出口の見えないトンネル
※お話は実話に少しアレンジを加えてあります※
※この作品はホラー・怪談の短編です。苦手な方はブラバしてください※
このお話は、当時20代前半だった時の事を思い出して書いたモノである。
当時私は週末になる度に、仲間と共に県内各地に行くという生活を送っていた。それは休日に朝から用事が有ったからという事もある。その用事は朝から始まり、夕方までかかる事がざらにあり、自宅へ戻ってくるのは夜になっているのが当たり前。休日とは名ばかりで全く体を休める事無く過ごすという日々を送っていた。
その日も自分が住む地域からは遠くに行かねばならないという事で、前のりするという形で仲間たちと共に目的地へ向けて車を走らせいていた。
「今度はどんなところで試合するんすか?」
「ん? 確か……海に近い場所だって聞いてるな」
助手席に乗った後輩の松山が俺に声を掛けて来た。
地元を離れて移動し始める事既に2時間。仲間たちを乗せた車は辺りを見渡しても樹々とその間に伸びる道路しか見えない場所をひた走っていた。
出たときはまだ夕日も少し山々から顔をのぞかせていたのだが、今の時間になっては既にその姿は無く、辺りは暗闇に包まれている。
そんな中ずっと運転している俺を気遣って、隣りに座る松山はずっと話しかけてくれているのだ。自分一人で運転していたら催眠効果がありそうな景色が続いている。ちょっとでも話し相手が居るのはそれだけで助かる。
この日、俺の運転する車には、後輩3人が同乗していて、合計4人で目的地へと向かっていた。
隣に座る松山。そして後部座席にはグースカ寝息を立てている近藤と、ずっと外を見ている遠藤。
試合をすると言っているのはサッカーの試合の事で、皆が社会人になってもサッカーが好きでチームを作った当初から一緒にプレーしている仲間でもある。
先輩後輩とはいえ、既に一緒に行動する期間もそれなりに長いので、気ごころの知れた奴らばかり。
気やすく話す事は当たり前になっていた。そんな中でも遠藤は口数が少なく、話しかければ普通に返してくれるが、自分からはなかなか話しかけて来てはくれない。
ただこうして一緒に行動することを嫌がったりはしないので、嫌われていいないという事は分かる。
「しかし、木と道しか見えませんね。近いからと言ってこんな道を使うのは失敗だったんじゃないですか?」
「しかたないだろ? 経費削減だよ。高速道路を使うなんてできないさ。お前たちが部費を出してくれるなら違うけどね」
「あぁ……それは遠慮したいですね」
珍しく遠藤が俺に話しかけてきて、そこで冗談のように返すと、遠藤も苦笑いした様な声を返してきた。
終始車の中はそんな感じ。
静かになる時間をなるべく作らない様にと気遣ってもらいながら、暗闇の中をひたすらに進んでいく。
「お? トンネルですね」
「ん? そうだな」
しばらくそんな形で進んでいたら、森の中から突然明るさと共にトンネルのようなものが見えて来た。
「こんな場所のトンネルって、何かありそうじゃないですか?」
「バカなこと言うなよ」
「そういうのは松山だけ見えてたらいいんだよ」
「なんだと遠藤!! 見えたら楽しそうじゃないか!!」
後ろ向きになって遠藤に向かい、話を自分に向けられたことに言葉を返す松山。
「こんなところでそんな話は聞いたことが無いから、残念だけど何もないさ」
長く地元に住んでいる事もあって、そういう有名なスポットの話は良く耳に入る。自分から進んでいく事はほぼ無いのだが、周りにはそういう場所へ行く事が好きなやつらが居るので、行った時の話などは通常の会話の中でも聞くことが有るが、今通っている道やトンネルの事などは聞いたことが無い。
この時の俺達は、そんな感じで軽くその話を流して聞いていた。
「でも何か……森の中ってこともありますけど、雰囲気有りますね……」
遠藤がぼそりとこぼす。
「トンネルなんてほとんど山とかの中に作られるんだから、こんなものだろ?」
「まぁ、そうなんですけど」
運転しながらも松山と遠藤の話に耳を傾ける俺。
――確かに……なんというか、そういう雰囲気はあるな……。
近づいて来る入り口を見ながらも、俺はそんな事を思っていた。
車についているナビを確認するが、通ろうとしているトンネルはそう長いものじゃないみたいで、名前もありふれたもの。
俺は特に気にすることなく、ナビからトンネルへと視線を戻して運転に集中する。
キン!!
「うわ!!」
隣に座る松山が耳を抑えながら声を出した。
「どうした?」
「み、耳鳴りが凄くて……」
「あぁ、気圧が変わったからだろ。良くあることだからな」
「そうっすけど……何か今までなったこと無いような強さっすよ?」
「そうなのか?」
とても情けないような顔を俺に向けてくる松山。その顔が小動物を連想させてクスッと笑ってしまう。
トンネルに入り、しばらく何事もなく進んでいく。
「……おかしくないですか?」
「うん?」
ちょうど真ん中程まで進んできた時に遠藤が声を上げた。
「さっきから同じところを走ってる気がするんですけど……」
「そんなはずないぞ。同じような景色だからそう思うんじゃないか?」
「いえ……。あそこにあった消火栓、さっきも前を通りましたよ」
「え?」
そう言いながら俺と松山の間のスペースへ身を乗り出しながら、先に見える消火栓の赤い箱を指差す遠藤。
「いや、気のせいだって。おかしなこと言うなよ!!」
「いや間違いないよ」
そんな話をしているとその消火栓の前を通過する。
――あれ? 今何か……。
消火栓の前を通り過ぎたとき、俺にはそのそばに靄のようなものがうっすらと見えた。ただ今いるのはトンネルの中なので、車の排気ガスが溜まっていたりすることもあるし、気温の関係で霧のようなものが出る事もある。だからいつもはあまり気にはならないのだけど、その靄はそこに留まっているようにも見えたので少しばかり気になった。
「やっぱり。先輩やっぱり同じところを通ってますよ」
「……その根拠は?」
「あの消火栓の隣に落書きがあったんですけど、それが全く一緒です」
「…………」
「……そんなわけ――」
「あ、また消火栓だ」
遠藤話を否定しようとした松山の声を遮る様に、遠藤は少しだけ大きな声でその消火栓を指差した。
「まさか……」
今度は3人でその消火栓を確認しながら通り過ぎる
「落書きなんて無かったぞ!!」
「…………」
「今のはそうだったな」
松山は少し怒り気味に、遠藤はどこかホッとした様な声を出した。
この時は、それだけの会話で済んだのだが――。
「さっきからコンコンうるさくて眠れねぇじゃねぇか!!」
「「「!?」」」
突然それまで寝ていた近藤が声を上げながら勢いよく起き上がった。
「誰だよさっきから叩いてるやつは!?」
「……何言ってんだ?」
俺達に興る近藤に、俺はバックミラー越しに声を掛けた。
「だ~か~ら~!! コンコンコンコンて誰かが車を叩いてるんでしょ!? うるさいんですよ!!」
「…………そんな奴いないけどな……」
「はぁ? そんなわけ――」
俺は近藤のする話を否定する。今まで松山や遠藤と話をしていたのだから、そんな事をしている様子は確認できていない。
「先輩……」
「どうした?」
俺の袖を軽く引っ張る松山。
「あの……」
「なんだよ」
「手の跡……ついてますけど……」
「え?」
助手席側の窓を指差す松山。その場所に視線を移すと、その指差す先にベッタリと掌の跡が付いていた。それも一つではなく、無数に――。
「そ、そんなまさか……」
俺を確認しながらも運転することを止めるわけにはいかない。それよりも早くそのトンネルを抜け出そうと、少しだけアクセルペダルを踏み込む。
「せ、せんぱい……」
「今度はなんだ!?」
遠藤が弱弱しそうな声で語り掛けてくる。
「さっきの……消火栓の隣に……人が居ませんか?」
「はぁ?」
震える手でその場所をさす遠藤。その指先を黙って見つめる俺と他の3人
そこには消火栓の隣に確かに人影のようなものが見える。
――そんな……こんなところに人なんて……。
俺はチラッとナビを確認する。けっこうな時間を運転しているので、トンネルの長さを考えれば既に抜け出してもいいはず。しかし俺が見たナビが示している車の位置は、まったく移動している様子が無い。
ちょうどトンネルの真ん中あたりで止まっていた。
――嘘だろ!? 進んでないのか!?
もう一度確認するが、まったく動く気配が無い。
「先輩!! あの人こっちに来ますよ!!」
「え?」
遠藤が驚いた様子で声を荒げる。視線を上げた俺は消火栓の横からこちらに向かってゆらりゆらりと向かってくる人影を確認した。
――まずい……まずい!! まずいまずい!!
アクセルペダルを踏む足にさらに力を加える。
車はスピードをさらに上げて進み始める。見る見るうちにこちらに向かってくる人影を引き離し始める車。それを俺以外の皆が見つめる。
「良かった……」
「何だったんでしょう?」
松山と遠藤はほっとした様子で声を出した。
「なぁ今のなんだったの?」
近藤はいまいち状況が分っていないので、不思議がっている。
コンコンコン
「え?」
コンコンコンコン
「な、なんだ?」
「どこから?」
車を叩くような、ドアをノックしているような音が車内に響く。
コンコンコン
コン……
バン!!
バンバン!!
「うわぁぁ!!」
それはもうノックという音を越え、何かを打ち付けているような音へと変わった。それに近藤も初めて異変を感じ始める。
「先輩!! 早く行きましょう!!」
「もっとスピード上げて!!」
「やってるよ!!!!」
焦る後輩二人。
そしてその叩くような音はだんだんと近づいてきて――。
コンコン
「「!?」」
すぐ横で叩かれたような音がして、その方向へ振り向いた二人が絶句する。俺も一応確認のためにそちらへ視線を向けると、そこには――。
凄いスピードで走っているはずの車と並走する、髪の長い女の人と、男の人が並びながら俺達に向けてにこりと微笑んでいる姿が見えた。
「!!!!」
俺は視線を切って目の前に集中する。
近いようで遠かった出口の光がようやく見えて来て、トンネル内の薄暗い灯から外の暗闇に変わる瞬間、俺はある物を確認した。
それはトンネルの出入り口付近に邪魔にならない様に置いてある花束と、飲み物のペットボトル。
――あぁ……そういう事か……。
中で起きた事への答えがようやくそれでわかる。
目的地へとたどり着いた時には、俺達はくたくたになっていて、誰も言葉を発することはしなかった。
そのまま俺達だけ、他に集っているメンバーたちよりも先に休むことにしたのだけど、次の日に行われた試合はもちろん惨敗を喫したのだった。
それは前の日に経験したことからくる心労が抜けなかった事。そして眠れなかったことが原因だろう。
この時以来そのトンネルには行っていない。今もなお同じ現象が起きているのかは知らないが、時々そこを通った等話は聞くことが有る。ただ俺たちと同じ体験をしたという話は聞かない。
今でもこの時の事は、同行したメンバーが集まった時に話に出てくる。
お読み頂いた皆様に感謝を!!
ちょっとした体験を皆様にお届けしました。
こういう体験をする人ってなかなかいないですよね(^▽^;)