第97話 食べ物を調達せよ(2/3)
さて、なぜ大魔王が生まれ、大勇者が生まれたか?
フリースが言うには、人間が支配領域を広げ、エルフが早々に逃げ、獣人が勢い余ってやらかし、人間が獣人を追い出そうとして、獣が人間を滅ぼそうと禁忌に手を染めた。そうして生まれたのが荒れ地と大魔王だったからだという。
大魔王を何とかするために転生者が召喚され、すぐれた者が魔王討伐を役目とする大勇者となった。
まとめれば、こんなところだろうか。
フリースの長めの昔話を読んで、人間ってのはなんと罪深いんだろうね、などと他人事のような感想を抱いた。
しかし、一つ気になることがある。
「なあフリース、大魔王の出現によって災害が起きるのは、魔力が溢れるからだって以前きいたけど、それは間違いないか?」
――そうだけど?
「大魔王が死ぬと、魔核だけ飛んでいって、魔力は大地に吸収されるんだよな?」
――その通り。よく知ってるね。
「先日の大勇者チームによる大魔王軍との戦いで、大魔王たちは全滅したはずなのに、ここに魔力が残っていない」
――そうだね。
「だったらおかしくないか? 今、荒れ地や、荒れ地に近いこの場所で魔力が枯渇しているのは、どうしてだ?」
俺が考えるに、これは非常に危険な兆候なのではないだろうか。大魔王が全滅したというのは誤解で、実は新たな大魔王が生まれて地中の魔力を吸い上げて、以前よりも強大な力をつけようとしているのではないだろうか。
魔王に吸い取られた影響で、魔力が枯渇したと考えるのが自然だ。
と思ったのだが、
――新たな大魔王が生まれてしまったとしたらヤバイ。とか考えてる顔だけど、ちがうからね。
あっさりと否定されてしまった。
――魔力が大勇者まなかの剣に全て吸われたのと、大魔王の亡骸の大部分がこの辺に落ちて、大魔王の遺志で呪われたからだよ。
「ううむ、枯渇した上に、呪いでコーティングされてしまったってところか」
掃除した床にワックスを塗って汚れを防ぐように、魔力を吸い取ったあとで呪いだけが残り、塗りたくられてしまったのが現在の惨状を生んだ原因らしい。
「じゃあ、あいつが悪いってのか?」
と、俺はやり場のない怒りのぶつけ先を探るべく、大勇者まなかに責任を押し付けようと考えたのだが、これにはレヴィアが待ったをかけた。
「だめですラックさん。大勇者まなかには逆らってはいけません。荒れ地での戦いを見たでしょう?」
見てない。レヴィアから聞いただけだから、どれほどのものか実感がない。けれども、ホクキオ草原で剣を振るった彼女と、ダメージ数値を見たことがあるから、レヴィアの気持ちもわかる。
「でも、じゃあ誰のせいにすればいいんだ? 戦いの発端となったのは獣人だったよな?」
――彼らはもう滅びたよ?
とフリースが獣人を擁護した。
「じゃあさっさと北に逃げて行ったっていうエルフか?」
「そこ責めるのは、違うかなと思いますね」とレヴィアがエルフを擁護した。
「やっぱり強欲な、人間が悪なのか?」
――誰が悪いとか、いまさら言ってもしょうがないんじゃない?
元大勇者フリースは、その文字を示した後、強い冷気を発して、俺とレヴィアを黙らせたのだった。
氷力車は、カナノ地区の入口を通り過ぎた。
食料調達任務は続く。
★
カナノ地区を囲う塀を抜けて、検問を通り過ぎたところで、上空から白い鳥が急降下してきた。
何事かと身構えたが、鳥はお構いなしに俺の肩に留まった。一度は左の肩にとまったが、レヴィアから遠いほうの、右肩にとまりなおした。
「なんか、見覚えのある鳥だな」
どこで見たんだか考えて……ああ、思い出した。
こいつは以前、一瞬の贅沢暮らしをしていた頃に、俺にラストエリクサーを売りつけに来た大きめの白鳥じゃないか。
鳥の足には手紙が括りつけられていて、開いてみると、目に飛び込んでくる見たことある紋章。
「やはりか。三角形に三つ並びの星の紋章。これは、ネオジューク第三商会のものだな」
今度は本物だったらいいんだがな。
読んでみると、次のような内容だった。
「賞味期限切れの近い携帯食料を買いませんか? だと?」
俺の所持金で本当にギリギリ購入できる額だった。
俺は周囲を見回した。このタイミングでこんな手紙、誰かが俺のことを見ている気がする。こんなの絶対に俺をだまそうとする誰かの手紙だと思う。
けれど……けれど。
俺は「買う」と返事を書いて、鳥の足に手紙をくくりつけた。即決だった。
カナノからネオジュークに入ったあたりで、頼んでいた荷物が届いた。
鳥が運んできて落とした形だが、もう地面に届く前から、俺の目にはその大きな袋が真っ赤なのが見えていたから、「ああそうか」と失望の呟きしか出なかった。
早い話が、偽装されていたために俺の曇りなき眼で赤いオーラを纏って見えてしまっているということである。
「はぁ……」
俺は、深い深いため息の後、袋まるごと鑑定にかけた。
携帯食料のはずだった中身は、ぎっしり詰まった石ころたち。その名も、『鑑定アイテム:謎の石ころ』である。
俺はいちいち全部チェックするのはやめて、アイテムボックスにしまい込んだ。
鑑定アイテムなのだから、もしかしたら宝石の原石でも入っていたかもしれない。けれども今は、食べ物が欲しいんだ。何万人単位の人間の空腹を満たし、命を救うだけの食料がなぜ手に入らない?
そして、なぜ食べ物を与えたくて頑張ってる俺をだまして金をむしりとる許されない奴が存在しているんだ。
藁にもすがる思いだったんだぞ。全財産をはたいたんだぞ。簡単に偽物なんて送っていいわけないだろう。
この世界は本当におかしい。どうかしてる。許されない。
それでも希望を捨てきれない俺は、今度は眠らないネオジューク黒富士の胎内に入った。螺旋の炎の真下にあるフレイムアルマ広場で昼夜関係なしの寄付募集活動に打って出た。
「どうか、食べられない子供たちのために、余った食べ物を恵んでくれませんか?」
俺も別に飢えているわけでなく、健康そうなレヴィアとフリースを伴っていたことも原因になったのだろう。ネオジュークを歩く人々は、まるで俺たちをいないものみたいに扱って、誰一人として目を合わせてくれなかった。
お金を入れる箱を持っていたけど、誰一人として入れてくれない。
そうこうしているうちに、俺はネオジュークギルドから飛び出してきた人々に取り囲まれてしまった。
「おい、貴様」
と声を掛けてきたのは、この間、用心棒探しに来たときにアオイさんからの紹介状をビリビリに破いたロン毛の嫌な男である。
「許可も得ずに堂々と乞食活動とはな。広場の景観を著しく損なう行為であるため、ネオジューク法の第十九条に基づき、不正に稼いだ金銭の没収および、ネオジューク金貨四枚分の罰金を科すこととする」
「いや、待ってくれ。そんな法律あるの? いま勝手に作ったんじゃないの?」
俺が慌てて言ったところ、ロン毛はゴミを見るような目で俺を見て、
「誇り高きギルド員を侮辱した罪も加えてやろうか?」
と威圧的に言ってきた。
従うほか無かった。
たしかに街の景観をぶっこわしていたのは確かであったし、許可も得ずに財産を得る活動をしたのは紛れもない事実だったから。
そして、罰金を支払う能力がない俺は、ついに借金生活に突入。
これはひどい、八方ふさがり、四面楚歌、万策尽き果て、空を見つめた。
レヴィアとフリースになぐさめられながら、とぼとぼと再び川を氷らせて渡り、カナノ地区の南側、荒れ地の反乱軍に戻ったら、状況が悪化していた。
兵士はやせ細り、首領のティーアさんもずっと食事をとっていないようで、覇気がなかった。
それから、ついに初めての餓死者が出たらしい。
老婆だった。
若い人たちに食べさせるために、一切なんにも口にせず、柔らかな微笑を浮かべて死んでいったそうだ。
俺は囲まれた。おびただしい数のやせ細った人々が、俺に怒りの目を向けていた。
もとより逃げる気はなかったが、どうあっても逃げられない分厚い人垣が俺を中心にできてしまった。
「食料をもってくるはずじゃなかったのか」
「一体どこに食料がある? 犬の肉がこれっぽっちで、我ら全員の腹が満たせるとでも?」
「あなたの運んでくるはずの食べ物を待っていたのに」
「人殺し!」
「ばあちゃんのかわりにお前がくたばればよかったんだ!」
彼らの当然の怒りに、俺は必死に謝り続けるしかなかった。
おでこを地面にこすりつけて、心からの謝罪をする。「本当に申し訳ない」と何度も。
俺は、できると言った。たしかに言った。余裕の笑みを浮かべながら豪語した。知り合いから食料を融通してもらえると本気で思い込んでいた。でも無理だった。調子に乗って軽はずみな言動をしたと反省している。
「この男の処刑を提案する」
「いますぐ撃っていいかな?」
「このホラ吹き男の狼藉を硬い石に彫っておくわ。せいぜい不名誉な人物として歴史に名を残すのね」
「あんたが! ばあちゃんを殺した!」
「お前もお前の仲間も健康そうな顔してるな! おれたちより良いもん食ってんだろ! なぁオイ!」
返す言葉がない。
どれだけ反省をして、どれだけ地面に頭をつけても、食料調達に失敗した事実に変わりはなかった。
俺は最悪の嘘つきとして歴史に名を残すことになるかもしれない。
だが、悪い名前が残るなんて、もうこの際どうでもいいんだ。むしろ、悪い名前が残るかわりに、誰も飢えることのない世界になるのなら、よろこんで呼ばれたいとさえ思う。
ホクキオでベスさんとの交渉に失敗し、サウスサガヤでウサギを手に入れるのに失敗し、カナノ地区で食料に偽装した謎の石たちを掴まされ、ネオジュークでついに借金生活となった。
いいかげん逆風が吹き荒れすぎだと思う。
そして、やせ細った反乱軍の賊たちは次々に武器を手に取った。
「もう無理だ」
「許さない」
「限界だ」
「辛抱できない」
「耐えられない」
「貴様を殺して食ってやる」
剣、斧、ナイフ、ハンマー、トンファー。大きな武器は痩せた肉体には重たそうだった。
どうやら俺を処刑してから、カナノ地区を滅ぼす気らしい。セイクリッドが舌なめずりして待ち構えるハッタガヤ門に向かおうというのだ。
俺は、ここで殺されてしまうのもいいな、なんて思った。
約束を果たせず、救えたかもしれない人を救えなかったのだから、責任をとるのは当然だ。
どうやって責任をとるのか。
金もない俺には、命を差し出すしかないように思えた。
そのくらい、その時の俺は追い詰められていた。
「やめて!」
不意に、小さな子供が一人、立ちふさがった。
「君は……」
親の制止を振り切り、人垣の隙間を小さな体で縫って進み、ぎらついた眼をした賊たちから、俺を守ろうと手を広げている。
以前、レヴィアがキャリーサから俺を守ろうとした時のように。
こちらを振り返って心配そうに見下ろす優しげな子供の顔には見覚えがあった。
出発の時に、変装用の帽子を貸してくれた子供だった。
少しお腹が出て見えるのは、いよいよ本格的に栄養が足りなくなってきたのだろう。そんな状態になってまで、俺を守ろうとしてくれた。
俺は、思わずその子を抱きしめて、声を振り絞る。自責、歓喜、怒り、悲しみ、いろんな感情がごちゃごちゃで、思わず震えてしまった。
「もう一度、チャンスをください!」
俺は、また反乱の賊たちに頭を下げた。