第八十話 大スライム
血しぶきとともに、槍が回頭する。
剛力一閃。モンスターの壁に穴が開く。
『はぁはぁ。』
やってくるモンスターは雑魚ばかりとはいえ、宇宙ダンジョンの時より密度は濃い。あの時は、休める時間があったけれど、今回は、ひっきりなしにモンスターが現れる。それもサトラの疲労に拍車をかけていた。血を流すモンスターが少なかったためか、「血槍姫」の回復もあまり効果が出ていない。
それにしても流れている血が少なすぎる。何か別の要因でもあるのだろうか。
そして、その上さらに、千樹を守りながらと言うハンディキャップ付きだ。
サトラに限界が訪れようとしていた。
『まだまだ!』
呼吸に喝を入れる。
そう、まだ戦える。
相手は強くてもLv300を越さない。疲労した槍捌きでも、問題なくあしらえる。
それにそろそろモンスターの死骸でこの広場は溢れかえる。外からやってくる相手の侵入経路は乏しくなるはずだ。
天秤の均衡はギリギリのところで保たれていた。
だが、いつまで経っても、死骸で通路が埋まることはなかった。
それどころか、死体の数がすごい勢いで減っている。
なぜだろう。疑問を感じても、戦う手を止めることは許されない。
そうして溢れかえっていたはずの死体は全て消え去った。
代わりにそこに現れたのは、巨大なスライムだった。
『こいつのせいか!』
死体漁りよろしく、全ての死骸を吸収してしまったのだろう。なんなら、生きているモンスターまで吸収し始めている。あの体に触るのは不味そうだ。
『結構手強そう?』
とはいえ、全方面からの圧力と言う訳ではなくなったので、サトラは一息つくことができた。
『核を貫けばいけると思うんだけど、ここまで大きいと見つけるのは難しい。』
冷静に状況を分析する。
『とりあえず火魔法で!』
死体に燃え移ると面倒だったので封印していた魔法を解禁する。
彼女の手から炎が鳥のような姿で飛び立ち、着弾する。
効いている?
デカスライムは少しのけぞった。
表層が焼け焦げている。だが、それはスライムの体から見れば数%にすぎない。
『大きすぎる。』
サトラは歯噛みする。
せめて核さえ貫ければ。
だが、見つからない。
巨大な質量の中に隠れている核を見つけるのは、砂漠の中で砂金を見つけるようなものだ。
相当な幸運がなければ難しい。
相手の動きは遅いようで助かっているが、決め手がないのは良くない。
対応に苦慮しているうちにスライムの体が泡立つ。
ぼこりとそこからバブルが放出される。
軽快なステップで避けるサトラだったが、バブルの当たった壁を見てゾッとした。
溶けている。あの頑丈なはずのダンジョンの壁が。
食らったらサトラといえど無事では済まない。
彼女は気を引き締め直した。
●
ひたひたと足音が迫っている。
そんな強迫観念がする。
モンスターの群れの行く先を目指して歩みを進めた俺たちだったが、その道のりはどんどん不吉なものになっていった。
おそらく一階層降りたのだろう。先程までのようなひらけたダンジョンは消え、いつもの暗い、ジメジメとしたダンジョンが俺たちの前に展開している。
そこかしこにモンスターの気配がある。それなのに、何とも遭遇していないのがなんとも不気味だ。
この先に目指す人はいるのだろうか。
そんな不安までむくむくと膨れ上がってしまう。
首を振ってそれを追い出した。
『んー?どうしたの、直方?』
そんな俺に感づいてレンさんが横から覗き込んでくる。
綺麗なのは知っているのでそんなに顔を近づけないで下さい。
「モンスターがいないな。」
『確かにね。うじゃうじゃいたはずなのに。』
レンさんは疑問に合わせて首をひねった。
そう。二人と合流するまでは、どうしようもないほどエンカウントしたし、レンさんと出撃してからも、たくさんのモンスターと出会った。
社歌からの報告だと、ブラブラと歩いていればエンカウントするくらいのモンスターがいるらしい。活発なダンジョンと比べても二倍以上のモンスターエンカウント率だ。
このダンジョンの性質を考えれば、これでも少ない方なのかもしれない。ダンジョンマスター同士を戦わせて成長を促す。蠱毒のような今回のダンジョン。そしてその作り主である女神のことを頭に思い浮かべる。
無事突破できても、あの女神を騙して帰還することができるだろうか。ダンジョンマスターたちを取りまとめる女神なんだから、それを攻略しようとする俺たちは殺される可能性だってある。
あー。もう。
弱気になるな俺。生きて帰って、両親に無事を報告しないと申し訳が立たない。
それに何よりまだサトラと会えていない。それまでは俺は死ぬわけにはいかない。
サトラとともにある日常へ帰るんだ。
さらにモンスターの気配が濃くなってきた。
慎重に進もう。
そろりそろりと歩みを進めて、大部屋らしきものの前に着いた。
あたりは不気味なほどに静まり返っている。
「あそこが怪しいと思うんだが。」
『奇遇だね。私もだよ。』
互いに頷きあう。
「俺が先に突入する。レンさんは、後ろの安全を確保して欲しい。もしサトラじゃなければ全力で逃げるから。」
この部屋にいる相手は、これほどのモンスターの気配を全て、沈黙に変える力の持ち主だ。
警戒しすぎるということはないだろう。
「じゃあ、任せた!」
真剣な顔をしたレンさんの同意を得て、俺は大部屋に突入した。




