君がために我は想う
辺土を訪れるのは、これが3度目だ。 思えば、俺は無事にこの地から帰った試しがない。 マスタング辺土伯邸の前に着くと、執事と複数の護衛騎士が待ち構えていた。
「ウィリアム陛下の名代として参ったステファン・パシリスだ」
「お待ちしておりました。 ご案内致します」
案内する護衛騎士には余裕が窺える。 思えば、以前の俺は先触れも出していない。 迷惑極まりない振る舞いであった。
通された応接は、華美な装飾を排しながら上品で優雅、マスタング夫人の趣味だろうか?
「お待たせしました」
「あっ 貴方は・・ハーベスト卿」
そして、現れた紳士に驚愕する。 国外追放処分となった、マリアンヌの父ハーベスト伯爵だ。
「家名は追放の折に捨てました。 今は平民のドナルドです」
「そんな事より、よりにもよって、何故、マスタング家に居られるのだ?」
「ヘロウ公爵家のジルベルト様、あとは旦那様の取り計らいにございます」
「そんな・・マリアンヌは愛妾に落とされたのだぞ!」
「詳細は控えますが、娘は幸福を得ております。 元婚約者とはいえ、干渉しないでいただきたい」
「だが・・しかし」
いったい、何が起こった。
「ベレン、落ち着け。 役目を忘れてはならん」
「くっ」
「それで、マスタング夫人は?」
「お2人の対応は、私に一任されております」
「我らは王家の使者だ。 無礼であるぞ」
「はて? お2人は『マダムの犬』だと聞いておりますが」
「なっ!?」
何故それを知っている?
「旦那様の盟友ダイアナ殿下の間者ドミニク・ボンボヤージュ子爵・・その犬奴隷ごときに奥様はお会いになりませんよ」
「マダムが・・間者?」
「旦那様からドミニク殿への伝言です。 『委細承知した』以上です」
呆気に取られる俺達を置いて、ドナルドは応接を出て行った。 俺達の話など先刻承知だと。 マスタング夫妻に会せる価値すらないと。
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当然のように、俺たちは相部屋に通された。 もう、何もかもお見通しという事だ。
「ん・・んん」
「気持ちよさそうに寝てやがる」
隣で寝がえりを打つベレン、俺達はマダムの犬になって程なく、そういう関係になった。 余程、悔しかったのか、今夜のベレンは荒れていた。
コンコン
こんな夜更けに誰だ? 扉を開けると、廊下に大柄の男・・マスタング卿が立っていた。
「夜更けにすまない。 その・・もう終わったか?」
「問題ない・・こちらこそ失礼した」
もう今更だ。 恥じ入る気持ちも失せてしまった。
「こいつを渡したくてな」
「これは!」
黄金の魔石を奢った指輪。 マリーダが求めていたものだ。
「すまんが、贋物だ」
「そうですか」
「マダム何某からマリーダ嬢が黄金の魔石を欲していると聞いた。 しかし、魔牙獣の魔石は、ベアトリスに贈ってしまった。 誕生日プレゼントとしてな」
「それを取り上げるのは野暮ですね」
「だろ? だから、見た目がそっくりな魔麒麟の魔石に、聖女セレスティアが『心の平穏』の聖法魔力を付与した特別製の指輪を用意した。 これで、納得してもらえないだろうか?」
魔麒麟とは初めて聞く魔獣だ。 しかし、この指輪・・只ならぬ力を帯びている。
「必ず納得させてみせよう。 もちろん、対価は支払う」
「おっ 助かる。 ただで渡すなと、ジャネットが煩くてな」
ジャネットだと? 彼女は、俺が一方的に婚約を破棄した元婚約者。 『最果ての修道院』が閉鎖されて以降、その行方は途絶えていた。
「マッケィン侯爵令嬢のジャネット・・殿がこの屋敷に居られるのか?」
「ん? ああ、知り合いだったのか。 修道院から保護して、僕が娶ったんだ」
マリアンヌ殿と共にこの邸に居たとは、まったく考えが及ばなかった。
「彼女は元気にしてますか?」
「元気だぞ。 もう直ぐ息子も生まれる」
そうか、息子か・・マリーダさえ現れなければ本来は俺と。 後悔、懺悔、怒り、様々な感情が綯交ぜに押し寄せる。 俺にはもう彼女の隣に立つ資格はない。
「彼女を・・ジャネットをよろしくお願いします」
「お・・おう、解ったから、手を握らないでくれ」
「貴方はタイプではありません」
「それは良かった」
遠く離れた王都から、彼女の幸せを祈ろう。
+++++
王家からの使者・・マダム・ボンボヤージュの犬奴隷が王都へ帰った。 これから暫く、シルベストリで生産される半導体は、バドッグ王家が全て買い取ることになる。 半導体の供給調整を盾に、レビゾン帝国へ圧力をかける為だ。 王家はマリーダ奪還、僕らはレグルス政権の弱体化、というウィンウィンな策謀だ。
そして、彼らが睨み合いを続ければ、辺土は暫く平和だろう。
「タカシを呼んでくれ。 重無ヴェルヌに行きたい」
「へ? 私、商売が忙しいんだけど」
今こそ、本腰を入れて『奈落』開拓に乗り出す時だ。
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