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汚令息様の家事使用人

作者: めもぐあい

 一昨年、事故で両親を亡くした。2人が貯めてくれていたお金で、普通教育学校までは卒業出来たけれど、これからは自分でお金を稼いでいかないとならない。

 奨学金を借りて高等教育学園に通ったって、所詮借金。いつか返さなくてはいけないもの。


 私、エミリ・プランタは普通教育学校の卒業から1ヶ月後、18年間住んだ家を片付け、仕事を求めて王都に出た。




 公的に仕事を斡旋してくれる公共職業斡旋所、愛称「やあお仕事」、通称「やあおし」に行き、カウンターのお姉さんに希望する仕事を伝える。


「とにかく、どんなお仕事でも、住み込みで働けるなら良いんです」

「この時期は、学校を卒業したばかりの人が働き始めていて、ほとんどのお仕事を紹介し終えちゃっているのよね。半年位すると、また求人が増え始めるんだけど……」


 無理だわ。一刻も早くお金を稼ぎたいのに、半年も待ってはいられない。

 私はお姉さんにしがみついてお願いをする。


「本当にどんなお仕事でも良いんです! 何でも大丈夫ですから紹介してください!」


 私が必死に頼み込んでいると、お姉さんは「あっ!」と何か思い出したみたいで、机の引き出しにしまわれていた書類を取り出した。


「これはどうかしら? 何回か紹介したけれど、長続きする人がいなくて……。ここ2ヶ月くらい、『やあおし』にずっと残っていたお仕事なのよ」


 どんな悪い条件の仕事なんだろうと興味が湧き、内容を教えてもらうと、特に変わったところもない、普通に家事全般のお仕事ではないか。

 これなら住み込み可だし、2年間の1人暮らしで、家事の腕は磨いてきたから大丈夫なはず。

 早速、斡旋状を書いてもらい、私は住所の家に向かった。




 街の中心から少しはなれた閑静な場所に、裕福な平民が住むタイプの煉瓦造りの民家があった。


「この家だわ。よし!」


 深呼吸をしてから呼び鈴を鳴らし、「コンコンコン」と扉を叩いて来訪を告げる。

 しばらくして「ギギイ」と音をたて扉が開くと、ものすごい異臭が家の中からしてきた……。

 鼻が曲がりそう……。


 それでも怯まずに第一印象を良く見せようと、必死に笑顔を張り付けて挨拶をする。


「はじめまして。『やあおし』で紹介されて伺いました、エミリ・プランタと申します」


 ペコリと頭を下げてから、家から出てきた人物を見て固まる。

 長いボサボサの黒い髪が目鼻立ちを隠し、口もとは髭に隠れている。


 くるぶしまである黒いローブには、青や緑や赤のドロドロした謎の液体がついている。

 不気味で汚ならしい恰好の、異臭を放つ長身の男が立っていた……。


「そう……。入って。荷物を置いたら、これを洗ってくれ。俺が着替え終えたら、仕事内容を説明する」


 ドロドロした謎の液体まみれのローブを脱ぎ、いきなり私の顔にバサリと投げつけてきた。

 悲鳴をあげそうになったが、かろうじてこらえる。

 適当な場所に荷物を置き、男が指差す方を眺めると、洗い場があった。


 スタスタと2階にあがる男の後ろ姿を眺め、やばすぎるところに来てしまったのかと不安になる……。

 まだ5分と経っていなんだからと、己に気合いを入れ直し、私はローブについた謎の汚れと格闘しはじめた。



 やっと、ローブと洗い場に散らかっていた洗濯物を洗い終え、額の汗を腕でぬぐいながら振りかえると、洗った物とまったく同じ黒いローブに着替えた男が立っていた。


「ふぅん。ちゃんと洗ったんだな……。あそこに干したら俺について来てくれ」


 言われたとおり、せっせせっせと干場に干した後、台所に連れていかれた。2脚ある椅子にそれぞれ座る。

 ゴチャゴチャと洗い物が無造作に積まれ、汚れがいたるところにこびりついているので、ここの掃除もやりがいがあるだろうな、と思いながら眺めていると、男が話しはじめた。


「斡旋所で聞いた通り、この家の炊事・洗濯・掃除をしてくれれば、それだけで良い。食事も2日分まとめて作ってくれれば、次の日は丸1日休んで、自由に外出しても良い。部屋はそこに見える奥の扉のところを使ってくれ。部屋の中も好きに飾ったり、荷物を持ち込んでくれてかまわない」


「ありがとうございます。とても良いお話しで、正直驚いています」

「ただし、1つだけ……。2階には絶対に上がらないこと。これだけは守ってくれ。掃除が必要な時は、俺の方からお願いする」

「かしこまりました」


 異臭もするし、汚れだらけだし、ご主人はとっても怪しいが、了解しましたよ!

 一通り片付ければ自由な時間も出来そうだし、俄然やる気が出てきた!




 それから1週間は、ひたすら磨き、洗い、片付け、調理し、とても忙しかったが、汚れ放題だった家が見違えるほど、スッキリ爽やかな空間になった。

 やってやったわ!

 2階だけは声が掛からず、見ることはなかったけれど……。



 1ヶ月が過ぎた頃には仕事にも慣れ、お給料をもらうと余暇も楽しめるようになった。

 王都の街にくり出し、好きな小物を買って来ては部屋を飾り付ける。

 自分好みの生活環境を整えることが出来て、この家の居心地もぐんと良くなった。


 しかし、今だ2階にだけはあがっていない。この家のご主人が、いつ寝起きしているのかもまったく分からなかった。


 朝と昼に作った朝食と昼食が、夜になってから夕食と一緒に食べられていたり、朝食を作り終えたと同時に起きてきては、モソモソと食べ始めたり……。

 ご主人の生態系が謎だわ。


 週に1度か2度、外出もしているみたいだけれど、何の仕事をしているのか、いくつになる人なのかも、まったく分からない。

 声からは、それほど歳を感じないけれど……。




 ご主人が外出したある日、「ガタンガタゴトガタ」と、突然大きな物音が2階からしだした。

 しばらく様子をうかがっていたが、一向におさまる気配がない。


 勝手に立ち入る事は許されてはいないけど、流石に聞き流してはいけないような気もする。

 声を掛けられれば、掃除に行く予定なのだ。きっと大丈夫なはず。


 箒を剣のように握りしめながら、勇気を出して階段を上った。

 口から飛び出しそうな心臓を深い呼吸で抑えつつ、音の出所の扉に近づき、一気に「バアーン」と開く!



「あれ??」


 部屋の中には、「キュウンキュウ」「ワウワウン」と鳴き声をあげなら、2匹の白い毛玉が追いかけっこをしていた。

 2匹は私の姿を見るや否や、猛ダッシュで飛びかかってきた!


「きゃあっ!!」


 尻餅をついて倒れた私の顔を、2匹がかりで舐め回してくる。


「ひゃあぁぁ! やめて、やめて! くすぐったいってば!!」


 毛の隙間から、つぶらな瞳が私を不思議そうに覗きこんでくる。

 か、かわいい……。撫でてもいいのかな?


 おずおずと手を伸ばし、フワフワな毛並みを撫でると、「「キュウウン」」と鳴きながら、手をペロッとされた。


「ああ! 本当にかわいい子たちねぇー」


 悶絶死しそうになりながら「よーしよしよし」とグリグリして、キャッキャウフフと戯れていると、低い声がかけられた。


「何をしている!」


 恐る恐る背後を見ると、ご主人が仁王立ちしていた……。

 ボサボサの髪で表情はうかがえないが、怒っているに違いない……。


 私は瞬時に立ち上がり、深々と頭を下げ謝罪した。

 毛玉たちが、ご主人を「「グルルルル」」と威嚇している。


「こいつら、とうとう逃げ出したな……」


 2匹が入れられていたらしい、大きなケージが噛み千切られている。


「早く戻るんだ。ルル、ロロ」


 しかし、2匹はご主人の言うことを聞く気配がまったくない。

 片方の毛玉がご主人に「タタタ」と近づいたかと思ったら、ピタリと止まって――

 あ、おしっこされてるよ……。ご主人が拳を握りしめ、小刻みに震えていた。


「何でいつも俺を馬鹿にするんだ! 早く家に戻れ!」


 しかし、2匹は私の所に集まり、「「キュウキュウ」」と言って一向に離れない。


「ねえ? お家に入ったら?」


 私がそう言うと、2匹は尻尾をピコピコ振りながら、噛み千切って壊したケージに入って行った。

 「お利口さんだね」と、頭を優しく撫でると、遊び疲れたのかそのまま目を閉じ眠ってしまった。




 汚されたローブを着替えたご主人と1階に降り、大分前から綺麗に片付いたリビングで、ご主人の話を聞いた。


「あいつら俺の言う事なんて何1つ聞かないくせに、なんであんたの言うことは聞くんだよ……」

「ご主人が優しいから、きっと甘えているだけですよ」


「人が眠い時に遊びだして暴れ始めるわ、餌のスライムをわざとビチャビチャ食って俺までスライムまみれにするわ、さっきみたいにマーキングしてくるわ……。本当に頭がおかしくなりそうだ……」

「……」


 ……それは大変だったわね。不規則生活の秘密や、臭くて汚かった秘密が明かされたわね……。

 どうやら、今までご主人の家が異臭や汚れで大変だったのは、あの毛玉たちのせいらしい。


 あまりの汚さに、家の扉を開けてすぐ、斡旋所から来た人たちは逃げ出したんだって。

 可愛そうにご主人は、毛玉たちの面倒を見ることで精一杯。

 家のことまで手が回らず、ここまで酷い状況になったそうだ。


「なあ。給料を上げるから、あいつらの面倒を見てくれないか? あれでもあいつら結構貴重な種で、本来俺しか面倒を見れない決まりなんだが、流石に俺も我慢の限界だ……。あんたに任せる許可を取ってくるから、頼む!」


 あんなかわいい子たちと触れ合えて、給料アップですってよ! やりますとも!!


「ええ。私はかまいません。どうぞ何なりとお命じください」



 翌日。早速、ご主人は私が毛玉たちの面倒を見る許可を取ったらしく、私の仕事内容に毛玉のお世話が加わった。


「すまない。どうせすぐに辞めてしまうと思っていたから、名乗りもしないで申し訳なかった。改めてお互い自己紹介をしないか?」

「はい。『やあおし』で紹介され、こちらでお世話になってから間もなく2ヶ月、エミリ・プランタと申します」


「……あまり皮肉を言って責めないでくれ。俺はクライヴ・エクラン。改めて、これからもよろくな、エミリ」




 お利口な毛玉たちは、必要がなければケージに入れていなくても大丈夫。

 まだ幼いから、好奇心旺盛でいたずらもするが、全然、許容範囲内。


 ひとしきり遊んで、餌のスライムを口回りをビチャビチャに汚しながら食べると、自分でケージに戻って昼寝を始める。


 ただ、クライヴ様にだけは相変わらずで、威嚇したりおしっこをかけたり、スライムを食べた口をわざと服に擦り付けたりしている……。


「俺は何か、嫌われるような事をしたのだろうか……」


 そんなこんなで、私は高いお給料と自由に采配出来る仕事に満足していた。

 クライヴ様とも、お互いをちゃんと認識しあってからは、よく2人で話をする。


 実はクライヴ様、侯爵家の長男で、代々この毛玉たちのお世話をする家の跡取りらしい。

 本邸は別にあり、ここは幼い毛玉たちを秘密裏に育てるためにある家だった。


 侯爵家のご令息なら、もう少しこざっぱりしたほうが良いと思い、「私が髪を切りましょうか」と提案した。


「確かにそうだな。今までは噛みつかれたり、汚されたりするから見栄えなどは気にせずローブを着ていた。身だしなみを整える余裕もないほど、あいつらに振り回されていたんだな。まともな精神状態になると、流石にこれは俺だってまずいと思う……」


 提案に納得したクライヴ様がお風呂に入り、髭を剃ってさっぱりした後、クローゼットの奥から久しぶりに黒いローブ以外の服を出してきた。

 シンプルな型の白いシャツに黒い細身のトラウザーズだった。


 クライヴ様が着替えている間に、カットの準備を整える。着替え終え私の前に座ったクライヴ様の姿に、心臓が早鐘を打ち出した。


 だって、以外と鍛えられていて筋肉質なんだもん。

 トラウザーズで輪郭が出た足もスラリと長く、とってもスタイルが良いんじゃないですか?


 少しはだけたシャツから覗く胸元に、意識を奪われないようにして、カット用のハサミを取り出し、肩につきそうなくらい伸びていた髪を「チョキン」と切っていく。

 最後に前髪を希望通り眉下まで切ると、宝石の様な碧眼に通った鼻筋があらわれ、思わず息をのんだ。


 よく話すようになってからは、意外と若くて優しい人だと分かっていたし、さっき髭を剃ってから見えた口もとは厚すぎず、薄すぎず、綺麗な形をしていると思っていたけれど……。

 端正な顔立ちが至近距離にあって、心臓がもちそうにない。

 震える手でなんとか最後まで髪を切り、カットを終えたことを告げた。


 バチリとクライヴ様と視線が合う。クライヴ様も、久しぶりに開けた視界に、突然私が入って来て気まずくなったのか、お互いにそれ以上会話が出来なくなってしまった。




 それからは、お互いに異性として意識してしまったような気がする。


 クライヴ様は外出の際、王都で流行りのお菓子を買って帰るようになった。

 私が食べるまでずっと観察されるので、渋々その場で食べ始めると、なんとも幸せそうな顔で微笑み、じっと私を見つめてくる。


 恥ずかしくなった私が「恥ずかしいので見ないでください」と言えば、クライヴ様がもじもじとし顔を赤らめて「あーん」と口を開けてくる。


 抱えるほど大きい花束をもらった時には、流石にご主人であることを忘れかけ、ぽうっとなってしまった。

 あれは卑怯だと思う。こんなに整った容姿の男性に、両腕一杯の花束なんて送られたら、好きにならない女性なんていないのでは?

 けして私がちょろいのではない。


 勘違いしないように、クライヴ様は侯爵家ご令息様。クライヴ様はご主人様。と、心の中で変な呪文を唱える毎日だ。



 だけど、人の気も知らないで、クライヴ様の攻撃は激しくなる一方だ。

 毛玉たちと戯れていると、なぜかクライヴ様が混ざってくる。


 2匹からは嫌われて、威嚇されているのにも関わらず、「俺も撫でてくれ」やら、「エミリがルルとロロを抱っこするなら、俺がエミリを抱っこする」と騒ぎ、やたらとスキンシップが激しい。


 毛玉とするのと、男性とするのでは意味合いが変わってくる。

 これ以上の触れ合いはまずいのではないでしょうか?




 そんな騒がしい日々が続き、クライヴ様に雇われてから半年になる頃、クライヴ様と一緒に外出することになった。

 どこへ行くのかと疑問に思いながらも、ついて行った先は、なんと王城だった。


 私の人生で、縁がないはずの場所に来てしまった。

 緊張しながらおずおずとクライヴ様について行くと、沢山の成長した毛玉たちがいた。


「ルルとロロも、もうすぐこんなに大きくなるのね」と、感動していたら、1人のおじいさんがやって来た。


「どうじゃ? みんな立派じゃろう?」

「はい。毛艶も良く、歯も綺麗。みんな健康的で立派です」


「そうじゃろ、そうじゃろ。この子達はウイングウルフというてな、この国の守護獣なんじゃ。国の危機には翼を開き、何処へでも駆けつける」

「翼が生えているんですか?」


「成獣になると生えて来るのじゃ。ここにいる子たちは、あと数ヶ月で生えてくるよ。そうしたら森に帰り、各地から国を守るのじゃ」

「国にとって掛け替えのない存在なんですね」


「そうじゃな。森に帰り番と出会い、子が生まれる時には、またここに戻って産むのじゃよ。幼獣は翼が生えるまで弱い存在だから人が保護をする。乳離れが早くてスライムが大好きな性質は、人と共存するのに向いていたんじゃな」


 ルルとロロのお母さんも、ここで2匹を産んで森に帰ったのね。そしてあの子たちももう少しで……。

 感慨に浸りそうになったが、離れた所からおじいさんと私の話が終わるのを待っていてくれたクライヴ様に気づき、おじいさんにお別れのご挨拶をしてクライヴ様の所に向かった。


「待たせてしまい、申し訳ございませんでした」

「気にしなくていい。これを見せたかったんだから」

「ありがとうございました。早くルルとロロに会いたくなりました」



 王城の次は、門構えが立派なお屋敷に連れてこられた。門兵さんの様子から、クライヴ様の本邸、エクラン侯爵家に来たことを悟る。


 クライヴ様と一緒に侯爵邸のサロンに入ると、クライヴ様のご両親である、侯爵様と侯爵夫人に紹介され、緊張しながらもルルとロロの話しや、クライヴ様の普段の生活について、尋ねられるまま答えた。


 なかなかクライヴ様と一緒に過ごす時間がないためか、侯爵様も侯爵夫人も、私の拙い話を顔をほころばせながら聞いてくれる。


 大事な守護獣の秘密を知った私の事も気になるのか、今までの暮らしの事やら好きな色など、細かい事まで色々と根掘り葉掘り聞かれた。


 お2人には余ほど気に入ってもらえたのか、最後には侯爵夫人に抱き締められながら、「近いうちにまた来てね」と言われた。




 高貴な場所に行って疲れて帰って来たが、私は今、クライヴ様に新たな雇用契約書? にサインをさせられようとしている。


「半年間の試用期間が終わるから、契約を更新するのに合わせて、正式に書面で手続きをする。内容に問題はないな?」

「いやいや、大ありですよ! なんですか婚約届って! なぜ王様とクライヴ様のお父様の署名まで済んでいるんですか!」


「だって、今日会っただろう? 顔合わせをして、2人とも良いって言ってくれたが? あぁ、絶対に逃がすなとも言われたな」


 嘘……。今日、王城であったあのお方は……王様? 侯爵邸に行ったのも……顔合わせみたいなもの?


「エミリほど、俺の婚約者に相応しい相手はいない。俺だって逃がす気はないから。……覚悟しろよ――」

「!!」


 机を挟んで向かいに座っていたクライヴ様に、腕を掴まえられて逃げられない。

 そのまま片膝を机に乗せて身を乗り出したクライヴ様の顔が近づいてくる。

 あっと思った瞬間、クライヴ様の唇と私の唇が重なっていた……。


 横や後ろに身を反らそうとしても、完全に机を乗り越えて来たクライヴ様に、より強く唇を塞がれてしまう。息が出来ない。


 視界が涙でぼやけてくる。肩を押して逃げようとしてもクライヴ様は微動だにしない。

 顎を掴まれ角度を変えられ、より深く深く犯される。


 全身が震え、腰に力が入らなくなって、私がソファから落ちかけるが、背中をそっと支えられ、そのままソファに倒された。


「……悪い。……我慢できそうにない……」


 このままじゃ……。




「「ガウガウグワウ」」


 けたたましい鳴き声とともに、階段を駆け下りリビングにやって来たルルとロロが、クライヴ様に一斉に飛びかかった。


「いってーー!!」


 2匹が思い切り、クライヴ様に噛みついた……。


 幸い、クライヴ様は軽傷で済んだ。夜だから閉めていたはずのケージを、ルルとロロはまた噛み千切って脱走して来た。

 私の身の危険を察して駆けつけてくれたみたい。

 なんて忠義に篤い子たちなの!


 2匹がたくましく成長した事に感動するけど、ずっと嫌われているクライヴ様が気の毒で可哀想にもなる。

 私がいなかったら、侯爵家は守護獣のお世話をやっていけるのだろうか?


 うん。それなら仕方がないなぁ――



「ねぇ、クライヴ様? 私は一番肝心な事を聞いておりませんけど? 順番はきちんと守って欲しいですしね」

「すまない!! 気持ちが押さえきれずに申し訳なかった!! エミリ……。私にはエミリしかいない。特殊な任務を負ったエクラン侯爵家だが、わが家に嫁いでくれないか?」


 はじめから、そうしてくれてたら良かったのに……。


「ルル、ロロ。もう大丈夫だから、お家に戻って寝てて良いよ」

「「クーンクーン」」


 本当に大丈夫? って、言ってる感じもしたけど、2匹は大人しく2階に戻って行った。



「それでクライヴ様? 私の事をどう思っているんですか?」

「エミリの事が好きだ……。だから王と父に会ってもらって、俺の婚約者にしたんだ。……俺の言う事は信じられないか?」

「いいえ。信じていますよ。とっくに私もクライヴ様が好きでしたから。これからもよろしくお願いしますね」



 私は新しい雇用契約書(婚約届)にサインをし、今度は私からクライヴ様にキスをした……。

お読みくださり、ありがとうございました。

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