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ファイナルエリクサーで乾杯を  作者: 黒十二色
第四章 足踏み
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第84話 沈黙のフリース(4/5)

 レヴィアは数分で路地裏に戻ってきた。


 ガラス製グラスの三分の一くらいのところまで入った透明な液体を持って走ってきた。


 そして、どういうわけか涙目だった。


 彼女はハッキリした声で言う。


「実は、全ての呪いを取り去るアイテムを隠し持っていたのです。これを飲めば、呪いは全て倍返しされます」


 呪った人へ倍返しとは、恐ろしい飲み物だな。


「呪われてない人が飲んだら、どんな副作用がある?」


「特にないですね」


 差し出されたグラスを受け取ってみる。


「なんか生温かい」


 匂いをかいでみる。


「うっわ、クセの強いニオイがするな」


 手に落として、味を確かめようとする。


 が、そこでレヴィアの手が邪魔をした。


「……レヴィア? なんで止めるんだ?」


「やめて……ください」


 彼女は恥ずかしそうに顔を真っ赤にしていた。


「わけがわからないぜ、別に呪われてない人には害は無いんだろう?」


「無いですけど……」


「じゃあ、ちょっと舐めるくらい問題なかろう。まさかレヴィアが毒なんか入れるわけないし」


「その……なめても平気ですけど、でもなんか嫌なんです」


「なんで?」


「ラックさん、絶対わかってますよね?」


「いや全然わからん。このぬるま湯は何なんだ?」


「ミルクです」


「何の」


「えっと……や、野生のモコモコヤギです」


「へぇ、ベスさんの牧場印のミルクは真っ白だけど、野生のは透明なんだ。どれ……」


 と言いながら、舌先でなめた。独特の臭みと、しびれるような酸味。次の瞬間には苦みも襲った。しかし、その中にほのかな甘みが隠されていた。


「どっちかっていうとマズいけど、冷やせば飲みやすくなるかな」


「あぁあああ!」


 叫びながらしゃがみ込んだレヴィアは、まるで顔を隠すように帽子の両側を引っ張った。


 どうしたってんだ。


  ★


 レヴィアが落ち着くのを待って、フリースのところに戻った。


「これが、レヴィアが持ってきた呪いを取る薬だ、飲んでみてくれ」


 受け取ったフリースは、さして警戒することもなく透明な液体をあっさり飲み干すと、俺にグラスを返してきた。


 フリースは虚空に氷文字で感想をのべた


 小さい字だったので、目を凝らして確認するように読み上げる。


「えっと、『まずい、くさい、ぬるっとしてて気持ち悪い』かな」


 落ち着いてたレヴィアが再び涙目になっていた。だが今は、そっちよりもフリースの呪いが大事だ。


「どうだ、呪い、解けたか?」


 フリースは声を出さず、表情もかえないで、氷ですぐに消える文字を再び描く。さっきよりは読みやすい大きな字で。


 ――声、出してみないとわからない。


「もし、呪いが解けてなくて声を出したら何が起こるんだ?」


 ――小声なら、あたしが不快な思いをするだけだけど。


「じゃあ、ちょっと何か喋ってみてくれ」


 ――簡単に言ってくれちゃって。


「でも、喋らないことには確かめられないだろう?」


 ――責任とれないでしょ?


「一体、何が起きるって言うんだ?」


 ――たぶん、呪いは解けてないから、声出したくない。


「だが、レヴィアが折角もってきてくれた薬だぞ」


 ――そんなの関係ない。


 その文字を見て、俺はちょっと頭にきた。レヴィアの持ってきた薬をこき下ろした上に、効いたかどうか確かめてくれないなんて、レヴィアが可哀想だ。


 現にレヴィアは不安そうな顔で立ち尽くしてしまっている。


「なあフリース、お願いだ。一言でいい、ささやき声でいいからきかせてくれないか」


「…………」


 フリースは沈黙したままだ。


 このままでは、俺もレヴィアも気持ちがおさまらない。


「フリース、ちょっと目を閉じてくれないか?」


 ――どうして?


「いいから」


 ――わかった。


 フリースは言われるままに目を閉じた。


 理由も告げずに目を閉じろなんて、なかなか受け入れられるものじゃない。だが、こうもあっさりと無防備になられると、今度は申し訳なくなってくる。でもでも手段を選んではいられないのだ。


 とはいえ、ここからどうするか。


 くすぐりで直接的に声を出させるか。と思ったけど、フリースはくすぐり耐性がありそうだ。根拠ないけど。


 全力の変顔を披露した上で目を開けさせるのはどうだろうか。いやこれも、一切笑わずに冷たい視線で射抜かれて悲しい思いをする予感がある。


 この広場で裸踊りでもして悲鳴を上げさせるというのはどうだ。ダメだ、悲鳴を上げるのは周囲の人々で、俺は今度こそ捕まってしまう。


 フリースが嫌がる「魔女」呼びをしてみたらどうなるだろう。これはおそらく最悪だ。大いなる破壊がもたらされて、これも俺の(ギルティ)になってしまうだろう。


 だったら、俺にしかできないビックリする現象を起こして、なんとか声を上げさせるしかない。何より、俺がその行動をしてみたいからだ。


 簡単に言えば、フリースのとんがったエルフ耳を触る!


 俺は手を伸ばし、偽装されて紅く光る耳に手を触れた。


「――ッ」


 触れた途端、フリースは声にならない声を上げた。


「やわらかい耳。冷たくて、しっとりしていて、やっぱ本物だな」


 耳をつかんでふにふにと押してみたところ、フリースはついに声をだした。かすれた声だったけれど、確かに声が形をなした。


「やめ……て……」


 美しく澄んだ声だった。天使の歌とでもいうような心地よい旋律。


 けれども、次の瞬間には、俺の意識は真っ黒に塗りつぶされた。


  ★


 目覚めると、視界はかすんでいた、だんだんクリアになる視界には、青空の中に螺旋型の炎がゆっくりと回転しているのが遠く見えている。


 近ごろ、突然に意識を持っていかれる出来事が多い。どうしようもないものもあるけれど、自分の愚かさが原因のものも多い。


 ネオジュークピラミッドの中において、太陽の役割を担う螺旋の炎は、昼も夜も輝き続けているため、この炎の下には夜がない。闇が欲しかったら地下にいくしかなく、地下に行けば間違いなく迷う。


 夜が訪れない常昼(とこひる)の世界は、黒富士の外から見た人間たちにすれば、まさしく異世界だろう。


 ところで、この景色だとか、背中や腕に伝わる木の感覚から察するに、ここは木製ベンチの上だと思うのだが、どうだろう。


 身体を起こしてみると、思った通り木製ベンチだった。二人の女の子が、座る俺を見下ろしていた。


「ラックさん、最低です」とレヴィア。


 冷静になって自分のやったことを思い出してみると、確かに最低かもしれない。


 声を出したくないと言ったフリースに、声を出すように強要し、冷たい耳をいじくりまわしたのだ。ということは、俺はフリースにぶっ飛ばされた形なのだろうか。


 ……いや待てよ、衝撃は後ろから襲った気がしたので、背後にいたレヴィアかもしれない。あるいは、両方からボコボコにされた可能性もあるか。


「この耳を偽装した女の人が言うには、エルフの耳はすごく敏感で、夫にしか触らせない人が多いそうですよ。何考えてるんですか」


「…………」フリースは無言で俺を見下ろしていた。


「いや、ごめん」俺は頭を下げた。「何も考えてなかったというか……好奇心に勝てなかったんだ。触りたくなる可愛い耳でさ」


 するとフリースは、苛立つレヴィアを気にする素振りも見せずに、扇状に空気を撫でて文字を示す。


 ――悪くなかった。気にしないでいい。


 そして続けて、諦めているとでも言うような雰囲気で、


 ――やっぱり呪いは解けてないね。


「そっか……じゃあ、次の策を練らないとな」


 俺は、考えをめぐらせる。


 フリースのお耳様に触るという狼藉を働いたおかげで、呪いの正体について詳しく聞きづらくなってしまった。とはいえ、呪いの内容なんていうのは、この際どうでもいい。簡単には解けない呪いがあって、そいつを取り去ることさえできれば、フリースに恩返しができる。


 そのためには……まずはこの近くから情報収集を始めよう。


 というわけで、やって来たのはネオジュークギルド。


 ネオジュークのギルドは、黄みがかった石造りの建物で、多くの神殿のような柱たちに支えられ、細部にわたって美しい彫刻があしらわれている。


 床は磨き上げられた大理石で、今日も多くの人が受付に列をなしていた。


 俺たちも列に加わり、順番がきた。


 レヴィアとフリースと俺で三人パーティとなり、二度目のネオジュークギルド訪問を果したわけだ。


 ところが、何なんだろうな、この嫌な気持ちは。


 窓口の女性に「強烈な呪いをかけられて困っていて、呪いを解ける人を探している」と言ったのだが、心当たりはないとキッパリ断られ、手掛かりすらつかめなかった。


 それどころか、門の前を通りがかった時、偉そうな職員の男が言うのだ。


「お前アオイの知り合いのくせに可愛い少女二人も連れやがってクソが、お前にくれてやる情報はない」


 以前アオイさんからの紹介状を破り捨てた男だった。


 門前払いするにしてもさ、もっと言い方ってもんがあるだろうに。


 本当もうね、クソって言うやつがクソなんだよ。




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