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見習い魔術師サーナと連鎖のクロス  作者: 平田加津実
第四章 張り巡らされた罠と囚われの悪魔
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フェリクスの子どもたち……だと?

 グラウンドの隅に建つ平屋の簡易な建物の前には、父親のユベールと一族の十歳の少女フラヴィが既に到着していた。


『レオ、本当にここなのか?』

『何も感じないよ?』


 二人は緊張感を漂わせながらも、怪訝そうだ。


『そのはずだ……けど』


 レオンスは汗をぬぐいながら、建物内部を探ろうと精神を集中させた。


 しかし、これだけ近づいても、全く異常が感じられない。

 本当に悪魔召喚が行われているのなら、妖気が漏れ出していても不思議はない。

 なのに、一族随一の実力を自負するレオンスにすら、何も感じ取れなかった。

 建物の屋根には、敏感であるはずの小鳥が止まっているほど、平和そのものだ。


 建物の輪郭を目でなぞりながら、ユベールが唸る。


『どうなっているんだ。建物の内側に強力な結界でも張られているのか』

『だとしたら……とんでもない術者じゃない?』


 いつの間にか到着していたナディーヌが、息を切らせながら言う。

 彼女に少し遅れて、日に焼けた中年の体格の良い男ジョゼフも合流し、全員が揃った。

 しかし、これだけ様々な能力を持った魔術師が揃っているというのに、誰一人、ここで儀式が行われているという確信が持てなかった。

 互いに顔を見合わせて、眉をひそめる。


『とにかく、すぐに踏み込もう。レオ、お前が正面から入るんだ。後の者は建物の四隅につけ』

『分かった』

『気をつけろよ』


 ユベールの指示で、魔術師たちが動こうとしたとき、屋根に止まっていた小鳥が、悲鳴のような鳴き声を上げ、空に飛び立った。

 その直後、建物全体から強い妖気が激しく噴き出した。

 足元が崩れ落ちたかと思うほどの振動に、誰一人立っていられなかった。


 激しい揺れは一瞬で収まったが、周囲の景色が全くの別物に変わった気がした。

 じりじりと照りつけていた太陽はどす黒い妖気で陰り、体感温度が急激に下がる。


『見て、あれ!』


 フラヴィが地面に這いつくばりながら、空を指差した。

 そこにあったのは、建物の屋根を突き破るようにして空へと伸びる、巨大なかぎ裂き。

 悪魔が召喚されたときにできる、人界と魔界が繋がった時の傷跡だった。


『なんだ、あれ……は』

『大きすぎる!』


 これまで何度も同じ現象に遭遇し、それらを難なく処理してきた百戦錬磨の魔術師たちが絶句した。

 空間にできた傷は、過去に見たどんな傷よりも大きく醜かった。

 周囲に漂う禍々しい妖気は、その隙間から噴き出している。

 これほどまでに巨大な傷を残して人の世に姿を現した悪魔は、一体どれほどの力を持つのか。


『サーナ……っ』


 風の精霊が伝えてきた彼女の目を通した光景では、彼女の足元に魔法三角と思しき図形が描かれていた。


 あの傷の真下に、彼女がいる。

 召喚された悪魔の狙いは、間違いなく沙亜名自身だ。


『サーナっ! サーナ!』


 レオンスは扉に駆け寄ると、滑りが悪い鉄製の扉を力づくで開いた。

 勢いで内部に数歩足を踏み入れたものの、そこに見あった見えない壁にぶち当たり、両足が凍りついたように止まる。

 それ以上、一歩も先に進めなかった。


『あれは……?』


 ぞくりと、全身が冷えた。


 暗い室内に自分の影を映した外光が差し込み、その先の暗がりに少女を抱き上げて立つ長身の男の姿があった。

 彼は完璧な人の姿をしていたが、明らかに人ではなかった。


 悪魔——だ。


 肌を細かな針で刺すようなおぞましい妖気は、高貴な風格をも持ち合わせている。

 レオンスがこれまで相対してきた悪魔とは、格が違っていた。


『だ……誰だ、貴様! サーナを放せ!』


 レオンスがようやく声を絞り出すと、腕の中の少女に視線を向けていた悪魔がこちらを向いた。


 美しい金髪、金の瞳。

 少し目尻が下がった甘ったるい美貌。

 しかし、口元がわずかに歪んでいることで、奇妙な不気味さを感じさせる。

 身にまとっているのは、中世の王を思わせる、金の縁取りのある豪華な真紅の上下に金色に輝く小さな王冠。

 ただならぬ妖気を放っていなければ、何かのコスプレかと思う出で立ちだった。


『あれは、高位の……? なんてことだ!』

『サーナは無事なの?』


 レオンスに続いて次々と集まってきた魔術師たちも、扉の外で呆然となった。

 真紅の悪魔はうっとおしそうにため息をつく。


「せっかく、この娘を連れて逃げようと思っていたのに、ずいぶんと早い到着ですねぇ。フェリクスの子どもたち」

『フェリクスの子どもたち……だと?』


 聞き覚えのない名をユベールが問い返すと、悪魔は呆れたような顔をした。


「おや? フェリクスを知らない? フェリクス・ジル・ヴァンタールですよ、あの公爵の息子の。本当に知らない? この娘も、あなたがたも全員、あの憎き男の血の匂いがぷんぷんするというのに」


 フルネームを教えられても、誰一人、その正体が分からない。

 ユベールが自分より少し年長のジョゼフに視線を送ったが、彼も首を横に振った。


『……誰のことだ』

「んんん? そういえば、あの男はデューとも呼ばれていましたか」

『デューだと! まさか、あのロラの?』


 その名を聞いて、ようやく全員が合点した。

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