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疎雨に倚藉

作者: 初倖


「信じられない!」

 街中で男女が言い争っているのが見える。もう陽は落ちて夜になるというのに、そこらじゅうの店のイルミネーションが輝くので、道はまったく暗くない。

 何を争っているのかとちょっと耳を済ませてみると、どうやらデートの待ち合わせに男が少しばかり遅れてしまったらしい。

 男は遅刻の理由を私のせいにしたようだ。

 ちょっと目を逸らすだけで、仲良さそうに腕を組んで歩くカップルも居るというのに、個人とは簡単に争いを生じさせるものだ。


「ねえ」

 ひとりの女が、声をかけてきた。ぽつぽつとつぶやく彼女は、よくひとりで、こうやって話しかけてくる。その言葉への明確な返事はできないけれど、私はそれを黙々と聞くのである。

 彼女は学校のクラスで孤立しており、いつも寂しい思いをしているのだと云う。今日は教材を水の中に沈められたらしい。前は机やノートに落書きをされたとか。

 彼女が何をしたわけでもない。彼女にそういった仕打ちをする人々は、ただ日々の鬱憤の発散のおもちゃが欲しいだけなのか、楽しみたいだけなのか、はたまた嫉んでいるのかはわからない。

 私も時々それを眺めることがあったけれど、手も足も出ない私には、彼女のか細い声を流すしかない。

 私も嫌われ者だから、彼女は私につぶやくのだと言った。


「あっ」

 建物から出てきた少女が、私を見てぱっと目を輝かせた。私を見て怪訝な顔をする者は居ても、喜ぶ顔をする者は多く居ないから、少なからず嬉しく感じる。

 私が居ると、母が迎えに来てくれるらしい。少女は母との時間が増えて嬉しいと笑顔を向けたことがあった。


「ほんと、迷惑」

 私が居ると、外に出ることが億劫になるようだ。その人は率直に、嫌いと言った。

 私が気ままに散歩をして、そんな私を見つけたとき、すごく眉を顰めるのである。その表情を見ると、どれだけ私を嫌っているかなんて一目瞭然であるが、少し寂しい気持ちになる。

 万人に好かれることは不可能だと思えど、万人に嫌われることも恐らく不可能であるにちがいない。だからそれでいいのだ。


「このにおい、好きなんだよね」

 私の香りを感じ、ぽつりと言われた言葉。ある人はどうでもいいと言い、ある人はむしろ嫌いと言った。どうも好みが分かれるらしい。

 わざわざ香水を漂わせているわけではない。香るとき香らぬときあるが、香るときはそこらじゅうに充満するにおいである。

 自然のような、土を感じるにおいであると言われた。

 私も土は好きだ。場所によっては堅いものや柔らかいもの、つぶの大きいものや小さいもの、色が濃いもの薄いものもあるが、触れてみるとそれぞれの良さがあり、土地を感じるのだ。

 私の好きなものに例えられて、私も誇らしく思った。


「私は太陽が好きだ」

 あのキラキラと眩しくて明るく輝く絶対的な存在。だいたい誰からも好かれて、なくてはならない存在。

 いつも分厚い壁に阻まれるから、見たことは少ししかない。憧れの姿。


「対比した月も好きだ」

 夜の暗い中を照らす静かな存在。眺めるだけでも心安らぐらしい。月見という行事がある程に人々に愛される姿。

 いくら焦がれようとも、相容れぬとわかっているけれど。

 私を嫌悪する人が居て、好意する人が居る。私を不要とする土地があり、必要とする土地がある。

 私はいつも世界を見渡して、散歩して、人と触れ合う。


「申し遅れまして、私は雨と申します」



-了-

晴れの音は限られる

雨の音はいくらでもある

天気はいくつもの色を奏でて

明日へと連なる雲間の夢

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