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見習い魔術師と彼女だけのグリモワール  作者: 平田加津実
第一章 時代と海を越えて受け継がれるもの
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間違いなく血が繋がっているんだ

 あれから三週間。

 クロスの存在を周囲の人々に知られることなく、なんとか無事に夏休みに入った。


 自宅では他人の目を気にせずに済むから、コンタクトレンズはしていない。

 肌触りの良いすとんとしたデザインの綿のワンピースの下にクロスを隠し、自室のベットの上で小鬼とじゃれあいながら、のんびりと過ごしていた。


「沙亜名! 沙亜名、いるかい?」


 階下から父親の声がして目が覚めた。

 雑誌をめくっているうちに、いつの間にかうとうとしていたらしい。

 隣には、小鬼が大の字になって気持ちよさそうに眠っていた。


 時計を見ると、午後二時を過ぎたところだった。

 大学教授の父親は大学が夏休みであっても、普段は夜まで、実験の都合によっては真夜中になっても帰らないことが多い。


「なんでこんなに早く帰ってきたんだろう。今朝、何か言ってたっけ?」


 訝しく思いながら、小鬼を起こさないようにそっと部屋を出て、階段を降りていった。


 玄関には、父親の他に三人の人物が立っていた。

 一人は父親の隆弘より少し年長に見える男性。

 すらりと背が高く、赤褐色の髪を綺麗に撫で付け、夏物のジャケットを着こなしているダンディなおじさまだ。

 その隣には、同じ色の癖毛を後ろで一つ結びにした、端正な顔立ちの二十歳ぐらいの青年がにこにこしている。

 ボタンダウンの水色のシャツのボタンを三つほど外し、ジーンズとデッキシューズのラフなスタイルだ。

 もう一人は四十代そこそこの、栗色の髪の華やかな雰囲気の女性。

 大きな薔薇の模様が全体に入った紺色のワンピースがよく似合っていた。

 三人は明らかに外国人だった。


「沙亜名、ただいま。お客様だ。こっちにおいで」


 思いがけない来客に、沙亜名が気後れしていると、父親に手招きされた。

 あまり、お客様の前に出るような格好をしていなかったが、しぶしぶ出て行く。


「こんにちは」


 英語で話せば良いかも分からなかったので、とりあえず日本語で挨拶した。

 軽くお辞儀して顔を上げると、じっとこっちを見ていた青年と目があった。


「あっ……」


 沙亜名は思わず息を飲んだ。


 正面に立つ青年の、色素の薄いグレーの瞳。

 見慣れた……しかし、自分以外では初めて見る自分と同じ色に、魅入られたように身動きができなくなった。


 青年の方も同じだった。

 一族の中にはグレーの瞳を持つ者も多いが、光の具合で銀色に見えるのは自分だけだった。

 隆弘から「娘と同じ色だ」と聞かされても半信半疑だったから、実際に目の前にすると衝撃が走った。

 自分を見つめる、黒く長いまつ毛に縁取られた自分そっくりの瞳が銀色に輝く様に目を奪われ、言葉も出なかった。


「娘の沙亜名です」


 隆弘が青年には日本語で、後の二人には英語で娘を紹介した。


「沙亜名。こちらはレオンス・ペリシエ君と、お父さんのユベールさん。それから、ユベールさんの妹さんで、レオンス君の叔母にあたるナディーヌさんだ」


 見つめ合ったまま固まって、動けないでいる沙亜名とレオンスには、隆弘の声が聞こえていないようだった。

 ナディーヌが甥っ子を肘でつついて声をかけると、ようやく彼が我に返った。


「サーナ! キミがサーナ?」


 興奮と喜びに綺麗な顔をくしゃくしゃにして、青年が数歩前に出た。


「え? ち、ちょっとっ!」

 

 後ずさることもできぬまま間を詰められた沙亜名は、さっと伸びてきた長い腕にあっさり捕まった。

 ぎゅっと抱きしめられ、二十センチほど高い上がり框の上にいるのに踵が浮く。


「サーナ、キミに会えて、ウレシイデス。あぁ、とってもカワイイ!」


 相手は初めて会ったばかりの外国人の青年だ。

 あまりのことに、沙亜名は悲鳴をあげることもできず、彼の腕の中でかちかちに固まってしまった。

 青年はさらに腕をぎゅうぎゅうに締め付け、たどたどしい日本語で何か言いながら、頭のてっぺんに頬ずりしてくる。


『レオ! 何やってるのよ。あなた、日本のことを勉強してきたんじゃなかったの!』


 聞こえてきた女性の一喝に、ようやく強い拘束が解かれた。

「ああ……っ」と情けない声を上げた青年が、両手を万歳するように上げて、ぱっと後ろに下がる。

 同時にナディーヌが彼との間に割って入った。


『ごめんなさいね。びっくりしたでしょ。あの子も悪気があったわけじゃないの。許してあげて』


 早口の英語だったから、単語を聞き取ることすら難しかったが、青年に代わって詫びてくれていることは伝わってくる。


「ゴメンナサイ。とても、ウレシイかった、カラ……」


 たどたどしい日本語の主は、長身の肩を丸めてしゅんとしていた。

 まるで、うなだれた犬のようだ。

 子犬とかではなくて、例えるなら大きくて美しいボルゾイだ。

 彼の父親のユベールも隆弘に謝罪した後、沙亜名に向き直って詫びた。


 微妙な空気になってしまった中、隆弘の提案で自己紹介から仕切り直す。


「レオンスデス。ボクのコト、レオって呼んでクダサイ」

「え……と、レオね。わたしは沙亜名です」

「ヨロシク、サーナ」


 申し訳なさそうな彼と握手を交わす。

 誰かと握手で挨拶することには慣れていないし、おまけに、相手は綺麗な顔をした若い外国人の男性だ。

 沙亜名の方もぎこちなかった。


「実は、レオンス君たちは、沙亜名の遠い親戚にあたるんだよ」

「え? 親戚?」


 思いがけない言葉に、沙亜名は目をぱちくりさせて、父親の顔を見た。

 彼は眼鏡の奥から優しい眼差しを娘に向けると、穏やかな口調で続ける。


「記録が残っていないほど昔のことだから、どこでどういう風に繋がっているのかは分からないけど、沙亜名と彼らは、間違いなく血が繋がっているんだ」

「ほんと……に?」

「ああ、本当だよ。良かったな。これで、おまえの瞳の色の理由がはっきりした。彼の瞳の色は沙亜名にそっくりじゃないか」


 父親のしみじみとした言葉を確認するように、沙亜名はもう一度、向かいの青年を見た。

 彼は自分と全く同じ色の瞳を細め、口元に笑みを乗せて大きく頷く。


「だから、サーナはボクの日本の妹、デス」


 そして、満面の笑みで両手を広げ一歩前に出るから、沙亜名はぎょっとして一歩下がった。


「え……と、ハグ、OK?」


 期待を込めた瞳で見つめる彼に首を激しく横に振ると、彼はしゅんとなって手を下ろした。


「沙亜名ぁ、なんでおいらを置いていくんだよぉ!」


 突然、甲高い不満の声がして、緑色の奇怪な生き物が、階段を飛び降りてきた。

 沙亜名は自分を責める声に気づいていたが、客がいることもあって、振り向くことができなかった。

 小鬼の姿は自分以外には見えないし、声も聞こえない。

 だから、ここは無視するしかない。


「沙亜名! 沙亜名ったら、なぁ、無視すんなよぉ〜!」


 小鬼の方も、沙亜名が置かれている状況を知りつつも、置いて行かれた仕返しとばかりに、彼女の足元でぴょんぴょん飛び跳ねてまとわりつく。

 すると、レオンスたち三人の視線が、同時に沙亜名の足元に落ちた。

 レオンスがおもむろに屈み込むと、小鬼の身体を大きな手でガシッと掴んだ。


「うわぁぁ、なんだ、こいつ!」


 レオンスは、予想外の出来事にじたばたする小鬼を自分の目の高さにまで持ち上げて、興味津々に眺め回した。


「日本にも、ホブゴブリン、いるデスネ」

「お、おらんこと、視えるのか? ってか、掴むなっ! 放せ! 放せよぉ〜!」

「スゴイ! サスガ日本! キモノ着てますネ。なんてエキゾチック……」


 レオンスは手の中でキーキーもがく小鬼を、からかうように指先でつついたりしてひとしきり観察した後、ぽかんとしている沙亜名に彼を手渡した。


「ハイ。コレ、サーナのトモダチ?」

「まさか、この子のこと、視えるの?」

「モチロン。ボクも父さんも、ナディも、みんな、ソレ視えマス」


 そういうと、彼は隣にいるナディーヌに聞き慣れない言葉で話しかけた。

 どうやら、英語ではなさそうだ。

 彼女は小鬼を指差すと、同意するようににっこりと頷いた。


「どうし……て?」

「ドウシテって……サーナと親戚だからデス。ボクらのファミリー、視えるヒト、多いデス」


 なんでもないというふうな言葉に、自分でも気づかぬうちに、つっ……と、沙亜名の頬に涙が伝った。


「ほんとに……そうなんだ」


 自分と同じモノを視ることができる人々。

 ついさっき会ったばかりの外国人との、紛れもない血の繋がり。


 ずっと、自分は何者なのだろうと思っていた。

 気味の悪い異能と、日本人だとは到底思えない瞳の色のせいで、周囲の人々から奇異の目で見られ、幼い頃にはいじめにもあった。

 毎日の生活の中で、本来の姿を隠した自分はあまりにも息苦しく、存在自体もひどくあやふやな気がして、ここにいることが何かの間違いのような気がして……。


 だけど、やっと。


「サーナ、どうしましたカ? ボク、何か悪いコト、言ったデスカ? ねぇ」


 彼の手が、遠慮しながらもいたわるように腕に触れる。

 その感触とじわりと伝わる体温が、これが夢でないことを実感させてくれる。


「サーナ? ダイジョブ? どうして泣くデスカ?」


 心配そうに顔を覗き込む、自分と同じ色の瞳の青年は、同じ力と同じルーツを持つ人。

 頼りなかった自分の存在を、明確にしてくれる人だ。


「あ、ごめんなさい。……嬉しくて」


 沙亜名は慌てて涙を拭うと笑顔を見せた。


 ようやく、地に足がついた気がした。

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