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ファイナルエリクサーで乾杯を  作者: 黒十二色
第五章 飢える賊軍の地
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第90話 逆賊の群れ

 甘いものを食べて幸せになったところで、さらなる幸せを目指して先に進むことにする。


 再び人力車の運転手に声をかけ、俺たちは南西の城とやらを目指すのだ。


 そこには呪いを解いてくれるアイテムがあるという。


「こちら、どうぞレヴィア様。お礼の最高級焼き菓子です」


 紙袋に入ったクッキー的なものをもらって、レヴィアは顔をほころばせた。


「ありがとうございます」


「いえ、レヴィア様、南西は危険な場所と聞き及んでおりますが、どうかご無事で」


 さて、かわいい子二人に挟まれながら三人乗りの人力車はなだらかな坂を下る。はじめは商店街だったのが、落書きだらけの住宅街になり、傷だらけの家が増えてきた。


 レヴィアは焼き菓子を嬉しそうに食べている。 


 嬉しそうなレヴィアとは対照的に、「だ、大丈夫ですかねぇ、ここ」と不安そうな運転手。


 レヴィアはあっという間に一人でクッキーを食べきってしまった。誰にも分け与えることなく。


 いや別に、レヴィアがもらったものなんだから、別にいいんだけどもね。別にね。


 さらに南西に向っていくと、すぐに人通りがなくなる。


 やがて家がなくなり、ネオカナノから南西にいくときに、だんだん大地が荒れてきた。


 西部劇に出てくるアメリカのド田舎のような砂漠風景。丸まった枯れ草がふらふらと風に吹かれて転がっている。


 砂ぼこりが舞ってひどい視界になる。そのまま進んでいくと、ずっと続いているような壁があった。


「運転手さん、あれは?」


「ん? 知らないですか? あれはカナノ地区を取り囲んでいる石の壁ですよ。あそこは、その中でも堅牢で知られるハッタガヤ門ですね。荒れ地の魔物が入ってこないように結界が張られておりまして……おや? なぜか門が開いていますね……」


 なんだか後半の発言が非常に不穏である。


「普段は閉じてるってことかな」


「ええ、こちら側には荒れ地があった影響で門の外には強力な魔物が多く、そのぶん強力な聖魔術を施された網目状の格子が厳重に落とされていまして、何物の侵入も許さないようになっているはずなのですが……」


「あれが開いているとどうなるんだ?」


「いやいや検問の兵士がいるはずですので、目の錯覚かな……どうなのかな……」


 どうやら開いてはいけないヤバイ門のようである。


「でも……どう見ても開いてるようにしか見えない」


 そしてさらに近づいたら、警備する兵士の姿も見えないし、はっきりと門の向こう側が見えて、その先に砂ぼこりをあげながら進軍してくる賊たちの姿が見えてしまった。


「あ、あれは……」


 荒れた砂漠を埋め尽くす人の群れ。剣を片手に持ったり、斧を肩にかついだりして武装している。その向こうには、馬に乗った人や、馬にひかせた戦車のようなものもぼんやり見えている。


 俺の曇りなき眼で見ても、全然紅く光らない。ということは、これは、本当の本当に、賊の軍団が進撃してきてるってことなんじゃないのか。


 こいつはかなり、ヤバイ場面に出くわしちゃったんじゃないの。


「おい、レヴィア……何が見える?」


「たくさんの人が、砂ぼこりを巻き上げて近づいてきてますね」


「フリースも同じか?」


 ――あわれなザコが群れてるね。


 氷文字はしっかりとした筆致だったので、きっといざとなったらフリースが何とかしてくれる。でも、争いは避けて進みたい


 不意に、フリースが手をかざすと、かなり遠く、中央の敵の一部があっという間に凍った。しかし、あくまで前線の一部分だけだ。


 これで敵は、攻撃されたことに気付いた。


 打ち鳴らされた太鼓の合図が響いた後、全員が走って突撃してきた。


「え、ちょっと待って。なんで攻撃したの」


 俺に何の相談もなくフリースが仕掛けた結果、戦闘開始である。


 ――大丈夫。そのうち溶ける。


「そういう問題じゃなくて!」


 ――うーん、本気を出さないと、あんな大勢は一気に倒すのはムリだね。まあでも、門をふさぐくらいなら余裕で、


 と、元大勇者様は自信満々の表情で書いていたのだが、急にその文字が途切れた。


 敵の新兵器かというと、そんなわけではなく、


「ひぃぃ!」


 人力車の運転手が、あろうことか仕事を投げ出して逃げてしまったのだ。


 もともとデフォルトでは前のめりになるように設計されている人力車は、盛大に傾いた。


「わっ」と声を出したレヴィアは前方に投げ出されながらも地面に片手をつきながら着地した。


 俺は咄嗟に人力車にしがみついたため落ちなかったのだが……。


 あろうことか、こんな時に大勇者級の力を持つはずのフリースが、声も上げずに落車して気絶していた!


「ええええっ?」と俺は心の底から叫ばざるをえない。


 運転手は目にも止まらぬスピードで「ごめんなさい! その人力車はあげます! さようならー!」とかだんだん小さくなっていく叫びを上げながら去ってしまった。仕事放棄とは見下げ果てたやつ……とは思うけれど、俺も同じ立場だったら絶対逃げてる。


 まともな人間で、賊の群れを前に逃げないやつなんていない。


 だが今はそれよりもフリースだ。


「お、おい、フリース、大丈夫か?」


「…………」


 呼吸はしている、冷たい頬をぺちぺち叩いてみると、苦しそうな顔をした。横向きに倒れていたところを、片腕で抱きかかえてみる。そうすれば嫌がって起きるんじゃないかと思ったからだ。冷たくて軽かった。細かったけれども柔らかかった。全然起きなかった。


 俺は周囲を見回し、ちょうどいい岩場を発見。そこに彼女の身体を置いた。


「あんなに強いのに、不意打ちに弱すぎなんじゃないかな……」


 思い返すと偽ハタアリ一味に襲撃された時も、敵の攻撃が俺の手に刺さってダメージを受けたわけだし、実は本当に不意打ちには弱いのかもしれない。


 案外、そのあたりの反射神経の弱さが大勇者の肩書きを失った理由なのかもしれないな、なんて思った。


 だけどね、もう今はそんなこと考えてる場合じゃないんだ。

 すぐ現実逃避に走るのは本当に悪い癖だ。


「ラックさん、どうしましょう。このままだと人の波に飲み込まれてしまいます」


「ああ、さっきのフリースの攻撃で、もはや完全に俺たちに視線を向けて走って来てるし、なんとかやり過ごさないとな」


「やっぱ、門が閉まればいいんじゃないですかね」


「それでいこう」


 とは言ったものの、門の閉じ方なんぞわからん。どうやるんだ?


 レヴィアの前でカッコつけた手前、やっぱりできませんでしたというのは絶対にダメだ。


 考えろ、考えるんだ。


 賊たちは一番乗りを競うように、我先にと走ってくる。かなり遠い場所からなので、数分はある……とか甘い考えを抱いた瞬間に、敵の中から馬に乗った一団が飛び出してきた。


 ものすごいスピードだ。


 こうなると、時間の猶予が一気になくなってくる。もってあと四十秒くらい。


 敵の野蛮で勇ましい声が地響きのよう。


 だんだん近づいてくる逆賊軍。やせた体型が多かったものの、浅黒く日焼けしていて、武装していて、欲望に目を血走らせている者ばかりだったから、俺の心は恐怖に包まれてしまった。


 慌てて周囲を見回して、ふと目に留まったのはレバーである。


 よかった助かった、などと思いながらレバーをおろしてみたが、反応なし。何故だ。


 よく見てみたら、門の反対側にもレバーがあった。


 門の両側に一つずつあって、どうやら同時におろさないと壁が落ちてこない仕組みのようだ。


 ここにレバーをおろせる人間は二人だけ。

 つまり、そう、このレバーは、俺とレヴィアにおろされるのを待っていたってわけだ!


「レヴィア、ちょっとこれ握ってくれ」


 俺はレヴィアを招き寄せ、レバーを握らせた。


「いいか、俺が『せーの』って言ったら、これをおろすんだ」


 コクコクと頷いたのを確認し、俺は反対側のレバーへと走った。


 今にも馬がすぐ近くまで迫っている。


「せーのッ!」


 二つのレバーが同時におろされた、と思った。しかし何も起きない。


 まさか壊れている?


 それじゃあ門がおりてこずに、賊の侵入を許してしまう。


「だとしたらマズイ。はやく逃げないと、気を失ったフリースが踏み荒らされてしまう」


 そのとき、ふと俺は気付いた。門の柱に、文字が書かれていることに。


 この世界の文字を読むのは苦手だ。だけど、この時は仲間の無事がかかっていることもあり、火事場の馬鹿力的な閃きで内容を一瞬で把握することができた。


「取り扱いについての注意……。門の開閉は、左右のレバーを同時に上げ下げする。このとき、警備力強化のため0.01秒以上の誤差がある場合、歯車は作動しない」


 俺とレヴィアの息が合ってなかったから、門は閉まらなかったわけだ。


 人間の反射速度は、よくて0.1秒くらいであるという。それよりさらに短い時間以内しか認められない。ほんの一瞬のズレでも許されない。人間の限界を超えているじゃないか。


 さらに柱の文字は付け加えて、


「門の開閉担当は、原則として『同調(シンクロ)スキル』を磨いた人材を配置すること」


 同調スキル。

 そんなものは俺もレヴィアも持っていない。


 だけど何が何でも同調させなきゃいけない。


 馬が迫ってきている。あと十秒くらいで、通過してくる。


 そうしたら、なだれ込んできてしまう。


 野蛮な賊たちが、眠るフリースを()いてしまう。許されない、そんなこと。


 ああ、敵が迫っている。抱きかかえて、運んで、優しく置いて、なんてやってたら絶対に間に合わない。今から救いに走っても、二人ともペチャンコにされてしまうだろう。


 やるしかない。成功させるしかないんだ。


「レヴィア! もう一度だ! 俺にピッタリあわせてくれ!」


 俺の声にこたえて、レヴィアはレバーをあげた。そして、「せーの!」と言って俺がレバーをおろすのと同じタイミングでレバーをおろした。


 ガコン、と歯車がかみ合った音がした。じゃらららと鎖の音がした。


 聖なる門がとざされて、地が揺れ、土ぼこりが舞う。交差した格子の隙間から、馬が急停止しながらいななくのが見えた。


 かと思ったら、その後ろから次々に馬たちが激突し、連続落馬大会の会場となったのだった。


「やった……」


 何が起きたかっていうと、奇跡が起きた。


 俺とレヴィアのタイミングが奇跡的に合った。ぴったり同じタイミングでレバーを操作し、賊の侵入を防いでみせたのである。


「やった、やったぞレヴィア!」


 俺とレヴィアは通じ合えた。人間の限界を超えるシンクロをやってのけたのだ!

 しかも、スキルを使わずに!


 悲鳴を上げながら壁に激突してくる騎馬をいくつも見守り、賊の進軍が止まって沈黙したところで、俺は思わずガッツポーズ。レヴィアは、俺が喜ぶ姿を嬉しそうに眺めながら笑っていた。


 さすがのレヴィアも肝を冷やしたのか、ちょっとひきつった笑いだったけど。



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