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ファイナルエリクサーで乾杯を  作者: 黒十二色
第五章 飢える賊軍の地
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第87話 街道沿いの安宿にて

 人力車。


 こいつに乗っていれば、自動でネオカナノまで運んでくれて楽チンだと思った。実際、自分の足で歩かなくて良いわけだから、体力消費も魔力消費も軽減される。そう思っていたのだが。


「…………」


 フリースが沈黙しているのはいつものことだから問題ないが、普段はそれなりに喋るレヴィアまでもが黙っているという重苦しい状況に身を置かれて、俺の精神的疲労は頂点に達しようとしていた。


 三人乗りだと言われて運ばれてきた人力車が本当にギリギリ三人座れるサイズで、俺は二人にきつく挟まれる形になった。


 可愛い子二人との密着。それは良い。けれども、これって事実上の板挟みなんじゃないか。二人は、どういうわけかさっきから険悪なムードを(かも)し出していて、俺を挟めば軽減されるかといえば、そんなわけもない。


 街道をガタガタと走り続ける人力車の上で、果てしない居心地の悪さを感じながらの旅となってしまった。


 俺にできることといったら、車を引く屈強な男の後頭部をボンヤリ見つめているくらい。


 しばらくすると、フリースが空中に何やら文字を書いた。読めない文字だったので、俺あてじゃない。


 レヴィアは今にも虫けらを殺しそうな目をしながらフリースを見た。

 正直、いたたまれない。

 降りていいかな、これ。


 フリースは、文字のメッセージを再び送る。


 するとレヴィアは、そのぐねぐねした文字に対してだんだん反応を示し始めた。


「何で怒ってるかって……そんなの自分でもわからないんですけど」


 ――読めない文字。


「ただ、ラックさんがあなたと一緒にいると、むかつきます」


 ――読めない文字。


「う、うぅ……」


 ――読めない文字。


「そ、それは……」


 ――読めない文字。


「なっ」


 ――読めない文字。


「なんでわかるのぉ?」


 ――読めない文字。


「ぐぬぬ……」


 一体、何の会話をしているのだろう。


 レヴィアの反応を見るに、間違いなくフリースにやり込められている感じだけども。


 いずれにしても、目の前でナイショばなしされてるみたいで、少し不愉快だ。


 レヴィアの理解できる文字とマリーノーツの文字が全然違うのが問題なら、俺が理解できるようになればいいんじゃないのか。


「なあフリース、何の会話をしてるんだ? よかったら、俺にもその文字を教えてくれよ」


「ラックさん!」とレヴィア。「女同士の会話に割り込んでこないでください! 呪いますよ?」


「すみません……」


 どうにも、思い通りにならないことばかりだ。


 そしてフリースが、俺にわかる文字でこう書いてみせた。


 ――レヴィアは、からかうと面白いね。


 ああもうね、この人は、魔女と呼ばれてもしょうがないなと俺は思った。氷漬けにされちゃたまらないから、思うだけで言わなかったけど。


  ★


 ネオジューク地区の青空が描かれた天井が途切れた。


 黒富士ドームの外に出て、本物の青空と再会したのだ。ここからカナノ地区に入ることになる。


 身分証を提示させられるかと思いきや、そんなことはなかった。なんでも、ネオジュークに入る時には証明が必要だが、ネオジュークからカナノ地区に出るときはいらないとのことだ。


 背の高い石造りの建物たちを両側に見ながら、人力車は石畳の道を行く。


 西洋風のお洒落で、きれいな街並みがゆっくり流れて行く。


「ん?」


 ふと、俺はフリースの滑らかな青い服の上で、黒いものが動いているのを見つけた。


「何だこれ」


 顔を近づけてみると、それはほんの小さな生き物のようだった。長さ一センチもない黒く細い線が、うねうねと伸び縮みしながら移動している。


「フリース、(むし)がついてんぞ」


 俺は手を伸ばし、服からその黒い物体をつまむと、すり潰した。途端に一瞬だけ眩暈(めまい)がした。もしも立ち上がっていたら、俺は人力車の座席の高さから落下してまた気を失っていたに違いない。


 フリースは、俺の行動をじっと見つめながら、ずっと無言でいた。


 その後、きつい上り坂があったため、ぐったりして倒れ込む運転手の休憩だとか、軽い食事や昼寝だとか挟みながら、ネオカナノまで着くころには日が沈んでしまっていた。


 そこで俺は提案する。


「夜も遅いし、今日は、このへんに宿をとろう」


 無言の了解だとか、「いいですよ」という頷きだとか、かすれた「そうしてもらえるとありがたい」という声などによって承認され、人力車の運転手が紹介してくれた宿屋に泊まることになった。


 六階建ての石造りの質素な安い宿。大きな共同浴場などはなく、部屋にトイレと風呂がついていた。


 俺は一人部屋で、女性陣が二人部屋に泊まったわけだ。


 二人の女性の間に流れる険しい空気から解放された俺は、すぐにぐっすりスヤスヤ眠りについた。ストレスから解放された気持ちのいい睡眠だったはずだ。


 ところが……。


 頬に感じた鋭い冷気に思わず目を開かされた。


「ぎょっ」


 思わずそんな声も出てしまうというもの。


 仰向けに寝ていた俺の腹の上に、フリースが無言で座っていたのだ。


 ――ちょっと、見せたいものが。


 闇の中でも白く輝く文字を見せつけてくる。


「ちょ、ちょっとまて! なんだこの状況! 見せたい? 何を!」


 俺は慌てて起き上がり、フリースを俺の上からどかした。


 そして、テーブルの上にあったロウソクに火をともしてから椅子に座り、ベッドに残したフリースと向き合った。


 本当にもう、びっくりさせてくれる。


「……それで、見せたいものって?」


 ――でも、その前に、ちょっとこれを舐めてもらう。


 フリースは再び接近し、俺の目の前に手を持ってくると、口を開けろとばかりに突き出してきた。


「待って待って、なにこれ。説明不足すぎて戸惑うんだけど」


 ――あーんってして。


「しねえよ! とりあえず何を盛ろうとしてんのか教えてくれ」


「…………」


 無言のまま俺の手を開かせると、極小の砂粒のようなものを二つ、落としてきた。


「ん? これは……」


 明らかに最近見たおぼえがある黒い粒だった。


 フリースは、手のひらで虚空をアーチ状に撫で、長文を書いてみせる。


 ――スパイラルホーンを粉末にしたもの。そんなに質のいいものじゃないけどね。昼間に、あなたは呪いを受けたので、そのままにしとくと朝には死ぬ。かといってレヴィアが目を光らせていてなかなかこっちに来られなかったから、遅くなってしまって、手遅れじゃないといいんだけど……あたしには秘密にしていることがあって、エルフ族と人間の……


 と、その先まで長文は続いていたのだけれど、途中までしか読まないうちに絨毯(じゅうたん)に落ちて溶けて消えた。


 なんというか、絶対にちゃんと伝える気がないだろう。


「呪い? なんで? どのタイミングで?」


 詳しく知りたくてきき返したところ、ちゃんと答えてくれた。


 ――雷撃ウナギの幼蟲。

 ――昼間にくるまの上で触った蟲。


「え? あんな小さいのが? 一センチもなかったぞ? ていうか蟲? 雷撃ウナギって蟲だったの?」


 以前、まなかさんに言われるがまま、美味い美味いって言いながら食っちゃったよ。


 ――いいからさっさと舐めなさい。


「あ、ああ」


 言われた通り、自分の手のひらの二粒をぺろりと舐めとる。


「マズッ」


 喉の奥から自分の声とは思えないような変な声が出た。なんだこれ。微細な二粒の粒子程度で気が遠くなるくらいマズイぞ。


 思い返すと、フリースがマズがっていたし、レヴィアもアオイさんの家でスパイラルホーンを与えようとしたら尋常じゃない嫌がり方をしていた。料理に混ぜないとこんなにもマズいのか。


「フリース、何であんなところに雷撃ウナギがいたんだ? 生態に謎が多い伝説的な激レア生物だったと思うが」


 ――それはあたしのせい。


「もしや、フリースの秘密ってやつに関わるのか?」


 フリースは無言で頷いた。少し悲しそうな表情だ。


 ――教えてあげてもいいけど、今は、ちょっとついてきて。


「見せたいものってやつか?」


 ――そう。


 フリースは足音もなくスケートするようにスゥっと移動し、俺はその後にくっついて歩く。しばらく行くと、階段があり、氷で坂を生み出して滑り降りて行く。


 一階まで降りたら、裏口から外に出て、草むらのカゲまで進んだ。そして立ち止まってる手招きをした。


「何なんだよ、こそこそして」


 ――あれ見て。


 フリースが指さした先には、闇に融けるような黒いカラスの姿があった。


 カラスが窓枠にとまり、控えめな鳴き声を上げてから窓をクチバシでコツコツ叩くと、木の窓が勢いよく開け放たれた。


 カラスは扉が開き切るまでの間、空中を器用に飛行し、中から出てきた人の腕にとまった。


「ありがと」


 中から姿を現したのは闇の中で輝く白い帽子。レヴィアだった。


 レヴィアは手紙を受け取って目を通すと、すぐに火をつけて燃やしてしまった。かわりに、新しい手紙をカラスの足に結び付けていた。


 いつだったか、ハイエンジの宿に泊まった時にも、真夜中か早朝かっていう時間に、カラスに手紙を渡してるのを目撃したことがある。あの時は、父親あてに手紙を送ってるみたいだったな。


 フリースは、意外そうな表情で、


 ――ぜんぜん驚かない。つまんない。


 と、氷文字を作った。


「いや、前もこういう場面、見たことがあるからな」


 フリースは黙り込んだ。期待外れでガッカリしたようである。


 レヴィアは真夜中の空に飛び去って行くカラスを見つめながら、


「お父さん、嘘つきな娘でごめんなさい……」


 などと呟いた。


 カラスは、一声だけ「かぁ」と鳴いた。




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