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残り物には福がある  作者: 橘 葵
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100番目の花嫁

 「ひぃぃぃ!!! 近付かないで変態!」

 あの発言は失態でした。


 誤解が解けて良かったです。


 ブルース様は武骨な身体で、お顔の清廉さもやや欠けますが、学園で噂されていたような、醜い姿ではありませんでした。 寧ろ紳士的な振舞いは好感が持てます。


 さて、当面の危機が去ると、貴族としての野心がふつふつと湧いてきます。 そもそも、私は冤罪でこの地に流されたのだから、無罪が立証されれば名誉は回復する。


 その暁には、ブルース様より良縁を得られる可能性も残っていますわ。


 ですが、焦りは禁物です。


 当面はマスタング辺土伯夫人として、果断なく振舞いつつ、情報収集に努めるのが良策でしょう。


「過去10年間の収支報告書を用意して頂戴」

「えっ! 奥様が見られるので?」

 屋敷の東側に建つ行政庁舎に乗り込んだ私は、抜き打ち監査を始めた。 辺土伯夫人に留まっても、王都へ返り咲いても、出納や不正に関する情報は利用価値が高い。


「書式は揃ってないし、誤記が目立つわね」

 煩雑な報告書に辟易とする。 とはいえ、摘発すべき不正は見当たらず、改善すべき無駄が散見される程度。 ただし、辺土統括軍の予算規模は異常だ。 私の知る限り近衛騎士団の5倍はある。 横領? 反逆準備? これは、予算の使途をはっきりさせる必要がありそうですわ!


 *****


「辺土統括軍の過去10年分の活動報告書を用意して頂戴」

「えっ! 奥様が読むんですかい?」

 屋敷の西側に建つ辺土統括軍司令部に乗り込んだ私は、ここでも抜き打ちで監査を始めた。


 界歴493年 従軍489名 戦死者101名 重軽症者200名 指揮官B.M

 界歴494年 従軍512名 戦死者105名 重軽症者290名 指揮官B.M

 界歴495年 従軍473名 戦死者312名 重軽症者125名 指揮官B.M

 界歴496年 従軍398名 戦死者154名 重軽症者300名 指揮官B.M

 界歴497年 従軍504名 戦死者143名 重軽症者100名 指揮官B.M


「なんですかこれは?」

 ブルース様が従軍した過去5年間だけでも、夥しい数の戦死者が出ている。 界歴495年度に至っては、ほぼ全滅だ。


 隣国とは良好な関係で、魔獣の脅威も少なく、平和なバドック王国にあって、これ程の被害を被る事態が、何故、王都で話題に上らないの?


「ねぇ貴方、前線の様子を聞かせてくださらない?」

「ご婦人には刺激が強いですよ」

「構いませんわ、全部話してちょうだい」

 片腕の帰還兵が語る前線の話は、私の想像を絶するものだった。


 はっきりしたのは、王都の人々が如何に恩知らずであるかということだ。


 予算は年々削られ、現場は益々疲弊していく。 彼らが敗北すれば、数ヵ月と待たずに国土の大半を魔獣に蹂躙されてしまうというのに。


 嗚呼、誘われるまま、軍備縮小を訴える平和集会に参加した自分が恥ずかしい。


 *****


 勇んで臨んだマスタング辺土伯領の監査、己の不見識にすっかり毒気を抜かれてしまった。 椅子の取り合い、足の引っ張り合い、宮廷の駆引きが酷く虚しい物に感じられる。


「スラグ人のお嬢さん。 これでも食べて元気出しな」

「あ・・ありがとうございます」

 ふくよかな身体に忌色の瞳・・ヌゥイ族の女性だ。 そう言えば、マァリはスレンダーで長身だけど、ヌゥイ族はふくよかで小柄な女性が多い。 


 塩とバターで味付けした芋を、手づかみで頬張る。 王都に居た頃は買い食いなんてしたことなかった。 ホクホクで美味しい。


「旦那が苗を仕入れて、この地に根付かせてくれたんだよ。 お陰で冬に飢えることが無くなった」

「立派なご主人なんですね」

「ああ、あの人の72番目になれて本当に良かったと思ってる」

 あ・・そうか、ヌゥイ族は一つの家族、長は皆の兄で皆の夫だったわね。


「ブルース様に女性を取られて、ヌゥイ族の男性は怒ったりしないのですか?」

「う~ん、スラグの人には解りにくいかも知れないけど、男達の方が寧ろ先に旦那を兄と認めてたわ」

「彼が『嫁与』を認めたからですかね?」

「それもあるけど、男共は強さに憧れるからね。 あとこの目を嫌がらない」

 ヌゥイ族の瞳の色『忌色』は魔獣の瞳と同じ色、絵具を混ぜても作れない呪われた色。


「『家族』は円満なんですね」

「ああそうさ、過去一番にね」

 辺土魔境にはヌゥイ族のような他人種や、エルフや獣人といった亜人種など複数の人種族が暮らしている。 多くはスラグ人と総称される多数派の人族に土地を追われた人々だ。 私達スラグ人と彼らの溝は深く、何れかが滅びるまで、その因縁は消えないと言われてきた。


「嬢ちゃんもあたし等の家族になったんだろ? 100番目さん」


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