わたしは一体、何なの?
この世をさまよう亡霊や異形の妖怪だったら、全然珍しくない。
そういった気味の悪いモノにはしょっちゅう遭遇するから、意識の外に押し出してやりすごすことができるほどには慣れていた。
しかし、この夜の遭遇者は、これまで見たものとは全く違っていた。
耳鳴りを感じるほどの静寂と肌を刺す清冽な気が、じわじわと部屋全体を満たしていく。
自分がこの空間ごと、どこか別の世界に落とされてしまったような錯覚に、はっと目を覚ます。
「な……に……?」
ベッドからゆっくりと身体を起こした沙亜名は、深夜の自室に突如現れた神々しいばかりの輝きに、目を細めた。
『私は、神と人との契約を司る大天使、メタトロン』
その眩しい輝きが、感情を感じさせない単調な口調でゆっくりと名乗った。
「だ……い、てんし?」
少しずつ目が慣れてきた沙亜名に、その声の主の姿が見え始める。
たっぷりとドレープが寄せられた白い衣を身にまとった、背の高い細身の青年に見えるが、背中には純白の大きな翼がある。
長い金の髪を後ろでゆるく束ね、陶器の人形を思わせる美しく整った顔に、ガラス玉のような青い瞳。
この世のものではない壮絶な美しさは、強い圧迫感を感じさせるほどだ。
『このクロスを、そなたに授ける。今後、肌身離さず身に付けなさい』
大天使は無表情のままにそう言うと、右手の人差し指を沙亜名に向かってすっと伸ばした。
すると、胸元が光り輝いたかと思った瞬間、首の後ろにかくんと重みがかかった。
首を取り囲んだ細かい鎖に何かがぶら下がっている。
「え? 何これ」
思わずそれを手に取ると、古めかしい重厚な細工の銀のクロスが、大天使の放つ輝きを鈍く反射させていた。
『そなたは今後、サアナ・カントルーヴと名乗るが良い』
「名乗るってどういうこと? わたしの名前は紺野沙亜名! れっきとした日本人なんだから! そんな外国人みたいな名前はいらないから!」
沙亜名が憤慨して声を荒げても、やはり大天使の造りもののような顔に変化はない。
そして、それ以上を語らぬまま、まばゆい姿が徐々に霞んでいく。
「待って! どういうこと! このクロスは何! カントルーヴって……」
すがるように伸ばした指先が、ふっと闇に飲み込まれた。
誰もいない。
真っ暗な中に独り。
自分の存在すらも危うく感じる暗闇。
「……わたしは一体、何なの……お願い、教えて。誰か……」
顔を覆った掌が涙に濡れた。