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第13話 ムッとしていない顔

 俺の予想に反して、如月は昼の授業にも姿を見せた。

 かと言って、天沢が期待した通りに俺たちが仲良くなったということはない。俺があの隣人と何かのきっかけで話すことはなかったし、いやそれどころか、俺が他の二人と話している時でさえ、あいつが会話に加わってくるようなこともなかった。


 ――また、こっちを見てるんじゃないのか?

 そう感じることも一度や二度じゃなかったが、一々突っ込んでいてはキリがないので俺は慣れることにした。これは割と本気で思うのだが、具体的な言葉にならないってことは、言いたいことが何もないのと一緒だと思う。


 恥ずかしいから言えない、とか。

 気を遣って言えない、とか。


 言いたくない理由は色々あるのかも知れないが、何であれ、本当に言うべきことを黙っている理由にはならないだろ? 言葉にならないってことは、実際はそこまで差し迫った事情も、言葉にしたいほどの気持ちなんてものも、皆無なんだろうよ。


 まあともかく、如月がしかめっ面を貫いた日の、最後の授業が英語だった。

 担当教員はこのクラスの担任でもある七河京子。裏の腹黒い顔はともかく、単純に若くて美人というので男子にも人気なら、毎日変えてくる私服がどれもオシャレだというので女子にも人気な先生だった。おまけに授業も分かりやすく、飽きない工夫を随所に入れてくる。



 そして、今日もそういう日だった。


「これから近場の四人同士でグループになってもらう。早速、机を合わせてもらうぞ」


 先生の号令で教室はざわついた。

 みんなどこか興奮しているようだが、少し分かる気がした。だって、グループワークって目が覚めるだろ? 普段絡みがないようなやつらと話したり、そいつの新しい一面を見たりするから。


 で、俺たちのグループは……ああ、そうだった。

 机を合わせてすぐ、向かい合った如月が不機嫌そうに顔をむすっとさせた。あいつは目線の置き場が安定せず、俺を見るや逸らし、なら仕方なしといった様子でさっき配られた白紙と睨めっこし始めた。


 だが、今回は二人一組ってわけじゃない。


「なあなあ? お前ら二人ってさ、友達とかじゃないの?」


 出し抜けにそう訊いてきたのは、俺の前の席にいる……というか机を合わせた今は、隣り合った席にいる男子だった。


 ああこいつ、確かバスケ部員で、いつも藤原たちの輪に加わっているやつだ。細長い目が常に笑っていて、長い赤髪を後ろに束ね、いつも輪の中でイジり役に徹しているという印象がある。藤原が実直そうなのに比べれば正反対で、見た目も言葉も軽薄って感じのキャラで、基本ウェイウェイ言っているような気がする。

 とまあ、そんな雑な印象しか抱いていないのだが、どうやら今の質問は俺と如月に対するものだったらしい。


「…………別にっ」


 如月は先んじて答えた後、頬杖をついてそっぽを向く。

 その反応が面白いのか、男子の笑みは余計に広がっていった。


「えー、うっそだー。二人とも、天沢ちゃんとお友達なんじゃないのかよー?」

「うっさい。楠木(くすのき)には関係ないでしょ」

「ふーん? じゃあ宮永に聞いてみよっかー」


 それで今度は、まるで君とは最初から友達でしたって風に、俺の肩に肘を乗っけてきた。別に遺恨があるとは思わないが、ウザいくらいにノリが軽い男子だな。


「なあなあ。俺、楠木(くすのき)(りょう)

「……知ってる」

「俺のことは了でいいからさっ。俺もお前のこと、彰人でいいだろ?」

「嫌だ。馴れ馴れしくされて平気でいられるほど、楠木にいい印象を抱いてない」

「何でもいいけどさぁ。で、彰人君的には、紗希ちゃんは何なわけさー?」

「さあな、如月が違うと言うからには友達ではないんだろ。そうなりたいって、俺は思ってるんだけどな」

「わぁ、すげーぶっちゃけてくれるじゃん」


 如月は頬杖をついて目を逸らす。

 楠木はずっとケラケラと笑っていたが――が。声色が冷たくなるのは突然だった。


「じゃあ、もいっこぶっちゃけて貰おうかな。昨日のアレ…………何だったわけ?」

「昨日の俺、変なことでも言ってたか? 自分でも何って言ったのかイマイチ覚えてないんだが、何って言ったにせよ、言葉のままとしか言いようがないな」

「随分イキってくれちゃったよねぇ」

「いやぁ、恥ずかしいなぁ。実はそれ、よく言われるんだ」

「俺らを敵に回すだろうとか、思わなかったわけ?」

「なぁ上手くやっていこうぜ、()()。たかだかクラスメートに敵も味方もないだろ? それとも、昨日のことで俺に落ち度があるなら謝るまでだが――何か不満でもあるのか?」

「へぇ…………言うじゃん?」


 楠木の声色は、自分のキャラを急に思い出したように、ガラリと愉快さを取り戻した。

 思えば昨日の朝、俺が藤原たちに出た時も、こいつだけは嫌に穏やかな顔をしていたのを思い出す。何とも気味の悪いお調子者だ。


「いやねー? 俺、面白いやつが大好きっていうか? 彰人君みたいなタイプ初めて見たからさぁ。本当言うと、君らとも仲良くしたいって思ったくらいなんだよねー。でも、紗希ちゃん曰く友達じゃないらしいじゃん? 君らって側から見てて、まだよく分かんないから」

「……静かにした方がいい……」


 ゆっくり、涼しげに、しかし断固として口を挟んできたのは、如月の隣にいた女子だった。名前は確か逢坂(おうさか)とか言ったっけか。


「……先生、喋ってる。怒られちゃうわ」

「あはは、ごめんごめんっ。俺ってば、面白いやつがいると放っておけなくてさぁ」


 すげー近くの席に面倒臭そうなやつがいたもんだ。

 今まで気づかなかったのはきっと、俺も俺でクラスに興味を持っていなかったからなんだろう。どちらがマシなんだろうか。嵐の外で平和そうにしているのと、中でもみくちゃにされるのは。

 私ね、今、政治してるんだよ?

 桜庭がそう言っていたのが、耳にチラついた。


「――これからお前らには、ちょっとしたリスニング教材を聞いてもらう。一人一人にA4用紙が行き渡っているだろう? とにかく聞き取って、メモを取って、グループで議論して、元の原稿を可能な限り再現してみせろ。よし、早速流すぞー」


 先生のスマホに繋がれたスピーカーから、くぐもった音声が流れる。

 まあ仮にくぐもってなくても俺の英語力は壊滅的なのでどうしようもないのだが、どうやら誰にとっても音声が速かったようだ。


「はえーって。こんなの無理無理」

「こんなの受験のレベルでもないだろー! ぶーぶー!」


 ニ回目の再生を終えると教室はブーイングの嵐に包まれたが、まあ授業は授業だ。それに、いくら人気があるとはいえ甘い先生ってわけでもない。


「こんなレベルで甘えるな、お前ら。言っとくが、今週末はリスニングの小テストがあるからな。いいかー? 再テストの開催なんて、私にさせてくれるなよー?」


 そう言って、七河先生はSっぽく笑った。

 でも、あーあ、これは再テスト確定か。嫌なんだよ、家に帰る時間が遅れるの。リスニングとか勉強の仕方分かんねーし、一体どうしろってんだ。


「みんな何言ってるか分かったー? 俺、無理だわー。最初の文でギブ」


 と、うちのグループで最初に切り出したのは楠木だった。

 こいつも英語得意でございますって見た目はしてないが、それを言えばこのグループで戦力になりそうなのは――


「……こういうの、混乱するとドツボ……」


 銀髪の女子、逢坂は可愛くしゅんとして見せた。いや、表情の動きが少ないタイプの子っぽいので、どれだけ悔しがってるのかはイマイチよく分からないが、白い頬を小さくぷっくりさせているのは多分悔しいってことなんだろう。よく知らんけど。


「あー、それ分かるわー!」


 楠木がすぐ反応した。


「途中で分かんなくなって諦めちゃうと、余計に雑音にしか聞こえないんよねー。脱落するとやる気なくなっちゃうし」

「……三つ目の文の構造が、特に複雑。倒置があった」

「複雑だってことが分かるだけ優秀っしょ? あーあ、体育以外、全部つまんねーわー」

「戦力になれなくて、ごめんなさい……」

「ただのグループワークだ。そんな肩肘張ることもねーだろ」


 俺が肩をすくめて言うと、逢坂は動かない表情を俺に向けてきた。


「そう言う宮永君は、どうだった……?」

「最初の文でギブだ。この速さなら、日本語で喋られても聞き取れる自信ないな」

「む、貴方って不真面目なのね。ちょっと意外だわ……」


 いや、意外って何だ意外って。こちとら誰かに見られてると思って生きてないから、意外に思うほどの先入観があったことの方が驚きだ。

 とまあ、教室はどこも似たり寄ったりのようだ。阿鼻叫喚というか、みんな楽しそうにあーだこーだと盛り上がったかと思えば、誰かがふざけているのか笑い声も上がってくる。


 平和だ。俺は、昼下がりの空気の中で机に突っ伏した。

 この普通の学校の教室って感じ、側から見てる分には嫌いじゃないんだよな。

 先入観を除いて見てみると、カーストも何もなく、誰も彼も適当に仲良くやれているように見えるから不思議だ。裏では誰と誰が仲が良くて、誰と誰は共演NGで、みたいなのがそこかしこにあったりするのだが、一度場が盛り上がってしまえば束の間忘れてしまったりもして。


 つまり、そういう熱に浮かされてのことだったのだろうか。

 いつもムッとしているあいつのムッとしていない顔を、この時初めて見たんだ。


「ふふっ、何よ。三人揃って沈んじゃって、だらしないわね。アンタら、ひょっとして雑魚なんじゃないのー?」


 如月はドヤっとした笑顔で、俺にA4用紙を差し出してきた。

 で、書かれているのは……メモ?

 いや、これは――よく分からん蛇みたいな文字が、びっしり書かれているではないか。


「すげーな。さっきの音源完コピしてんじゃねーの、これ」

「ええ、ええ。いいわよ、もっと褒めてくれて。ていうか褒めなさい?」

「お前、帰国子女か何かなのか? 英語喋れて不良で美少女とか、これからもノンストップで属性が積み上がっていきそうだな」

「む……何よその、褒めてるのか褒めてないのか分からない言い方っ」


 てか、美少女って何よっ。

 如月は不満なのか恥じらってるのか分からん反応を見せたが、俺は特に反応せず他の二人にノートを見せると、どっちもそれぞれの驚き方をした。


「……如月さん、すごい……」

「わーすげー! なんかさー、紗希ちゃんってほじくればほじくるほど色々出てきそうだよねー」

「……聞き取り方のコツとか、よければ教えて欲しい。テスト心配……」

「う、うん……いいわよっ。ほら、そこの前置詞の部分とか――」


 一日中頑なだった如月の表情は、ここにきて緩み始めた。別に俺が何かしたわけじゃない。たまたま英語の授業が如月のイキれるポイントだっただけだ。でもまあ、ずーっとむすっとした顔を見せられていたから、少しホッとしてしまうのだ。


 お前、面倒見いいやつだったんだな。

 そう言ってやりたかったが、せっかく友達ができそうな如月の邪魔をしてやるわけにはいかなった。

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