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ファイナルエリクサーで乾杯を  作者: 黒十二色
第五章 飢える賊軍の地
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第93話 賊の土地(1/3)

 本物のハタアリさんことセイクリッドさんに別れを告げ、俺たちは人のいない道をずっと引き返し、なじみの茶屋の前を通り過ぎ、以前レヴィアが連れ去られた交差点まで来た。


 そこから、まっすぐ行けば東のネオジュークの黒いピラミッドだが、そちらにはいかず、右に折れて南に向かうことにする。


 俺たち三人をのせて、人力車は進む。


 いや待った、もはやこれ、人力車じゃないな。人力じゃないパワーで動いている。


 名付けるなら、氷力車(ひょうりきしゃ)といったところか。


「すごいエコな車だな。しかもスピードも自由自在だ」


 フリースが生み出す氷によって、下り坂では地面を滑り、上り坂では次々に氷を生んでは溶かし、生んでは溶かしを繰り返し、車を押し上げて進む。もはやこの世界で行けない場所は無いのではないか、別の世界にまで行けてしまうのではないかと思えるくらいの交通革命であった。


 ――これは、あたしにしかできない。


 そう、これは現在の大勇者になっている厳氷のアリアというスゴイ人にも無理であり、フリースにしかできないことなのだという。だから、さっそく前言を撤回する。革命は起きない。一般に広まることはなく、馬車中心の世界がこれからも続いていくのだろう。


 世界に一つしかない特別な氷力車は、なだらかな坂道を軽快に滑り降りていく。


「ラックさん、あの人は味方ですか?」と隣に座るレヴィア。


「あの人って?」


「さっきの銃の人です。ずっと私を威圧してきてて、こわかったです」


 なんだかしおらしくなったレヴィアが可愛く思えたので、俺は、


「レヴィアがいい子にしてれば、味方なんじゃないか? 悪い子だったら敵になっちまう」


 なんて意地悪っぽく言ってみたんだが、


「あうぅ……」


 本気でビビッて帽子をおさえてしまった。


「あ、や、ごめん。大丈夫。大丈夫だ。敵になんかならないよ。セイクリッドさんが本物のハタアリさんだって言うならな。な、フリース」


 俺はレヴィアと反対側に座るフリースに同意を求めたが、氷の娘は無表情で冷静な言葉を返してくる。


 ――どっちにでも転ぶでしょ、そんなの。


 そこは嘘でも安心させてやれよと思う。


 そういう不器用さが、大勇者をおろされた要員の一つなんじゃないのかこの悪い魔女め、と言ってやりたい。凍らされるの嫌だから絶対に言わないけど。


 とはいえ、これはレヴィアには読めない文字のはず。だったら俺は嘘つきになってでもレヴィアを安心させてやろう。


「ほら、フリースも大丈夫だって言ってる。そもそも、俺に彼女と争う力があると思うか? 相手は大勇者だぞ、大勇者」


「あうぅ、大勇者、こわい……」


 大勇者と何があったんだよ。まあ俺は大勇者の女剣士様に家を吹っ飛ばされたりしたから、少しだけマイナスの感情を抱く気持ちがわかるけどもさ。


 と、そんな会話を繰り広げていたとき、にわかに車輪が止まった。


「ん、どうしたんだ、フリース」


 ――川がある。


「川?」


 見れば、確かに水が流れている。周辺にはこれまでと違って草木があったがみな元気はなく、川魚や水鳥などの姿もなく、寂しい感じのする川だった。


 そんなに大河というわけではないが、それなりに幅広く、それなりの流れの速さで、深さは不明。そのまま渡るのは非常に危険な気がする。


 橋でもあればよかったが、見えるのは石橋やつり橋の名残ばかりで、どうやら破壊されているようだ。


 ――たぶん、賊が防衛のために橋を壊したんだね。


「なるほど、じゃあ、渡れないようにされてるってことか?」


 しかし、これに対し、フリースは不敵な笑みを浮かべた。出会った頃と比べて、ちょっと表情が豊かになってきた気がする。


 フリースが手をかざすと、一気に河川が凍り付いた。


 ものの数秒、フリースの近くから氷が広がっていって、遠く見えないところまで一気に凍ってしまった。


 見渡す限りの広範囲で流れが止まった。


「すごいな。まるで時間が止まったかのようだ」


 ――こんなの楽勝よ。


 季節としては、むしろ暑いくらいの時季(シーズン)だというから、これは局地的な異常気象ということになる。


 さらにフリースは、川をしばらくせき止め、上のほうを平らに整形して段差をなくし、その上に車を通した。俺たちは精密かつ強力な自由自在の氷の力で、あっさりと向こう岸へと渡ることができたのだった。


 氷った川をそのままに、ふたたび氷の力で車輪は回転を始める。


 川の周囲には、ほんの少しの緑があったが、すぐに乾いた大地に逆戻りである。


 控えめな土ぼこりを立てながら平地を進んでいくと、やせ細った馬に干し草を与えている男性に出会った。


「おや?」


 男性もやせ細っていて、少し目が(うつ)ろである。右手に持っている分厚い本が、とても重そうにみえた。


「どうも、こんにちは」


 と俺が声を掛けると、二秒くらいかかってようやく「やぁ、これはどうも……」と挨拶が返ってきた。


 そこから、しばしの沈黙を挟み、


「え? 誰ですか? そっちはネザルダ川の方角ですよね? 橋を落として、結界まで張っていたはずなのに、どうやって……?」


「どうって……なぁ?」


 俺がフリースを見ると、文字で答えてくれた。


 ――結界?

 ――うーん、なんか重い空気のところに穴あけた気がするけど、あたしの知ってる結界と違うね。


 どうやら元大勇者が紙細工のように破り去っていたようである。


 続いてレヴィアを見ると、視線に気づいて、こう返してきた。


「あれが結界だとしたら、ずいぶん弱い呪術師ですね。私の方が余裕で強力な結界つくれますよ」


 その言葉に反応したのは、やせ細った男であった。


「クッ……そんなに弱い結界のはずはないのに……!」


 ひどくプライドを傷つけられた様子である。ふらついて片膝をついてしまった。


「もしかして、あなたが、その結界とやらを作ったんですか?」と俺。


「ええ、そうです。ぼくは呪術研究者のダーパンといいます。ぼくの結界が破られるなんて、かなりの実力者のはず。そんな人が、ぼくらの土地に何の用ですか?」


 光のない瞳に無理矢理に力をこめて、やせ細った男は俺をにらみつけた。


「ええっと……簡単に言うと、通り道だからだな」


「ほほう、通り道っていうと、目的地は南の荒れ地ですか?」


「いいや、荒れ地じゃなくて、南西にある城なんだ」


「なんですって? つまり、やつらの仲間ですね?」


「ん? やつらって……」


「しらばっくれても無駄無駄です。ぼくにはわかります。あなたたちは無断でぼくらの領地に入って南西のやつらの城をコッソリ目指している……。つまり、得体のしれない城のやつらの仲間ってことだ!」


「いやいや、違うって。俺は城に強力な解呪アイテムがあると聞いてだな」


「解呪ですって? 誰が呪われてるって言うんです?」


 怪しむような視線をくれたので、フリースを指差すと、やせ細った男はポケットからヒビの入った眼鏡を取り出した。勢いよく装着して言うには、


「これは呪いを数値化するアイテムですから、嘘をついても無駄無……っでぇえええ?」


「どうした?」


「そこの青い人、たしかに名状しがたい複雑怪奇な呪いを受けてるんですが、そっちの白い人のほうがヤバすぎですよ! 呪いの数値が……ええと……この眼鏡では測定不能なほどです! クッ、まさか故障してしまったのか……高かったのに」


 おそらく、故障ではないと思う。レヴィアの白い服は尋常じゃない呪いを受けているそうだからな。


「もしも、呪いを解きに来たというのが本当なのだとしても、ぼくの張った結界を破ったのは許されません。ぼくに出会ってしまったのが運の尽き! ぼくの呪いの力を受けてみよ! ヌクテメロン光線(ビーム)!」


 取り出した一冊の分厚い本の表紙から、黒い光の束が発射される。昼間の世界を切り裂いて、俺に向って一直線。


 不意をつかれた俺は、まずい死ぬ、と思った。


 しかし、俺の身体に当たった闇属性の呪い光線は、俺に何のダメージを与えることもなく消えた。


 ステータス画面を確認してみても、何も変わらず、異常状態にはなっていなかった。


「ぼくの最高の呪いが、効かないィ?」


 やせ細った男、ダーパンとかいったか。そいつは驚き、またしても砂地に片膝をつき、今度は片手も地面についた。


「なぜだ! この男、呪いの数値がゼロのまま固定されている?」


「なんでだろうな……」


 フリースやレヴィアが呪いを無効化してくれたのかもしれないと思った。


 けれど、彼女らを見る限り、そんな素振りはない。


 不思議に思っていると、フリースが解説してくれた。


 ――ゆうべのスパイラルホーンの効能。


 たった二粒なめた薬が、まだ効いてくれているとのことであった。


 ということは、レヴィアが呪いの服を着ているのに平気でいるのは、以前サウスサガヤのボロい建物で料理に混ぜられたスパイラルホーンを大量に盛られたためかもしれない。そうじゃないかもしれないけども。


 ダーパンは必死に、


「まってください。ぼくの力は、こんなもんじゃないんです。今は、おなかがすいていて力が出ないだけで」


 などと言って立ち上がろうとしたら、バランスを崩して倒れた。つづいて、ぐぎゅるるるるぅと彼の腹の虫が悲痛に泣き叫んだ。何なんだ。


「うぅ……」


「腹、減ってるのか?」


「そ、そんなことはありません!」


 そう言いながら顔を上げたが、恥ずかしそうに赤面しており、頬には砂がついていた。


「たべますか?」


 そう言って、食パンの欠片のようなものを差し出したのは……なんと驚くべきことにレヴィアだった。


「何です、これ。罠ですか? 食べると呪われるとか、そういうやつじゃないですか?」


「え、なんです? その態度。本気で呪いますよ?」


 レヴィアは言うと、やせ細った男の口にパンをねじ込んだ。



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