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見習い魔術師サーナと連鎖のクロス  作者: 平田加津実
第二章 自分の本当の色
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だめ! 消えなさい!

 集合は高校近くの駅前。

 そこから遊園地までは電車で三駅らしい。

 沙亜名は憂鬱な気分で駅前のバス停でバスを降りた。


 急用ができたと言ってドタキャンしてしまおうかと、昨晩から何度も思ったが、自宅にレオンスがいてはそれもできなかった。

 逆に、彼の前では楽しげに外出の準備をしてみせたほどだった。


「あっ、紺野さーん! おはよーっ!」


 ため息をつきながら歩いていると、駅前の広場にいた茜ともう一人のクラスメイトが手を振っているのが見えた。


「おはよう」


 小走りで近づくと茜が「はい、これ、紺野さんの」とチケットを手渡してくれた。


 沙亜名の通う高校は校則が厳しく、校内でメイクをしている生徒はほとんどいないが、今は夏休みのせいか、二人ともしっかりメイクだ。

 大人しいタイプだと思っていた茜は、オフショルダーの白いトップスに膝の出る花柄のスカートを合わせ、アップにした髪を華やかに巻いている。

 もう一人も、おそらくこの夏の流行りのファッションなのだろうが、沙亜名にはよく分からない。

 ショートボブの髪には一筋、ピンクの色が入っていた。


「きゃーっ! 久しぶり!」

「今日も暑いよね。でも、晴れてよかった」


 次々と合流する女の子たちは皆、開放感に溢れ、華やかに装っていた。

 沙亜名の方はすっぴんにボーダーのTシャツとスキニージーンズ。

 シンプルな黒リュック。

 学校ではいつも下ろしたままの髪は、低めのポニーテールにしていた。

 これまで、友達とプライベートで出かけたことがなかったから、何を着て良いのか分からなかったし、メイクなんて思いつきもしなかった。

 行き先が遊園地だということを考えて、動きやすくで目立たない格好をしただけだ。


「紺野さんって、私服そんななんだ。ちょっと意外だったけど、かっこいいね」

「スタイルいいから、似合う!」


 友人たちは口々に褒めてくれたが、そうは思えなかった。


 普段、こんな場所に出てこないから、気遣ってくれてるだけ。

 わたしだけ場違いだ——。


 ただでさえ気が乗らなかったのに、こんな思いに囚われてまい、逃げ帰りたくて仕方がなかった。


「え? 紺野さん? めずらしいね」

「ほんとだ!」


 そんな声に振り向くと、自転車を押して歩く同じクラスの男子三人組が、すぐ脇を通り抜けていった。

 向こうは自分の名前を覚えてくれているようだが、沙亜名は顔がかろうじて分かるだけで、名前が出てこない。

 これまで制服姿しか見たことがない上、一人は金髪になっているから、分かるはずがない。


「俺らチャリ置いてくるから、もうちょい待って」


 どうやら、彼らも一緒に出かけるようだが、そんな話は聞いていなかった。


 もう、嫌だ。


 クラスの男子とはほとんど口を聞いたことがなかったから、気持ちは重くなる一方だった。


 最終的に集まったのは、女子は沙亜名を含めて六人。

 男子は四人。

 現地で男女二人と落ち合うというのだから、なかなかの大所帯だ。

 誰もが、学校とは違う顔をしてはしゃいでいた。

 海やライブに行っただとか、部活や合宿の話などの夏休みならではの話題で盛り上がっている。

 しかし、沙亜名が入れる話題は何一つなかった。


「紺野さんはどこか遊びに行った?」と話を振られても、「別にどこにも……」と答えるしかないから、そこで会話は終わってしまう。

 魔術の練習をしていただなんて、口が裂けても言えない。

 こんなにたくさん人がいるのに、独りぼっちでいる気がした。


「そろそろ電車くるよ!」


 一人の言葉で、全員がぞろぞろと駅の入り口に向かって移動を始める。


 そのとき。


 乾き切った灰色のアスファルトが、ぽつりと一滴の雫が落ちたように黒く染まった。

 それはみるみる大きく広がり、次の瞬間、そこから禍々しい黒い影が噴き出してきた。

 沙亜名は思わず息を飲んで立ち止まる。

 しかし、周囲の誰も、この異変に気づかない。

 今、まさに、茜がそのおぞましい輪に足を踏み入れようとしていた。


「だめっ!」


 とっさに、右手を伸ばして叫んだが間に合わなかった。

 驚いた顔で振り返った茜の右足に、黒い影がすさまじいスピードで巻きついていく。

 沙亜名は急いで彼女の肩に手をかけ、自分に引き寄せた。


 消えて——!


 強く念じると影はびくりと震えた。

 しかし、引き下がることはなかった。

 アスファルトの黒い輪から、さらに何本もの影が触手のように伸びて、沙亜名の身体にまで絡みついてくる。

 氷のように冷たい感触が、全身と身体の内部をぎりぎりと縛り上げていく。

 沙亜名は無意識のうちに、Tシャツの上からクロスを握りしめた。


 だめ! 消えなさい!


 クロスを握った手の中が発火したように熱くなる。

 影の動きがぴたりと止まる。


 消えて! 早く、どこかへ行って!


 すると、全身に絡みついていたものがはらりと解けた。

 その直後、影はアスファルトに吸い込まれるように消えていった。


 消えたというより、逃げたという言い方が正しいだろう。

 おぞましい気配はもう、微塵も感じられない。

 あの影はもう、どこにもいない。


「よ……かった……」


 体からふっと力が抜けて立っていられなくなり、道路にへたりこむ。


「きゃぁぁ、紺野さんっ! どうしたの?」

「大丈夫か!」

「苦しいの? もしかして、熱中症なんじゃ……」


 胸元を押さえてしゃがみこんだから、胸が苦しいのかと思われたらしい。

 心配した友人たちが沙亜名を取り囲んだ。


 どうしよう。

 ばれてしまったかも……。


 これまで息を殺すようにして隠してきた自分の能力。

 実際に何が起こったのか、視えていた人ないないはずだが、不審に思った人はいるかもしれない。


「だ……だいじょう……ぶ」


 そう言ったものの怖くて顔があげられないでいると、ぴとっと額に冷たいものが触れた。


「ひゃっ!」


 思わず顔を上げると、ペットボトルが見えた。

 その向こうから、心配そうに顔を覗き込んでいたのはさっきの金髪君。

 これだけ近いと、どこか不自然な瞳の色に気づかれてしまう。

 沙亜名はすぐに視線を避けた。


「大丈夫か? ほら、これ飲んで」


 彼はペットボトルの蓋をねじった。


 もう、ここにはいられない。

 逃げないと。


「あ、あのっ!」


 沙亜名はいきなり立ち上がる。


「わたし、気分が悪いから、帰るっ! ごめんなさいっ!」

「お、おいっ、待てよ!」


 引き止めようととっさに伸ばされた手を振り切り、沙亜名は駆け出した。

 「気分が悪い」という言い訳とは矛盾する行動だが、一刻も早く、この場から消えたかった。

 が、集団から十メートルも離れないうちに、あっさり金髪の彼に腕を取られてしまう。


「走んなよ。そんなんで、一人で帰るなんて無理だろ」

「だ、大丈夫だから……。放して!」


 彼の肩越しに向うを見ると、他の友人たちは離れた場所からじっとこっちを見ている。


 ああ、もうだめだ。

 あの人たちは、わたしのこと変だと思ってる。


 彼らの視線が辛くて、体が震えてくる。

 肩をすくめ、うつむいて息を止めた。


「だめだって! 少し休んだほうがいいよ」

「……そんなんじゃないから、大丈夫。帰る。帰りたいの」

「じゃあ、送ってく」

「やめて! お願いだから、わたしに構わないで。あなたは皆と一緒に遊園地に行って。本当に、大丈夫だから……だから、お願い」


 名前の分からない彼に必死に訴えると、彼はしばらく悩んだ様子を見せた。


「分かった。じゃあ、家に着いたら、連絡くれる?」


 やっと自分を解放してくれそうだと感じて、こくこくと頷く。


「スマホ貸してよ。電源入れてロックも外して」


 言われるままにスマートフォンを差し出すと、彼は自分のをポケットから取り出した。

 二台を操作して、何やら設定を始める。

 しばらくして、ポンと電子音が鳴った。


「ほら」


 返されたスマートフォンの画面を見ると、吹き出しの中に『家に着いたら必ずここに連絡すること!』と書かれていた。

 画面上部に表示された名前は『よーた』となっている。

 アイコンは金髪の後頭部だ。


「よーた……君?」

「そう。瀬戸耀太っての、俺。同じクラスなんだから覚えといて。あと、これも持っていけよ。ホントに、熱中症になると困るから」


 彼はにっと笑うと、一度蓋を開けて戻した、スポーツドリンクのペットボトルも渡してくれた。

 おそらく彼は、沙亜名が仮病を使っていることに気づいているだろう。

 けれども、それを咎めるどころか、優しくしてくれる。


 どうして?


 けれど、そんなことは聞けないから、せめてお礼だけでも。


「あの……ありがとう」

「本当に大丈夫?」

「うん」

「気をつけて」


 そう言うと彼は、仲間たちの元に走って戻っていった。


 沙亜名はゆっくりと彼らに背を向けた。

 友人たちの視線のいくつかが、まだ背中に残るから、本当は走って逃げたかったが、これ以上不自然な行動はできない。

 耀太からもらったペットボトルの中身を少し飲んで大きく息をつくと、バス停までの道を惨めな気持ちで戻り始めた。

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