第2話 森の悲鳴はデンジャラス
冒険者協会の建物に到着した僕は早速扉を開けて中に入る。昼間だが中は賑わっており、酒場で酒を飲む者、依頼の手続きをする者等様々だ。
僕は受付カウンターの一番左で冒険者として登録を済ませる。
受付に向かう間誰かに絡まれたりもせずそこまで嫌な感じはしなかったし、登録も問題なく済ませることが出来た。
唯一迷ったのが名前の横に書く【職業】の事である。
職業の欄には当然自分の職業を書かなければならないのだが流石に【死霊使い】とそのまま書けば何か言れんじゃないか。
面倒ごとは避けたいので何とかごまかす方法を考える。
一応審査中と書けば、今儀式の行われている王都ではそれが通るが、いずれにしろいつか書かないといけない。
だが現状だと死霊使いがどういう職業なのか分からない。
そう言う意味では先に職業について調べた方がいいのだろうが、実戦を通して分かることもあるだろうという判断だ。
協会の方もそもそも申請してくる人間が職業や他の事を偽るメリットがほとんどないし、職業をわざわざ調べるような事はない、なので審査中にして通すことにした。
「職業の方は審査中とのことですが、仮に冒険者として活動をしていくのに厳しい職業になられてもよろしいですか?」
受付の男の人に尋ねられる。
……おかしいな、こういうのは大体きれいなお姉さんって相場が決まっているらしいんだけど。
「えっと、冒険者をやめる事はできるんですか?」
「それは勿論、最後に依頼を達成してから1年間依頼を受けない、あるいは失敗の状況が続けば協会の名簿から除名されることになります。そうでなくとも本人が意思表示をすれば違約金として少々の料金を払っていただくことにはなりますが、退会する事は可能です」
「じゃあ、それでいいです」
「かしこまりました。職業が分かり次第、後ほど手続きを行ってください」
まあもう決まっているし、どんなことが出来るか知らないけど名前の感じからは冒険者でやれるだろう。
「初めはFランクからのスタートとなります。依頼をこなしていく事でランクが上がっていきます。依頼はあちらの掲示板から紙を取り受付に持ってきてください……」
うん、すごい聞いたことがある気がする。
でも大体こんなもんだよね。
説明を聞き終わった僕は早速掲示板に向かう。
掲示板は2つありその内のDからFランクまでの冒険者が受けることができる方を見る。
Fランクは街の掃除や外に出ても薬草の採集くらいしかない。
その代わりランクは直ぐに上がる様になっている。とりあえず僕は薬草採集の依頼を受ける事にした。
大聖堂に武器を持ち込むことは禁止されている。
まあ僕はそもそも武器を持っていないんだけどね。
職業が決まってから武器は買おうと考えていたわけなんだけど……、
肝心の職業がこれだからなぁ……。
とりあえず僕は武器屋で護身用の短剣と小型の木の丸い盾、所謂バックラーというのを買って、出発する事にした。
どの職業でも扱えるので問題はないだろう。
王都から外に出る門は儀式の為夜以外はほとんど自由に出入りしても良いことになっている。
僕もその例外になかったので普通に外に出れた。
外の道を少し離れれば森に繋がる。
森では冒険者になったばかりの者達がパーティーを組んでモンスターを乱獲していた。
森の入り口にいるモンスターは弱いので与えられた職業の力を試しているのだろう。
それに魔物の素材を協会に渡すことで実力を認められる為魔物を倒した方が早いと考える人も多い。
そういえば僕は協会じゃ特に声を掛けられなかったが、多分そんな強いやつだと見られなかったんだろう。
大体ひとりの方が楽ではあるのだが、ちょっと悲しい気持ちになる。
だけど職業の話をされると面倒だからやはりひとりで冒険者活動をしていくことになるんだろう。
僕も入り口付近で戦っているパーティーの様に【死霊使い】の力を試してみたくもあったがそもそもどんな力が使えるか分かったもんじゃないので薬草採集を優先する。
薬草は大体木の余ったエネルギーを栄養にしている為、根の辺りに生えているそうだが入り口付近の木の根をみても全然見つからな。
当然と言えば当然だが既に初心者達によって刈り尽くされたようだ。
(あんまり森の奥には行きたくないけど仕方ないか……)
ルソー王国の近くに広がるトミシ樹海、その中心にはこの国でも最も高いトミシ山がある。
トミシ山は魔の山とも呼ばれその山から噴き出す障気に当てられた魔物が凶暴化して山を徘徊する。
時には森に侵出するためトミシ山に近づくのは危険なのだ。
とは言えまだ森の端も端なので森の中を進んで行く。
辺りからは勇ましく魔物と戦っている声が響き、魔物に会うこともない。
「あ、これか……」
ようやく足下に生えている薬草を見つける。
協会の人から聞いた薬草の特徴である葉の形を確認して摘み取る。
辺りに木が無いことからあまり質は良くないようだが仕方ない。
一歩前進したことには間違いないので薬草をポーチに入れて歩き出そうとしたら突然、
『ギヤァァァァァァァ!!!!』
と脳を震わせる程の高音の叫び声が響き渡った。突然の事だったので耳を塞ごうとしても間に合わなかったのかその場にうずくまる。
「うう……」
全身に力が入らず全く動けない、視界は歪み吐き気もする。こんな状態で魔物に見つかればデンジャラスどころか死ぬだろう。
「おい、シュバルツ!ここだ!リリア連れてこっちに来てくれ!」
「私は今向かってるわ!」
「俺も行ってる!」
少し離れた所から声が聞こえる。すると茂みから黒服に身を包んだ銀髪の男の人が飛び出す。男の人は僕に気づいたのか少しスピードを緩めて僕を抱えあげる。
「少し揺れるぞ」
それだけ言って男の人は再び走り出した。男の人の言った通り少しどころかかなり揺れて気持ち悪かったが助けてくれてるのだろうから文句は言えない。
そうして揺られながら男の人が立ち止まったのは開けた場所だ。
「遅れてすまない」
「いや大丈夫だ、来てほしいのはリリアの方だったしな。それでシュバルツ、そいつは誰だ?」
「あっちの方で倒れていた」
「ああ、悲鳴を聞いたんだな。ちょっとリリア治療頼めるか?」
「ええ、ちょっと待ってね……。うん、大体終わったけどまだ触らないでね」
仰向けに降ろされる、僕の顔を金髪の女の人が覗きこむ。
「シュバルツ、この子のいた場所遠かったの?」
「いやそこまで」
「それは意外だわ、症状がいずれも軽い……運が良かったのね」
女の人は手をかざす、手から光が僕に降り注ぐ。
少しすると吐き気が収まり意識もはっきりしたものになる。
体もまだ完全ではないが少し動けるようになった。
起き上がるとさっき僕をここまで運んできた男の人と緑色の鎧を着た男の人が何かを見ていた。
「あ、ありがとうございます」
礼を言うと二人は少しの間こちらを見たが再び足下に視線を戻す。
「さ、ちょっと離れていてね」
そこに僕を治療した女の人が入ってしゃがむ、二人が退くときちらりと何か植物のようなものが見えた。
「あの……」
「ああ、すまない。色々聴きたいことがあるだろうな。まず俺達は見たら分かると思うがこの森で魔物狩っているパーティーでな、さっき君がやられたのはマンドラゴラの悲鳴だ」
「マンドラゴラ?」
「奥はどうか知らないが少なくともこの辺りでは滅多に現れない植物型の魔物だ」
「知らなかったのかこれを抜こうとしたんだな、俺が駆けつけた時には既にパーティーが死んでいたんだ」
緑色の鎧を着た男の人が指差した方を見るとそこには3人の死体が並んでいた。
「マンドラゴラの悲鳴を聞けば近くにいた人間は即死、運良く生きれても後遺症が酷く冒険者どころか人として生き続けるのも無理だろうな」
「ふう、終わったわ」
女の人が植物の茎の部分を片手に持ちながら歩いてきた。根の部分を見れば白く赤子程の大きさだ、四肢があるようにも見える。
「抜いた後、マンドラゴラは地面に戻ってしまう。ここに埋まらせるには危険すぎるからな、処理をしておいた方がいい」
「根の部分は触っちゃいけないんだったな?それじゃあ悪いがあそこの3人に浄化を」
冒険者は冒険中に死に誰かがその死体を見つければ基本的にその場所で埋葬される。
恐らく今回の場合冒険者としての証であるバッチを回収して協会に渡すまでがこのパーティーの役目だろう。
女の人が3人の死体に光をあて浄化した後は二人が穴を掘り3人の死体を埋葬した。
「さて君はまだ動けないだろう?」
「はい……」
「それなら王都まで送ろう。ここで魔物に襲われて死ぬのはこちらとしても嫌だからな」
さすがにこの状態から薬草採集を再開するのは厳しいだろう。幸いなことに採集の依頼には期限が定められていない。明日に持ち越すしかない。
帰る途中まだ自己紹介していないことに気づいて3人は名乗った。緑色の鎧の男の人はウドラさん、銀髪の人はシュバルツさん、そして僕を治療したのリリアさんという。
王都に到着して協会の建物内でウドラさんがマンドラゴラ討伐の報告をしていた。
「マンドラゴラがセカンド区域に!?」
受付の人はかなり驚いている。トミシ樹海は山を目印に森の入り口をファスト、少し奥の地域をセカンド、樹海の真ん中をミドル、山に近い地域をラストと区域を分けている。
今回マンドラゴラが現れたのは森を少し進んだファスト区域にも近い場所だったので受付のこの反応も頷ける。
「珍しい植物と思ったのか引き抜こうとしたパーティーがいてな……」
そしてウドラさんはそのままカウンターにバッチを3つ置いて死者の報告を行う。どうやらマンドラゴラは協会が引き取り換金されたようだ。
報告を終えたウドラさんが僕たちが座っていたテーブルに戻って来る。
「売ったのか?」
「半分をな、残りを素材として後日回収する。さて俺達はここら辺で帰るとするよクロム君」
ウドラさんの言葉に頷く。
「まだ動けないようなら宿屋まで送るが?」
「あのなぁシュバルツ、迷子の子どもじゃないんだからさ。なぁクロム君?」
「ええ、本当に大丈夫ですから。ありがとうございました」
「君もあんまり無茶はせずに頑張れよー」
そして冒険者としてデビューした初日は終わった。