第二十一話 花火大会にて
予感は予感だ。
気にしても仕方がない。
良い時間になったので、店を出て、雷門の方へぶらつく。
徐々に浴衣の人も増えて、花火大会らしい雰囲気が出来上がっている。
お土産物屋さんを冷やかして、浅草寺にお参りした。
さすがは観光名所。大きな寺だ。
向こうに見える大和杉とスカイツリーが背景として霞んでいた。
あれらも夜になるにつれて見えなくなってしまうのだろう。
いや、ライトアップされるんだったか。
なら綺麗だな。
花やしきという小さな遊園地で少し時間を潰して、言問橋を渡り、対岸へ。
人の数がバカにならないほど増えてきた。
さすが日本で一番人気のある花火大会だ。
横で揺れるサトラの手をちらりと見る。
人混みで逸れないように、手をつなごう。
ただ、それを言うだけだ。
だが、俺はヘタレだった。思っていたのの何倍も。
その一言が出てこない。
目をつぶって逡巡して横に伸ばした手は空を切った。
戸惑って目を開ける。
彼女の姿はどこにも見えなかった。
立ち止まってキョロキョロ見渡す余裕もなく俺は人混みに押し流される。
ちゃんと手を繋いでおくべきだったと後悔しても後の祭りだ。
「サトラー!」
声を出して探す。聞こえたら合流できるかもしれない。
迷子放送の言語は理解できないだろうし、俺の声が彼女を救う生命線だ。
探しながら強く決意する。今度は絶対に手を握る。妙な気恥ずかしさにかまけている暇はない。彼女のために、照れは捨てろ。
そう決めたのは良かった。だが、彼女は見つからない。
じきに陽が落ちた。
そろそろ花火が打ち上がるだろう。
二人で一緒に見たかった。
そう思いながらも俺はほとんど諦めていた。
隅田川花火大会は100万人ほどが見にくる日本最大規模の花火大会だ。
その中で一旦逸れたら、もう一度巡り会うことなんて不可能だ。
集合場所も決めていなかったし、純粋に偶然の幸運に頼るしかない。
人混みを見るのが嫌になった。あのせいで、サトラと離れ離れになったんだ。
裏路地に入る。
花火の光も表通りの喧騒も、ここには届かない。
少しだけ落ち着いた。
彼女のことを思う。彼女は俺よりも酷い状況のはずだ。
いきなり一人で放り出されて、言葉も通じない。
俺の言葉しか彼女はわからないんだ。
だからこそ、彼女にとって俺の存在は俺が思っている以上に大きいに違いない。
半ば予想で希望ではあるけど、大きくは違っていない気がする。
だからこそ、彼女を早く見つけないといけない。
ふらふらと立ち上がった。
大丈夫だ。彼女の白髪と褐色の肌は目立つ。
見つけられないはずはない。
群衆の視線の集まる先。
花火を見上げているのではない目線を辿れ。
そこに彼女は必ずいる。
彼女の特徴を言って、見なかったか尋ねていく。
やはり覚えている人はいて、彼女のいる場所が絞り込めてくる。
視線と聞き込み。
目的があると、俺はこんなにスムーズに人と喋れたのかと驚いてしまう。
自分の成長に自信を持って、それでもまだ安心はできない。
彼女はまだ見つけられていないのだから。
それでも努力は裏切らない。
徐々に彼女の噂をする人間が増えた。
白髪で褐色の肌をした浴衣のどえらい美人がふらふらと歩いていた。
そんなことを口々に話している。見に来たはずの花火のことなんて、すっかり忘れているらしかった。
それを聞くたびに、心が逸る。
灯火と浴衣と花火がキラキラ光って夜を照らす。
白髪が煌めいた。
さっき迷い込んだのと同じような裏路地だ。
「サトラ⋯⋯?」
静かに声をかける。
『直方!』
こっちの姿を認めた彼女は、嬉しさを隠さずに、こっちへ走ってきた。笑顔が眩しい。
俺のせいだってのに、責める様子もないのが、心を打った。
『ごめん!』
こっちのセリフだって言いたい。
『逃げるよ!』
「え?」
「おいこら待て。この落とし前どうつけるんじゃ。」
なんかスーツ姿の怖そうな男が追ってきたんだけど。
サトラ俺が見てない間にどれだけのトラブルを抱え込んできたんだよ。
俺の罪悪感が一瞬で吹っ飛んだ。
彼女の手を取って、人混みに紛れるように逃げる。
花火大会は人から逃げる上で最高のシチュエーションだ。
俺たちみたいな浴衣なんて何人もいるからな。
サトラが白髪褐色で目立つってのだけが懸念事項だが、あんな怖そうな男に尋ねられて正直に答える人なんていないと信じたい。
逃げ切るぞ。
●
ふうふう。
息を切らして、立ち止まる。
だいぶ離れた。
しばらくついてきた「止まれ!」という声も随分前からやんでいる。
息を整えて、気づいた。
あれ? 俺、自然に彼女の手を握れている。
状況が状況だったから、気恥ずかしいとか思う余裕がなかった。
手を離そうとして、思いとどまる。
さっきは手を繋ぐ勇気がなかったから逸れた。
なら、今のままの方がいい。
彼女の柔らかな手の感触が、それを肯定していた。
『暖かいね。』
「手、繋いだままでいいのか?」
『もちろん。離さないでね。』
そう言う彼女は不安そうで。
俺は、打ち消すように、手を強く握り返した。
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