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ファイナルエリクサーで乾杯を  作者: 黒十二色
第五章 飢える賊軍の地
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第99話 フリースの秘密(2/4)

 夢は俯瞰視点で続く。


「村が、襲われてて」


「よし、やっぱここを狙ったか!」


 あまり良い装備を身に着けてない頃の駆け出し冒険者まなかは、「案内して!」と言って、大きな手でフリースの手を掴んだ。


 背の高い冒険者まなかと、小さなフリース。


 炎と煙のある方へ、二人で進んでいく。


 途中、反り返った剣をもった山賊の追手一人に襲われたが、まなかはそいつを組み伏せた。しかし、らしくないことに、もう一人隠れていた山賊男のボウガンから放たれた矢を足にもらってしまい、形勢逆転となった。


「やられた……隠れてたか」とまなか。


「冒険者さん!」とフリース。


「ヘヘッ、こいつも捕えて奴隷追加だなぁ」ボウガン男は下卑た笑みを浮かべる。


「おい、そっちの女もやっちまえ。売り物にするから、ちゃんと足を狙えよ」


 剣の山賊が言うと、ボウガン男は、言われなくてもわかってるとばかりに舌打ちをして、フリースに狙いを定めた。


「させるか!」


 まなかは剣を投げてボウガン男を攻撃したが、回避された。


 ボウガンの照準がフリースの足に向く。


 だがその時、フリースは、呪文を紡いでいた。


「――凍れ凍れ、氷の巨人の息吹より、いっそう凍てつく風よ来たれ。雪微風(ネージュブリーズ)


 唱えられた途端に、冷たい風が二人の敵を的確に襲い、手足の自由を奪った。


「な、なんだこれ、動けない、冷た――」

「痛いっ、これは一体な――」


 次の瞬間には、苦悶の表情のまま完全に凍り付いてしまい、悪趣味な氷の像が完成した。


「ふぅ」とフリースは安堵する。「あぶなかった」


 若き日のまなかは言う。


「すごい氷魔法。下位のゴミ魔法であの威力……そして何より、あなた、澄んだいい声してるね」


 その言葉を耳にしたフリースは、今の表情の乏しさからは考えられないくらい、とても嬉しそうな顔をした。


「ええ、両親から、いつも褒められてました」


 しかし、両親がもういないからだろう、そう言った時の表情は、やはり少し曇っていたようにもみえた。


「じゃあ先を急ごう」


 山賊の氷像を放置して、二人は再び煙のほうを目指す。


 フリースは、少し躊躇(ためら)っている様子だった。今さら戻ってどうなるんだろうかと思ったようだ。


 もう間に合わないとわかっていたのだろう。


 事実、山賊たちの犯行現場に戻ったころには、燃えくすぶる家だったモノたちと、仲間だった男たちの亡骸と、来るときよりも深くなった馬車の深い溝が残っているばかりで、女たちが連れ去られた痕跡の数々が、現実を突きつけてきた。


 フリースは泣いた。青い燃えない衣が何粒もの涙を弾いた。


 なぐさめる冒険者まなか。


 それから、フリースの旅が始まった。


 ところが、なんだかなぁ。こっからが冒険の日々で、面白くなりそうだってところで、夢は急に早送りのダイジェストに切り替わってしまった。映像も迫力を失い、監視カメラの映像みたいな遠くからのものなってしまい、ディティールがわかりにくくなってしまった。


 壁に囲われた自警団のいないホクキオ、壁に囲われた避難民のまちサガヤとハイエンジ、激戦の地カナノ地区、富士に覆われていないネオジューク。


 フリースは、若き日のまなかとともに、山賊を追いかけ、激動の世界の中で仲間を増やしていく。


 人間は団結のために王城の建設を開始し、エルフは人間と歩み寄って魔王に対処しながらも純血性を保つためにフロッグレイク周辺を要塞化した。獣人は魔王に食いつくされてほとんど滅び、荒れ地には魔王が君臨した。


 仲間を増やし、一人ずつ幹部を倒していき、東の果てに追い詰めたとき、その山賊の正体が実は大魔王だったことを知った。


 苦戦の末に魔王を倒した時、転生者だった冒険者まなかは突然の消滅を果たし、ひとり残されたフリースは大魔王討伐をギルドに報告した。


 大魔王……人間に化け、ならず者や、あぶれ者たちを勧誘して山賊化させたりモンスター化させ、大勇者を何人も撃退した大魔王は、ギルドも手を焼く存在であった。


 復讐を果たし、燃えない衣を全て取り返し、返せる人には返し、そうでない分は、旅でお世話になった人々に配って回った。


 冒険が唐突に終わってしまい、行くところがなくなったフリースは、かつてハーフエルフが逃走の末に落ち着いた場所、サガヤ地区の北側に広がる沼地に戻り、種を植え、格好悪い小屋を建てて暮らすことにした。


 芋やリンゴなどの畑がうまくいき始めると、しばらく何もない退屈で平穏な日々が続いた。


 やがて季節が幾度かめぐりめぐって、エリザマリーと名乗る若い女性がやってきた。


 赤髪だった。白い服の上に、黒い上着を羽織った背の高い女は言う。どんな顔をしているのかとか、どんな服だとかは、背中しか見えないうえに視点が遠すぎてわからない。


「わたくしは、エリザマリー。予言者エリザマリーといえばわかりますか?」


「知りません」


 外の情報から切り離された状況で過ごしてきたので、世界の激動の外にいて、彼女の時間は止まっていた。


「フリース、あなたがここに住んで百年以上になりますが、あなたが今、『沼地の幽霊』と呼ばれているのを知っていますか?」


 思いのほか自給自足の隔離された生活が長く続き、すっかり都市伝説のような存在になっていたようだ。フリースは首を横に振った。


「近ごろ、新たな大魔王の出現が確認されました。禍々しい翼をもち、螺旋型の炎を振るう強大な力を持つ天使型の魔王です。魔族たちは、巧妙に人間に化け、人間の研究施設を襲い、対魔王用につくられた決戦兵器を奪っていきました」


 フリースは「うん」と相槌を打った。


「この兵器は、中に人が入ることで初めて動くことができるもので、純血のエルフが中に入らないと、暴走状態になってしまう不完全なものでした。この兵器を奪った者は、中に呪われた魔族でも載せたんでしょう。フロッグレイクの地下施設で大暴走を起こして兵器が魔族化してしまいました」


「フロッグレイクって、エルフの……」


「そうです。あなたと同じ耳をした一族が苦境に立たされているのです。魔族たちはフロッグレイクに本拠地を移し、エルフ首長たちは行方不明となりました。他のエルフたちは世界樹を棄て、ビフロストの森のはずれに避難しています」


「そんな……あの美しいフロッグレイクが」


「この世界の水源が魔族によって占拠されてしまう状況はあまりに由々しい。そこでわたくしは、大勇者をすべて集めて挑んでみましたが、大敗北を喫しました。一瞬で焼き払われて、攻撃する隙さえありません。自分たちで生み出した炎が強すぎて大ピンチとか、笑えないにもほどがあります」


「どうしてそんなものを生み出す必要があったんですか?」


「抑止のためです。相手に攻められない力をつけておかないと、交渉もできませんから」


「…………」


「ともかく、あまりに強力な力に、転生者チームは壊滅状態です。あの強力な炎に対抗するには、もはや氷しかありません。この世界の住人を大勇者とするのは例外中の例外ではあるけれど、あなたほどの氷の使い手は他にいない」


「でも、どうしてあたしのこと?」


「冒険者まなかが、あなたを推薦したのですよ」


「まなかが? まなかは生きていたの?」


「わたくしが再召喚を成功させたのです。今回の作戦に参加するにあたって、ぜひフリース、あなたともう一度一緒に戦いたいと言っています」


「やるわ。大勇者になる!」


 もう一度、まなかと一緒に冒険がしたかった。と、その弾む声が物語っていた。


「よかった。すでに冒険者まなかは、五龍のうちの一柱と契約を果しました。あなたは彼女と一緒に魔王討伐軍に加わってほしい」


 エリザマリーの大きめの手は、フリースの小さな手を掴んだ。契約がかわされ、フリースは大勇者となった。


 そこでついに、この夢は映像を失った。かわりに、文字での情報がエンドロールのように流れだす。


 そう、まるで有名SF映画のオープニングのように。


 夢だからってあまりに手抜きすぎるだろ! と、激しいツッコミを入れてやりたいが、とにかく今は、そのゆったり流れる文字たちを目で追うことにする。


 再会した冒険者まなかは、圧倒的な力を持つに至っていた。フリースが晴耕雨読(せいこううどく)暢気(のんき)な生活をしている間、まなかのレベルは限界突破を繰り返して反則(チート)が疑われるくらいになっていたのだ。


 フリースは、まなかに追いつこうと必死に力をつけ、冒険者まなかと大勇者フリースの力によって、世界樹と水源の泉の周辺から魔王を追い出すことには成功した。


 ところが、この頃は大勇者としての契約を済ませていなかったまなかが、うっかり序盤の中ボス魔王を倒してしまった。


 冒険者という肩書では、魔王を倒した時点で消滅してしまうのだ。


 まなかが二度目の消滅を果たしたことで、一気に戦力ダウン。なんとかフリースの力だけで戦い抜いたが、結果的に、敵を壊滅させるには至らず。


 逃げ切った魔王たちは各地に散らばり、人間に見つからないように隠れて暮らすようになった。


 魔を全滅せしめることはできなかったものの、重要拠点から追い出せたのは悪くない結果だったと言えるだろう。


 この討伐作戦成功の功績により、王室内の権力を握った予言者エリザマリーは、転生者による治安維持システムを確立する。


 ホクキオの川岸に情報機関を設置して各地に捜査員を置き、魔王の発生を確認したら、すぐに転生者を召喚して育て、対処をさせた。魔王が力をつけたり、相手が強すぎる時には、魔王討伐経験のあるものを再召喚した。


 その後も、何度も魔王が生まれるたびに転生者の召喚と再召喚が繰り返された。そのうちの選ばれた強き転生者だけが大いなる契約によって大勇者となり、転生者でありながら魔王を討伐しても消滅しないかわりに、特別な地位が用意されるようになった。


 増える魔王、

 増える転生者、

 増える大勇者。


 人が地に満ちると同時に、数々の魔物(モンスター)も大量に湧くようになった。


 やがて、予言者であり女王でもあったエリザマリーが退位し、息子に王位を譲った。さらにどこかから連れてきたオトキヨ様という者を雨を呼ぶ豊穣の巫女として据え、自分の孫であるエリザシエリーを晴れの巫女として立て、その上で『聖典マリーノーツ』を編み、王室を正当化した。


 はじめ、人々はエリザマリーの子である王によく従い、平和を保つために惜しみなく労働した。しかし、平穏な日々は長く続かない。人々を守護するための多くの国家事業が不満を招いた。


 壁を幾重にも築くことで魔王の侵入を防ごうとしてきた王室は、奴隷制度によって民を酷使したので、反発が起きたのだ。


 エリザマリーとその息子が、人間の手にかかり暗殺され、雨の巫女であったオトキヨ様が皇帝に祭り上げられ、全権を持たされるに至った。エリザシエリーら、マリーの血を引く者たちは、呪いを受けた上でホクキオへ逃れた。


 本来の近衛隊も、このときエリザシエリーに随行し、近衛隊はホクキオの町人となって、貴族街を形成した。その後ホクキオには、新たな王室側からの監視として、白銀甲冑の自警団が送り込まれてくることになる。


 そんなある日のこと、大勇者に新たな仲間が加わった。名をアリアといい――


 って、長いわ! まだ続くんかい! せめて映像をくれ!


 と、俺が心の中で叫んだ瞬間に、夢の世界が終わり、勢いよく目を開く。


 そこには、青空を背景に、俺を覗き込むフリースの顔があった。




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