白い吐息の幽霊
家の近くに、幽霊が住んでいると噂の屋敷がある。
日が沈むのが早くなり、夏の終わりも近いのだなあと感じるようになった頃、その幽霊屋敷へと忍び込むことになった。
誰も住んでないって聞いたけど、勝手に入っていいのかな。そんな風に考える僕の手を引き、姉さんは屋敷の扉を開ける。
「如何にもって感じね」
姉さんは屋敷の中を覗きながら言う。
「良い? 臆病なアンタの為に、仕方なく連れて来てあげたの。感謝しなさい」
「……うん」
気が弱い僕に度胸をつけるため、幽霊に会いに来たというのが姉さんの主張だ。けど、本当は自分が幽霊を見てみたかっただけだと思う。
正直、すぐにでも家に引き返したい。
だけど、そんなことを言っても聞いてはくれないと思う。
姉さんの言う事には逆らってはいけない、というのが僕ら姉弟の決まり事だから。
今も、姉さんは僕が逃げ出さないようにガッチリと腕を掴んでいる。
勝手に入って怒られないか。
本当に幽霊が出るのか。
色々と気になってしまう僕とは反対に、姉さんは何も気にしていないみたいに屋敷の奥へと進んでいく。
「誰かいる」
一番奥の部屋を覗いた姉さんが言う。
「もしかして、幽霊かも……」
部屋の中にはポツンと影が。僕には女の人に見えた。
この屋敷に住んでいる人かなと考えたけど、すぐに思い出した。ここには誰も住んでいないはず、と。
帰った方が良いと姉さんの手を引っ張るが、逆に引っ張り返される。
「本当に幽霊か確かめなくちゃ」
「危ないよ。もう帰ろう?」
「そんなんだから臆病者だって言われるの」
姉さんは扉を大きく開けた。
女の人は、僕たちに気が付いたみたいで、こちらをジッと見つめている。
もし、幽霊じゃなくて普通の人だったら、とても驚かせてしまったと思う。けど、そんな心配は必要なかった。
その女の人には影が無かったから。
それに、息が真っ白だった。
夏ももう終わる。けれど、まだ寒くはない。
なのに、真冬の寒空の下で凍えているみたいに、女の人の吐く息は白かった。
幽霊だ。
この屋敷には本当に幽霊がいたんだ。
そう思った直後、気が遠くなる。
「きゃああああああ!」という姉さんの悲鳴が聞こえた気がした。
「宿題見てあげようか」
「ううん、大丈夫。一人でできるから」
「そう? 分らないとこがあったらいつでも聞いてね」
あの日から姉さんが優しい。
幽霊屋敷で気を失った僕が目を覚ますと、自分の家だった。
姉さんが僕をおぶって家まで帰ったらしいが、本当なのかな?
いつもの姉さんだったら、僕を叩き起こして、自分の足で帰らせたはずだ。
それなのに、僕の体調を気遣うだなんて……。
今もそうだ。
僕の宿題を手伝ってくれたことは一度もないのに、手伝おうとしてくれる。
理由は……聞けないでいる。
だって、僕に優しく微笑む姉さんの口から洩れる吐息は真っ白だから。
あの日、幽霊屋敷へ行った日から。
ずっと……。