先に決めておいて良かった。
「エンリケ殿はその・・こう言ってはアレだが」
「はい。 廃嫡されて現在は自由民の身ですね」
「であれば、マッケィン侯爵家の家門に属する息子達の方が相応しいと思うが?」
貴族の条理として尤もである。
「先に申し上げれば。 この決定にヘロウ公爵は一切関与しておりません。 私の独断で決めました」
「いや、私はヘロウ公爵家を責めるつもりなどない」
そう口にしながらバツが悪そうだ。
「背景には辺土特有の事情があります。 この場限りの話として聞いてください」
「うむ、承知した」
下手なごまかしは疑いを招く。 エンリケとリィアの話を、かいつまんで伝えることにした。 本人の了承は取ってある。
*****
一通り話を聞いたマッケィン侯爵から疑義が呈されることは無かった。 奥様が何故か感動している。 この手のラブロマンスは女性ウケがいい。
「わ・・私だって、ヌゥイの娘と懇意にする度量くらいあります」
「迂闊なことを申すなマイク。 忌色の瞳は魂に訴える忌避の呪いだ。 志一つでどうとなる事ではない」
「『魂与』の儀式が鍵となったのでしょう。 恐ろしいけど神秘的ですわ」
「ご納得いただけたようで良かったです」
不満はあっても文句を言わない。 この家族の美点だ。
「もちろん、私は恩知らずな男ではありません」
「だが、船頭は一人がいい。 権限の分割は先に禍根を残すぞ」
ベアトリス、ジャネット、ついでにテラとも相談して、適切な見返りは用意した。
「こちらをご覧ください」
「ん?・・木工細工かね」
木製の器やフォークといった日用品、全てに精霊樹を象った紋様が刻印されている。
「とっても素敵だけど・・これは?」
先の経験からか、奥様は既に期待大のご様子。
「エルフの郷『重無ヴェルヌ』で作られた工芸品で、素材は精霊樹の枝葉が使われております」
「なんと・・全てエルフが作った物と申されるか?」
「精霊樹の枝・・確かに軽いのに金属のように硬い」
価値の解かる人には効果絶大だと嫁達から太鼓判を押された。
「確かに素晴らしい土産だ」
「ブルース様はエルフの郷を訪れたことがあるのですね?」
反応は上々。
「これらの製品は、年に1度 納品可能です。 販売先と流通ルートは、マッケィン侯爵家にお任せしたいと考えております」
「「はぁ!?」」
小出しなんてせこい真似はしない。 利権まるごと全部もってけ。




