最果ての修道院
幽閉されたベアトリス様の釈放を求めて、私とマリアンヌは今日も王城へ訴え出ていた。
「旦那様がお呼びです」
「すぐに行くわ」
王都のタウンハウスへ戻った私を、お父様・・マッケィン侯爵が呼び出した。
「それで、お話とは何でしょうか?」
「うん、ジャネット、落ち着いて聞くように」
そう前置きするお父様は、沈痛な面持ちで重い口を開いた。
「貴族院からこれが届いた。 度重なる不義を理由に、パシリス侯爵家は婚約の破棄を求めてきた」
「まあ、当然ですわね。 相応の賠償を求めるなり、貸しにするなり、お父様の方で上手く活かしてくださいませ」
ステファン様が、あの女と密会している事は、皆が知るところだ。 政略の為と割り切っていても、ベアトリス様の断罪に関与したとあっては、情状酌量の余地もない。
「そうじゃない。 不義を働いたのはジャネット、君だとパシリス侯爵家は訴えているんだよ。 しかも、この件は既に貴族院によって認定されてしまっている」
「なっ・・どういう了見ですの?」
「ああ、私だって彼の身辺を調べている。 話が全くあべこべだ」
やられた。 まさかこんな手に出るとは。
「そこで相談だが、君には『最果ての修道院』に身を寄せて貰おうと考えている。 暫く身を隠した方がいい」
醜聞が広まるのも時間の問題か・・でも。
「ベアトリス様を放ってはおけませんわ」
「その事だが、ヘロウ公爵令嬢は内々に釈放された。 黙っていてすまない」
お父様が『内々に』と仰る以上、お会いすることは適わないのでしょう。 憂いが無い訳ではありませんが。
「承知しました。 私は『最果ての修道院』へ参ります」
*****
ボラン修道院こと通称『最果ての修道院』は修道院とは名ばかりの地獄だった。 各地から送られてきた娘達の仕事は、慈善活動でも女神への奉仕でもない。
辺土遠征に赴く騎士達の慰安だ。
「新しい娘が入ったようだな」
裸よりも淫らな、半透明の法衣を纏い男達へ給仕する。
「流石は参謀閣下! お目が高い。 これは元貴族で生娘にございます。 お気に召したのでしたら布施は・・・程で」
「まったく強欲な坊主だ」
「蛮地の布教は何かと入用でございまして」
価格が折り合えば別室でそういう行為に及ぶ。
「まあいい。 10万Ptでいいんだな?」
「では休憩室へ案内いたします。 女神の恵みに感謝を」
私の純潔は、お気に入りのパンプスよりも安かった。
*****
「もう無理、喉を突いて死ぬわ」
「しっかりして! そんな事をしても痛みに苦しむだけよ」
時を同じく、ボラン修道院に送られてきた友人のマリアンヌ。 本当は、私も彼女と一緒に死んでしまいたい。 しかし、自殺を図っても『聖女のポーション』で忽ち快癒させられてしまう。
嗜虐嗜好の司祭を喜ばせるだけだ。
「おい! 早く準備しろ、今夜はVIPだ。 粗相のないようにな」
「承知しましたわ」
今宵もまた地獄が始まる。
*****
「私が司祭を務めますジームと申します。 彼の辺土伯閣下にお越し頂けるとは、恐悦至極に存じます」
「ああ、今夜は団員共々よろしく頼む」
「へへぇ それはもう」
何てこと・・あの『好色卿』の相手をさせられるなんて。
「ブルネットがジャネット、ライムグリーンの方はマリアンヌ。 閣下も学院時代に面識があるのでは?」
「マリアンヌには交際を申し込んだけど断られたよ。 はははっ」
最悪だ。 『好色卿』は嘗て、マリアンヌを巡ってベレン様と決闘に及び敗北した。 その後、マリアンヌとベレン様は婚約した訳だが・・まあ、末路は私と同じ。
「では、思う存分リベンジして頂くのも一興かと」
「司祭は趣味が悪いね」
そう言いながら『好色卿』は乗り気な様子。 マリアンヌは、恐怖のあまり真っ青だ。
「あの・・ぜひ私にお相手させて下さい」
「ジャネット?」
考える前に踏み出していた。 後悔は無い。
「学園とは打って変ってモテモテだね。 丁度いい、連れの彼とペアでツーオンツーでどうかな?」
「つーおん?」
「ああ、4人でってこと」
「はぁ 然様で・・では、お部屋へご案内いたします」
思わぬ形ではあるが、マリアンヌを『好色卿』と2人にする事態は回避された。 私が彼女を護らなくては。
*****
「ティア、もういいぞ」
「ぷはぁ! やっと出られましたわ」
休憩室へ入って『好色卿』が声を掛けると、連れの男の上半身が左右に割れて、中から白い法衣を纏った少女が現れた。
乗込み型の魔導人形?
「さあ、悪漢を成敗いたしますわよ!」