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雪片と追憶の扉  作者: K
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第1話

第1話です。できれば最終回まで更新できたらなと思っています。

もう夜が更けているだけあって閑静な住宅街。風間正記(かざままさき)は参考書で重くなったカバンを肩から下げ、とぼとぼと帰路を歩いていた。

帰ったら課題と受験勉強、いやその前に夕飯の準備か。朝から学校、それが終われば塾通いを続けているここ最近だが、志望校のボーダーラインに到達するにはまだ足りないらしい。1ヶ月後に迫っている模試のことを思い出し、正記は小さく溜め息をついた。

早く帰ろう。過去問に手をつけ始めればこの名状し難い不安感もなくなるだろうと思い、ふと目をやった空に、

亀裂が、入っていた。

曇りがかった夜空に、シャーペンで引っ掻いたような無数の線。その中でも最も長い線は太さを増し、もはや『穴』と呼ぶべきものになろうとしていた。

「へ……?」

余りに現実離れした光景に理解が追いつかず、歩みが止まる。しかし、それは異常の始まりに過ぎなかったということを数秒後に知ることになる。

メシメシ、と軋むような音を立ててその『穴』から現れたのは、羽虫だった。いや、羽虫などという言葉でその怪物を言い表すのは正しくないだろう。『それ』の複眼はまるで警告をするかのように赤く輝き、羽ばたきで正記の体くらいは吹き飛ぶのではないかというほどの突風を巻き起こした。なにより『それ』の体躯は、羽虫だというのに馬よりも大きいのだ。

羽虫の姿をした怪物は、辺りを見回したのち、腰を抜かして座り込んだ正記の方を見た。

「ひっ……!」

目が、合ってしまった。

途端に怪物は羽ばたきを速め、鉤爪の生えた前脚を振り上げた。正記は余りの強風に耐え切れず後方へ転がった。

何が何だかわからないが、多分死ぬ。この怪物の殺意はそれほどまでに強烈だった。

その時だった。強風に転がるままだった正記の足を何かが掴んだ。生命の危機を感じていた正記は、それを振りほどこうと暴れるが、その『何か』はまるで岩かなにかのようにびくともしない。正記は自分の足を捕らえて離さない『何か』を見て、更なる衝撃を受けることになる。

舗装された道路から、腕が生えていた。

もはや声も出なくなっている正記を尻目に、その腕は道路を割ってさらに姿を現そうとしていた。まずは肘まで、それから肩が出てくると同時に、頭がアスファルトから突き出た。

「うわあ、すごいなあ。大変なことになってるね」

怪物を視認したと思われる頭が、おもむろに言葉を口にした。

「あ、ごめんね勝手に掴んじゃって。何だったのかわからなくてさ」

「いえっ大丈夫ですそのままで!むしろそのまま捕まえといてください!」

離されたら確実に吹き飛ぶ。そう察知した正記はかろうじて叫んだ。

「そう?ならいいけど」

正記の足を掴んでいる人間……と思しきものは、やっと全身が穴から出てきたところだった。その風貌だけを見ると、スーツ姿のただの男に見える。髪はさっぱりとした印象の短髪で、足を掴んでいない方の手には、トランクを携えている。男(だと思われるもの)は、おもむろにトランクを開き、中から何かを取り出した。

「銃……?」

「だと思うんだけどね。さあて、どう使うのやら」

男は銃口を怪物に向けると、引き金を引いた。乾いた発砲音が鳴り響く。正記は強風に煽られながらも目を開き、銃弾を食らったはずの怪物を見た。が。

「待ってください、効いてなくないですか!?」

「効いてないね。なんでだろうなあ」

「なんでだろうなあって……」

正記の言う通り、怪物は銃によって傷を負うどころか、刺激されたことで興奮したらしくこちらへ向かってきた。確実に逃げたほうがいい状況だ。しかし、男は正記を掴んだまま片手で

「おっと」

と、突撃してくる羽虫の怪物を受け止めた。

「ひえ……」

怪物が見た目よりも軽いのか、それとも男が規格外の怪力なのか。怪物の羽ばたきの力を考えるに、恐らく後者だろう。正記は突風に弄ばれるまま、羽音だけが響く攻防を眺めていたが、ふと男が落とした銃を見て、何かを感じた。

(んん……?)

それが何かはわからない。ただ、頭の奥で何かが伝えている。自分は多分、この銃の使い方を知っている。

「すみません、その銃……」

「銃?さっき効かなかったけど、欲しいの?」

「いや、ちょっとだけ貸してもらえないですかね、って……」

「うーん、別にいいけど、今ちょっと手が離せないから自分で取ってくれる?」

正記は男に支えられたまま、道路を掴むようにして這いずり、銃を手に取った。

(……やっぱり)

装填されているのが普通の弾丸だ。人間になら効くだろうが、悪魔相手には傷1つつけられない。悪魔は『敵意』を受けつけない存在だ。使うなら『祈り』を込めた特別な――

(……あれ?)

なんで僕はそんなこと知ってる?悪魔って何だ?そもそも銃なんて初めて触ったのに、どうして中身の確認なんか――

「ちょ、っと、おーい、そろそろまずいかも」

声に顔を上げると、男は以前として怪物の突撃を防いでいるままだったが、心なしかじりじりと押されているように見える。

「どうしたもんかねー。まあ、あと少しは保つだろうし、君はどっか逃げて――」

「ちょっ……待ってください!今なんとかなりそうなんで!あと少しで!」

「え?」

男の声に答えないまま、正記は弾丸の1つを手のひらに包んだ。倒すことは考えない。ただ自分と、今自分を守ってくれている人を救うため祈りを込める。確証はない。いや、自分の中の誰かが叫んでいる。祈れ、そして守れと。

自分の足を捕まえている間は下手に身動きが取れないのだろう、スーツ姿の男は怪物を抑えたまま動かない。せめて翅を、この弾丸でどうにかできれば――。

「――よし!」

祈りを込めた弾丸を拳銃に装填する。銃を使った記憶なんてないはずなのに、すんなりと扱うことができた。

風に煽られながらも、全集中力をもってして狙いを定める。使える弾は1発だけ。もう祈りを込める猶予はない。頼む、当たれと願いながら銃口を怪物の翅に向ける。

「――!!!」

夜の住宅街に、再び乾いた音が響いた。効果は想像以上だった。怪物の翅は、穴が空くどころか爆散して跡形もなく飛び散ったのだ。

風が止んだ。男が正記の足から手を離す。

「いやあ、すごいもんだ。これなら後は……よいしょっと」

まだそんな力が残っていたのか、男は地面に転がった怪物を両腕で持ち上げ、空に空いた『穴』に向かって投げ上げた。

怪物は見事に『穴』に投げ入れられ、姿を消した。それと同時に『穴』も音を立てて塞がっていく。

「……た……」

助かった、と言おうとして、緊張の糸が切れた正記はその場に崩れ落ちた。

「いや、ありがとう。あのままなにもできなかったら本当にまずいところだ っ……大丈夫?おーい、少年くん!」

おーい、おーいと自分を呼ぶ男の声を聞きながら、正記は意識を手放した。


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