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ファイナルエリクサーで乾杯を  作者: 黒十二色
第四章 足踏み
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第85話 沈黙のフリース(5/5)

 ネオジュークギルドにて酷い対応を受けるなかで、俺はまた一つ次の策を思いついた。


 このネオジュークには、大規模な商業集団が存在する。


 ネオジューク第三商会。


 俺がラストエリクサーを取引していた際に、かなり質の良いラスエリを取り扱っていたこの世界で最も名高い商会だ。


「おっきなテントですね」レヴィアは感嘆した。「占いの人のテントとは大違いです」


 占いの人というのは、合成獣士キャリーサのことであろう。少し前まで、広場に彼女のテントも残っていたが、俺が闘技場に出かけている間に撤去されていた。


 さて、そのテントというにはあまりに大きな施設は、広場から少し歩いたところにあった。大通り沿いにあって、その一角に広大な敷地を持っているのだ。


 大規模サーカスのような巨大な天幕(テント)の外側には、三角形の中に横並びの三つ星が描かれたマークがいくつも並んで描かれている。入り口近くに積み上げられた麻袋にもこの印があった。


 ――なんの暗号?


 とフリースがきいてきたので、答えてやる。


「あれが第三商会のシンボルマークなんだ」


 そう、このマークを見る度に詐欺られた苦い思い出がよみがえってくる。


 とはいえ、精神崩壊級の大きな損失を生んだ一連のラスエリ取引において、この組織には何の罪もない。第三商会の名を騙った何者かが、偽物のラストエリクサーを俺に売りつけたのが罪であったし、俺がそれを見抜けなかったのが大罪だっただけのことである。


 天幕の中には自由に入ることができた。多くの商人が往来している。ある商人の女は、知り合いの商人の男を見つけて声をかけ、ひとしきり世間話をした後、さりげなく商談を始めたりしていた。


 この空間には、活気がありながら紳士的な空気がある。誰が見張っているわけもなく、それぞれの商人が胸を張って責任をもって道を踏みしめている。と、そういう雰囲気を感じた。


「さてと、誰から話をきけばいいのやら……」


 呟きながらきょろきょろしていたら、商人の男が一人、話しかけてきた。


「何か、お困りですか?」


 その男は、俺の知っている商人だった。頭に派手な布を巻いた男だった。


「お、お前はっ!」


「え、ラックさん? ラックさんですよね」


 転生したての彼を教会まで導いたので、俺のことを恩人だと思ってくれている男。かつてはホクキオで露天商をやっていたが、まとまった資金が手に入ったからといって、ネオジュークに拠点を移したと聞いていた。まさかこんなところで出会うとは……。


「ラックさん、風の噂で『死んだ』って聞いて心配してたんですが、無事だったんですね」


「ああ、ちょっと事情があってな、俺が生きてるってことは秘密なんだ」


「わかりました。自分は秘密を守れる男ですから、誰にも言ったりしませんよ。なんといっても、ラックさんは自分の恩人ですから」


 軽く挨拶を終えたところで、俺は単刀直入に情報収集を開始する。


「ときに、呪いを解くアイテムを探してるんだが」


「呪いですか。呪いを解くアイテムでしたら、野生のモコモコヤギの巻き角を粉末状にしたものが高値で取引されていますけど……」


「あいにくだな、それはもう試したが効かなかった」


「ええっ、驚きですね。本当に、そういう呪いがあるんですか。スパイラルホーンが効かないとなると……そのような特殊な強い呪いに関しては、第三商会でも取り扱いがないと思います」


「じゃあ、アイテムじゃなくても構わん。呪いを解く方法に何か心当たりないか?」


 バンダナは、少し考え込んだ後、こう言った。


「噂なので、確実に『ある』とは言えないんですがね、自分が伝え聞いた話によれば、ここから少し西のあたりに、あらゆる呪いを解くことができるとされる伝説のアイテムがあるらしいですよ。見た目は、朽ち果てた木の枝みたいとのことですが……申し訳ないですけど、これ以上、詳しいことはわかりません」


 これは、不確実なようでいて、実に有益な情報だ。そういうアイテムが存在すると伝わっている。そのことがわかっただけでも大収穫である。可能性を追いかける価値があると示してくれた。


 バンダナは続けて言う。


「以前、ラックさんのおかげで、ずいぶん稼がせてもらいましたからね。第三商会の天幕の中に拠点を移せたのも、ラックさんのおかげです。自分に役立てることがあるんなら、是非恩返しさせてください」


「いや、そう言ってもらうのは嬉しいんだが、それじゃ俺の気が済まないからな、これは御礼だ。少ないけれども、受け取ってくれ」


 俺は銀貨を二枚ほど彼に手渡そうとした。


「いや、受け取れません!」


「いやいや、俺にとっては助かる情報だったから」


「いやいやいや、こんな不確実な情報は、売り物でもなんでもないですから!」


 どんなに渡そうとしても受け取ってもらえそうもなかった。


「それよりラックさん、後ろの二人の女の子は、ラックさんの仲間ですか?」


「ああ、そうだ。レヴィアとフリース。白い服がレヴィアで、青い服がフリースだ」


 レヴィアは「よろしく」と挨拶し、フリースは何も言わなかった。


「ラックさん」バンダナは怪しむように、「一体、どうやったら、こんなカオスなパーティを組めるんですかね」


「カオス?」


混沌(こんとん)としてるってことです。ちょっと耳貸してください」


「え? ああ」


 言われるがままバンダナの口元に耳を寄せると、彼は囁いた。


「帽子の女の子が着ている眩しいくらいに白い服、あれは呪いの服として有名なドレスですよ。袖を通した人が、次々に非業(ひごう)の死を遂げています。着ただけで調子が悪くなり、三日ともたないはずですが、何であの子は平然としているんですか? それも、帽子とセットなんて、即死級の呪いが完成してるじゃないですか」


 そんな服だったのか。思い返すと、古着屋で激安だったし、手放したがってたような気もする。


「あと、静かな女の子が着ている青いゆったりした服。あれはただの滑らかな材質の服じゃないです。かつて存在したエルフと人間との混血が住む村で、戦乱のなかったほんの一時期だけ作られていた『燃えない衣』っていう秘宝ですよ。火にくべても燃えない超激レアアイテムですし、そもそも、あの方は、もしかして大勇者のフリースさんじゃないですか? どういう経緯でラックさんの仲間になってるんです?」


「なんか成り行きでな」


「偶然だって言うなら、ものすごいことですけど……。何はともあれ、ラックさんは、あの白い服にかけられた呪いを解くために、解呪アイテムを探してるってことですよね?」


 全然違うけれども、確かにレヴィアの服が呪われているというんだったら、解いてやりたいと思う。だから俺は、「ああ」と頷いたのだった。


  ★


 ここにきて、色々な情報が濁流のように押し寄せてきて、俺の頭は混乱している。


 その上、伝書鳥を飛ばしてアオイさんに緊急で呪いを解く方法をたずねる手紙を書いたら、クチバシに手紙をくわえた鳥によって即返信がきたため、さらに整理すべき情報量が増えてしまった。


 なぜアオイさんにも情報を求めたかというと、彼女がこの世界の古文書に詳しいからだ。古い文献に詳しいとなれば、呪いにも詳しそうなイメージがあるからな。


 返信には次のようにあった。


『ラックくん。お手紙を拝読しました。質問の件ですが、文献上には次のような記述があります。「ミラクルエリクサー」と呼ばれるアイテムがあり、コップ一杯分のその白く濁った液体を飲むことで、全ての呪いを解くことができるようです。子育てをする強い魔族から分泌される母乳であるというのが定説です。


それともう一つ。報告件数が少なくて、それが本当に存在するのかどうかすら分からないけれど、最近こっちのギルドで聞いた話では、荒れ地の近くのお城に解呪アイテムが安置されていることがわかったらしいです。』


 そこで文章は途切れていたが、手紙には裏面があった。


『追伸……。レヴィアちゃんは元気ですか? 彼女のことだから、白い服の呪いなんて、ヘッチャラだと思うけど、ラックくんが呪いを解いてやりたいという気持ちもわかります。それよりちゃんと強い護衛は見つかった? 心配だよ。』


 そしてもう一枚、地図が添えられていた。相変わらずアオイさんの地図はアバウトで、現在位置を示す「◎マーク」と、目的地を示す「×マーク」のほかは、筆の太い線でいくつかの図形が不規則に置かれているだけ。


 解呪アイテムのある場所を示していると思われるけれども、だいたいの方角と、ネオカナノから南西に向かえばいいということくらいしかわからなかった。


 手紙の内容は以上である。


 アオイさんにはフリースのことは伝えていない。そのため、レヴィアの着ている白い服にかかった呪いを解こうとしていると勘違いしていた。


 というか、俺の方こそついさっきまでレヴィアの服が呪われているなんて夢にも思ってなかったんだが、本当に、どうしてレヴィアは呪いの服を身にまとっていて平気なのだろう。


 ……いやまあ、細かく考えないようにしよう。


 さて、一連の情報を受けて、次の目的地はだいたい定まったとは思う。


 第三商会でバンダナから聞いた話の中で重要だったのは、「西のあたりに、あらゆる呪いを解くことができるとされる伝説のアイテムがある。見た目は、朽ち果てた木の枝みたい」ということ。


 アオイさんのくれた情報のなかで重要だったのは、「荒れ地の近くのお城に解呪アイテムが安置されている」ということ。


 そして俺は思い出していた。いつぞや、人の多さに酔って休憩したネオカナノの茶屋で、腕毛の濃い茶店のおっさんが次のようなことを言っていた。


「荒れ地まで行く途中の川沿いに、大きな城があり、そこにはあらゆる呪いを解く宝物があるらしい。その噂が広まってからというもの、お宝を奪ってやろうと、盗賊が出没している」


 ここまで証言が重なれば、行ってみる価値がありそうだ。


 あらゆる呪いを解く宝物というものがあるならば、フリースに掛けられた呪いも解けるに違いない。


 当面の旅の目的は、元大勇者、沈黙のフリースにかけられた『声を出してはいけない呪い』を解くこと。


 そのための目的地は、ネオカナノの南西。荒れ地の近くにある城。アオイさんの手紙に添えられたアバウトな地図も、その場所らしき地点を目的地にしていたように思う。


 レヴィアと俺が目指す場所は東方面にあるミヤチズだから、反対方向に戻ることになるけれど、命を救われた俺は、フリースの声を取り戻してやらないと気が済まないのだ。


 レヴィアには申し訳ないけれど、少し寄り道をさせてもらうとしよう。



【第五章につづく】


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