プロローグ 三者猥談
辺土最奥の魔境に開く大穴『奈落』。
この広大な陥没大地は、500年前に発生した魔力噴火によって生まれたカルデラ盆地で、現在も噴出する魔素が、凶悪な魔獣を生み続けている。 放置すればたちまち地獄の窯は溢れ、人々に災いを齎すだろう。
この脅威に対処すべく辺土に接するレビゾン連邦、シンセス聖教国、バドック王国は協調して辺土統括軍を創設した。
僕が当主を務めるマスタング辺土伯家はバドック王国の古参貴族、辺土統括軍本部の運営を一手に担い、代々、魔獣の掃討を生業としてきた。
*****
今宵は魔獣掃討作戦を終えた各国の指揮官、レビゾン連邦の戦乙女ダイアナ、シンセス聖教国の聖女セレスティアを招いて私的な祝勝会を開いている。 同席するのは、給仕を務めるマァリを含めて4人だけ。 気の置けない仲間と過ごす恒例の行事だ。
「シンセスが召喚した勇者は一体いつ参戦するのだ? 召喚されてから、もう1年半にもなるではないか」
勇者召喚にあたって、シンセスは関係各国に大量の魔石の提供を求めた。 ところが、件の勇者は、一向に統括軍に参加する気配が無い。
「相変わらず北部の森に?」
転生者の僕としては、同郷の勇者にはシンパシーを感じている。 それにしても、困った事態だ。
「はい。 まだ、少し時間が掛かるかと」
「まったく! 勇者の仕事は魔獣の掃討であろう? エルフの郷を探している場合か」
「本当に申し訳ありません」
「ダイアナ! ティアを責めても仕方がないだろ」
「別に私とてティアに非があるとは思っていない」
勇者がエルフの郷に執着する理由は、元日本人の僕としては何となく察しが付く。 しかしながら、ダイアナが言う通り優先順位は守ってもらわなければ困る。
「次の掃討戦には必ず連れてきます」
「そうだね。 前線に出ろとは言わないから、先ずは経験を詰もうと伝えてくれるかい?」
「はい! 話してみますわ」
「ふんっ ブルースはティアに甘いな」
突然召喚されて戸惑う事ばかりだろう。 転生直後の僕もそうだった。
まあ、エルフの件について説教が必要だがな。
*****
「ゴリラ女のダイアナも遂に年貢の納め時か・・結婚相手はどんな男なんだ?」
「所詮は政略結婚だ。 私はあの男が好かん」
夜も更けて、酔いが回れば自然と話題も下世話になってくる。
「ブルース様! ダイアナ様はゴリラっぽいだけです、ゴリラじゃありません」
ティアもずいぶん酔ってる。
「そう言うティアはどうなんだ? 勇者と婚約したのだろう?」
「私も・・あの方は苦手です」
「あらあら、2人ともなの?」
座も乱れた所で、給仕に徹していたマァリが会話に加わってきた。
「ブッ・・ブルース様こそお相手は見付かったのですか?」
「僕にはマァリが居るから問題ない」
「ティアの言ってる意味は違うと思うわよ」
むむ、知って誤魔化しているのだ。
「学院へは嫁探しの為に通ったのだろう?」
「一応な」
家を継承するには、貴族の娘を嫁に迎える必要がある。 辺土の先住民族ヌゥイ族のマァリを、貴族院は正妻と認めないのだ。
「もっと言ってやってよ。 領主の仕事を代わってまで送り出したのに・・この甲斐性なし」
「きょうび辺土へ嫁ごうなんて物好きは居ないんだよ」
王立貴族学院が創設されて以降、若い貴族は華やかな都会に入り浸り、僻地への移住を忌諱するようになった。 マスタング辺土伯領はその最たるもので、彼らが最も嫌うダサい田舎の筆頭なのだ。
「あんな噂も流れているからな」
「そうですわね」
ダイアナの指摘する通り例の噂が更なる足枷となっている。 しかも、微妙に真実が混じっているから質が悪い。
「だったら2人が嫁にきたら? 婚約者とは上手くいってないんでしょ?」
「え?」
ヌゥイ族のマァリを差別しない2人は理想的な相手と言えなくもない。
「いいねぇ 2人まとめて可愛がってやるぜぇ ぐへへへ」
「好色卿のハーレムなんてお断りだ!」
「そうです! ちゃんと手順を踏んでもらわないと困ります」
しかし、他国の王族である2人と辺土伯の僕とでは家格が釣り合わないのだ。
願わくば、2人には幸せな結婚をしてもらいたい。
*****
翌日、ダイアナとセレスティアは自国の部隊を連れて帰国の途に就いた。
そして、入れ替えに訪れたのは貴族院からの使者。
『婚姻証明書』
いつの間にか、僕は何処ぞの令嬢と結婚したらしい。
面白かったら 評価・ブックマーク・感想などお願いします。
誤字の報告も助かります。
とても励みになります。