森の迷い家(もりのまよいが)
「すいません! 誰か!」
男の声に老婆が家の奥から出て来た。
「どうなさった?」
「道に迷ってしまったようで」
「それは大変でしたな。どうぞ。お疲れのようだ。お茶を出そう」
「ありがとう」
男は老婆に続き家へ入る。
「自宅へ向かっていた筈なのに、いつの間にか森を歩いていて。ここの藁ぶき屋根を見た時はホッとしました」
「ああ」
囲炉裏が切られた部屋へ入ると、老婆は男の座る前にお茶を出した。
男はごくりと飲む。
刹那ぐにゃりと視界が歪んだ。
咄嗟に閉じた目を開けた時、老婆はいなかった。
代わりにいたのは。
「頼子」
元婚約者。
「なぜここにいるのか? ふふ。貴方が聞きたいのは違うでしょ? 殺した筈の私がなぜいるのか? でしょ?」
「うわああ!」
ニタリと笑った女に恐怖し、男は逃げた。
何枚、何十枚の襖を開け、奥へ奥へ。部屋を駆け抜ける。
息が上がった所でくずおれた。
なぜいる?
「山へ捨てた筈なのに?」
「!」
顔を上げた先。女が見下ろしていた。
「貴方言ってたわよね。痩せろって。山に捨てられたお陰で私、肉がとれたのよ」
女の目、鼻、口から蛆が湧き出、女の体の肉が爛れ落ちる。
「うわああああ!」
「見て。ダイエット成功」
骨の手が男の足首を掴む。
「理想の女になったでしょ? もうずっと貴方から離れない。社長の娘になんて渡さないわ」
「放せ!」
「は~な~さ~な~い~!!」
「悪かった! 放してくれ! 何でもする!」
「本当か?」
突如、老婆が姿を現す。
「お主には二つの道がある。一つは社長の娘と結婚する。ただしずっと頼子は憑いたままじゃ。今一つは自首して罪を償う。どうする?」
「自首すれば、頼子は離れるのか!」
「ああ」
「自首する! ずっと骸骨といるなんて真っ平だ!」
「ならば、そこの襖を開けろ。警察へと出る」
老婆は一つの襖を指し示す。
「いいか? ずっと見ているぞ。もし約束を違えたなら、頼子は再びお前に憑く」
「ああ!」
男は一目散に出ていった。
残されたのは、老婆と泣き濡れた女。
「さあ。お前ももうお行き。あんなつまらない男のせいで迷ってはだめだ」
女は頷くと、スッと消えた。
出世の為に女を殺したが、僅かな罪悪感からこの森に迷い来た男。
最後は償う道を選んだ。
間違えば死後地獄のような罰が待っていた。
罪は必ず報いを受ける。
それが現か死後かの違いだけ。
ここは迷い家。迷いがある者が訪れる家。
正しき道を選べ。さもなくば、家の最奥が口を開く。
開いて汝を飲み込むだろう。