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ファイナルエリクサーで乾杯を  作者: 黒十二色
第五章 飢える賊軍の地
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第95話 賊の土地(3/3)

 ダーパンに連れて来られた場所は、さながら作戦本部のようであった。


 何人かの反乱軍が取り囲む一つの大きなテーブルには、地図が広げられている。地形を見る限りでは、おそらくカナノ地区から南の荒れ地までの地図ってところだろう。


 そのテーブルの一番奥で、リーダーらしき気の強そうな長身女性が、目を閉じ、椅子に乱雑に腰掛け、地図の上に頬杖をつきながら、机を囲む部下らしき人々の言葉に耳を傾けていた。


 まずは、一人目の痩せた男がいう。


「ティーアさん、時間になりましたので、定期報告を行います」


 これに対し、ティーアという女性は、「ン」と軽い返事をした。それを合図に、やせた男が報告を行う。


「南側の状況ですが、相変わらず城の中に取り込まれた裏切者のクソ野郎どもがニラミをきかせています。そのほかは異常ありません」


 またもや「ン」と返事をして、目を開くことなく答える。


「今はこっちから手をだすんじゃないよ? カナノを攻め落としてからだ。次は?」


 続いて発言した男も、また痩せていた。


「ティーアさん、北側、異常ありません。セイクリッド側に動きはなく、不気味な状態です」


「ン、タイミングを見て攻めるから、引き続き見張りをお願い。はい次」


 三人目の発言者は女性だったが、この子も可哀想になるくらい痩せていた。


「西側なのですが、食料調達の件です。魔物の湧きが少なく、目標の五パーセントにも達していません」


「ン、厳しい状況だな。でも獣が湧かないもんは仕方ない。まあ大丈夫さ。カナノの塀の中から奪えばいいだけだ。不当に良い暮らしをしているやつらは我々に分け与えるべきだからな」


 欲しければ奪えばいいという発想のようである。なんともケモノじみている。


 と、そこで報告が止まった。


 南、北、西についての状況が語られたが、東についての報告がまだなので、次は東の番だろう。


 誰が発言するのかとキョロキョロ見回してみたところ、俺のそばにいるやせ細った男が口を開いた。


「東側から来た者たちが、仲間になりたいと言ってきてます」


「ン? 東って、ダーパン、おまえの強力な結界があるんじゃなかったか?」とティーアという首領らしき女。


「ええ、その結界を破るほどの腕前なので、きっと戦力になるでしょう」


 ちょっと待って。仲間になりたいって俺たちのことだよな?


 きいてない。仲間になりたいなんて言ってない。


 もう全く話が違うんじゃないのか?


 記憶が正しければ、協力してほしいという彼の頼みをキッパリ断ったはずだ。それなのに、平然とこのダーパンは俺たちを仲間に組み入れようとしている!


 見かけによらず、肝のすわった男なのかもしれない。


「ちょっと、まってくれ」


 と俺が口を挟もうとしたが、女は目を開き、鋭い目つきで俺をにらみつけた。それで、何も言えなくなってしまった。


「ン? あんた、名前は?」


「ラ……ラックっていいますけど」


「ン、よろしく、ラック。わたしはティーア・ヴォルフ。この反乱軍のリーダーをやってる者さ」


「あー、つかぬことを聞きますけど、ティーアさんは、おいくつですか?」


「ン? 二十九だけど」


 俺は二十三歳のまま止まっているわけで。やはり年上の女であったか。


  ★


「俺はラックで、こっちの青いのがクールなフリース。白いのが可愛いレヴィアだ」


「なるほど、なるほど、ラックにフリースにレヴィアね。なかなか度胸のある連中のようだ。修羅場を潜り抜けてきた目をしている」


 女首領のティーア・ヴォルフは嬉しそうに目を細めた。


 東側の見回りを仕事にしているダーパンは深く頷き、


「そうなんです、ぼくよりも圧倒的に強く、優しい人たちなんですよ」


「だが、そんなのが何だってわたしらの仲間になろうってんだい? 何の得にもならないはずだろう? 怪しくないかい?」


「それがですね、うっかりぼくの結界を壊してしまったことに責任を感じているらしく、みずから協力を申し出てきたのです」


 え?


 いや、待って。ぺらぺらと滑らかに舌がまわっていたけれど、今のダーパンの発言は嘘っぱちだ。俺は自分から協力したいとは一言も口にしていない!


 ここは、ガツンと否定してやる必要がある。


「いや、何言ってんだ! 俺たちは南西の城に行きたいだけで――」


 と言いかけた時であった!


「――緊急事態! 緊急事態だ!」


 叫び声をあげながら、反乱軍の男が走ってきて、俺を押しのけて地図テーブルに近づくと、息荒いまま言う。


「た、大変だ、川が氾濫だ! 氾濫した!」


「ン? なぜだい? 雨なんてここ数か月降ってないってのに!」


「たぶん、セイクリッドたちのしわざだ! 連中、てっぽう水で攻略しにかかってきやがった! どうやったかは知らねえが、おれたちに気付かれない動きでネザルダ川の上流をせきとめて、水量が溜まったところで一気に解放しやがった。おかげで下流に濁流が一気に流れこんできやがったんだ!」


「一大事だね! まずは人命を最優先に!」とティーアさん。


「そこは確認できてる! あの地区は住宅がないし、農婦は運よく全員無事だ」


「それはよかったが……」ティーアさんは浮かない顔で、「では、あまりききたくはないが、穀物倉庫と田畑は…………」


 沈黙が場を支配する。


 長い無言を切り裂いたのは、ティーアさんの力強い声だった。


「ン。覚悟はできてる。言ってくれ」


 男は溜息を一つ吐いて、言った。


「す……全て……何もかも全て、おじゃんです。堤防が決壊し、激しい濁流に流され、米もイモも麦も、なにもかも、とても口に入れられる状況ではありません!」


 その悲しい報告を受けて、一人の男が太い声で叫ぶ。


「おお神は我々を見捨てたか! なぜこんなにも飢えに苦しまねばならんのだ!」


 なぜだろうね。ちょっと気が進まないけど、考えてみると……。


 あれ。

 あれれ、上流のせき止め?

 あれれれ、思い当たることが、なくはない。

 あれれれれ、これはもしかして、やっちまったんじゃないのか?


 川を渡るときに、フリースが何をしただろうか?


 そう、川を一気に凍らせて巨大な橋をつくって渡った。


 凍った時に、何が起きただろう?


 そう、川は、せき止められた。


 たとえば、水が溜まったところで氷の壁が崩れたら、どうなるだろう?


 一気に下流を濁流が襲い、大変なことになるだろう。


 ということは、俺たちが氷の力で川をせき止めたせいで、とんでもない事態になってしまった可能性が、けっこう高い気がする。


 どうしようこれ。


 食べ物が全滅したみたいなことを言ってたけど、本当にそんなことになってたら、人間として責任とらなきゃいけないんじゃないの?


 これまでレヴィアに偉そうに人間らしさを語ってきた手前、逃げられない事態なんじゃないの?


 そうしたところで、首領のティーアさんはついに立ち上がった。


「ンン……かくなる上は、全ての戦力を北にあるカナノ地区への玄関口、ハッタガヤ門に集中させ、略奪して食つなぐしかない! いくぞ! 全員突撃だぁ!」


 なんだそれ、無計画の特攻が過ぎるぞ。


 命を無駄に散らすにも程があるだろう!


「ちょっと待ったァ!」


 そこで俺は、思わず叫んだのだった。


「ン? 何だい」とティーアさんは眉間にしわを寄せた。


「実は、それこそが大勇者セイクリッドの目論見(もくろみ)なんです」


「ン? どういうこと?」


「攻めちゃダメなんです。相手は、あなたたちが攻めるのを待ちかまえていて、一歩でもカナノ地区に足を踏み入れたら全滅させる気でいます」


 俺はセイクリッドさんの作戦を暴露した。


「そんなこと言ったって、食い物がないんだから、()るしかないだろう」


「食べ物が、あればいいんですか?」


「ン、そりゃね。このままじゃ生きていけなくなるから、戦いを選んだだけであって、戦わないで済むなら、そっちのほうがいい」


「なら……食い物の確保なら、俺がやってやる。だからどうか、大切な命を粗末にしないでほしい!」


 俺の宣言と心からのお願いが、高らかに、荒れ果てた砂地に響き渡ったのだった。




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