第二十五話 ダンジョン攻略中
サトラが「収納」から取り出したのは、俺がこの前彼女のために買い揃えた洋服だった。
すなわち全て女性用だ。
そういえば、サトラ、俺の目の前に現れた時は、今の軽鎧スタイルの服だけを所持していたんだった。
すっかり忘れていた。
えっと。浴衣か、それともサトラの服を借りて着るか。
⋯⋯究極の二択だな。
動きにくい浴衣か、人生初の女装で好きな人の服を借りるか。
どうしよう。
いや、でも、あれだ。サトラは俺より背が低い。
彼女のために誂えた服が俺にフィットするとは限らない。
破ってしまったら、申し訳なさすぎる。
よし。浴衣で行こう。
どうせ武器もないし、一旦はサトラにおんぶに抱っこで行くことにしよう。
最初から彼女に頼ることは決まりきっていたんだ。
それが増えても、問題はない。心情的には嫌だけど。
感情と現実の間の折り合いはつけられる方だ。
「俺は戦力にならないけど、大丈夫か?」
『問題ないよ。私に任せて。』
サトラの頼り甲斐が天元突破している。
やばい惚れそう。いや、惚れてたな。とどのつまり惚れ直したが正しい。
俺は浴衣で、サトラは完全防備。
そんな感じで俺たちのダンジョン攻略はスタートした。
●
足を踏み入れた時に出てきた金魚があのレベルだったから、警戒は怠っていないつもりだった。
だが、すぐにそれは無駄であることを知る。
正直に言おう。
サトラの強さが隔絶していて、危険を感じない。
上下左右の四つの穴から同時にゴブリンが突撃してきた時も、技能「縮地」と技能「槍捌き」を併用することで難なく切り抜けた。
数を頼みに迫ってきても、単に的を増やすだけに終わる。
十匹が一斉にかかってきても、数秒後には骸が転がるだけだ。
俺の鑑定が教えてくれるところによると、相手のレベルは最低200、やばい相手だと300近い。
そんな化け物を歯牙にもかけずに鎧袖一触。
わかっていたけど、これほどだとは初めて実感した。
少し心配だったが、これなら大丈夫そうだ。
迷宮らしいトラップやいやらしい行き止まりのモンスターハウス。
集団で襲ってくるモンスター。
サトラはその全てを退けた。
俺も途中の宝箱から短剣を見つけたので、自衛はできるようになった。
レベルが低めの相手には俺が戦いを挑んで経験値を貯める。
宝箱から盾を見つけた。
短剣の時よりサトラが嬉しそうだ。
攻撃手段よりも防御手段が充実して欲しいらしい。
まあ、確かに不測の事態も考えたら正しい。
ただ、盾は重いんだよな⋯⋯。
持って上に上がるのきつすぎる。
俺も収納が欲しい。
⋯⋯ずっと軽鎧装備で槍を振るって戦っているサトラのことを考えたら贅沢は言えないか。
収納してしまえばいいものを、ずっと手に抱えているからな。
それほどダンジョンは危険なんだろう。
もしかしたら俺のせいである説もあるので、盾の重み程度で文句を言っている場合ではない。
ちなみに鑑定で見た武器表示はこんな感じになる。
紅葉刃
武器種 短剣
スキル「紅変」
円盾
武器種 格闘
スキル なし
なんか短剣の方が曰くありげに見える。
刃は赤く光り、なんでも切り裂けそうだ。赤い金属なんてあるのか。
確かヒヒイロノカネとかいうのが赤いらしいけど、あれは伝説の金属だし、流石にそれじゃないと思う。
とりあえず、これまでダンジョンに行くときに使っていたしょっぱいホームセンター産のサバイバルナイフとは比べものにならないほどの切れ味なのは間違いない。
後、着物を裂いて動きやすくできたのが大きい。
足の可動域がこれだけ広ければ、いつもより動ける。
フォレストゴブリン
Lv 197
職業 斥候
技能「夜目」「逃げ足」
ひょっこりと顔を出したゴブリンが俺を見て、バカにした表情で近づいてきた。
普通のゴブリンより緑色だ。
フォレストゴブリンという種族は緑色っぽくなるらしい。
まあ、俺はレベル低いからな。
でも、隣のサトラに気が回らなかったのは斥候としてやってはいけないだろ。
危険度をきちんと推し量ってくれ。
ようやくサトラに気づいたのか硬直したフォレストゴブリン。
距離を詰めて、そいつに俺は短剣を突き刺した。
硬い皮から肉を抉る不快な感触がして、短剣を引き抜く。
油断をしているなら、格上でも大丈夫だ。
サトラに気を取られた相手なら尚更。
多数相手なら、サトラの背後を盾で守る。
少数相手で行けそうなら紅葉刃で倒す。
この二つを繰り返す。
俺が未熟で危うい場面はそこそこあったが、全てサトラがカバーした。
さすがは最強の槍姫だ。
ただ、流石に時間が経ってくると、彼女の動きも精彩を欠いてくる。
食事したのは花火大会の時だけ。
それから何時間も経っている。
俺も、食いしん坊のサトラも腹が減っているということだ。
しかし、迷宮内で飯は持ってきていない。
どうしよう。
「一旦休憩しよう。」
とりあえずそう声をかけた。
動きが悪くなっているし、普通に疲れた。
どん詰まりで一方からしかモンスターがやってこないと確信できるところに座ることにした。
サトラは呼吸を乱してもいない。
俺は結構疲れた。
まあ、基本スペックが違うから仕方ない。
そこは理解している。
とりあえず、彼女がダンジョンで何を食べていたのかを教えてもらおう。
そこから食料を得るヒントが見つかるはずだ。
「ねえ、サトラ。昔ダンジョンに行ったんだよね。」
『⋯⋯うん。』
「いや、その時のことを聞きたいってわけじゃないんだけど。ただね。」
『なに?』
「その時食事ってどうしてたの?」
『⋯⋯それは。』
サトラは、口を閉じた。非常に言いにくそうだ。
普段なら彼女の口を無理やり割るような真似はしたくないんだけど、今回は特別だ。
「頼む。」
『直方が言うなら。言いたくはないけど、わかったよ。』
彼女は頷いて、話し始めた。
彼女の話を一言で表すと、魔物肉を食べると言うことに収束した。
いろんな調理法を説明してもらったけど、モンスターを食べたと言うところが気になりすぎて正直頭に入ってこなかった。
なるほど⋯⋯。確かに彼女が宇宙にいたのはかなり長い期間だ。
食料を持ち込んでいたところで無くなってしまったに違いない。
今回も食料を持って来なかったのは同じだ。
エネルギーを補給するなら、魔物食は合理的な手段かもしれない。
ただ、生理的な嫌悪感は残る。
ダンジョンの生物を食べてしまうことで決定的な何かが変わってしまう気がする。
「サトラは魔物を食べて、体に変なことが起きたりしなかったか?」
『ううん。別に。』
彼女は否定した。
安心するにはまだ早い。
でも、彼女がそう言うなら信じてみてもいいかもしれない。
何よりお腹が空いている。
「何か食べよう。サトラ、調理は任せる。」
『わかった。任せて。』
彼女は収納の中から何かの肉を取り出した。
最初から魔物食をする気満々だったようだ。
気づかなかったのは俺の方か⋯⋯。
その肉は、白くて大きかった。例えるなら、本マグロ一頭の皮を剥いだ感じだ。
おっきな白身魚かな。
つまり金魚か。食べられるんだろうか。
まあでも、ゴブリンやらゴーレムやらスライムよりは通常の食用に近い。
サトラの腕を信じよう。