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ファイナルエリクサーで乾杯を  作者: 黒十二色
第五章 飢える賊軍の地
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第88話 二人のハタアリさん

 フリースの秘密とは何なのだろう。


 もともと出会ってから間もないので、彼女のことをそこまで深く知らない。


 小さくて細い儚げな少女の姿であり、美しい青い服を着ていて、青白い不健康そうな肌色であり、声を出してはいけない呪いにかかりながらも、多くの言語を扱えて、レヴィアをからかうのを楽しみ、雷撃ウナギへの対処法を知っている。


 並べ立ててみたが、全くよくわからん。


 まだ付き合いが短すぎて、彼女のことがよくわからない。とりあえず彼女の秘密とやらを、これから聞き出してやろうと思うのだが。


「なあフリース。レヴィアのところに戻る前に、もう少し俺の部屋で話さないか?」


 ――あたし、声出さないから話さない。


「いや、別に声を出すだけが会話ってわけじゃないだろう。メールや手話だって会話だ」


 ――めーるって何?

 ――しゅわって?


「あぁ、いや、こう、文字を読んだり動いたりで言葉や気持ちが伝われば、それはもう会話なんだよ」


 ――ふぅん。でも気分じゃない。帰る。


 そしてくるんと反転し、軽快に滑り去っていく。


 何のつもりなんだ、この子は。さっきは自分に秘密があるって言っていて、それを語りたがっているように見えたのだが。


「そ、そっか、レヴィアのこと、よろしくな」


「…………」


 立ち止まった彼女の背中が無言を返してきたので、不安になる。


「あんまり、いじめないでくれよな。俺の大事な人なんだから」


 するとその言葉に反応してくるりと反転し


 ――大事な人?


 という乱れた字を書いた。氷はすぐに廊下の石に落ちて溶けた。さらに続けて、


 ――ラック、あなた本当にわかってないの?


「何をだ?」


 ――レヴィアがなにものか。


「えっ」


 心当たりがないでもない。変だと思うことは何度もあった。


「それは……」


 でも考えないようにしていた。俺の曇りなき眼に、ちゃんとレヴィアがレヴィアとして映っている以上、レヴィアはレヴィアなんだと思うようにしていた。でも、俺が知らないスキルが存在していて、そのスキルによって正体を隠している可能性もゼロじゃない……。


 そのことは心の隅っこで思っていたことだ。でもでも、考えたくない。突き付けられたくない。


 ――彼女は


 と、文字がそこまで書かれ、俺がドキッとして思わず胸に右手を当てた時だった。


「ってぇ!」


 ちょうど持ち上げた右手の甲に突然の突き刺すような痛みが!


 っていうか、自分の手の甲を見て思わず目をむいた。どう見ても小刀が突き刺さってるんだが、これは一体?


 幻?

 それにしては激痛である。


「てててっ、おいフリース、俺に何かしたのか?」


 と思って顔を上げたところ、彼女は無言で手をかざし、二本目の小刀を氷の壁で防いでくれており、さらにいえば、反対方向から飛んできていた爆弾らしき球体を氷漬けにしてくれていた。


 天井に張り付いていた黒い服の女も氷を抱えて落下してきて、その女は勢いよく飛び退くと、「しくじった! やはりこの女、護衛だったか」などと言うと、氷の壁を切り裂いて一目散に逃げて行く。


 このとき、ようやく状況がのみこめた。


 俺は、襲撃されたのだ。


 襲撃者には残念なお知らせだが、フリースは小さくて美しい見た目だけども大勇者級の実力者である。そうそう逃れることなどできない。


 黒き襲撃者は足元を凍らされ、走ることも転ぶこともできずに立ち止まった。


「くっ、動けないッ……もはやこれまでか……! だが標的(ターゲット)に毒ナイフをくれてやったからな、即死級の毒だ! 仕事は果たしたぞォ!」


 女は叫び、腰に帯びていた長めの刀でみずからの胸を突き破って、砕け散った。


 命が軽く見えるダイナミック自刃。


 魂が北へと飛んでいった。


「つーか、え? ど、毒ナイフ?」


 ――ラック。大丈夫。

 ――さっきのスパイラルホーン二粒で朝までは予防効果が続いてる。


「そ、そうか……。ということは、フリース、もしかして襲撃を読んでいたというのか?」


 俺はフリースを見直しかけたが、彼女は首を横に振り、


 ――まさか。なんなのあれ。


 まあそうか。もしも予見していたというのなら、最初の一撃から完全に防いでるはずだもんな。


 偶然右手で急所の胸を守れた幸運に感謝だ。


「あ、そうだ、レヴィアは?」


 俺が襲撃されるのと同時に、レヴィアにも危機が迫っているかもしれない。嫌な予感が背中を突き刺してきた。


「あ」


 フリースも思わず声を出した。声を出した後、閉じた口をおさえたものの、気を取り直し、すぐに階段を滑りのぼっていく。


「うおおおおお!」


 俺はフリースを追い越し、先にレヴィアの部屋の前まで来た。そして、「レヴィア! あけるぞ!」と言いながら扉を開けた。


 そこには――。


「ラ、ラックさんッ⁉」


 白い帽子のレヴィアがいた。無事だった。でもその向こうに、敵の姿が見えた。さっきカラスが来ていた窓から襲撃者と思われる男が一人、侵入している瞬間だった。


 闇にまぎれる黒服の襲撃者は覆面をしており顔がわからない。レヴィアを守ろうと再び走り出す。


「うおおおおおおおお!」


 俺には戦闘スキルはない。ないが、スライムや犬や鳥やイノシシなどの獣くらいなら何度も倒したことがある。自信なんかまったくないけど、レヴィアの危機に、身体が自然に動いていた。


 走って、走って、彼女の横を通り過ぎ、覆面男に拳をぶつける……はずだったが、よろけてしまって体当たりになった。


 これが逆にいい結果を生んだのかもしれない。


 俺はタックルで男を抱きかかえるような形になり、転んだ勢いのまま石壁に突っ込んだ。男は壁にぶつかった衝撃で気を失った。


「……ラックさん。ありがとうございます」とレヴィア。


「よかった、無事で」


 肩で息をしながら、俺はレヴィアに笑顔を見せた。


 その後すぐにフリースが滑り寄って来て、俺の肩を叩き、空中に文字を書く。


 ――あのさ、ラック。


「なんだ、フリース」


 ――さっきの女、思いっきりラックの命を狙った攻撃ばかりだったけど、何やったの?


「いや、なにも……襲われる心当たりなんてないから、盗賊とかかな?」


 ――盗むものないじゃん。


「クッ……痛いところを。いやでも、レヴィアとフリースがいる」


 ――何それ。あたしはあなたのものじゃない。


「たしかに。ごめん。そんな怒んないでくれ」


 ――おこってない。けど不快。


「すまん……でも大事だから。レヴィアがいなくなったら俺は旅なんかやめるし、フリースにいなくなられたら困るんだ」


 俺が心からの思いを伝えた時、彼女の紅く光るエルフ耳がぴくぴく動いた。


 ――じゃあ。


 ――呪いを解いてくれたら。


 ――いっしょにいてあげる。


「頑張るよ」


 ――約束して。


「ああ、約束だ」


 そこまでフリースと会話したところで、レヴィアが怒った。


「読めません! 目の前でナイショ話しないでください!」


「あ、ごめんなレヴィア」


 頭を撫でてやろうとしたら「ヤ!」と嫌がられて思い切り弾かれた。


 まだ心を許してくれていないらしい。


  ★


 さて、気を失っている黒い襲撃犯の覆面を外してみたところ、その顔に、俺は見覚えがあった。


「こいつは、『財布なめ』じゃないか」


 以前、ハタアリさんの組織、オリジンズレガシーのアジトを発見した際に門番をしていた男で、財布に偽装したナイフを舐めていたという男だ。


 俺の曇りなき眼から見れば単にナイフを舐めているヤバイ男だったが、アオイさんや薬屋さんなどの普通の目を持つ人から見たら財布を舐めているように見えるという、常軌を逸したヤバイ男。


 なぜこの男が、襲撃犯に含まれるのか。


 そんなの、もはや考えるまでもない。


「ハタアリさんが、俺を亡き者にしようとしている?」


 ――ハタアリ? 知ってるの?


 フリースが反応を示した。


「ん? 何か知っているのか」


 ――ハタアリといえば、カナノ地区の私服捜査組織の創始者。


「ああ、そう言ってたな」


 ――正体不明とされてるけど、実は女なんだよね。


「え?」


 ――え?


 何だろう、何か重大な食い違いが発生した気がした。


「おじいちゃんじゃなくて?」


 と俺が言うと、フリースは、


 ――マント装備した格好いいおばさんだけど、おばさんって呼ぶと怒る人。


「なんかこう、威厳があって、『ワシがハタアリである!』みたいな感じの喋り方してて」


 ――派手好きで、ピンク好きで、若作りで、両手に持った強力な銃をぶっ放して、敵を殲滅(せんめつ)する極秘捜査に向かない人で。


「んん?」


 ――またの名を、大勇者セイクリッド。


 セイクリッドって、どこかで聞いた名だ。あれはたしか、レヴィアと出会ったばかりのころ、アヌマーマ峠で荒れ地での決戦についての話を聞いた。その中で活躍していた猟銃使いがそんな名前だったか。


「なんか変だな、完全に異世界の話を聞かされているみたいだ」


 ――汚れ仕事にもハートが必要だって言ってて、『ハートあり』を組織のスローガンに掲げてたけど、長い時間が経つうちに『ハートアリ』が(なま)って、周りが自分のことをハタアリって呼ぶようになっちゃったって悲しんでて。


「俺が出会ったのは、造反のハタアリと呼ばれてて、()秘密警察的な何かで、偽装スキルをもった人間を集めて、何か大きなことを計画していて」


 ――造反?

 ――そんなことしないでしょ。ていうかセイクリッドはまだ大勇者で健在だし、秘密の私服捜査員のトップもあの人が兼任してて、譲ったって話は聞かない。つまり現役のハタアリはセイクリッドおばさんだよ?


 これは、考えたくはないけれど……。


「あーっと……つまり、俺がネオジュークの西にあるトンガリ双子塔のあたりで出会ったご老人は……偽物ってことなのか?」


 ――たぶんそう。ニセモノ。

 ――トンガリなんとかって建物は、よく知らないけど。


 どうやら、また俺は詐欺的な被害に遭いかけていたらしい。あんな威厳ありげに歩み出てきた権力者風の老人が、まさか真っ赤な偽物だったなんて。


 ――なるほど、ラックが護衛を必要としていた理由がわかったよ。


「ああ、俺も今、やっと理解したぜ」


 なぜアオイさんが、なるべく強い護衛を雇っておけと言いつけてきたのか。


 偽のハタアリさんが、俺の命を狙うってことだったんだ。


 あれ、これって、割と大変なことになってない?




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